幕間-7
「これでしばらくは自由だな」
魔導客車を操縦しながら偉丈夫は笑う。
「やはり寂しいですか?」
それを横目に見る銀髪の美丈夫はややからかい調子な口調で尋ねる。
「ハハハ…………まさか。二年も食客として世話をしてくれた男の息子だから面倒見たに過ぎないさ」
偉丈夫はそう嘯く。
「そうですか? 結構過保護だった気がしますが? パフィをこっそり警護につけたりバルドに武具を拵えさせたりとしてませんでしたか? 私の記憶に間違いがなければ投資した額は五千万ガルドは軽く超えてると思いますが?」
後ろの席の幼人族のパフィーも無言で何度も頷く。
「五千万ったって価値の話で元値ははるかに安いだろ」
偉丈夫は何やら言い訳めいたことを言うが言い訳にすらなっていなかった。
「もっとも一番資産価値の高いのは和花にやった[世界樹の杖]が飛びぬけて高額だな」
「[世界樹の棒杖]の失敗作って聞いたけど?」
銀髪の小さな聖女がそう言って腰帯に差す木の枝を指さす。
「それの失敗作には違いないが、それでもあれは伝説級の評価になる。作ったのが二週間前なのに伝説級とか笑える話だが…………」
現代では魔法の物品や魔法の秘宝などと呼ばれるモノは造り出せないというのが付与魔術師界隈では有名な話だ。
もっともそれは真実ではないのだが。
「中級品級以下なら魔術師組合が複製品をそこそこの数を発掘品と偽って市場に流してるし、法具と呼ばれる【神格降臨】の奇跡によって作られたモノもある…………あっ」
蘊蓄を垂れ流していた偉丈夫が途中で何かを思い出したのか話を止めた。
「何かあったの?」
「樹達に大事な話をするの忘れてたわ。まぁ~命に係わる事じゃないしいいか」
その大事な話とは魔術に関する話なのだ。 この話を聞かなかったばかりに後に樹達は困ったことになる。
「…………俺があいつらに肩入れしてるのは、この世界に一石を投じてくれる存在だと思っているんだよ。俺らじゃ加減が利かないからな」
偉丈夫は唐突に脱線していた話を軌道修正した。
「ま、確かに私たちが首を突っ込んでも…………ね。迷宮都市しかり白と黒の陣営しかり東方動乱しかり、片付けるのは簡単でしょうが被害も馬鹿にならないでしょう」
銀髪の美丈夫が言うように超越者たる彼らが本気を出せばどれも楽に片付く問題だ。
「ぶっちゃけ紛争カ所すべてにフェリウスの【天雷】か俺が【流星雨】を降り注げばあっという間に解決さ」
偉丈夫の言い方は非常に乱暴であった。周囲の影響とか考慮してないのである。
「まーその結果として大陸の形が変わり死者が数億にのぼり暫く冬の時代がきて更に死者が増えても構わないならという条件が付きますけどね」
そう言って銀髪の美丈夫が補足し偉丈夫と笑いあう。
「そんな非道を私が許すとでも?」
笑いあう二人の男の間に小柄な少女が割り込んでくる。
「「だから静観するのさ」」
男たちの意見は見事にハモった。そして再び笑いあう。
「んもー」
少女が頬を膨らませて抗議するが意にも介さない。
「だいたいだ、前世で散々に世のため人の為とか言って働かされた挙句に監禁された身としてはこりごりなんだよ。あいつらは弱者を理由に何もせず強者に寄生し全てを押し付ける。そして失敗すれば責任も押し付けるわけだ。うんざりだよ」
偉丈夫はそう言ってお道化て見せる。
「私はそもそも"人族"どころか丸っきり価値観の異なる種族ですからね。身近な友人以外はそれこそどうなろうと知ったことじゃありませんよ」
「なら私が世界を救います!」
「「それはやめろ!」」
男二人の否定の言葉が見事にハモった。
「なんでよ?」
一行のうちで最も強大な力を内包した小さな聖女さまは頬を膨らませご機嫌斜めである。
「一番未熟なお前さんが思いつくまま勝手に動いたら却って混乱するからやめてくれ」
そう偉丈夫が小さな聖女を諭す。強大な力を秘めているが前世では籠の中の小鳥状態であり、今世でも記憶が戻ってからまだ二年も経過していないのだ。彼女は力の的確な使い方を知らない。
今の彼女が感情の赴くままに力を振るえば、周囲に無駄な希望と絶望を振りまくだろう事が予想できた。
「儂は武具の研究が出来て大いに助かったし、あの鎧は生涯最高傑作だと自負できるぞい」
最後尾の席に座っていてこれまでの話を聞き流していた上位地霊族が唐突に口を挟んできた。
「唯一の不満は衝撃吸収性能だけじゃな」
そう不満を漏らすが、その欠点はある意味金属鎧の致命的な欠点そのものでもある。
「あら、その為に私が沢山【衝撃緩和】の呪符を用意したじゃない」
ちょっと不満げに小さな聖女様が宣う。呪符は大量に作ると腱鞘炎に悩まされるので廃れたともいわれているのだ。
「まぁ……戯言はここらにしておきましょう」
手を叩き銀髪の美丈夫が話を打ち切らせる。
「今回の依頼ですが、地脈をどうにかするのに全員で動く事もないでしょう。地脈の正常化は私とバルドとパフィーで行きますので貴方はどうします?」
雑談から一気に仕事モードに切り替えてきた相棒を見やり偉丈夫は少し思案する。
「…………俺らはちょっと別行動をとるよ」
「おや、婚前旅行ですか?」
「こん――」
小さな聖女さまが真っ赤になる。
「いや、見せたいものがあるから何カ所か連れまわす。その後は北で白の帝国に現地人を用いて遅滞戦術してくるわ」
偉丈夫の答えが意外だったのか銀髪の美丈夫がきょとんとした表情をする。
「何か理由でも?」
直ぐに表情を平素に戻し確認をとる相棒に偉丈夫が懐から新聞を取り出し渡す。美丈夫は黙って受け取り紙面に目を走らせる。
「――なるほど。可愛い弟子の為ですか?」
銀髪の美丈夫が揶揄い調子で聞く。
「可愛いかどうかはともかくだ、その記事見る限り樹はそう遠くないうちに負けるな。それも最悪な形で」
偉丈夫はそう断言した。
「遭遇戦の場合はまずいですね。せめて気持ちの整理が出来てからでないと…………」
銀髪の美丈夫の意見も同じようだ。
「いや、気持ちの整理がついててもどうだろうな。この白き勇者って言うのは【不死の従者】って魔術の産物なんだが、物理的に打倒することは叶わない。細切れにしても再生力する」
「魔術的なら【完全解除】や【命令解除】じゃダメなの?」
小さな聖女さまの意見はごく一般的な意見だ。だが次の言葉で否定される。
「【不死の従者】を受け入れた時点でそいつは人間を辞めている。ただ本人に死んでいる自覚がない。魔術で強制的に肉体と魂が紐づけされているが解除すれば即死だ。そして魔術によって汚された魂は輪廻の輪に戻れず消え去るのみ」
その答えに小さな聖女さまは考え込む。何か手はないのかと…………。
「倒せる方法は一つあります。ただし自己犠牲溢れる精神で臨むことになるでしょうけど」
「どんな方法なの」
銀髪の美丈夫の台詞に小さな聖女様が食いつく。
「そいつの妄執が晴れた瞬間に元の人間に戻れるという話だ。ただし実例は聞いたことがない」
答えたのは偉丈夫だった。
「妄執ってなんだろう?」
「竜也の妄執と言えば、血統だけの特権階級の雑魚である樹の尊厳を木っ端微塵に踏みにじり、あいつの目の前で和花を凌辱してやる事さ。そこまでして試してみる価値があるとも思えんがね」
偉丈夫の話に小さな聖女様は声も出ない。
「実際に戦闘となれば技や対人戦の経験は樹が上だろうが、相手はその技を肉体の性能で補ってくる。それに樹がアイツを殺れるはずがない。そこまでの覚悟がまだない。だが相手は既に殺る気満々だ。なので気持ちを整理する時間が必要だ」
紙面に印刷されていた撮影師による【念写】の絵に映っているのは、純白の甲冑を纏い兜の面頬を開けた状態のイケメンだった。
そいつの名を"六道竜也"と言う。数か月前に突如行方不明になった樹の元親友とも言うべき男だった。
記事のタイトルは"白き清浄なる聖王の全権代理人たる白き勇者がまた勝利した戦乱はさらに続く"と書かれていた。
白き狂った軍勢は着実に東方へと向かっているのだ。
「樹が変な色気を出さずに初志貫徹でさっさと目的を済ませれば悲劇は回避されるだろう。もう一つあったか…………」
「もうひとつって?」
「俺が白き陣営まで出張って竜也を【分解消去】で魂ごと分解する」
だがそう宣う偉丈夫ではあるがやる気はあまり感じない。
「しかしなんでまた竜也だったんでしょうね?」
「あいつはメンタルが貧弱だが肉体的性能は折り紙付きだ。最高の素材さ。自尊心を刺激してやればちょろいもんだ」
「ねぇ? 諸悪の根源をなんで誰も倒さないの?」
暫し思案していた小さな聖女さまがそんな質問を投げた。
暫く沈黙が魔導客車内が沈黙に包まれた。
徐に偉丈夫が魔導客車を止める。
「メフィリア降りるんだ」
「う、うん…………」
偉丈夫と小さな聖女さまが二人して魔導客車から降りる。
「あとは任せるぞ」
そして相棒にそう声をかけると【時空倉庫】から魔導速騎を引っ張り出す。
「道中追々説明してやる。いくよ」
偉丈夫は無言で乗る様に促す。小さな聖女様が恐る恐る後部シートに腰を下ろすと「捕まっていろ」と警告を発すると急発進した。
小さな聖女様の悲鳴が尾を引いていった、
「いいの?」
蚊帳の外だった幼人族の少女が問う。
「サポートするのも儂らの仕事さね。さっさと片付けて手伝いに行こうじゃないか」
上位地霊族がそう言って豪快に笑う。
「まぁ…………そろそろ白き清浄なる聖王には舞台から降りてもらわないとね。この世界に住む者にとってあれは害虫だ。害虫は駆除しないと」
銀髪の美丈夫がそう呟くのだった。
四章は複数プランからどれを採用するか仕事の合間に思案しています。




