3話 積極的すぎて困ります
「おっはよ~ございます!朝ですよ~!」
体を揺すられ、重たい瞼を開くと視界一杯に天莉さんの顔があった。
朝から元気だな~と思いながら二度寝を決め込もうとしたが、そんな考えもすぐに吹き飛んだ。
「……何故君がいるのかな?」
「可愛い寝坊助さんを起こしに来たのです!」
「そうじゃない。どうやって入ってきたと聞いている」
「これこれ~」
天莉さんは一つの鍵をホットパンツのポケットから取り出した。ちょっと待て。その鍵はもしや━━、
「俺の部屋の合鍵?」
「ピンポーン!」
「何故持ってる?」
「昨日ちょこっとお借りしました!」
「……犯罪なんだけど」
「テヘッ」
舌を出してそんな可愛い仕草しても犯罪は犯罪ですよ。でも可愛いから許す!
「取り合えず退いてくれ。そして鍵を返してくれ」
天莉さんはベッドに横たわる俺に覆い被さるように四つん這いになっていた。
この体勢は非常によろしくない。こんなところを誰かに見られてみろ。通報されてポリスの世話になっちまう。俺が。
「嫌で~す!退かないし鍵も返しませ~ん!」
この子、マジで何言ってんの?
「私は真澄くんの事が大いに気に入りました。なので、モーニングコールをしに来てあげた私を撫で撫でしてほしいのです!」
なにが「なので」なのだろう。さっぱり理解できない。
しかも撫でろだぁ?つまりそれは俺に彼女の髪を触れと言っているのか。ナニソレキイテナイ。
「ほら、撫でて撫でて」
頭をグイグイと近づけてくる。
「や、止めてくれ。離れてくれ」
「嫌で~す」
離れるよう頼むが天莉さんは止まる気配を見せない。
何故俺がこんな目に遭うんだ。俺はただゆっくりと寝ていたかっただけなのに。
体温が上昇し、頭がクラクラして目の前が歪みだす。
「真澄くん?」
一向に動かない俺を不思議に思った天莉さんは頭をあげる。
すると彼女の顔との距離が僅か1cmのところまで近づいた。もう限界だった。
頭に完全に血が上り、逆上せてしまった俺はその場で気を失ってしまった。
目が覚めると俺はベッドの上にいた。
ゆっくりと起き上がり、辺りを確認する。部屋はもうとっくに薄暗く、窓の外には夕焼けが広がっていた。
どうやら俺は半日以上は寝ていたらしい。天莉さんの姿もないし、恐らく部屋に帰ったのだろう。
俺は部屋の電気をつけにベッドから降りようとした時、隣の布団がやけに盛り上がっているのに気がついた。
まさか━━と思い、布団を剥いだ。布団の下には天莉さんが小さな寝息を立てて寝ていたのだ。
「ヒッ!?」
俺は声にならない悲鳴を上げそうになるのを咄嗟のところで抑えた。
しかし、どうして彼女が俺のベッドで一緒に寝ているんだ?えっ、もしかして一線越えちゃった?なにそれ冗談にしてはマジで笑えないんですけど。
不安が募っていき、徐々に焦り出す俺の額から何かが落ちた。
何かと思い、それを拾い上げた。それは少し濡れたタオルだった。よく見てみるとベッドの下には水の入ったり桶が置かれていた。
合点がいった。俺が気絶した後、どうやら天莉さんは看病をしてくれていたようだ。
情けない。ただ女の子に頭を撫でろと頼まれただけで気を失うとはな。
ため息を吐いて、隣で眠っている天莉さんを見る。彼女の寝顔は子猫のように可愛らしかった。
今なら━━とゆっくりと眠っている彼女の頭に手を乗せる。手が乗ると、さらりとした感触が伝わってきた。彼女の髪の毛はいつまでも触っていたくなるような手触りの良いものだった。
「ありがとう…」
撫でながら感謝の言葉を述べた。と、同時に謝罪の意も込めておいた。
折角モーニングコールをしに来てくれて、そのお礼が出来ないまま看病までやらせてしまった。きっと悲しませたし、心配もかけた。本当、情けない男だよ俺は。
撫でる手を止め、天莉さんを起こす。
流石に嫁入り前の娘が男の部屋で一泊はまずい。もしこの場にいるのが俺じゃなかったら下手すれば大事な物を奪われているところだ。
天莉さんの体を数回揺らすと、彼女は目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
そして周りを一周見回し、視点が俺に一致すると彼女は━━、
「えっ!?」
涙を流し始めた。
「ちょちょちょちょ!なんで泣くの!?」
「私のせいで…ヒッグ……私のせいで、真澄くん倒れちゃった…グスッ……私のせいでぇ~~!」
「違う違う違う!君のせいじゃない!だから泣かないで!ね!」
ティッシュを取って彼女の涙と鼻水を拭う。なんだか妹を相手にしている気分だ。妹いないけど。
「ひとまず落ち着こう。な?」
鼻をズズッと鳴らしながら天莉さんは頷いた。
壁に背をもたせかけて天莉さんが泣き止むのを待った。
しばらくすると涙は止まり、彼女の表情もマシになってきた。そこで俺は彼女に、
「今日はもう部屋に戻ったら?」
と提案した。
流石にもう遅い。いくら部屋が隣だとはいえ、いつまでも俺の部屋に滞在するのはよろしくない。
だが天莉さんはこの世の終わりのような表情をして俺の服を掴んで必死に首を横に振った。
「い、嫌!」
「おおっと、どうしたの?そんな怖い顔して」
「か、帰りたくない!」
「けどさぁ、いつまでもここにいるのは良くないよ?」
「……もしかして、私、嫌われた……?」
………はい?
「真澄くん、私の事嫌いになった…だから帰らそうとするの……?」
あ~なるほど、納得しました。
彼女が帰りたがらないのは、俺が彼女を嫌って厄介払いをしようと思っているからだろう。
いやなんでやねん。今日の過程の何処に俺が彼女を嫌う要素があったというのだ。
寧ろ、好感度が上がるしかなかったわ。お陰で、俺の中の好感度メーターがフルスロットルで上限ぶち抜いたぞ。
「天莉さん落ち着け。俺は君を嫌ってなんかいない。大丈夫だ。だからそんな顔するな」
そう言うと天莉さんはまだ不安そうに問いかけてくる。
「本当?嫌いになってない?」
「なってないよ。ただ俺ちょっと疲れちゃったからさ、一人になりたいな~って。流石に自分の部屋に女の子がいつまでもいられると困る」
「どうして?」
「男子高校生は皆変態さんだからね~。そういうお年頃だから、後は察してよ」
冗談めかして言うと、天莉さんは少し顔を赤くしながら「お大事に」と言って部屋を出ていった。
俺は彼女の部屋のドアが開き、閉まった音を確認すると安堵の息を吐いた。
「あっ!」
一つ、天莉さんに伝えていないことがあった。
ちゃんと、お礼を言うの忘れてた……。