夢のお告げ
「や、これはご隠居さんじゃありませんか。初詣からのお帰りですか。どうも、明けましておめでとうございます」
「おや、これは辰っつあん。おめでとうさん」
「今年もひとつよろしくお願いしますよ。――おやご隠居さん、何だかご機嫌なご様子ですね。新年早々何か良いことでもありましたか」
「それがねえ、不思議な話なんだが聞いておくれかい。実は昨夜、あたしの初夢に神様が現れてね、有り難ーいお告げを下すったんだ」
「へえ、神様が」
「そう、夢の中に真っ白い犬が出てきてねえ。ほら、うちの裏に古い祠があるだろう、あすこに祀られている犬神様だって仰るんだよ。そりゃあもう見るからに神々しいお犬様でね、あたしが思わず拝んだら、いつも大切に祀ってくれているお礼にお告げを授けてやろうと仰る」
「ほうほう、してそのお告げってえのは」
「家の台所の床下に半分土に埋まった壺がある、それを掘り出してみろと仰ってね、そこで夢から覚めた訳なんだが、朝になって台所の床板を剥がしてみたら本当に壺があるじゃないか。掘り出して開けてみたらば、中に小判が沢山入っていたんだよ」
「へえ。そりゃあすげえや」
「神仏は日頃から大切にしとくもんだねえ。――おっと、じゃあまた」
***
不思議な話を聞いた辰っつあん、早速、ご隠居さんの家の裏にある祠にやって来ました。
「へえ、これが有り難いお犬様の祠かね。確かに中に木彫りの犬みてえなもんがあるぞ。――しかし随分小汚えなあ。よし」
辰っつあん持っていた手ぬぐいを取り出すと、木彫りのお犬様の埃を払いよく拭いてやりました。
「これでよしと。さて」
両手を合わせ、
「お犬様お犬様、何卒あっしにも、有り難いお告げを授けて下さいまし」
と、一心不乱に拝みました。
***
さてその晩、辰っつあんいつもより早く寝床に入り今か今かと待ち構えておりますが、余計に目が冴えて中々眠れません。
夜も更けてようやくウトウトしかけた頃、夢か現か犬の遠吠えが聞こえたかなと思いますと、お犬様が夢枕に立ちました。
「辰吉、辰吉」
見れば何だか冴えない灰色の犬が、辰っつあんを呼んでおります。
「これは……お犬様で?」
「いかにも我は祠の犬神ぞよ。何ぞ不服か」
「いえいえ決してそのような。ただ聞いていたのとあんまり違うもんでございますから」
「そちが汚れた手ぬぐいで拭いてくれたおかげでこうなった」
「ええ、それは大変申し訳ない事をしでかしました。悪気があった訳じゃございません。どうぞお許し下さい」
辰っつあん、お犬様に平謝りに謝りました。
「まあよろしい。そちの心がけに免じて赦してつかわす」
「へえ、有難うございます。有難ついでにお犬様、どうぞひとつあっしにも、お告げを授けて下さいまし」
「ふむ、よろしい」
「実はですね、お恥ずかしい話、あっしこの歳でまだ嫁のきてがないんで。どうぞあっしん所に、こう、気立てが良くて器量良しで実家が金持ちの嫁が来るようにお願いします」
「醜男の分際で欲を張ると碌な事がないぞよ」
「そう冷てえこと言わねえで、ひとつよろしく頼んます、お犬様」
「そちは少うし勘違いをしておるようじゃ」
「は、勘違い」
「我は願いを叶えてやる訳ではない。ただ教えるだけじゃ。かの隠居にも、我が小判を授けたのではない。先代が隠したまま忘れられていたものを教えたまでじゃ」
「へえ、左様で。じゃ、あっしにはどうすれば良い嫁が来るかを教えて下さいまし」
「ふむ、よろしい。ではお告げを授けてつかわす。辰吉の所に良い嫁が来るには……、まずは整形手術をするぞよ」
「ちょちょちょっと待っておくんなせえ。いっくら嫁が欲しいからと言ったって、親にもらった顔を変えるなんて罰当たりな事あっしには出来やせん」
「最近の若者はコンサバティブじゃの」
「いやいやお犬様、ひとつ他の方法でお願いしますよ」
「仕方ない。では別のお告げをつかわす。辰吉に嫁が来るには……、金持ちになると良いぞよ」
「お犬様ぁ、それが出来りゃ苦労しませんよ」
「ああ言えばこう言う」
(なんでえなんでえ、本当に大丈夫かなこのお犬様)
「だいたい、一口に気立てが良くて器量良しと言っても難しい。人の好みというものは様々じゃ」
「それもそうでございますね。――ええと、あっしの好みはですねえ、こう、小柄で見目が良く色白で、大人しくて何を言っても口答えせず『はい、あなた』なんつって、物を大切にするやりくり上手な嫁なんてのが良いですねえ」
「あい分かった。そういう事なら、ちょうどよい娘に心当たりがあるので世話してやろう」
「本当ですか。こりゃ有り難え。お犬様、有難うございます」
「よしよし。楽しみに待っているが良いぞよ」
***
夢から覚めた辰っつあん、ようやく念願の嫁が来ると喜んで、あれこれ期待しながら待ちました。
次の晩辰っつあんが寝ていると、誰か表の戸を叩く者がおります。
トントン トントン
「もし」
「うーん」
「もし、あなた」
「うーん。なんだ、誰だい、こんな夜中に」
「お犬様に世話して頂いた者でございます」
辰っつあん、その言葉を聞いて慌てて飛び起き表の戸をガラガラッと開けますと、そこにいたのは一匹の小さな白い犬。
「ふつつか者ですが、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
三つ指付いて深々と頭を下げたもんですから、辰っつあん開いた口が塞がりませんでした。
***
さて辰っつあんの所に来たこの犬の嫁、大層出来た嫁でございました。
切れ長目尻が美しい顔立ちに真っ白い毛、気品を備えた器量良しでございます。かといって気位高すぎる事も無く、辰っつあんが何か言えば口答えもせず「ワン」と素直に答えます。物を大切にするたちらしく、何でもどこかへしまいこんでは質素倹約に励みます。
姑の辰っつあんのお袋さんにもすっかり気に入られ、毎日仲良く散歩なぞしております。
これが人間の女であれば申し分無い嫁なのですが、何しろ犬ですから辰っつあんにしてみれば困ったものです。
「お犬様に世話を頼んだおかげで犬の嫁が来ちまった。こりゃどうしたもんか」
辰っつあん、間違って子犬が産まれる前に里へ帰してしまえと思い立ちました。
しかし何と言ってもお犬様に世話して頂いた嫁ですから、ただ、犬の嫁などいらんと言って突っ返す訳にも参りません。そんな事をすればお怒りをかって、どんな祟りがあるか分かりません。
なんぞ嫁に不出来な所でもあれば、それを口実に里に返す事も出来ましょうが、こうも非の打ち所がなくてはそれも難しい。辰っつあん、何とかうまい口実は無いものかと思案した末、お犬様の祠に出かけて行きました。
「お犬様お犬様、せっかくお世話して頂いた嫁ですがそのう、このお話は無かった事に出来ませんでしょうか」
「なんぞ不服があると申すか」
「いえいえいえ、滅相もない事でございます。ただそのう……、いわゆる性格の不一致というやつでして」
「赤の他人と一つ屋根の下に暮らすのじゃ。始めのうちはそういう事もあろう」
「いや『他人』であれば何にも問題無いんですがねえ」
「何じゃ」
「いえいえいえ、こちらの話で」
「とにかく夫婦というものは、長い年月共に暮らすうち自然と似通ってくるものじゃ」
「はあ……」
「他にもあるのか」
「へえ、実はですね、それがその……、何しろあんまり出来た嫁なもんですから、どうもあっしには勿体無いと思いまして」
「ふむ。一理ある」
「あるんですか」
「本来であれば高貴なお方の所へ嫁ぐものを、そちの信心深さから特別にくれてやった娘じゃ」
「いやいやそれであれば、あっし如きの嫁ではやはり申し訳のうございます。どうぞ高貴なお方とやらの元に嫁がせてやっておくんなまし」
「ほう。奥ゆかしい事じゃ」
「そうでしょうそうでしょう。人間あんまり欲張っちゃあいけねえと、心を入れ替えましたんで」
「感心であるな」
「あっしはもっと何て言いますかこう、普通の嫁で結構でございますんで」
「普通の嫁とはいかような者じゃ」
「そうですねえ、姿形なんぞは多少崩れていても愛嬌があればそれで良し。色があんまり白いのも何だか不健康でいけねえ、むしろ色黒で大柄、肉付きが良過ぎる位が丈夫な証拠でございます。気立てだってあんまり大人しくっちゃあ面白味がありませんから、牙がある方が良いでしょう。多少トウが立った位の嫁が、あっしには良い塩梅でございます」
「そうか。年が足りぬと申すのだな」
「まあ左様で」
「では来年は猪の嫁をつかわそう」
お後がよろしいようで……m(_ _)m