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可愛い後輩の隣人さん  作者: 堺川天馬
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25話 君の声は良く届く

 遂にこの日がやって来た。

 天ノ川学園体育祭。バカデカイ校舎の前にあるバカデカイグラウンドで行われる一学期の一大イベント。このイベントを利用してお目当ての女子達に自分が如何に優れた男であるかをアピールして恋人ゲットを狙う男達の戦いの日でもある。

 俺?いや俺は違う。そもそもそこまで恋人が欲しいわけでも無いし。てかこのイベント嫌いだし。だって面倒臭いもん。しんどいもん。

 てか本当にこのイベントが終わってからこの学園のカップル誕生率が半端ないんだけど。体育祭なんて銘打ってる癖にスポーツに目覚める奴より恋人が出来る奴の方が多いってどういうことだよ。もう『体育祭』から『カップル争奪戦』に名前変えろよ。

 なんて至極どうでもいいことを考えていたらいつの間にか終わっていた開会式。柊の横を平行に歩いて自分のクラスのテントに向かっていたら柊に笑われた。


「お前、全く話聞いてなかったろ?」


 当たり前やん。校長の話なんか面白くないってのは全国の学校共通の話だろ。何でそんな話を聞かなきゃいけないんだ。


「お前って変なところで不良だよなぁ」

「まあな」

「否定しろよ……」

「この世に本当に真面目な奴なんかいるわけない」

「いきなり何か深そうで深くなさそうな反応に困ること言い出した……あっ、そういえば今からお前の種目じゃね?」

「んあ?何だっけか?」

「せめて自分の出る種目ぐらいは覚えとこうな?四百メートルリレーだよ」


 そうだった。何とこの学園、一発目から過酷な種目入れているんだった。しかも何をとち狂ったか知らないが、五十メートルリレー、百メートルリレー、二百メートルリレーに続いて何と四百メートルリレーという地獄が存在する。本来、リレーと言うのは走るのが得意な奴、好きな奴、もしくは陸上部が走ることが恒例になっているのだが何故かうちのクラスは俺が走ることになった。理由は知らん。気づいたらエントリーされていた。嫌がらせかな?


「めんどくさ……」

「そう言いつつ本選にまで残っちゃう結城はツンデレ確定」


 各学年十二クラスもあり、流石に人数が多いので体育祭当日の前に予選というものが存在し、本選に行けるのは十二クラスの内半分の六クラス。その六クラスの内に何故か俺は入ってしまった。予選で大人しく負けていればいいのに……畜生……。

 大きくため息を吐きながら入場門へと向かう。その途中、後ろから肩をトントンと叩かれた。振り向くと頬にグニッと細いものが軽く刺さった。


「やっほ」


 俺を後ろから呼んだのはいつもの彼女、弥生天莉さん。彼女の奥には瑞木さんもいた。二人とも体育祭なので服装はジャージ姿だ。思うのだが、容姿が良い人って何を来ても良く見えるんだよなぁ。ズルい。


「やぁ二人とも」

「何処に行くの?」

「入場門」

「えっ、もしかして四百メートルリレーに出るの?」


 天莉さんが驚くのも無理はないだろう。先程述べたように、本来は走るのが得意な人が参加するもので、部活も運動もしてない俺が出場するなんて思いもしなかっただろう。


「まぁ成り行きでね」

「先輩も大変ですね~」

「ほんとだよ。君達はここで何しているんだい?」

「真澄くんに会いに来た!」

「こういう日くらいは俺から離れてクラスの子達と話しなさい……」


 尻尾が生えていればブンブンと振っていそうな天莉さんに小さく肩を落としながら彼女の頭を撫でる。彼女は撫でられて凄く嬉しそうだった。慕ってくれるのは先輩冥利に尽きるが、クラスで団結して優勝を狙うこういう日くらいは先輩離れしてほしいものだ。


「先輩、時間大丈夫ですか?」

「もういっそのこと不参加じゃ駄目かな?」

「駄目だよ!クラスの名誉がかかっているんだよ!?」

「冗談だよ」


 名誉ってまた大袈裟な。はいはい、ちゃんと参加しますから膨れないの。頬っぺた突っついて口の中の空気吐き出させてやろうか。


「もし不参加なら真澄くんのジャージの上着剥ぎ取って彼シャツ擬きする」

「止めなさい。学年でジャージの色変わっているんだからそんなことされたら俺一年生から変な風に思われるだろ。てかいつもよくそんな訳の分からないこと思い付くね。どういう脳ミソしてるのさ」

「えへへ」

「褒めてないんだよなぁ」

「ねぇ天莉。私ちょっと先輩と話したいことあるからさ、先にテントに戻っててくれない?」

「えっ、う、うん。分かった。じゃあね真澄くん。応援してるからね!!」


 天莉さんは手を振りながら自分のテントへと戻っていった。前を向いて歩きなさい。転けたり誰かにぶつかっても知らないぞ。

 さて、それよりも話があるとここに残った瑞木さんだ。一体何の話を━━━、


「先輩は天莉が嫌いなんですか?」


 予想とは遥かに違った質問が真正面から投げられた。


「質問の意味がよく分からない」

「そのままの意味です」


 先程天莉さんと一緒にいた時の穏やかな雰囲気は何処に消えたのか。俺を見る今の彼女の瞳には確かな嫌悪の色が見えた。


「先輩はいつも天莉と何処か距離を取っているように見えます」

「そ、それはだな、彼女も年頃の女の子だ。なのにも関わらずいつも大胆に寄り添ってくる。警戒心もあったものじゃない。俺はまあ兎も角、他の男子に同じことをしてみろ。きっと悲しい思いをすることになる」

「答えになっていません。それと先輩が天莉を避ける理由に何の関係があるんですか?」

「彼女には男女の距離感をちゃんと理解して貰わないといけないんだ。俺はそれをだな……」

「まさか、天莉が誰に対してもあんなに過剰なスキンシップを行うと思っているんですか?」

「無いとも言い切れないだろ」

「そんなこと、絶対に有り得ません!!」

「ッ!?」


 周りに沢山の人がいるのにも関わらず瑞木さんは大声を出した。手は力強くズボンを握りしめており、怒っているのだとすぐに分かった。


「貴方には…天莉がそんな馬鹿な女の子に見えるんですか……?」

「瑞木さん……?」

「天莉だって人くらいちゃんと選びますよ……先輩に、天莉の秘密を一つ教えてあげます」

「秘密?」

「天莉は先輩や柊先輩に対してはとても明るく振る舞いますが、他の男子だとああはならないんです。何故か分かりますか?」

「いや……」

「天莉、実は男の人が苦手なんですよ」

「えっ……?」

「理由は詳しくは知りません。けど、昔男性に酷いことをされかけたようです。そのせいで、男性が怖くなったって」

「それは…災難だったな……」


 ならば疑問が浮かび上がる。

 何故俺は平気なのだろうか?天莉さんにとって俺は一体どういう存在だと言うのだ。


「先輩は天莉にとって唯一信頼できる男性なんです。そんな人に避けられるってどれだけ辛いか分かりますか?」

「けど天莉さんはそんな雰囲気無かったけど」

「隠してるだけですよ」

「………」

「先輩がどういう風にお考えになって天莉と接しているのかは知りませんが、もし天莉を泣かせるようなことがあれば私は絶対に貴方を許しません」

「………気を付けるよ」

「言いたいことはこれだけです。リレー頑張って下さいね。応援してます」


 そう彼女は笑って言った。切り替えが早いと言えば良いのか、表情と感情の移り変わりが急すぎて対応に困る。


「では、私はこの辺で」

「瑞木さん」

「はい」

「君は、天莉さんが大事なんだね」

「………何を当たり前のことを。私にとって天莉は親友です。幸せになって欲しいと願うのは当然のことですよ」

「そうか………すまなかったね。呼び止めたりして」

「いいえ。では」


 瑞木さんは小さく一礼してから天莉さんと同じように自身のテントへと戻っていった。

 彼女の姿が見えなくなって、俺は急いで入場門へと走った。


「遅ぇぞ結城!」

「悪いな」

「お前アンカーなんだからしっかりしてくれよ」


 何故帰宅部の俺がアンカーなのかみっちりと問い質したいところではあるが時間も無いので仕方なく指定された場所に腰を下ろす。俺と同じ参加者は三人。クラスメイトの田中、坪谷、葉山である。三人は俺と違って運動部に所属しており、リレーにおいてはエキスパートである。にも関わらずアンカーは俺。意味不明である。そして周りには如何にも走るのが得意そうな運動部諸君。あまりの場違い感にため息が出る。


「頑張ろうぜ!」


 俺の方を向いてニカッと爽やかな笑顔を向けてくる陸上部葉山。ため息ばかり吐いている俺を励まそうとしてくれているのだろうけど帰宅部の俺からしたら皮肉にしかならないんだ。すまないな。


『━━それでは、選手達の入場です』


 アナウンスが鳴り、俺含め選手一同は入場門からグラウンドへと駆け足で出ていく。

 各走者、指定された場所に着く。緊張の空気が少しずつ漂い始めた。その中俺はまたため息を一つ。今日だけで何度目のため息となるのかもう数えていない。せめてもの救いだったのが入場の途中、一年のテントから聞きなれた声で俺の名前が聞こえたことだった。あれのお陰で羞恥心が出て来て緊張どころではなかった。


「各選手、前へ。位置について!よーいっ!」

『パァァァァァンッ!!!』


 耳をつんざく銃声が鳴り響いて六人の第一走者達がバトンを持って一斉に走り出した。

 うちのクラスの第一走者は水泳部の田中。四百メートルもあるのだからだいたいの選手は前半は体力を温存の為に力を抜いて走るが、田中は水泳部で鍛えられた肺活量とスタミナを上手くコントロールして前半から飛ばしていく。そのお陰で彼は上位三位という記録を残して次の選手にバトンを繋いだ。

 第二走者はソフト部坪谷。『盗塁の坪谷』という異名を持つ彼はお得意の瞬足を駆使してコースの内側ギリギリを攻めて駆け抜けていく。

 しかしここでハプニング発生。坪谷が足を滑らせて転倒した。慌てて起き上がるが順位は五位へと大きく下がってしまった。


「くそっ!すまない!」

「問題ない!俺が巻き返す!」


 悔しそうに声を上げた坪谷に挽回すると意気込んでバトンを受け取った第三走者陸上部葉山。バトンが彼に渡った瞬間、ギャラリーから大きな歓声が巻き起こった。その中には俺の声も混ざっていた。

 バトンを持った葉山はまるで風の如く。前にいた走者達を次々と抜き去って行った。まさしく無双である。


「任せた!」

「あぁ。任された」


 笑顔で差し出されたバトンを受け取ってサムズアップで応えて遂に来たアンカーである俺の番。思わぬハプニングもあったがエース葉山のお陰で順位は二位まではね上がった。ここまで来たら体力温存なんてしていられない。最初からフルスロットルだ。


『行けぇぇぇぇ!!結城ぃぃぃぃ!!!』


 自分のクラスから応援が聞こえた。俺もそれに応えようと全力疾走だが一位との差が中々埋まらない。それもそうだ。何故なら今一位の奴は陸上部の中でも最速と言われている北林だ。普通に考えてここから勝つのは不可能。だが━━━、


「ここまで来て諦めたら、前の三人に顔向け出来ねぇだろうが!!」


 ここで千載一遇のチャンスが舞い降りた。一位の北林がバトンを落とした。このチャンス、絶対に物にしなければ嘘だ。

 ゴールまで残り二百メートル。まだ半分残っており、スタミナも無くなりかけだが更にギアを一段階上げて北林を遂に抜いた。


『キタァァァァァァァァ!!!』


 安心するのはまだ早い。先程言った通り、北林は陸上部で最速。バトンを落とした彼だが自慢の最速で瞬く間に俺との距離を積めて平行に並んだ。


「くっ!」

「悪いが一位は渡さない!」

「それはこっちの台詞だ!」

「帰宅部が陸上部の俺に勝てると思うのか!」

「うるせぇよ。こっちだってクラスの想い背負ってんだ。相手が陸上部最速だろうが負けるつもりはない!!」


 だが北林が少しずつ俺よりも前に出ていく。大方予想は出来ていた展開ではあった。


「悪いが、先に行くぜ!」

「くそがっ!!」


 やはり勝てないのか。ここまで来て負けるのか。

 諦めかけたその時だった。一つの声が俺をひっぱたいた。


『真澄くん!!頑張ってぇぇぇぇぇ!!!』


 これだけ沢山の大きな歓声が起こる中、この一つの声だけは確かにはっきりと聞こえた。姿は見えなくとも誰の声なのか分かった。聞きなれた声。いつも隣にいてくれた声だ。


「……ははっ。やっぱり君の声は良く届くなぁ!オラァ!!」

「何だとっ!?」

「やっぱり負けられないわ。優勝は俺達が貰う!」

「何処にそんなスタミナが!?」

「火事場の馬鹿力ってやつだよ!」

「「オォォォォ!!!」」


 最後の力を振り絞って北林と同時にゴールテープを切った。北林はスピードを落として息を整え、俺はゴール直後に足を絡ませてスッ転んで全身に砂を被った。残りの選手がゴールを終えて、それぞれの順位順に並ぼうとするが一位と二位の部分にはまだ誰も並ばない。原因は俺と北林の同時ゴールだ。教師達が本部テントに集まってカメラを覗き込んでいる。

 そしてしばらくして、アナウンスが鳴り響いた。


『皆さん、大変お待たせ致しました。先程の一位争いの結果をお知らせします』


 静寂がグラウンド全体を包み込んだ。


『ビデオ判定の結果………』

『一位は………』









『一位は……十二組!結城真澄選手!!』



『よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

「よし!」


 俺のクラスから歓びの雄叫びが発せられた。俺も思わずガッツポーズをしてしまった。自分の行いが誰かに喜んでもらえたなんて初めてだったからとても嬉しかった。

 立ち上がって砂埃を落とし、一年のテントを見た。視線の先には丁度天莉さんがいた。一番の支えになった彼女の声援に感謝を送る為に親指を立てて笑顔を送った。彼女も笑顔で応えてくれた。


「やったじゃねぇかこの野郎!!」

「痛っ」

「いつもクールぶってくせに熱いところあんじゃん!」

「北林に勝つなんてマジかよ!ナイスガッツ!」


 肩を組まれたり頭を乱暴にクシャクシャにされたりと、アニメやドラマでありそうな絡まれ方だったが、不快さは一切無く、俺は一緒に一位を取ったチームメイト三人と笑い合った。


 最初こそは本当に乗り気が無かったが、今では参加して良かったと心から思った。


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