6話 他者を信頼するのは難しい
「なるほど。春休みの時に犬に襲われていたところを助けたら何故か妙になつかれて、今ではマンションの隣人さんで後輩と」
「そゆことです……」
柊からひたすら尋問受けて、やっと解放された。
春休みでの彼女との出会いを話し終えると柊は目の前で大きなため息を吐いた。
いやホントマジすんません。隠してたわけではないんですよ。俺だってまさか噂の新入生が彼女の事だとは思わないじゃないですか。不可抗力ですよ。
「そういうことじゃなくてだな」
じゃあ何です?
「お前ら、あれで付き合ってないってどういうことよ?」
柊の言葉に俺は首を傾げる。
付き合う?誰が?俺と天莉さんが?HAHAHA。寝言は寝てから言えや。俺が天莉さんと付き合うなんてある筈がないだろうが。
「恋人でもない男を毎朝起こしに来たり、弁当を作ってくれたりとかの方があるわけないだろうが」
「ただの親切から来るものだろ」
「お前それマジで言ってんのか?」
「な、なんだよ」
またひとつため息を吐く。
そうやってため息ばかり吐いていると幸せが逃げちゃいますぜ兄貴。てか人の顔を見て何度もため息吐くとか失礼だなおい。
「なんでそういう考えになるんだよお前は……」
何故と聞かれても俺はそういう風にしか考えられない。これは相手が天莉さんに限った話ではない。
「まだ、あの時の事を引きずってんのか……?」
「……」
「結城、助けてやれなかったのは心から謝る。すまなかった。けど、弥生くんだけは中学のアイツ等とは一緒にしてやるな。彼女はアイツ等とは違う」
柊が言っているのは俺の中学時代の時の話だ。
中学の時、俺は周囲から嫌がらせを受けていた。つまりいじめだ。女子からも中々の嫌がらせを受けたものだ。そのせいで、俺は周りの人間に対して、必要以上の信頼を置かないようにしている。
柊の言う通り、天莉さんがアイツ等とは違うのは分かってる。それは十分に理解しているつもりだ。けど、やはりどうもまだ完璧には信頼できなかった。他の人間だったのなら裏切られてもまだマシだったかもしれない。しかし、天莉さんに裏切られると思うと物凄く怖かった。
「……無理、だ…」
「結城!」
「柊、お前が俺に何を求めているのかは大方予想はつく。けど、俺と彼女はそういう関係になることはないし、これから先も俺が彼女にそういう感情を抱くことは絶対にない」
「お前は、そのままで良いと思ってんのか?アイツ等に自分を壊されたままで良いのかよ!」
テーブルを叩く柊に、俺は冷たく言い張る。
「その『アイツ等』の中に柊、お前も混じっていることを忘れるなよ」
「ッ!」
「俺が独りで苦しんでいるとき、誰も助けてくれなかった。親友だと信頼していたお前でさえもだ」
「だ、だからそれは……!」
「話は終わりか?じゃあ俺はもう行くわ」
「待て結城!おい!」
話の続きを聞いても良かったのだが、今はこれ以上この場にいたくなかった。
俺は柊の言葉を無視して学食をそそくさと出ていった。
午後。
部活動の勧誘タイムが始まった。グラウンドにはもう既に上級生と新入生が群がっており、俺はその光景を屋上から缶コーヒーを片手に眺めていた。
当然あの中には天莉さんの姿もあった。あれだけ人数がいるのに何故かすぐに見つけることができた。
「綺麗だ…」
彼女を見る度にそう思う。気がつけばいつも目を奪われていた。
屋上から一人で眺めてそう呟く俺はきっと第三者から見れば変人かストーカー間違いなし。
「気持ち悪いな、俺」
グラウンドに背を向けてコーヒーを飲む。
「……なんじゃこりゃ」
ほんのり甘い。おかしいな。俺はたしかにブラックを買ったはずだ。なのに何故甘いんだ?
確認のためパッケージを見るがやはりブラックと書いてあった。となると業者のミスか?だとすれば詐欺になるのだろうけどコーヒー1本で苦情を入れるほど俺も阿呆ではないのでここは許そう。
息を吐いて空を見上げる。それは憎いほどの晴天の青空。凄く良い天気だ。これこそ新学期初日に相応しい。
そこでふと、天莉さんの事が頭を過る。
天莉さんは何の部活に入るのだろうか。マネージャーをするのか部員として入るのか、天莉さんだったらどちらになってもきっと似合うだろう。もし俺が運動部ならマネージャーとして応援でもしてくれたら俄然やる気が出るだろうな。
でも先程両手一杯にチラシを貰ってたからすぐには決められないだろう。
ってまた天莉さんのこと考えてる。俺はストーカーか。これもさっきやったな。
コーヒーを床に置いて寝転び、瞼を閉じる。こんな良い天気の日は昼寝に限る。
瞼を閉じて数分後、夢の世界へと入りそうになったとき、屋上の扉がキィーと音を立てて開いた。
屋上は本来立ち入り禁止の場所。つまりここに人が来ることはまず無い。となると教師か?
隠れる隙もないので俺は潔く教師に捕まろうと待っていたら、扉の後ろからヒョコッと可愛らしい頭が出てきた。
「おっ、いたいた」
やって来たのは教師ではなく天莉さんだった。
「何しに来たの?ここ立ち入り禁止なんだけど」
「立ち入り禁止と言いながら真澄くんもいるじゃん」
当然の返しだな。
「そ、そんな事より、部活動の勧誘タイムはどうしたのさ」
「飽きたから、バスケ部のところにいた柊先輩に真澄くんの居場所を聞いてからバックレてきた」
「飽きたって……あれ?君、部活動のチラシどうしたの?あれだけ一杯持ってたじゃないか」
あれだけのチラシを一体何処に置いてきたのか。
「ん、あれ邪魔だから捨ててきた」
「捨てた!?」
この子、血も涙もないことをしてくれる。部活動している皆、俺が代わりに謝ります。本当にごめんなさい。
「でもさぁ、なんで私がチラシを沢山持ってるって知ってたの?あっ、もしかしなくてもここから見てたんでしょ~。もう、えっちぃなぁ~」
「違う。たまたま見つけただけだ」
「やっぱり見てたんじゃん」
畜生。俺の負けだ。
「で、何か用?」
「その前に何か飲み物無いかな?少し喉乾いちゃって」
「コーヒーならあるが」
「じゃあそれ貰う~」
「あっ、おい」
コーヒーを見せると天莉さんは俺の手からコーヒーを引ったくるように取って勢いよく飲んでいく。
ちょっと待て。これってまさか間接キ……。
「うへぇ~!苦~い!」
天莉さんは渋い顔をして缶を返してくる。そりゃあブラックコーヒーだから苦くて当たり前……ん、苦い?
「えっ、ちょっと待って。さっき苦いって言った?」
「へっ?あ、うん。凄く苦かった。ブラックコーヒーなら早く言ってよ」
「甘くなかったの?」
「ブラックが甘いわけないじゃん」
「いやまぁ、それはそうなんだけど……」
そんな馬鹿な。じゃあ俺がさっき感じた甘味は一体何なんだ……。もしかして俺味覚障害に陥った?
「そういえば、真澄くんはここで何してたの?」
「えっ?あ、あぁ、部活動の勧誘を見てたんだよ」
「真澄くんは混ざらなくて良かったの?」
「だって俺、無所属だし。それに帰ったところで暇だったし、こうやってここで眺めている方が楽しいよ」
「それは遠回しに私がいなくて寂しいって事だよね」
「何故そうなる……」
否定はしないけど。け、けどそれは寂しいではなく退屈という意味だ。か、勘違いしないでよね!誰得ツンデレ……。
「けど、そっか~。真澄くん、部活入ってないんだ~。ふ~ん」
「天莉さんは何の部活に入るか決まった?」
「私、帰宅部になる~」
それは部活じゃない。ただの無所属というんだ。
「なんで?入れば良いじゃん。きっと楽しいよ」
「いいや、つまらないよ」
まだ見学も行ってないのにその言い草は流石に酷すぎると思います。
「真澄くんがいない部活なんてつまらないよ。だから私は入らないの」
「君を楽しませた覚えは一度もないが?」
「うん。私が勝手に楽しんでるだけ♪」
と本当に楽しそうに笑う天莉さん。俺ってそんなに面白いかな?寧ろ逆だと思うんだけど。
「それにさ、入っちゃったら一緒に登下校できなくなるじゃん。折角誘って貰えたのに無駄にしたくない」
学食での事を思い出し、少し恥ずかしくなる。
我ながらぶっ飛んだ誘いをしたものだ。彼女はこの学園のアイドルと言ってもいい存在になりつつあるのに、そんな彼女に登下校のお誘いとはな。
「あの時は嬉しかったな~」
「大袈裟じゃないか?」
「そんな事ないよ。私にとっては凄く良いことなの。それと、さ……」
急に天莉さんの様子がしおらしくなった。耳辺りの髪を指でクルクルと巻いて少し気まずそうだった。
「朝、ごめんね…。お腹痛くなかった?」
痛くなかった━━と言えば嘘になる。そうだな。良いストレートだったと言っておこうか。
それに━━、
「既に終わったことだ。だいたい、君を怒らせた俺が悪かったんだ。気にしないで」
「そっか。良かった」
天莉さんは安堵の息を吐いて、目の前に腰を下ろした。
座るのは構わないが体育座りは止めてくれ。スカートの中身が見えそうで目のやり場に困る。
「見せてるんだよ」
「ヒョッ!?」
「フフッ。冗談♪」
心臓に悪い冗談を言ってくれるな……。
悪戯な笑みを浮かべる天莉さんに俺は苦笑いする。
この子が近くにいるとろくに落ち着けやしないな。いつかこういう手で悩殺されそうだ。もう少しメンタル鍛えよ。
「ホント、真澄くんといると退屈しないな~」
「俺は落ち着かない…」
「そういう初なところも可愛くて好き♪」
「左様ですか…」
面白くないと言われないだけマシなのだが、異性に対して軽々しく『好き』という言葉を投げ掛けるのは感心しないな。誤解されちゃうからね。特に俺みたいな女耐性がない男とかね!
でもまぁ、彼女と一緒にいる時間は俺も疲れはするが悪くないとは思っている。心が温まる心地よい時間だ。
そこで俺は自覚する。俺は今、彼女に必要以上の信頼を置いてしまっている。この時間が楽しいと思ってしまうのがその証拠だ。
何故だ?何故こうなった?直感が言っている。「彼女は大丈夫」と必死に訴えかけてくる。どうしてそう思うんだ。
「ん、どうしたの?」
「なんでもない」
馬鹿馬鹿しい。また同じ事を繰り返すのか。もう懲りた筈だろう。
少し優しく、親切にされたくらいで、可愛い子に気に入られただけで信頼を置くなど単純にも程がある。似たような手口で何回騙された?何回蔑まれた?学習したらどうだ。愚かな俺よ。
……くそっ。なんだよこれ。なんでこんなに胸が痛むんだ。どうしてこんなに、空しくなる……。
「どうしたの?大丈夫?」
止めてくれ。優しくしないでくれ。余計に空しさが襲ってくるじゃないか。
「顔色が悪いよ。何処か悪いの?」
「いや、大丈夫だ……」
差し伸べられた手をとらず、フェンスを掴みながらゆっくりと立ち上がり、足を踏み出した。
だが足はうまく機能せず、バランスを崩して天莉さんに向かって倒れてしまった。
天莉さんは冷静に俺の体をしっかり抱き締めて支えてくれた。
「ご、ごめん」
すぐに離れようとしたが天莉さんは俺を抱き締めたまま離してくれなかった。
「天莉さん、離してくれ」
「ダメ。そんな体で歩いたりしたら階段から落ちちゃうよ。私が支えになるからしっかり掴まって。大丈夫。セクハラとか言わないから。ほらっ」
天莉さんは有無を言わさずに俺の脇腹に入って俺の腕を肩に回して支えてくれて、同じペースで歩いてくれた。
申し訳ない気持ちで一杯だった。
結局俺は彼女に支えられながらマンションまで帰る羽目になった。何度も彼女に謝ったが天莉さんは「気にしてない」と笑ってくれた。けど俺の中の罪悪感は消えなかった。
天莉さんには悪いが、俺は今回の件で自分の事が更に嫌いになった。