105話 真相
死霊騎士の広刃の剣は驚くことに上級品級だった。銘を[魔剣ルクード]という一品物だ。三千年ほど昔の古代魔法帝国時代に魔女の異名を誇るファレリナという有名な付与魔術師の最高峰の作品の四魔剣として文献に残る真銀製の広刃の剣だ。威力そのものは中級品級に似たようなものがいくつもあるが、こいつが上級品級と言われる評価を受ける理由が二振りと存在しない事と付帯効果によるところが大きい。
「本当に、これを私が貰っても?」
鑑定が終わり価値の示されたその真銀製の広刃の剣を片手にシュトルムが確認をとってくる。迷宮内でもやり取りを行い彼に譲渡となったのにである。それだけ高価な品だったという事だ。
「君に箔を付けるのが依頼だしね。それに僕も健司も広刃の剣は使わないし、瑞穂には重すぎる」
「だが、これ一振りで一生遊べる金額になるんだぞ?」
「そうだね。…………だから交換条件として今持っている下位魔神から手に入れた広刃の剣を売り払って、それをセシリーの懇意している孤児院に君の名で寄付して欲しい」
「それだと卿らに何のメリットもないではないか」
確かにシュトルムにしかメリットはない。彼の名で寄付する事で弱者に施しをする高潔な騎士として社交界でも名が売れるだろう。元が下位魔神からの拾い物だけに懐も痛まない。
「僕ら四人はあと数日でここを離れるし餞別って事でいいよ。皆にも了解は取ってある」
「判った。これは大切に使わせてもらう。こっちはきちんとセシリア殿の懇意している孤児院に寄付する事を約束しよう」
そう言うと腰に吊るした広刃の剣と手に持っていた広刃の剣を取りかえる。
「では、私は防具の修理ついでに広刃の剣の買取先を探してくる。どうせ寄付するなら高く売っておきたい」
シュトルムはそう言うと身を翻し懇意している防具鍛冶師の店へと歩いていくのであった。
孤児院に寄付の話は裏がある。僕らはセシリーの事を誤解していたのだ。これはそのお詫びのようなものである。
昨夜迷宮から戻ってきて割と直球に和花が踏み込んだのだ。
返ってきた回答は一言で言えば、皆に付いていけない焦りだった。彼女には始祖神への祈り以外に取り柄がなく、半森霊族にしては頭の回転は悪く、不器用で運動音痴で自分が冒険者としては足手纏いだと自覚があったのだ。今回の東方行きも足手纏いの自分を放り出す名目だと思い込んでいたようであり、いいところを見せようと暴走してしまったようだ。
流石にそれを聞いてしまうと彼女に気を配ってやれなかった自分たちにも責任があるなとの想いもある。
もう一つ、過剰な孤児院への献金だ。これも半森霊族ならではの考え方なのかもしれないと思った。
半森霊族は人間より長生きだ。老化もきわめて遅くあと200年近くは容姿も肉体的にも変わらないらしい。セシリーからすると10年や20年分の献金などでは安心できないのである。
互いに誤解していたこともあったが、それは昨夜のうちに話し合いで解決した。僕らが東方へ行った後はシュトルムが率いる一党で地下二階あたりから順次慣らしていく事になった。
後顧の憂いもなくなった事だし残り数日で稼げるだけ稼ぎたいものだ。
シュトルムと別れてブラブラと街をうろつく。あと数日で見納めと思うとこのコンクリートジャングルな街並みも感慨深げだ。
和花と瑞穂は富裕層街への特別通行証が手に入ったとの事で買い物に行ってしまったしセシリーは礼拝だ。健司は珍しく朝から鍛錬に精を出している。
蚤の市のような露店広場を通りかかった時の事だ。
以前文献で見た魔法の小剣とよく似たモノを見かけたのだ。瑞穂用に一振り欲しいと思っていただけにここは買ってしまおうか…………。
瑞穂には光剣を預けているが、あれの使用には体内保有万能素子を喰うため身体の小さく体内保有万能素子の総量が少ない瑞穂には主武器として心もとないのだ。
「おじさん。その小剣いくら?」
意を決して露天商に声をかけた。
そのおじさんは指を五本立てた。
文献通りならかなり安い気がする。
「これで問題ないかい?」
僕は大金貨を一枚取り出しおじさんに見せる。
するとおじさんは満面の笑顔を浮かべて小剣を僕に押し付けひったくる様に大金貨を懐に仕舞いこんだ。
そして慌てて店じまいを始めるのだった。
ここは治安が未だに良くなくて高額な商品が売れるとカツアゲされない様に逃げるように撤収する商人も多いから特に不思議には思わなかった。
その後攻略用に水薬を買い込んでから小剣を見てもらおうと師匠宅へと向かった。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「またとんでもないもん見つけたものだな…………」
珍しく師匠が感心している。僕の思っていたのと違う武器だったのだろうか?
「それって銘を切り裂くものって小剣じゃないんですか? 文献で見かけたものとよく似ていたのですが?」
露店だと粗悪品級も出回っているから偽物をつかまされた? と思ったものの師匠の雰囲気から察するに違うようだ。
「いいかよく聞け。こいつが切り裂くものと類似しているのは同じ武具鍛冶師が打ち、同じ付与魔術師が付与した一品だからだ。だがこいつは本来は小剣じゃない」
「え?」
「こいつの銘は鋭い刃という最上級品級の広刃の剣だ」
どういう事だ?
頭にクエスチョンマークを浮かべていると師匠が話の続ける。
「こいつは過去に先の方の刃を大きく欠けさせて研ぎなおしたものだ。魔法の武具とて普通に壊れるからな。だが強力な武器故にこうして再利用されることもある」
「そんな凄い武器なんですか?」
そう質問をするが師匠は無視して小剣を隣でニコニコしていたメフィリアさんに投げ渡し「これを斬ってみ」と言って魔法の鞄から板金軽鎧を取り出した。
メフィリアさんが鞘を抜くと青白い魔力のオーラが、刀身から立ち上る。
「えいっ」
メフィリアさんは躊躇せず可愛らしい掛け声とともに小剣を振り下ろした。
「!」
その刃は音もなく鎧を裂いた。いや、何の抵抗もなく滑る様に切断したのである。切り口を見たがとても小剣で斬ったように見えない。
「樹は、やっぱ持っているな」
そう言って不思議がっているメフィリアさんから小剣を取り上げて鞘に納めて僕へと投げ寄こす。
「然るべきところに売れば大金貨四枚は硬いぞ。だが瑞穂に持たせるのは正解だな。俺でも同じ選択をする」
礼を言って師匠宅を辞して帰路へとつく。
想定を遥かに上回る武器に笑いが止まらない。
運が向いてきたという事だろうか? これは何としても地下十階の階層主を倒してから東方へ行きたい!




