117話 森での出会い
「無料で譲ってしまうとは気風がいいですな」
いくつにか切り分けた一角猪の肉を嬉々として冷却作業を始める村人たちを眺めながらシュヴァインさんがそう話しかけてきた。長引く戦争で食料や男手を徴収された村々ではやたらと歓迎された。
「近くに大きな農村があってよかったですよ。勢いで解体しましたが無理を推して確保するモノでもありませんでしたしね」
実は細かく切り分ければ【時空収納】には収まったのであるが食糧問題に関してはやや高価だが調理済み乾燥食品も大量に買い込んであるし、魔導騎士輸送機の貯蔵庫にも大量に買い込んであるから無理をして確保する必要もないのである。
「冒険者様。実はお願いが…………」
あれこれとシュヴァインさんと話し込んでいると公用交易語が話せるという事で交渉相手となった村長の息子が顔色を窺うようにそう言って近寄ってくる。
あ、これ師匠なら「アイツらは弱い立場を利用して媚び諂いこちらを都合よく利用してくる」って怒る案件だ。
「私は居住区へ戻りますね」
空気を呼んだのかシュヴァインさんがそう言って去っていく。
「なんでしょうか?」
「実は村の近くに赤肌鬼が現れまして————」
彼の話をまとめると、鶏や野菜を盗んでいく赤肌鬼を目撃したものが多数いるとの事。ただ森での活動を行える専門家が徴兵で取られて奥の方へは危険で入り込めない事。近くにある町の冒険者組合へ四日前に依頼を出したことを長々と語ったのだ。
あ、これまずい案件だ…………。
まず組合に依頼を出した場合は受付に申請せずに勝手に依頼は受けられない。他に受けた冒険者が居るかもしれないからだ。仮に僕らで処理しても報酬は依頼を受理手続きした冒険者が持っていく。また勝手に仕事の横取りをしたという事で罰則が適用される。感謝は得られるが失うものも大きい。
「我々は既に別の依頼人がおり、その方の護衛として動いています。その方と相談させてください」
そう言ってその場での回答を避けた。
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「私としては数日程度の遅れであれば構いませんが、罰則は痛いですね」
シュヴァインさんの予定では一か月以内に到着できれば御の字との事なので確かに行程には余裕がある。
「罰則は依頼を受けた冒険者と交渉すれば回避は可能よね?」
和花がそう言うのだが、その手は悪手なのだ。
交渉して金貨数枚口止め料のとして握らせたとしても、彼らは酒の席などで口が軽くなって周囲に話してしまう事が多々ある。そこから足がついて罰則という可能性もある。師匠に言われたことだ。
「組合を辞めるって手もあるんじゃないか?」
健司の意見も一度は考えた。でも冒険者を辞めるという事は、入都税が必要になるし、街中では武装できない。また一部優遇措置が適用されなくなる。その場の感謝に酔って組合を辞めるのはデメリットばかりだ。
やはり断ってすぐにここを立つかと思案していると、瑞穂が挙手しているのが見えた。
「何?」
「私、まだ野外活動に自信がないから訓練したい」
いつもの抑揚の乏しい口調でそう主張してきた。
師匠から手ほどきは受けている筈なのだが実際に野外で行動するのは初めてなのだ。僕もそれを懸念して野伏を雇おうかと思ったくらいだ。
訓練の名目で森に入ろう。神官戦士のゲオルグの実力も見ておきたい。よし、決まりだ。
「樹くんが悪い顔している」
「何か言い訳を考えたみたいだな」
和花と健司が立て続けにそう論した。
さて、行動指針が決まれば後は手早く処理だ。
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支度をし僕ら一党五人は鬱蒼とした森を移動している。すでに日は沈み月が出ている時刻ではあるがここに月明りはほぼ差してこない。
足元に点在する野生の夜光茸が僅かに照らす中を瑞穂が音もなく先行する。
この一党で夜目が利かないのは僕と健司だけだ。周囲の警戒より足元への注意で移動が遅くなる。瑞穂と和花は精霊使いなので赤外線視力がある。ゲオルグは地霊族なので暗視能力が備わっている。
名工たるバルドさん傑作の金属鎧は防御力もさることながら消音設計によって思ったほど音が出ない。静かにゆっくりと森の中の調査を進める。期限は今夜中だ。早ければ明日には依頼を受けた冒険者が来る。
名目上僕らは今夜はこの村のはずれで休息中となっている。村長の息子に金貨を数枚握らせて。冒険者よりは口が堅いはずだ。
ここで役に立つのが【防虫】の魔術だ。周囲7.5サートから虫など害のある小生物を追い払う効果があるので助かっている。防虫といいつつ蛭や蜘蛛などにも効果があるのが素晴らしい。
そして森に入り一刻ほどたった頃だろうか? 村に近い区画はあらかた調査し終わり、もう少し奥へと進もうって事になり奥へと進みはじめた時の事だ。
先行していた瑞穂が立ち止まり手信号で止まれと指示してきた。
一堂が立ち止まり静まり返る。
ん? 静かすぎないか?
「見られている」
ゆっくり下がりながら瑞穂が小声でそう告げてきた。
その時、風を切って何かが飛来した。
それは健司の全身甲冑に命中し火花を散らす。名工バルドさんの傑作鎧に生半可な飛び道具は効かない。
「散開」
僕の掛け声で全員が散る。その僅か後に無数の矢が降り注ぐ。木陰に身を潜めるが僕にはほとんど見えない。
「何か言ってるけど意味が分からない」
近くにいた瑞穂がそう言うが僕には聞こえない。
いや、風に乗って徐々にだが聞こえてきた。赤肌鬼じゃない。綺麗な声音で流暢な言語だ。だが意味がさっぱり分からない。
「これって精霊魔法の【風の囁き】だわ」
そう和花に指摘されて思ったのは、相手は森霊族あたりだろうか? それなら納得も良く。自然崇拝者と似たような生活レベルで高慢で排他的というのが師匠から聞いた僕の森霊族像だ。
まずは意思疎通を図ろう。僕は呪句を口にする。
「綴る。拡大。第四階梯。感の位。脳核。機能。拡張。理解。会話。共感。発動。【通訳】」
魔術の完成とともに意味不明な音の意味をを理解できるようになる。
「————している。そこで屍を晒すか!」
げ、やばい!
「待った! 君らの言葉が理解できなかった! こちらは攻撃の意志はない」
間に合ったのか矢が射かけられることはなかった。
「現地語が通じないのか? いや、発音と頭に入ってくる意味が合わないな。さては貴様は魔術師か?」
程なくしてそんな回答が返ってきた。
「そうだ。近くの村で赤肌鬼が出たとの事で追ってきたところだ。このあたりの地理などには詳しくない。地元民との規約に反していたのであれば詫びる」
相手の数が分からない以上は刺激したくないので下手に出る。
その時前にいる瑞穂が左手を背に回し手信号を送ってきた。
半包囲されてる上に気配は12か…………。
「こちらでは赤肌鬼は確認していない。貴様のいう事が真実だという証はあるか!」
善意で探索してるのに証なんぞあるわけないだろうとか思ったがそんな事は流石に言えない。
瑞穂にあることを聞こうと思って今が【通訳】の魔術の効果時間中だと思い出した。仮に日本帝国語で話しても意味が筒抜けなのである。こいつの効果時間は半刻もある…………困った。
一度強制的に効果を打ち切って掛けなおすか?
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