95話 難敵②
「樹!」
健司の叫びに反応した時にはもう遅かった。
暗闇から電光が迸り僕を貫く。
後ろでも悲鳴が二つ上がった。
僕を貫いた【電撃】の魔術が和花とセシリーにも及んだのだ。
肉の焼ける匂いと引き攣るような痛みに耐えて振り向くと【電撃】の射線から外れていた瑞穂が二人の様子を見ている。程なくして首を縦に振る。どうやら死んでいないようだ。
闇雲に突っ込むの自殺行為だ。かといって和花たちを置いて撤退は出来ない…………どうすれば…………。
待てよ、奴はどうやってこちらを視認しているんだ?
状況的に【視野共有】はありえない。かといって集中が必要な【魔術師の眼】もあり得ない。そうなると、第五階梯の【遠見】か第六階梯の【暗視】の魔術か!
それなら…………。
「目と耳を塞げ!」
そう叫ぶと素早く呪句を唱え、呪印をきる。
「綴る。統合。第三階梯。攻の位。光。白光。輝き。閃光。轟音。解放。炸裂。発動。【閃光炸裂】」
僕の魔術は完成し【漆黒】の前で閃光が広がり爆音が周囲を包んだ。
魔術か特殊能力で暗闇のこちらが見えているとしたら閃光は十分効果があるはずだ。
それを裏付けるように【漆黒】の奥から人のものとは違う絶叫が上がった。
ここでさらに追撃をかける!
再び素早く呪句を唱え、呪印をきる。
「綴る。統合。第四階梯。破の位。境界。素子。霧散。虚無。発動。【万能素子消失】」
魔術の完成とともに周囲の万能素子が霧散していくのが分かる。これで僕らは真語魔術を使えなくなる。
相手が不利を悟って逃亡してくれと祈っていると…………。
暗闇から現れたのは大剣を担ぐ筋骨隆々たる肉体に黒山羊の頭部を乗せたような体長0.75サートに及ぶ巨体の禍々しい何かだった。
「なんだありゃ?」
健司が間抜けな声を上げる。それを合図に禍々しい何かが迫ってきた。
完全に不意を衝かれるかたちの健司ではあったがシュトルムが凧型盾を構えて割り込み最初の一撃を受け止めた。
「なっ!」
だが強力な一撃で金属で補強してあった凧型盾が破片をまき散らす。所詮は木製だ。
慌ててシュトルムは下がり体勢を立て直す。辛くも一撃を受けずに済んだ健司も武器を構えなおす。
「何もんだよアイツ?」
健司がこちらも見ずに問うが僕もよく分からない。
「たぶん上位魔神だと思うけど、個別の名称とかは分からない」
そう答えながら激しく後悔していた。
失敗した!
だとすれば黒の神々の信奉者でもある彼らは黒の奇跡の使い手でもあるって事だ。
有り余る膂力から振り回される大剣を辛うじて壊れかけた凧型盾で往なしたシュトルムがよろめく。攻撃の勢いを殺しきれないのだ。
だが攻撃直後は隙ができる。そのわずかな隙をぬって健司の三日月斧が上位魔神の左大腿部に深々と切り裂く。
「うっし!」
思わずガッツポーズをとる健司だったが、
「〇§¶ΔΘΞΣ△▲」
上位魔神が何やら喋ると深々と切り裂かれた左大腿部の傷が消えていく。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ」
そして同時に健司が左大腿部を抑えて絶叫を上げ転げまわる。
今のは自らの傷を癒し同じ傷を相手に与える黒の奇跡の生命力奪取だ。
防御主体のシュトルムを無視してまずは健司を仕留めるべく大剣を振り上げた時だ。
無防備な右脇に無数の太矢が突き刺さる。瑞穂の連弩から放たれたものだ。
そして後ろから駆け抜け健司の元へ行ったのが和花だ。
「生命精霊よ。こいつの傷を癒して【快癒】」
しかし呑気に回復を待つ上位魔神ではない。
瑞穂の牽制の一撃で僅かに遅れたものの振り下ろされる大剣を僕の片手半剣とシュトルムの広刃の剣で受けとめる。その衝撃の強さに剣を落としそうになるが何とか耐えた。
僅かに稼いだ時間で【快癒】によって傷の癒えた健司が起き上がる。
「わりぃ。助かった」
感謝しつつ三日月斧を振るい僅かではあるが上位魔神に傷を負わせた。
向こうの魔法もそろそろ打ち止めのはずだ。
「樹くん、【快癒】打ち止め!」
和花がそう申告してきた。
「セシリーは?」
「気絶してるわ」
どうやらこっちも打ち止めのようだ。
シュトルムが凧型盾と広刃の剣で必死に防御しつつ、わずかな隙を狙って僕が片手半剣で切り裂く。
和花は投石紐に持ち替え投石を行い地味に嫌がらせをする。
健司は[功鱗闘術]の【斬撃】の準備に入るために若干距離をとる。
そんな健司が気になるのか上位魔神が意識を向けると絶妙なタイミングで瑞穂の連弩による牽制射撃が入る。
打たれ強さが高いとは言ってもチマチマ削ればそれは徐々に効果を表す。次第に動きが鈍くなり始めた時、
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
健司の乾坤一擲の【斬撃】が上位魔神の肉体を大きく切り裂く。悲鳴を上げる上位魔神の隙をつき僕は身体ごとぶつかる勢いで片手半剣を突き刺す。
それでも死なず、シュトルムの広刃の剣も突き刺さるが不死身なのではないかと思い始めた時、
「もういっちょ!」
僅かに上体が下がった隙を見逃さず健司の三日月斧が黒山羊の首を切り落とした。
倒れ伏す上位魔神を油断なく眺めていたがピクリとも動く気配がないので気を抜くと上位魔神の肉体がまるで霞のように霧散していき後には奴が使っていた大剣だけが残されたのだった。




