111話 出立
毎日投稿はつくづく難しい。
目が覚めると見知らぬ天井が見えた。
いや、ここは宿屋の一室だ。板状型集合住宅はセシリーに権利を譲ったので昨夜はここに泊まったのだ。
「時間は…………」
ベッドから降りて外を眺める。この部屋は大時計塔がよく見えるのだ。
「まだ三の刻過ぎたばかりか……」
約束の時間は四の刻だからもうひと眠り出来そうな気もする。
「いやいや、寝過ごすわけにも行かないしノンビリ朝食でも摂って時間潰すか」
そう独り言ち着替え始める。
宿屋併設の食堂で朝食を摂る。
立食形式形式だが座席もあるので適当に皿に盛って席に座る。
「これを食べたら、明日からは粗食かなぁ…………」
そんなボヤキが漏れてしまった。
この街が食事事情で日本帝国に極めて近く、肉は鶏、豚、牛と好きなものが食べられるし、卵も毎日生でいける。主食も米、麺麭、麺と揃っている。そして種類豊富だ。
他の町へ行けば物流の関係でまずは調味料や甘味などが高額になり次に肉が品薄になる。
物流の大半を押さえているウィンダリア王国以外だと肉と言えば干し肉か燻製肉か腸詰めが主流だ。
ステーキ?
鼠の肉とかが普通に出てくるからなぁ。ともかく食糧生産量に対して人口が多すぎるのが問題だと師匠が以前言っていた。
一応こちらでしか手に入りにくい食材や調味料の数々は大量に仕入れたけど大事に食べないとな。
そんな僕の皿の上には各種肉に旬の野菜でもある甘藍、ようするに春玉菜の浅漬けが盛られている。
これに中原産の冷たい緑茶にデザートに柑橘系の果物だ。品種はよくわからない。主食として麺麭を選んだ。この白く柔らかい麺麭も他の町に行くと物凄い高価になるんだよねぇ。
みんながこの町を出たがらないのも頷けるよ。
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のんびり朝食を摂り余裕をもって市壁前へと向かうと既に約束した人物は既に来ていた。
「おはようございます。まだ約束の時間には四半刻は早いですよ」
待ち人は全身甲冑に身を包み両手持ちの大鎚矛を肩に担いだ地霊族だ。
「おはよう。改めてよろしくな」
「こちらこそ」
どちらからともなく手を差し出し握手する。
「移動は魔導騎士輸送機を使いますので外に出ましょう」
驚くゲオルグを横目に門番に滞在延長許可証を渡し、認識票を見せて門をくぐって市壁を出る。
まっすぐ伸びる街道の他は平野で宿代と滞在税をケチった多くの冒険者達が寝泊まりする天幕が広がりその奥に麦畑が広がる。
「こっちだ」
手続きを終え市壁を抜けたゲオルグに手招きをし僕らは市壁沿いに西へと進むと巨大な魔導騎士輸送機が見えてくる。
東方行きに備えて師匠の計らいで改造された為に微妙に形状が変わっていた。
主に居住区周りだ。以前に駅舎街で大量に購入した神覇鉱の板で増加装甲が施されている。
これにより並みの武装じゃ居住区に被害を与える事は出来ず安全だそうだ。
「移動は楽そうじゃのぉ」
それがひとしきり眺めた後のゲオルグの感想だった。
「おい、樹。デア・マルエッセン伯爵が荷物を置いていったぞ」
そう健司に呼ばれ荷台へと移動すると、確かに約束通り素体状態に魔導騎士用の外套を纏った二騎の魔導騎士が寝かされていた。手前には師匠から提供された重装型魔導従士が二騎が駐機姿勢で固定されている。もっとも使い道があるのかは微妙だ。今のところ僕らは巨獣狩り専門とかでもないしね。
そして当日判ると言われた品だが、どうやら全長1.5サートほどの箱型の魔導客車だ。日本帝国だと業務用ワンボックスカーみたいなものかな。
これは大いに助かる。実は健司の魔導騎士輸送機はデカすぎて人の多い場所には持ち込めないし、街にも入れないので魔導客車が欲しかったのである。
「伯爵は忙しいとの事で挨拶はなしだが許されよだってさ」
使いの者がそう宣言したらしい。一言礼を言っておきたかったけど、どこかで落ち着いたらお礼の手紙でも認めるか。
「全員揃ってるし、いつでも出発できるぜ」
「名残惜しいけど出発するかぁ」
そう言って居住区へと向かおうとすると視界の端に見知った人物が映った。
もしかして同行する気なのかと迎えに行こうと歩を進めると、無言で首を振る。長い金髪が揺れる。
どうやら見送りに来ただけらしい。忙しいから来れない筈なのに律儀だなぁ。
セシリーに笑顔で手を振りつつ居住区へ。
「行こう」
「また東方に戻ることになったな」
「前回は素通りだったから観光がてらに依頼を熟せばいいさ」
そんなやり取りを健司としつつピナに移動をお願いする。
「かしこまりましたぁ」
健司の契約奴隷である亜人族のピナが操縦槽に納まる。
しかし戦闘奴隷や契約奴隷って呼び名は好きになれないな。やや強制力の強い雇用契約じゃんとか思うのだ。
程なくして魔導騎士輸送機が浮遊をはじめゆっくりと回頭を始める。
街道へと乗り入れ速度を最微速から微速上げ始めると街道脇に開閉扉を開いた一騎の魔導騎士が立っていた。凧型盾に描かれた紋章は交差する剣と一翼の翼だ。
「あいつ…………忙しいから見送りには来ないって言ってたのに…………」
居住区の窓から眺めると一瞬、目があった気がした。
たった半年そこそこしか滞在していなかったが色々あった。
何れ戻ってきて迷宮を攻略したい。
何はともあれルカタン半島外の門前町で師匠たちと落ち合わなければ。
次回112話にて三章が終了します。




