102話 再び迷宮へ
東方行きの諸々の支度が完了するまで数日は要するので実績稼ぎに迷宮…………今は迷宮と呼ぶべきか…………に潜っている。
シュトルムにはこれが最後だと伝えてある。戻ったら彼は新しい面子を探し一党を率いる事となる。セシリーの進退はいまだ不明だ。出来れば教会で説法でもしていて欲しい。
現在の迷宮は万能素子の飽和状態解消のために大量の怪物が生み出されており、多くの冒険者が交代で24時間体制で潜っている。
最大の問題は召喚された魔神達だ。こちらは万能素子結晶を落とさないが代わりに運がいいと魔法の武器を残して消える。それを求めて潜る者、倒した冒険者を狙う冒険者達が居たりと混乱している。実際に僕らも冒険者達に襲われた。
経験の浅い冒険者だったようで、和花の【昏睡の雲】の魔術で気持ちよく寝てしまったのでそのまま放置してきた。果たして彼らが生き残れるか否かは運次第だ。
僕らの方は運がいいのか下位魔神の一体を倒したら下級品級だが魔法の武器、それも広刃の剣が残された。魔神を打倒しそいつの武器を取得したという実績がシュトルムに加わり彼も大満足である。
例え下位でも魔神には違いない。
先頭で前方を警戒していた瑞穂が手信号で止まれと合図を送ってきた。
一同は止まり武器に手をかける。瑞穂が腰に掛けてある角灯のシャッターを開くと、内部に施してあった魔術の【指向性光源】が前方を照らす。
突然の明りに照らされ黒いカサカサ動くやつが暗い通路の奥へと逃げていく。迷宮の掃除屋である巨大黒蟲だった。
前方には思わず顔をしかめたくなる光景が広がっていた。
「こりゃ…………酷いな。せめて認識票だけ回収しよう」
シュトルムが柄にかけていた手を離し遺体へと近づいていく。
「なんだこいつら…………碌な装備着けていないぞ」
日本帝国のTVやネットならモザイク処理されそうな損壊した遺体を検分していたシュトルムがそう呟き何やら考え込んでいる。確かに遺体の身に着けている装備は武器は小剣、防具は革鎧なのである。魔術師や斥候なら分かるのだが…………。
「この紋様は…………。なるほど…………使い捨ての犯罪奴隷達か」
そう言うと納得がいったのかシュトルムは遺体から離れて戻ってきた。
「こ――」
「何か来る」
シュトルムが口を開いたタイミングで瑞穂の警告が飛ぶ。警戒して押し黙ると確かに通路の先、暗闇から何かが近づいてきている。
暗がりから姿を現したソレは、牛の頭部、筋骨隆々の上半身に下半身は腰ミノ一枚に蹄のある獣の脚、体長は0.7サートほどと大柄で、普通の人間には扱えそうもないくらいな巨大な大斧を肩に担いでいたソレは、僕らを見ると雄たけびを上げて迫ってきた。
「牛の亜人族か? いや、牛頭鬼か!」
僕が蘊蓄を垂れるまでもなくシュトルムがソレの正体を言い当てた。
雄叫びと共に振るわれた大斧を凧型盾で辛うじて往なし広刃の剣を抜くも勢いを殺しきれずに平衝を崩す。よく見れば凧型盾の外周の補強された金属が大きく歪んでいる。あの凧型盾はもう使えないかもしれない。
「シュトルム下がれ! 健司!」
「おうよ!」
一度態勢を立て直すために健司に牽制してもらう。二度目の大斧の一撃を健司の三日月斧が受けるが大きくよろめく。力の差もそうだがやはり体格の違いは大きい。
「この牛野郎!」
いち早く体勢を立て直した健司が素早く右薙ぎで脇腹を狙う。血飛沫は舞うが分厚い筋肉に阻まれた。動きを鈍らせるほどの一撃ではなかった。
牛頭鬼が健司の一撃に意識を割いた刹那に僕の片手半剣の一撃が大腿部を切り裂いた。
だがこれも厚い筋肉に阻まれて見た目ほど大きな負傷ではない。
「綴る。八大。第三階梯。攻の位。閃光。電撃。紫電。稲妻。発動。【電撃】」
後衛の和花の【電撃】が牛頭鬼の上半身を貫く。
肉の焼ける匂いと牛頭鬼の絶叫が通路に響く。
「畳みかけよう!」
怒り狂った牛頭鬼の横薙ぎの大振りの一撃をヒラリと躱し、みんなに指示をだす。
身軽な瑞穂が身体ごとぶつかる勢いで小剣を脛に突き刺す。
痛みに暴れた拍子に身軽な瑞穂は弾かれるが、受け身を取り太もものレッグストラップに収めてた三本の投擲光剣を素早く投擲する。
投擲光剣は大斧を振り下ろそうと構えていた胸板に突き刺さる。
痛みに構わず振り下ろした大斧を健司が前へと踏込み根元を三日月斧の柄で受ける。
僅かに動きが止まった瞬間————。
「発動。【昏倒の掌】」
滑るようにがら空きの懐に入り込み掌を牛頭鬼の腹に当て略式魔術で【昏倒の掌】を喰らわせる。
僅かな痙攣の後に膝が崩れて上体が倒れてくる。次の攻撃の為に場を空けなければならないので後ろに飛びのく。
「シュトルム! 止めだ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
凧型盾を捨て懐まで走り込み、いい塩梅に下がった上体へと突き上げるように広刃の剣を突き入れた。
シュトルムの一撃は牛頭鬼の心臓を刺し貫いた。
広刃の剣を引き抜き距離をとると牛頭鬼は倒れこむ。
「やったな」
健司がシュトルムにサムズアップして労をねぎらう。
だが、ゆっくり休む暇はないようだ。通路の奥から鉄靴の音が響いてくる。
鉄靴の音はやけに重々しく通路に響き渡る。
徐々に近づく音に金属鎧特有の音が混ざっているのを聞いて、同業者かと安堵したがその期待は裏切られる。
暗闇から姿を現したのは赤錆びた板金軽鎧を着込み凧型盾と広刃の剣で武装し、砲弾型兜の覗きから見える赤くらんらんと輝く瞳に戦慄する。
「死霊騎士…………」
ストックが切れました。
努力はしますが仕事の都合もあり毎日更新は厳しいかも?




