94話 難敵①
迷宮に突入し階段経由で地下十階を目指して早七日が経過した。
貴族の子弟は騎士になるために下積みとして従士を経験する。従士の生活は家柄は考慮されず過酷で厳しく、迷宮内での連泊行軍にも音を上げることなく付いてきている。戦闘に関しては凧型盾できっちり敵の攻撃を往なして広刃の剣で突いたり斬ったりとスタンダードな戦闘スタイルだが予想以上に安定している。
貴族のバカ息子は使えないなどと上から目線で評価していたことを詫びようと思う。
そして階層ごとに出てくる敵もシャッフルされたのか現在いる地下七階で赤肌鬼一家に手を焼いている。
今までのただ無作為に突っ込んでくるだけだった奴らが普通に知恵を持ちアレコレと策を練ってくるのである。前衛組は防具をきっちり固めた事もあり、おいそれと毒刃などを喰らうことはなくなった。万が一数が多くて前衛を抜かれるようなことがあっても瑞穂の連弩が的確に赤肌鬼の命を奪う。
セシリーに関しては別れが近づいてきているものの特に変化はない。基本的には明かり持ちである。万能素子結晶を回収するために解体することを厭い、かと言って勘も鈍いのか索敵警戒も苦手だ。結局のところ燃料角灯持って立ってるだけでもマシと思う事にした。お客さん気分のまま今日まで来てしまった事を後悔せざるを得ない。
実は暗い迷宮での明かり持ちは的なのだ。飛び道具持ちに最初に狙われるのである。酷いというなかれ。
「この辺りまで来ると冒険者の死体もちらほら転がっているな。やはり規約が変わった事で無理をしてでも稼ごうとする者が増えたせいなのか?」
戦闘も終わり軽く休息を取っているとシュトルムがそんなことを言い出した。
「それもあるだろうけど、敵の攻撃パターンが大幅に変わって単調な攻撃しかしてこなかった怪物に知恵がついたことも原因だと思う」
ただ、知能があるのかないのか分からないものに関しては何も変わってないので多くの冒険者はそっちに集中している。だがこの町で迷宮に潜って生活している冒険者は推定で五万人はおり、リソースの奪い合いである。あぶれた冒険者が知恵を付けた赤肌鬼たちに蹂躙されるのを何度か見てきた。
組合からすれば底辺冒険者など替えが利くのでいくら死んでもかまわないって事で無関心である。
一息つき再び地下八階への階段を探しに移動を開始する。程なくしてこちらの燃料角灯の明りを目指して通路の先、暗闇から六匹の赤肌鬼が駆けてきた。上位種が居なければこんなものかと武器を構える…………。だが何か違和感を感じる。
そしてその違和感は赤肌鬼の奇声に紛れて聞きなれた旋律が耳に届く事で理解した。
「全員、散開!」
暗闇から火の玉が飛来し、少し前まで僕等がいた中心で炸裂した。
「真語魔術の【火球】だ!奥に魔術師がいるぞ!」
前衛にいた僕は後ろからの熱風に煽られながら皆に注意を促す。
「セシリー! しっかりして!」
爆炎の後ろから和花の悲鳴に近い声が聞こえる。だが後ろを気にしていられない。奇声を上げた赤肌鬼が飛び掛かってきたのである。
「邪魔だ!」
毒刃片手に飛び掛かってきた赤肌鬼を斬って捨てる。
迂闊だった。気が緩んでいたのだろうか? いや、それとも慢心?
敵は【漆黒】の魔術を通路に展開し隠れ潜んでいたのだ。
赤肌鬼の現れ方がおかしいとは感じたけど、まさか魔術師が潜んでいたとは…………。真語魔術を使う怪物は確かにいるが…………。
「まさかこんな浅い階層で大物かよ…………」
そうぼやく健司の声には脅えのようなものが混じっている。
とにかくあの【漆黒】の魔術を何とかしよう。
対抗魔法でもある【光源】で打ち消すか?
それとも【魔法解除】で解除を試みるか?
「健司! シュトルム! 時間を稼いでくれ!」
そう二人に指示し呪句を口ずさむ。
「綴る。八大。第一階梯。彩の位。光。白光。輝き。発動。【光源】」
だが、【漆黒】が消えた形跡がない。
「くっそっ! 相手の方が技量が上だ!」
こちらの魔力強度が相手の魔力強度を上回らなかったのだ。
「樹!」




