99話 贈答品は”物干し竿”
2019-07-19 ルビと文言を変更
まて…………なんかこれまでの会話に違和感がある。僕は何か大事なことを忘れていないか…………。
「いま思い出したぞ…………。お前はあの時に僕に精神誘導を仕掛けた半透明の男だな!」
そうだ。間違いない。そう思い彼のこれまでの言動全てを疑い始めた時だ。
「バレてしまっては仕方ありません。ですがあの時とは状況が違うのですよ。状況が変われば敵味方も変わります。それは分かりますよね?」
そう言い訳し始めた。
それは状況が変わればいくらでも裏切ると宣言しているようなものだ。冒険者や傭兵が金次第でコロコロ立場を変える為に信用されないのに似ている。
「ところで、これ解除してもらえないかな?」
レストールと名乗った男が何もない空間を指し示す。意味が分からず考え込むと…………。
「君の可愛い間者殿に脅されてるんだけど…………」
そう言われて分かった。瑞穂の鋼刃糸が張り巡らされているのだ。
「瑞穂。解いて」
程なくしてレストールが安堵する。
「君の可愛い間者殿の天稟は恐ろしいな。【認識阻害】の魔術には自信があったのだがね…………」
「私は自分の利益の為に人を利用するが騙しはしない。だがこのまま話しても平行線だろうから今日のところはお暇しよう」
そう告げると唐突に姿を消した。そして声だけが聞こえる。
「その箱は私から贈答品だ。君の師匠に見せたまえ」
確かに足元にはリボンをあしらいラッピングされた箱が街路に置かれていた。
どこからか現れた瑞穂が器用に鋼刃糸を用いて箱を持ち上げ僕へと差し出す。
「ありがとう」と礼を言ってそれを受け取りどうするか迷う。
だがそれよりもだ…………。
「瑞穂ありがとう。助かったよ」
そう言って彼女の頭を撫でる。そして瑞穂は心地よさそうに撫でられるに任せるのであった。
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「こりゃ…………またとんでもない貢物だな」
師匠宅に出向き件の品を師匠に見てもらう事となった。
箱の中には一通の手紙が収められており、貢物はある無人島に置いてあるとの事で、その無人島の座標が指し示られていた。
そして師匠の【転移門】でやってきたのである。
手紙には利害が一致しているので敵対行動はしない。貢物は自由に使ってくれて構わないと書かれていた。
「で、どうするよ?」
貢物を前に師匠が僕に問う。よーするにこんな貴重で凄いモノを差し上げるんで、味方にならなくてもいいけど邪魔はするなという事だ。
「師匠はどう見ます?」
僕は質問に質問で返した。全体像が把握できないのだ。
「あいつにとって樹が動くとそれに釣られて事態が想定外の方向に動く事を嫌って自分の制御下に置きたいのだろう」
「は? 銅等級にも満たない僕らがですか?」
何の冗談だろう。
「お前さんは自覚症状がないようだが普通じゃないんだよ。普通の奴ならこっちに転移して最初の赤肌鬼襲撃で死んで終わりだった。ところが縁も所縁もないメフィリアが偶然だがやってきてお前を蘇生し、次いで俺がお前の元に現れた。その後も何度か似たようなケースがあったが樹には何か天命があるのではないかと邪推してるんだよ」
天命ねぇ? そんな事を思っていると師匠の話は続く。
「天命持ちの行動は読めないし、非常に高い幸運で周囲を引っ掻き回す。あいつにとっては樹の選択肢を制御して自分の想定通りに事態を動かしたいのだろう」
勝手に動かれると困るのか…………。そうすると花園さんと会いに行くだけなら問題なさそうだな。
それに贈り物自体はとても良いモノだと言われた。
迷ったものの何を寄越したのか気にはなるので確認する事にした。
まず一つ目は目の前に鎮座する巨大な布を被った物体だ。
「これは言わなくても判るだろうが……」
師匠がそう言いつつ覆っていた布を外していく。
程なくして現れたのは片膝立ち、いわゆる駐機姿勢状態の漆黒の魔導騎士だった。
「良かったな。ちょうど健司の魔導騎士輸送機の荷室に入れる置物を探していただろ?」
確かに健司とは中古の魔導従士あたり欲しいなとは話したが…………。
そう回想していると師匠は周囲の大小さまざまな収納箱を無視して体躯に見合わぬ軽やかさで腹部の開閉扉に登り操縦槽の中を覗き込む。
「おぉ…………こいつは外見は偽装してるが、まだ中央の軍の教導隊に配備されたばかりの最新型じゃないか。あいつも気前が良いな」
暫くあれこれとはしゃいでいたが下りてくると、
「こいつは売るのはまずいから不要であれば俺が適正価格で買い取る。お前たちで運用するなら魔導機器技師が居ないとちょっと厳しいと思うぞ」と忠告してくれた。
何故売るのはまずいのかと言えば書類を偽装して横流しした品だから、市場に流れれば売った奴を洗い出して拷問してでも出所を突き止めに来るはずだとの事だ。
自爆装置でもつけておくか? とも言われた。
勿論僕はそんな浪漫装備を断る筈もなくお願いした。ついでに魔導機器技師も紹介してもらう。
次に目を向けたのが巨大な五つの収納箱だ。だがこれは補修用の部材や魔導騎士用の行軍旅装だった。最新鋭騎で市場では備品や補修部品が手に入らないので用意したのだろう。手回しのいい事だ。
次に開けたのは箱の中身は装身具が収められていた。師匠曰く下級品級と中級品級だがすべて魔法の物品だそうだ。効果については後で鑑定結果を書面で用意してくれるとの事だった。
もうひとつの収納箱を開けてみると————。
「銃?」
様々な形状の銃と形容して問題ない金属製の物体だった。
「回転式魔法投射器に対巨獣長尺加速投射器に魔力銃に…………魔法の鉄弾か」
回転式魔法投射器は僕らの世界で言うなら回転式弾倉型擲弾発射器のような外観をしている。専用の魔法の鉄弾に魔術を込めてから遠距離に打ち出すものだ。魔法の類は射程があまり長くない。それを補うための道具ともいえる。曲射軌道で凡そ125サートほど飛ぶらしい。魔法の射程が7.5サートと考えるとこれは大変便利だ。しかも目標を視認してなくても効果があるのが素晴らしい。
魔力銃はかなり大型の拳銃に見える。性能に関しては魔術師の【魔力撃】と同等の威力らしいが引金を引けば誰でも使えるのが特徴だ。
そして分解されて収納箱に収まっていたのが、対巨獣長尺加速投射器だ。
組立てたそれは長さ0.75サートにもなる対物ライフルっぽい外見をしていた。絶対これらを作った奴は銃マニアだったに違いない。
「ちょっと待ってろ」
師匠はそう言うと【転移】で一人どこかへ行ってしまった。
僕はボケーっとしてても仕方ないので魔力銃などが収まっていた収納箱を覗いて残りを取り出す。
残っていたのは長さ7.5サーグほどの金属の棒が5本と長さ1.25サーグほどの金属の棒が30本だった。
これは師匠が普段腰から提げているから知っている。光剣と投擲光剣だ。
残りの箱には【魔化】済みの魔術の触媒の数々だった。地味にというか痒い所に手が届くラインナップだ。【魔化】作業は結構面倒くさいんだよね。で、結局面倒くさいから【魔化】済みの商品を買ってしまうという。
一通り確認を終えると師匠が戻ってきた。




