108話 決着
間に合った!
恩恵…………開放から最大威力の【練気斬】を使うしかないか…………。
「まだ、使ったらだめだぞ樹」
僕の考えを読み取ったかのように健司が前肢を三日月斧で往なしつつ身体を寄せてきた。
そこで少し冷静さを取り戻したので改めて赤竜を観察すると、この五分間がけして無駄ではなかったと物語っていた。僕らが必死に攻撃を繰り返した左後肢を引き摺っている。
仕切り直そう。
先ずは標的の追加だ。
「和花は【火炎抵抗】、瑞穂は【水膜】、セシリーは【祝福】をお願い!」
例外もあるが多くの魔法は効果時間は五分程度なので既に最初の分は効果が切れているのでかけ直してもらう。この魔法が切れる時までに倒せないようなら僕らに勝ちはないだろう。和花も瑞穂も打ち止めだからだ。セシリーもあまり余裕が見られないので残りは回復に取っておいてもらおう。
「私もこれで打ち止めです」
攻略組の魔術師さんが懐から幾つか触媒となる牙を取り出し発動させた魔術は【竜牙兵】という竜の牙を触媒とし、うねうねと姿を変え簡易魔像でもある完全武装の骸骨戦士を創造する魔術だ。しかも大盤振る舞いで四体も出現させた。
あれで金貨四〇枚飛んだわけか…………。
続けて僕も呪句を唱え始める。
「綴る。付与。第三階梯。付の位。触媒。従僕。石像。拡大。発動。【石の従者】」
魔法の鞄から【魔化】処理を施した拳大の丸石を四つ取り出し床に放る。
魔術の完成と共に触媒となった丸石がうねうねと形を変え体高0.35サート程の人型へと変じる。石の従者の役目は戦闘ではなく尻尾薙ぎ払い対策だ。体は小ぶりだが石だけに自重は結構ある。その自重を以てして尻尾薙ぎ払いを防ぐ壁とするのだ。
まずは簡易魔像達を移動させ赤竜の注意を惹かせる。そして僅かに稼げる時間で僕らは水薬などを飲んだりして回復を図る。
「先に行くぞ!」
三日月斧を担いだ健司が走り出す。竜牙兵に混ざって赤竜に斬りかかる。
シュトルムは既に倒されてしまった重戦士から円形盾を拝借しやや遅れて駆けだす。
僕も遅ればせながら走り出し一太刀浴びせる。
だが、竜鱗を切り裂きながらも致命的な傷には程遠い。竜牙兵共は赤竜が相手だと的以外の意味はないようだ。奴らの片手剣が竜鱗に傷をつけるがやっとのようだ。一番貢献しているのはやはり健司だろう。だがこのまま足元だけ斬りつけていても勝てる気がしない。
そんな健司も奮戦するも満身創痍なのだ。バルドさんが拵え、師匠が強化した全身甲冑を着ていなければ既に生きてはいないだろう。だが鎧を穿つことは出来なくても衝撃は抜ける。
たぶん打撲で凄いことになっている筈だ。
前肢の鉤爪が健司を引掻くも鎧の表面を滑る。逸らしという防御技術だ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
お返しとばかりに前肢へと振り下ろした三日月斧の一撃は会心の一撃となって右前肢を斬り飛ばす。
怒り狂った赤竜が大きく息を吸い込む。
まずい!
このままだと巻き込まれる。
そう思った瞬間だ。一筋の電光が赤竜を貫いた。位置からして和花の【電撃】だ。確認のために振り返ると此方を見つつ親指を立てながら前のめりに倒れていく。
魔術の使い過ぎで気絶したんだ。
なんとか赤竜の上体を下げさせないと…………。
「樹さん!」
セシリーの悲鳴まがいの叫びで我に返る。視界に映る左前肢の鉤爪————。
その時、後ろから体当たりを受け平衝を崩す。辛うじて転ばなかった僕が振り返った先には、鉤爪によって大きく鎧が切り裂かれ転がっていくシュトルムが映る。
「このトカゲ野郎ぉぉぉ!!」
走り寄り三日月斧大きく振りかぶると渾身の力で振り下ろす。その一撃は強靭な右後肢に深々と食い込んだ。
大振りの代償は大きく動きが止まった瞬間に左前肢の鉤爪が健司を襲い吹き飛ばす。三日月斧は後肢に食い込んだままだ。
体勢的に今なら赤竜の攻撃は来ない。
「ここだ!」
両手持ちした片手半剣を大きく振りかぶる。開放によって体内保有万能素子のほとんどを瞬時に刀身に集約させる。
最大火力の【練気斬】で左後肢を貰う!
だが僕は気が付かなかった。鞭のようにしなる尻尾が視界の端に映っていたことを。
気が付いた時には回避不能の位置だった。僕が選んだのは一瞬でも早く後肢に斬りつける事だった。
その時、黒い太矢が立て続けに三本突き刺さり尻尾の動きが一瞬固まる。
「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
その僅かな差で僕の【練気斬】が強靭な後肢を切断した。倒れてくる赤竜を僕は眺める事しかできない。開放の反動と体内保有万能素子の減少で力が入らないのだ。
倒れ伏す赤竜が身体をよじって僕を喰らおうとその顎を開く。
連弩を投げ捨てた瑞穂が小剣を抜いて駆け寄ってくる。そのまま身体ごとぶつかる様に胴体に小剣を突き刺す。瑞穂の小剣は鋭い刃だ。何の抵抗もなく根元まで突き刺さる。
だが、長さが足りなかった。
「どけ!」
僕の視界には映らないが健司が叫ぶのが聞こえた。その声に反応し瑞穂が飛び退る。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!」
どっかで拾ってきた大剣の柄を左手で握り身体ごと叩き付けるように瑞穂が突き刺した傷跡に合わせるように大剣を突き入れた。
その切っ先は赤竜の心臓を貫いたのだった。
それと同時に最後っ屁の如く炎の息が放たれ悲鳴が聞こえたのを最後に僕の意識はブラックアウトした。
潰れるか潰れないかの綱渡り状態を何とかしたい。
何にしても三章もそれそろ終わりです。もう少しお付き合いください。




