116話 予定は所詮予定でしかない。
ちょっくら入院しておりました。
「いやはや、荷馬車だと乗り心地が劣悪ですし助かります」
魔導騎士輸送機の居住区のソファーで寛ぐのは商人のシュヴァインさんが汗を拭きつつそう宣う。市壁から魔導騎士輸送機まで僅か0.25サーグ程の距離であったが恰幅が良すぎるシュヴァインさんには大変だったようだ。汗だくである。
僕らはテーブルに地図を広げて最短ルートを調べ始める。
「この魔導騎士輸送機で行くとなると————」
荷馬車とかであれば"栄光への街道"と呼ばれるタクラマカン山脈を突っ切る経路が最短となり荷馬車なら二週間、徒歩ならひと月との事だ。今回は魔導騎士輸送機で移動となるのでこの経路は使えない。
シュヴァインさんの説明によると急勾配がきつく細く曲がりくねった"栄光への街道"を魔導騎士輸送機で移動するにははた迷惑なうえに最悪の場合は途中で動けなくなる可能性もあるとの事で迂回路を取らざる得ないとの事だ。
そう。魔導騎士輸送機には大きな欠点があり不整地踏破能力と登坂能力が極めて低いのだ。なんでも騎体を浮かせる装置に難があり騎体が傾くと途端に馬力が出なくなるとか。
古王朝が滅び暗黒時代に多くの技術が喪失し現在は辛うじて模倣は出来るけど基礎技術が歯抜け状態で研究機関で頑張って研究はしているらしい。
一応採算度外視で数騎ほど不整地仕様の魔導客車は作られたらしい。ただし販売するなら1.5サート級魔導客車一騎で100万ガルドは取らないと赤字らしい。そんな話をシュヴァインさんから聞いたのだった。
迂回路を半速で半日ずつ移動すれば凡そ一週間で目的地に着くとの事だ。因みに原速にしないのは他の通行人を配慮しての事だ。
何故って?
車は急に止まれないっていうじゃない。
「では、この経路で行きましょう」
僕がそう締めくくって移動を始めることにした。
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道中では健司、ピナ、ハーンとで魔導騎士輸送機を操縦する。三人とも長時間操縦は経験もないので基本的には半速で一刻ごとに交代しながら移動する。それでも半日で徒歩なら六日分相当の距離を移動できる。
そんな感じで五日ほどが過ぎ去った。
居住区の快適さが何より素晴らしい。そして巨体を誇る魔導騎士輸送機を襲うマヌケな山賊も出ない。怪物も出ない。
なんせコイツは全長が10サート、高さ2.5サートの金属製の壁みたいなもんである。襲うマヌケもおるまいと余裕綽々でいたら休息中に側面から追突された。
その突っ込んだ間抜けな怪物を一角猪と言う。
大きい個体だと肩高が0.5サートもあり、重量は1.2グランほど、8ノードで突進するという。この怪物にはやっかいな性質があり、自分より巨体な存在を見ると脊椎反射で突撃をしてくるのである。この世界にも猪突猛進という言葉が存在したのだ。
そいつが荷台の外装板に突撃したのだ。
外に出た僕が見たのは角がポッキリと折れ脳震盪を起こしてるのだろうか? 地面に転がっているかなり大柄な一角猪だった。
正直な話、生身でこいつと戦闘になると命がいくつあっても足りないので助かった。もちろん竜よりは弱いとは言ってもだ。
片手半剣を抜いて一息にとも思ったがこれだけデカイと打たれ強さも半端ないだろうし確実に一撃で仕留められるとも限らない。下手に刺激して暴れられると困るなぁ。
さて、どうしたものかと思案していると————。
荷台の後部開閉扉が開いていくのが見えた。
程なくして荷台に積んであった重装型魔導従士が姿を現した。右手には初期装備として持たされた鉈を持ちズシズシと一角猪へと歩み寄る。誰が乗っている?
「解体する?」
拡声器から発せられた声は瑞穂のものだった。相変わらずというか怖いくらい気が回るなぁ。
「それじゃお願い」
僕はそう答えて一角猪から距離を取った。
「ん」
僕が距離を取ったのを確認し、鉈を振り上げる。
素早く振り下ろされた鉈によって首が断たれる。そして解体作業に入るわけだが、まずは放血だ。鉈を腰に戻し後脚を掴んで持ち上げる。
放血を眺めていても仕方ないので、周辺の警戒を行う。血の匂いに釣られてお客さんが来られても困るだ。
周囲の見回りと【星の加護】と呼ばれる防犯魔術を周囲に施しておく。戻ってくると放血が終わっているので次の作業の準備に入る。僕は呪句を唱え始めた。
「綴る。八大。第四階梯。守の位。大気。抽出。生成。水。障壁。拡張。範囲。拡大。発動。【水の障壁】」
呪句が完成すると同時に地面から水が吹き上がり高さ1.5サート、幅2.5サートの水壁となる。範囲と効果時間を拡大したこともありちょっと疲れてしまった。
「これを使って洗浄して」
一度地面に寝かせた後に鉈で器用に腹を割き内臓などの不要なものを取り出した後に再び持ち上げ水壁を利用して洗浄を始める。体内と体表の洗浄が終わったあたりで効果時間が切れたのか水壁は収まり湿った地面だけが残された。
「「あっ」」
僕と瑞穂が同時に気が付いた。
「冷却どうしよう?」
本来であれば綺麗な川とかにつけて冷却をするのだが、サイズが大きいうえに近場には水場がなかった。
それに冷却には結構時間を要する。ここで丸一日も足止めは困る。
なんか勢いで解体を始めたけど、どうしたものか?
途方に暮れていると居住区からシュヴァインさんが出てきてよい提案をしてくれた。
「小分けにしていくつかを通過する周辺の村に分けたらどうですか?」
肉質は筋肉質なせいか硬いが農村部でならそれなりに歓迎されるとの事だ。
それでいくか。




