4話 やはり乙女心は理解できない
春休みももう終盤を迎える4月5日の朝、というより昼。
「おっきろ~!」
今日も元気にモーニングコールもといベッドダイブをしてくる天莉さんはいつもと違って何故か制服姿。
おかしいな。今日はまだ始業式の日ではないはず。だらけすぎて俺の日にち感覚が狂ったか。
微量の不安を抱きながら枕元に置いてあるスマホを手に取り、日付を確認する。だが、やはり間違ってはなかった。バッチリ4月5日、春休み中である。
「天莉さん、まだ春休み中なのに制服着るなんてどうしたの?もしかしてボケた?」
「だって今日入学式だったから」
あぁ、なるほど。それなら仕方ないな…って入学式?
「入学式には2年と3年は出席しないはずだが?」
「何言ってるの?私、新入生だよ」
………ファッ!?
「君、年下!?」
「あり?言ってなかったっけ?」
「聞いてない聞いてない!」
「ごっめ~ん」
たしかに初めて会ったときは同い年か年下だろうとは思っていた。けど結構フレンドリーだったから同い年と決めつけて結局歳を聞かなかったんだ。まさか年下だったとは。
「それにその制服、天ノ川学園?」
「そうだよ~。私、今日から真澄くんの後輩になりました。よろしくね先輩♪」
うっそだろおい。家だけでなく学校でもこの子と一緒なのかよ。それにこの子絶対に俺のクラスに来るよ。だって目がそう言ってるもん。「遊びに行くね」ってキラキラ輝いているもん。
頭が痛くなりそうだった。
「それよりさ、どうどう?私の制服姿」
天莉さんはベッドから降りてくるりと一回転する。
「どうと聞かれても、よく似合ってるよとしかコメントがないんだが……」
彼女の姿はブレザーに赤色チェックのミニスカートでブレザーの下に着ている白いワイシャツの襟下には赤いリボンがついていた。
1年間ずっと見てきた制服な筈なのに、彼女が着ると何故か目を逸らしたくなる。
「あ~、目を逸らした~!ちゃんと見てよ~!」
顔を両手で固定され、強制的に視線を天莉さんの方に向かされる。
「ほら、ちゃんと見る!そして興奮しろ!」
「待って!二言目がおかしい!!」
「ぴっちぴちのJKが目の前にいるのに興奮しないとか貴様それでも男か!」
「男だよ!てか何キャラだよ!?」
それに学校に行けばあちこちにJKがいるんだから興奮しろという方が無理な話だ。そう、無理な話の筈なのに━━、
「う、あぁ……」
天莉さんを目の前にするとそうはいかないようだ。変に意識をしてしまう。あぁどうしよう。また体温が上がってきた。
「真澄くん、急に顔が熱くなってきたんだけど」
「…た、倒れそう……」
「ごめん。私が悪かった」
顔から天莉さんの手が離れる。
あの一件以来、天莉さんは俺に過度なスキンシップをしてこなくなった。
とても喜ばしい事ではあるのだが、時折彼女が寂しそうな表情をするので複雑な気分になる。
「てかさ、真澄くんって女の子に弱すぎじゃない?男ならもっと、押し倒して獣のように腰を振るような勢いがないとつまらないよ?」
「もし仮にそうだったとしたら今頃俺は牢屋の中だな」
しかし、貞操観念が備わってない割にはそっち方面の知識はあるのか。だったら貞操観念の方も身に付けてくれよ。何故余計な知識だけ身に付けたんだよこの野郎。
「君、結構スケベ?」
「女の子にそう言うのはポイント低いな~。否定はしないけど」
してくれ。頼むから。
「それに真澄くんもえっちぃ本の一冊や二冊持ってるでしょ?」
「あ~、一冊は持ってたかな。ちょい待ち」
「ほえっ?」
ベッドから降りて本棚の中を探る。
あの本はたしか二段目の左端の奥にあった筈だ。おっ、あったあった。
「ほら」
「キャッ!」
大人の女性がいけない姿で掲載されている本を一冊取り出して投げるように天莉さんに渡す。
天莉さんは本を見て顔を赤くしながら問い掛けてくる。
「……なんでコレを平気で私に渡せるかな」
「だって恥ずかしがる理由が無いし」
「と言うと?」
「それ、俺のじゃなくて友人の物なんだ。実家にいた時、友人が遊びに来たときに忘れて帰ったんだよ。人の物だから勝手に捨てるのはダメだし、親に見つかっても面倒だから隠してたんだ。で、その事を俺も忘れちゃってて、本棚に隠したままここに持ってきちゃったわけ」
「コレを読んで何も思わなかったの?」
「生憎、写真に欲情する性癖は持ち合わせてないよ」
ホント、何故男は皆、こういう本で興奮するのか分からない。こんな本の何処が良いのだか。
「なるほど。つまり真澄くんは写真より本物が良いということですね」
そしてこの子は変な解釈するし。
「兎も角、俺はそういう本は好きじゃない」
「否定はしないんだね」
「……」
「しかし珍しいね。えっちぃ本が嫌いな男性って聞いたことないよ」
「好みは人それぞれだということさ」
「ふ~ん。……じゃあさ、これ私が貰っていい?」
この子マジで言ってんのか。
「そんな物、どうするつもりだよ」
「ちょっとお勉強に使おうかなと」
何の勉強に使うんですかね。お兄さん少し怖くなってきたよ。
「お好きにどうぞ。飽きたら勝手に処分してくれ。持ち主の友人もそんな物の事なんて忘れているだろうし」
「ありがとう。じゃっ、貰っていくね」
天莉さんは本を持って部屋を出る。ドアを閉める際に、顔だけ部屋の中に入れて、「期待しててね♪」とウィンクをしてドアを閉めた。
……何を期待しろというのだ。そして、それを聞かされた俺はどういう反応をすれば良かったのだ。
相変わらず、天莉さんは謎だらけだ。
4月9日。ついに始業式の日がやってきた。
春休みのように9時に起きるなんて事は出来ず、まだ寝ていたいとごねる体に鞭をうってベッドから降りる。と同時に部屋の鍵が開いて元気な声が部屋に響き渡る。
「グーテンモルゲン!」
何故にドイツ語。
「おはよう。天莉さん」
「ありゃ、すでに起きてたか~。寝てたらキスの1つでもしてあげようかなと思ったのに」
「よっしゃ。明日からもっと早く起きなきゃだな」
「なんでよ~!そこは普通逆でしょ~!」
止めてください。君にキスされたらそれこそ死んでしまいます。死因は恥ずか死。くっだらねぇ…。
「ってまだ着替えてなかったの?朝御飯も食べないようだし、遅刻しちゃうよ?」
「問題ない。男は女と違ってすぐに着替えられるし、朝食はエナドリとカロリーメイトがあればいける」
少しドヤ顔気味に言うと天莉さんは呆れたようにため息を吐いて鞄の中から水色の布で包まれた四角い箱を取り出して俺に渡してきた。
「はい!お弁当!」
「本当に作ってくれたんだ…ありがとう。でも大変だったんじゃない?」
「いいのいいの。お弁当なんて一人分も二人分も大差ないから」
この子、将来絶対に良いお嫁さんになる。俺はそう確信した。
弁当を受け取り、着替えるためにタンスを開けたとき、唐突に天莉さんが、「一緒に学校行こう!」と誘ってきた。
当然俺は彼女にこう答えた。
「やだ」
我ながら素晴らしい即答だったと思う。
「なんで!?」
「天莉さんの株に傷をつけたくないから」
「……は?」
「俺みたいな冴えない男が天莉さんのような綺麗な人と一緒に登校なんてしたら、天莉さんクラスで馬鹿にされちゃうよ。折角入学したのに登校初日から馬鹿にされるの嫌でしょ?」
「……ふざけてるの?」
初めて聞く声だ。いつものような明るい元気な声とは真逆の、怒りと悲しみが乗った冷たい声。
その声は凄く小さな物だった。聞こえるか聞こえないかのギリギリのボリューム。だが俺にはっきりと聞こえた。
その声で天莉さんは続けて問い掛けてくる。
「ねぇ、それ本気で言ってるの?冗談だよね?ううん。冗談だとしてもその冗談は全然笑えないよ」
「まさか。全然本気だよ。何か問題かな?」
「……」
何も答えない。
会話が途切れ、一時の静寂が部屋を飲み込んだ。
そして天莉さんが無言で俺の前に立ち━━、
「がはっ!」
俺の腹に強烈な右ストレートを放った。
痛みに悶え、膝をつく俺に天莉さんは目もくれず、「馬鹿…」と言い残して部屋を出ていった。
なんで怒ってんだよ。俺何か怒らせるような事言ったか?俺はただ天莉さんのためを思って言っただけなのに……。
やはり乙女心は理解できない……。