96話 大変ご立腹である。
「万能素子結晶がないな」
健司の呟きを聞きつつ、僕は記憶をほじくり返していた。
肉体は霞のように消え万能素子結晶は見当たらない。
「そして装備品が残されるという。このケースは初めてだな。どう思う?」
シュトルムも疑問に思っているようだ。
「推測でいいなら…………」
真語魔術の座学で師匠から聞いた話からの推測だと前置きして話し始める。
「要するにこの上位魔神は迷宮主に召喚されたものだと言うのだな?」
シュトルムの確認に僕は頷く。召喚術師の一派で魔神専門の研究を行っていたものを魔神の支配者と呼ぶそうで、彼らに召喚された魔神はこちらの世界で肉体を維持できないとの事で仮初の肉体を用いるそうだ。故に肉体が機能不全に陥るとあとは消滅するのみとなる。
「なら、あの大剣は彼らの持ち物か、迷宮主が与えたものなのか?」
健司の問いに僕は無言で頷く。
売るか使うかは後で考えようと魔法の鞄に放り込む。
「しかし、いまいちよく分からないのだが…………そもそも今回の迷宮の仕様変更はどういった経緯なんだ?」
健司の問いに僕も最初は同じ事を思ったのだ。それで休暇中に師匠を捕まえて根掘り葉掘り聞いた内容を要約すると――。
そもそもこのルカタン半島と呼ばれる場所に地脈と呼ばれる濃密な万能素子の経路があり、その溢れんばかりの万能素子を吸い上げるために魔法帝国は都市を作り吸い上げた万能素子で多くの強大な魔法を使い繁栄した。
迷宮宝珠はその万能素子を用いて創成魔術にて迷宮を拡張し、怪物を生み出し、財宝を用意し、罠を仕掛ける。
だが、この惑星に異常が発生したのか地脈に流れる万能素子が増大し、吸い上げた万能素子を処理するために迷宮宝珠は迷宮の拡張や怪物の学習能力向上、召喚術によって異界の魔物などを呼び寄せるようになる。
「よくわからんが、余った万能素子は垂れ流せばよいのではないか?」
「だよなー」
シュトルムが疑問を口にし健司が同意する。僕も最初は同じことを思った。
ところがそれはダメなのだ。万能素子が多ければ魔術師は大規模な魔術を色々と使えのだが、濃密すぎると人体に悪影響が出るのだそうだ。それを回避すべく迷宮宝珠の機能を全開にして万能素子を消費させているのだが迷宮主は趣味の為に死を超越せし者に転じるような人である。必死の迷宮管理に大変ご立腹なのだ。
また大量に生み出された怪物が迷宮から溢れて地上を蹂躙しないようにもっと冒険者共に仕事させろと発破かけてきたのが規約変更の真相だ。組合としても万能素子結晶は大量に欲しいという利害の一致もあった。
だが買取価格を落としてはやる気の維持は難しかろうと言う事で、褒賞代わりに相場が変わらない程度に魔法の物品の供給量を増やしたりしているらしい。
「冒険者は掃いて捨てるほどいるから使い潰そうって腹積もりなのか…………」
シュツルムはそう言って唸る。
若い時は一次産業を底辺職とか馬鹿にして一攫千金の冒険者に憧れる者もいる。食うに困って犯罪者になるくらいならと冒険者になる者もいる。
でも半数は数年で死に、さらに半数は生き残るも僅かな蓄えを持って底辺だと笑っていた一次産業につく。全体の一割ほどがそれなりの身分になり余生を送る。そしてほんの一握り全体の0.1%ほどが英雄だの勇者だのと持て囃される。数にして五千人弱だろうか。五千人弱を多いと思うかは人それぞれだが、登録されている冒険者の数は五百万を超え大きな変動はない。
「しかしだ…………上位魔神とは、どれくらいの脅威度なんだ?」
シュトルムがそんな疑問を口にする。地上の富裕層区画の観覧者用食事処で見られているから相手の強さによっては自分の実績に繋がるので気になるのだろう。
「ん~…………上位魔神と言っても強さは一定じゃないから何とも言えないけど、通常は銅等級の一党なら討伐出来る…………かもと言われているね」
「ならそれなりに快挙なのか?」
僕の回答にシュトルムが嬉しそうにする。快挙には違いないだろうが、うちの一党は術者が多いからなぁ…………。
「樹くん、終わったよ」
少し離れたところでセシリーの治療にあたっていた和花がこちらにやってきた。後ろにはセシリーと後方を警戒している瑞穂もいる。
「ありがとう。やっぱ今日はもう打ち止め?」
「うん」
セシリーの治療の為に真語魔術の【軽癒】が必要であったが、僕が【万能素子消失】で周囲の万能素子を霧散させてしまったので、少し離れた場所に移動して治療にあたってもらったのだ。セシリーを見るが法衣に黒焦げの穴が開いており下に着ている鎖帷子が露出している。他には綺麗な金髪の一部が焦げて縮れてしまっている。これは仕方ない。高位の神語魔法でないとどうにもならないのだ。
「目標の地下十階には届かなかったけど、一度地上に戻ろう。シュトルムの凧型盾も壊れてしまったしね」
僕らはこの迷宮が変貌してしまった事にまだ気が付いていなかったのだ。




