107話 窮地へ
いま自分が務めて冷静な事をありがたいと思う。
ざっと周囲を見回し状況を確認する。
部屋のサイズは野球場くらいあるだろうか? 高さは2.5サート程だから飛行することはないだろう。
多くの冒険者たちが固まっているがコレは竜の咆哮には原初の恐怖心を湧き起こすと言われているからだ。
彼等は恐怖で固まっているのだ。
強靭な後肢を蹴って赤竜がこちらに来るまでにはわずかに時間がある。
先ずは自分のところの一党だけでも平常心を取り戻そう。
僕は呪句を口にする。
「綴る。精神。第一階梯。心の位。沈静。平静。冷静。対象。拡大。発動。【平常心】」
本来は個人を対象とした魔術である【平常心】の効果を一党全体に拡大させ、魔術は失敗することなく発動した。
「す、すまねぇ」
「助かった」
そう言って健司とシュトルムが慌てて武器を構えだす。
「瑞穂は————」
早速だが指示を出そうと声をかけた時にはすでに準備を始めていた。相変わらず僕の考えを察する子だ。
瑞穂は魔法の鞄から飲料用の水袋を取り出すと口を開け、
「水乙女、私たちを守って。【水膜】」
精霊魔法の【水膜】は炎に対して僅かだが防御膜を生成する。
「綴る。八大。第二階梯。減の位。炎。緩和。耐性。対象。拡大。発動。【火炎抵抗】」
タイミングよく和花が僕ら六人を対象に【火炎抵抗】の魔術を張り巡らせる。これはもちろん炎の息対策だ。
「始祖神よ、戦いに赴く彼らに祝福を。【祝福】」
変な焦りとかがなくなったセシリーは先日新しい奇跡を授かった。【祝福】と呼ばれるソレはなんとなく身体が軽くなった気がしたり、物事がうまくいったりするようになるのだ。
巨大な生物相手に真っ向からぶつかるのは阿呆の所業だ。先頭の攻略組一党が左右に散開した。だが恐怖に身動きできなかった次の一党が犠牲となった。
重戦士の一人は強靭な後肢に踏みつぶされ、もう一人は前肢に掴まれそのまま口まで運ばれ咀嚼される。
そして立ち止まると大きく空気を吸い込むような動作を始める。
どう見てもあの予備動作は炎の息だ。赤竜の炎の息は射程距離も効果範囲も広い。
そして吐きだされた炎の息は、攻略組一党以外を呑み込む。炎よりも高温と言われる炎の息によって装備の薄い後衛組はウェルダンも裸足で逃げ出すくらい黒焦げだ。
かと言って重装備の前衛もこんがりローストで辛うじて息がありそうくらいの状態であるが放っておけば死亡するだろう。
僕らは和花の【火炎抵抗】と瑞穂の【水膜】のお陰で若干のやけど程度で済んだ。熱気と肉の焼ける匂いの立ち込めるなか次の指示を出す。
「全員、前進!」
僕を信じて一党の全員が走り始める。肉弾戦も危険だが炎の息を連発される方が厳しいので距離を詰める。
3.75サート進んだところで新たな指示を出す。
「後衛はストップ! セシリーは状況を見て適宜回復、瑞穂は牽制…………。和花は…………任せた! んでもって前衛は…………突貫!」
炎の息によって挨拶すらしていない第二、第三、第四一党が壊滅した。難を逃れた攻略組の一行は重戦士の指揮のもと後肢に斬りかかった。だが彼らも運が悪かった————。
最初の突撃時に一党を散開させて難を逃れたのだが、現在は赤竜を左右に挟む形に布陣している。これが問題なのだ。ガチ前衛組と後衛がきれいに分かれてしまったのだ。
足元で斬りかかる鬱陶しい重戦士達に業を煮やした赤竜が身体を振る。
しなやかな尻尾が反対側にいる攻略組後衛に襲い掛かるも駆け付けたシュトルムが凧型盾を掲げ体当たり気味で受け止める。
以前の教訓で今回の凧型盾は鋼硬木を用いているので自重は増したが砕ける事無く尻尾薙ぎ払いに耐えきった。
健司も割って入り三日月斧の一撃を尻尾に浴びせ竜鱗を切り裂き、その下の竜肌を切り裂き出血を強いるが厚い皮下脂肪のせいか見た目ほど削れていない。
これだけ大きいと打たれ強さは半端ないだろう。
遅ればせながら僕も片手半剣で後肢を斬りつけるも竜鱗を傷つけるだけだった。
お礼のつもりだろうか? 攻略組後衛さんから支援として【高位威力強化】の魔術が施された。これで剣の威力が上がる。
鉤爪、牙どちらも一発貰えば致命傷だけに神経をすり減らす戦いが続いた。そしてちまちまと傷を与え出血を強いること五分が過ぎ去ったあたりで事態が動き出した。しかも悪い方へだ。
「貴様ら! 獲物に細かな傷をつけるな! 価値が下がるだろうが!」
反対側で攻略組の指揮を執っていた重戦士がこちらに向かって怒鳴り散らしていたのだが、それが赤竜の興味を引いたのか、怒鳴り散らすことに夢中だった重戦士に上から咬みついたのだ。
頭を持ち上げた後に残されていたのは血を噴き出していた重戦士の下半身のみだった。
恐慌する残った重戦士二人を鎧袖一触し、次は貴様らの番だと言わんばかりに赤竜が頭をこちらに向ける。
恩恵を使うしかないのか…………。
連続投稿も途切れてしまった。
突っ込み満載過ぎる展開だった為に書き直してたら間に合わなかった。




