22話 誰も本当の自分を知らない
またもや遅くなってしまいました………。
実は私、住む場所が変わることになりまして、引っ越しの準備に追われていました。仕事先は変わらないんですが、ちょっと諸事情により住むマンションが変わるんです。その手続きや隙を準備、その他諸々………。
ほんの少し余裕が出来たのでやっと投稿という形になりました。
今月中にはあと一本は頑張って投稿したい!!
てかこの、月に一本のペースだと完結までに何年掛かるのか………トホホ………。
何はともあれ、ちゃんと完走はします!!頑張りますよ!オー!!
では本編をどぞ!
「弥生くんと何かあったのかい?」
約束通り、放課後に体育倉庫の中で華京さんの手伝いをしていると唐突な質問が投げられた。
「顔にそう書いてある」
何故?と返す前に言われてしまった。
やはり俺は意外に顔に出やすいようだ。ポーカーフェイスがなってないな。
「何かあったと言うよりも、何が何だか分かんない感じかな」
何があったなんて質問は俺がしたいくらいだし。あの時、天莉さんは間違いなく俺に何かを伝えようとしていた。けど華京さんという想定外の登場人物によりタイミングを逃したという感じだろう。そうでなければあんなに悲しそうな顔はしない筈だ。
それに気づいてしまった故に、彼女があの時何を伝えようとしていたのか、気になって仕方がないのだ。
「それは恐らく………」
「恐らく?」
華京さんは天莉さんが何を伝えたかったのか心当たりがあるようだった。流石同性ということもあって、やはり考えることが似ているのかもしれない。
だが華京さんは教えてくれなかった。
曰く━━
「彼女から直接聞くと良いさ。私が言うのは不粋だからね」
━━とのこと。
直接聞けと言われても天莉さん自身が言うのを止めてしまったのだから聞いても嫌がられるだけだと思うのだが………。
しかし華京さんは否定した。
「心配するな。次はちゃんと教えてくれるさ」
「根拠は?」
「女の勘だ」
またかよ。乙女や女の勘って男の俺からしたら信憑性を疑うくらいに当てに出来ない物なんですけど。そんな物持ち出されても不安は消えるどころか増えるばかりだというのに。
「時に真澄、君はフォークダンスの相手はいるかね?」
俺は備品点検シートに印を付けながら華京さんをジト目で睨む。
「俺にそんな相手がいるとでも?」
「私とか?」
「冗談を。君と踊ったら次の日周りの男から刺されないかとドキドキすることになる」
だから頬に人差し指付けて首をかしげるの止めようか。ちょっとあざといです。ここにいるのが俺でよかったな。他の男だと一瞬でノックアウトだ。
「別に良いじゃないか。どうせ相手いないんだろ?私にしておけ」
「どうせとか言うな。悲しくなるでしょうが」
まぁ相手はいなんですけどね………。
「てか、俺と踊っても楽しくないだろ?」
「全く関係のない男と踊る方が楽しくないんだがな。それに私も早く決めておかないと次々誘ってくる男達を追い払い辛いんだ。今日も十五人の生徒から誘われたよ」
「流石としか言えないわ」
「嬉しくないな」
華京さんは机に突っ伏して頬を膨らませる。
本当に嬉しくなさそうだ。それもそうか。彼女は自分が興味の無いものにはとことん興味を示さない人だ。下手すれば関係を持つことすら烏滸がましい。そんな彼女からすれば知らない男からダンスの誘い受けてばかりで嫌気が差してくるだろうな。
そんな彼女に俺みたいな奴が興味を持たれていることに些か疑問はあるがな。
「しかし、君は本当に靡かないな。そんなに私は魅力ないかね?」
「それこそご冗談。魅力ならドン引きするくらいあるね」
「じゃあ何故私と付き合わない?こう見えて結構尽くすぞ?家事や料理、体の付き合いも全て任せてくれても良い」
「最後がアウト過ぎる………」
「何が駄目だ?」
「そもそも俺に恋をしろってのが無理。関係はどうであれ、結局は他人だ。他人と自分の何かを共有するという概念が俺には無い。つけたいとも思わない」
まぁ、向こうからずかずかと入ってこられたら太刀打ち出来ないんだけどね。ガードの仕方なんて知らないし、知ってたとしても耐久力脆いし。
「君は攻略が簡単そうに見えて存外難易度高いな」
「昔は簡単だったかもね」
アレさえ無かったらな。………チッ、気分が悪くなった。
てか何だよコレ。小学校の運動会とかでよくある色んな国旗がプリントされた物を吊るした名前わからん縄。超絡まってんだけど。去年整理した奴ちゃんとしとけよな。ほどくの大変なんだから。
「私よりあの後輩の方が良いか?」
「何故そこで天莉さんが出てくるんだ。彼女は今関係ないだろ」
「私としてはある。好きな男が自分とは違う女と親しくしていたらモヤモヤするに決まってるだろ」
嫉妬と独占欲は女の標準装備って聞いたが本当のようだな。
「別に、俺は彼女に恋愛感情なんて抱いてない」
「君が気づいてないだけかもしれん」
「じゃあ俺がもし彼女に気があった場合、君はどうする?」
「私に気を向かせるように試行錯誤する」
「それはまた逞しい」
いやほんと、好きな人の為に努力出来るって素敵だと思う。その相手が俺なのが些か信憑性に欠けるがな。
適当に流して準備の続きに取りかかる。背後で小言が聞こえるがスルー。
しかし困ったな。ダンスの相手か。確かにまだ決まってない。そもそも今年はサボろうかと思っていた。だから決めていなかったわけだが、改めてこうやって誘いが来ると悩むな。
ん?あれ?もしかして…………天莉さんも、同じなのか………?
あの時、『わ、私と、一緒に━━━』と言っていた。今のタイミングに『一緒』ってワードが出るってことはやはり彼女も華京さんと同じで俺を誘おうと?
「…………ハッ、馬鹿かよ」
あの子は可愛い。華京さんと同様、きっと沢山の男子から声を掛けられている筈。中には俺よりも断然格好いい男子もいる筈だ。彼女はもうその男子とカップルを組んでいるだろう。
酷い自意識過剰だ。昔の俺はこんなこと無かっただろ。いつからこうなった?まったく、忌々しいったらありゃしない。
華京さんにも悪いが、今回は諦めて別の男子とカップルを組んで貰おう。柊辺りなら問題ないだろう。アイツ、まだ相手決まってないって言ってたしな。
「………真澄」
「なん━━━うわっ!」
名前を呼ばれたから振り向いたらいきなり壁ドンされた。身長は俺の方が高いが、それでも十分お互いの顔が近くなる。
「確認だが、君は私の事が好きか嫌いかどっちだ?」
口元から香る爽やかなミントの香りのせいで恥ずかしくなる。
「い、いや、あの………」
「答えてくれ。じゃないと私も不安になる」
凛々しい瞳が俺を真っ直ぐ見つめてくる。ちょっ、本当に近いですって。あっ、やめて!股の間に足を入れようとしないで!普通これ立場逆でしょ!
「真澄」
「そ、その、好きか嫌いかの二択しかないんですかね?」
「あぁ」
まずい。完全に退路を塞がれた。足なんてさっき固定されちゃったし、何しろ、この彼女が易々と逃がしてくれるとは思わない。
自分がやると決めたことはとことんやり通す。それが華京陽香という女の子なのだ。
ええぃ、呑気に分析してる場合か。今の俺は窮地に立たされているんだぞ。どうするか考えろ。
「私の質問に答えればいい」
「ちょっと、何で心読むのさ。君エスパー?」
「いいから答えてくれ」
ぐぬぬ。いつもクールな癖に何故今はそんなにもしおらしいのだ。不覚にも少し可愛いと思ってしまった。元々容姿が良いお陰でもあるのだろう。容姿だけで相手を魅了するとかチートかよ。異世界ハーレムモノ主人公もビックリだよ。
「す、好きか嫌いかで問われると、そりゃあ好きの部類に入るけど………」
「良かった………」
ちっくしょう、安心したように微笑みやがって。そんなに嬉しいか。
「よし、話を戻すぞ。真澄、私とカップルを組んでくれ」
「俺、今年はサボるつもりで……」
「ほう。実行委員兼生徒会長の目の前で堂々と宣言するのか」
しまった。ド忘れしてた。
「まぁ、君が断るなら私もサボるしか無くなるがね」
「ほ、他の人と………」
「踊るわけないだろう。何故君以外と踊らなければならないんだ」
「きょ、去年はどうしたんだよ」
「あの時はまだ君と知り合いじゃなかったからな。他の男子と踊ったが、今は違う。本当に悩むなら返事は今じゃなくてもいい。弥生くんの事もあるからな、その後でもいい。もしくは両方と踊ることにしてもいいぞ。他の男と踊るくらいなら君と私、そして弥生くんの三人で交代で踊った方がまだ何倍もマシだ」
なんていう暴論。実行委員会であり生徒会長である人の案じゃない。
だが、一先ずは逃がしてくれるようだ。ここはお言葉に甘えることにしよう。問題の先送りにしかならないが。
華京さんの体が離れ、俺は安堵の息を吐いた。ホント、呼吸が止まりそうな思いだった。天莉さんのスキンシップも相当だったがもう一人増えるとは思わなかった。普通の男子生徒なら歓喜なんだろうけど俺はあまり喜べないな。
「まっ、今日のところは帰りたまえ」
「良いのか?」
「あぁ。十分助かった。それに、聞きたいことも聞けたしな」
「聞きたいこと?」
「てっきり嫌われているかと思ったからね」
あぁ、それですか………出来れば俺はもうあんな質問は御免だね。
取り敢えず、残りは彼女に任せて今日は帰ることにした。帰り際に━━━
「弥生くんにもちゃんと聞くんだぞ」
「何を?」
「それは勿論カップルのことさ。私はなるべく正々堂々と対決したいからね」
「君達一体何の対決してるの?」
「内緒だ」
なんてやり取りがあった。意味わからん。
校門を出て空を見る。空は既に夕日色に染まっていた。意外に結構長い時間校舎に残っていたらしい。
あまり遅くなると天莉さんも心配すると思うし早く帰ろう。
「…………俺も変わったな」
今の自分の考えにため息を吐く。
まさか、自分に待っててくれる人がいる前提で帰宅を目指すとは思いもしなかった。ましてやその相手が女の子など。
いや、天莉さんなら確かに帰りを待っててくれると思う。いつも一緒に下校しては部屋の前で『おかえり』と言ってくれるし。
けど、それを当たり前に思っている自分がちょっと嫌だった。あまりにも自分が単純過ぎて。
これだから男は嫌だ。自分の意志を無視して男としての本能が働いてすぐ女の子に気を許してしまう。それが可愛ければ尚更だ。
置きたくない信頼を嫌でも置いてしまう。いっそのこと死ねば良かったと思えるくらいにすんなりと、簡単に。
「………驚いたな」
いつも隣にいる子がいないだけでこれほど気分が変わるのか。ますます嫌になる。
あの子がいるだけで落ち着いていた心が、いなくなるとまたどす黒く染まる。
これは恐らく偽っていたのだろう。あの子が隣にいるから何としても良い人でいようと自分の醜悪な本心に仮面を付けて隠していた。猫かぶりめ。
視界が赤く染まる。夕日の光とは全く違う、まるで鮮血のように全てが赤くなる。これが俺の、本当の俺の視ていた世界。これが本来の俺の世界。憎しみと怒りで染まった薄汚い世界なのだ。
視界に入るモノは全て敵。男も、女も、子供も、動物も、全て。鏡に写る自分も含めて、な。
こんな自分の何処が良いのだ。華京さんも、天莉さんも、何故俺に構う?そんな醜い俺に何故興味を持つ?
そんなの分かりきってる。所詮、俺の良い所しか見てないんだ。俺の悪の部分を、本心を見てない。だから俺から離れないんだ。
「…………止めろ」
何を止めろと言う?本当の事じゃないか。あの子達は夢を見てるだけなんだ。理想を俺に押し付けてるだけなんだよ。本当の俺の事なんて何一つ見ていない。気にかけてすらいない。
「…………違う、黙れ」
天莉さんも所詮、アイツらと同じなのだ。こんな人であって欲しいという願望を俺に押し付け、自分の望むように俺を改造している。
「違う!!彼女はそんな人じゃ!!」
また繰り返すのか?
「ッ!?」
散々人間の醜悪さを見てきた筈だろう?俺は誰にも必要とされていない。そう確信したから自分から土台になる事を決めたんじゃないのか?困ってる人を放って置けないのはその為だろう?
「止めろ……黙っててくれよ………」
所詮、俺も変わらないのさ。誰かに必要とされたい。誰でも良いから、俺の存在価値を分かって欲しいと周りに望んでいる。願望を押し付けている。なんて愚かな奴だ。希望のないモノにまだ希望を望むなんてな。
「ゲボッ!オエッ!やめっオオ"ッ!ゲホッゲホッ!」
忘れているのなら思い出させてやる。あの苦しみを。あの残酷な者達の姿を。あの孤独感を。
思い出せ。思い出せ!!
「止めて………もう、止めてくれ………オエッ………」
結局、俺は誰も信頼できない。誰も愛せない。だって、既に俺は壊れているんだから。欠陥品だよ。
「何でだよ………何でこんな目に…………俺が何をしたんだよ………」
何もしてない。だからこうなった。何もしてなかった故の結果だ。俺が起こした悲劇だ。自業自得。因果応報。これ以上何を起こして自分を傷つけるんだ?
「怖い………助けて………誰か……助けて………」
無駄だ。誰も助けてくれない。
あの時、天莉さんに救われたと思ったか?なわけないだろ。誰も俺を救えない。天莉さんも俺を救えない。だって理解してないからな。この苦しみも痛みも。
本来なら味わう筈のないモノだ。普通知る筈のないモノ。そんなモノを俺は運が悪いことに味わった。誰も知らない絶望を。
だから無駄なんだよ。俺以外知らないモノを周りに理解を求めること自体間違ってる。
彼女の言葉だって、所詮は気休めにしかならない。だから今こうなってる。彼女が近くにいないだけで苦しんでる。
「アッ……カァッ……カハッ………息、が………」
もう諦めろ。俺は救われない。何も得られない。ただ失うのみ。
「助け……だれ…か………」
俺は、独りだ。永遠に━━━。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァ!!?!?!!!」
◆◆◆
「…………何、今の」
部屋で明日の予習をしていたら凄く嫌な感じがした。
体育祭の練習で疲れているだけかと思ったがどうもそんな感じじゃない。とても嫌なもの。
「真澄くん………?」
華京先輩のお願いで学校に残った彼が脳を過った。
けどそんな筈はない。だってもう夜の八時だし外は暗い。こんな時間だと彼ももう帰って来ている筈だ。
なのに、何処が不安が拭いきれなかった。
念の為、隣の彼の部屋に様子を見に行くことにした。
部屋の前に立って、インターホンを鳴らす。反応はない。もう一度鳴らす。けど一度目同様反応はない。
まさかと思い、合鍵を使って鍵を開けて扉を開けた。
「…………真澄くん?」
呼び掛けるもまた反応はない。というより、人気が全く感じられない。
嫌な予感が大きくなる。
中に入ってリビングまで覗く。
「………………嘘」
彼の姿が無かった。学生服も鞄もない。
つまり、まだ彼は帰って来ていない!?
「真澄くん!!」
私は急いでマンションを出て普段登下校で使っている学校への道を走った。
全身から冷や汗が止まらない。脳が激しく警告音を鳴らす。
認めたくはない。けど、絶対に彼の身に何かあった。彼に良くない何かが今起こっている。
早く彼を見つけないと取り返しのつかないことになる。
「はぁ!はぁ!何処……何処なの!!真澄くん!!」
どんどん学校へと近づいていく。けど一向に彼の姿が見つからない。
そして、彼を見つけることなく、学校に着いた。学校は職員室以外電気は付いてない。かと言って職員室に少し見に行っても彼の姿は無い。
「嫌……嘘だと言って……真澄くん!!」
再び学校からマンションに続く道を辿った。今度は行きよりも念入りに周りに気を配った。
そして聞こえた。ほんの微かな呻き声が。
「こっち!!」
すぐに声がする方に向かった。小さな声を辿りにやって来て、着いたのは古びた廃工場。
この街にこんな所があったのか。初めて知った。
私は息を整えて、持ってきていた懐中電灯を点けて工場の中に足を踏み入れた。
中は不気味な程静まり返っていた。先程の呻き声も無く、虫の鳴き声も無い。本当に不気味だ。
━━ カンッ! ━━━
金属がぶつかる音。
「真澄くん?」
足音を消して音の発信源へと進んでいく。
柱からそっと顔だけを出すと暗くて良く見えないが人のシルエットがあった。
そのシルエットは地面に膝をついていた。シルエットの形から察するに普通の服ではない。少し生地が固そうな感じで、髪も長くない。
私は意を決して真澄くんの名前を呼んだ。
すると反応があった。
「…………誰、だ」
この声は確かに彼の物だ。間違いなかった。けど様子がおかしい。いつものような凛とした声じゃない。
何処か、怖い雰囲気を漂わせている。
「私。天莉だよ」
「…………誰、だ」
「真澄くん?」
「………分からない…俺は、何だ………てんりって、誰だ………?」
「真澄くん?何言ってるの?大丈夫?こんな時間にここで何してるの?早く帰ろう?」
「………嫌だ」
「嫌だって………」
「………また、俺を騙すつもりか……」
「えっ?」
「また……俺をいじめるのか………」
嫌な予感が頂点に達した。今の彼は前と同じ状態だ。いや、下手すればあれより酷い。
「真澄くん!違う!そっちに行っちゃ駄目!」
「……黙れ。俺に近寄るな!」
暗くても懐中電灯の光の反射で彼がどんな顔をしているのか分かった。そしてもう一つ。光の色とは別に、絶対に見たくなかった色も見えた。赤色が。見るに堪えない赤色が、彼の額から頬に掛けてびっしりと。
背中にゾクッと寒気が走った。
「真澄くん!!」
私は彼に飛び付いた。離せと暴れる彼を力一杯抑え込んだ。
「真澄くん落ち着いて!戻ってきて!」
「何だよお前!!離せ!!離せよ!!おい!!」
「嫌!絶対に離さない!!」
「誰だよお前!!離せって言ってんのがわかんねぇのかよ!!」
どうしよう。彼を落ち着かせる手段が思い付かない。それに彼の力が強くてすぐに振りほどかれそうだ。
「俺に触るな!!近づくな!!もう俺に関わるなよ!!」
「真澄くんお願い!!戻ってきて!!今の貴方は正気じゃないの!!昔のトラウマに惑わされないで!!負けちゃ駄目!!」
「黙れ!!いいから離せぇぇぇぇぇぇ!!」
駄目だ。歯が立たない。このままだと返り討ちに遭う。何か、何か方法は!
「頭を下げろ!弥生くん!」
声がして、咄嗟に指示に従った。すると、頭上を鋭い拳が通り過ぎ、暴れる真澄くんの顎に直撃した。
真澄くんは脳震盪を起こし気を失いくらりと力を失って倒れる。支えようとしたが私の力じゃ僅かに及ばなかった。だが、先程の拳を放った本人が割って入って彼を受け止めてくれた。
「おっと。ふぅ、間一髪って感じだな」
「柊先輩………」
「よぉ、弥生くん。こんな時間に結城と二人きりなんて、夜這いか?」
クスクスと笑みを見せる柊先輩を見ていたら急に力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった。けど、真澄くん同様、柊先輩に支えられて転けることはなかった。
「まっ、夜這いにしては殺伐とし過ぎかな」
「ど、どうしてここに………」
「気づかなかったのか。俺、バスケ部の帰りだったんだよ。で、校門出たら君が凄い剣幕で走ってるのが見えたんだ。あの真面目な君がこんな時間に一人で、ましてやそんな薄着で出歩くなんて考えられないからな、念の為に後をつけてきたんだよ。そしたらこの惨状だ」
受け取れ、と先輩が着ていた上着を掛けられた。
「気を付けろよ。そんな容姿で、そんな薄着でこんな夜遅く一人で出歩いてたら悪い男達に酷いことされても文句言えないぞ」
「すいません………」
確かに、私の今の姿はあまり良いものとは言えない。タンクトップにショートパンツに薄生地のシャツを羽織っただけ。おまけにノーブラ。これはまずい。
「しかしまぁ、結城も酷ぇ有り様だな。なんだよこの傷。えっぐいなぁ」
そうだ。今の彼は頭から血を流してたんだ。早く治療しないと。でも、どうして頭から血を?まさか、また自殺を…………。
良くない想像が脳内を埋め尽くす。けど、柊先輩が冷静に払拭してくれた。
「心配するな。多分これは結城が自我を抑える為にやった事だろう」
「どういう事ですか?」
「実はな、君が結城にしがみついている間、少しだけ様子を見てたんだ。それで分かったのが、さっきの結城、おそらく中学時代の結城だ。多分トラウマが蘇って、過去のアイツが鮮明に再現されてしまったんだろうな」
先輩は慣れた手つきで傷口を消毒し、包帯を巻いていく。
「けど、それは結城自身も感づいていた筈だ。だから自我を保つ為に痛みでどうにかしようとした。やり方は強引で危険だが、意外にこれが正解だったりする。血が昇った頭を冷やしたいなら血を抜くのが一番だからな」
「じゃあどうしてこんな風に」
「打ち所が悪かったんだろうな。自我を保つ為にやった事が運が悪い事に裏目に出てしまったらしい。よし、テーピング完了っと。弥生くん、帰るぞ~。俺と結城の荷物は任せた」
柊先輩は寝ている彼を背負って工場から出ていく。その後ろに私もついていった。
「コイツな、一年の頃もこんな風な発作が何度か起きてたんだよ。まぁ今回みたいに酷くはなかったけど。いや~暫く治まってたから油断してたわ。もっと注意してないとな」
暗い道を歩きながら柊先輩はそう言葉を溢す。
私も彼と同じ事を思っていた。今回は私が真澄くんから目を離してしまった故の惨事だ。反省しないと。
「でも、どうしてまたトラウマが………」
「トラウマってのはな、質の悪い連想ゲームなんだわ。ちょっときっかけがあるだけで思い出してしまう。特に結城のトラウマは、ネガティブ体質のコイツ自身と相性が最悪すぎるんだ。困ったもんだよ」
だったら、誰かが傍にいてその連想ゲームを断ち切ってあげれば良かったのだ。
それは、私の役目でもあった。けど、私が不甲斐ないばかりにその役目を疎かにしてしまった。それだけじゃない。暴れていた真澄くんをまともに止めることすら出来なかった。
私は、彼を支えると決めておきながら、結局何も出来なかった。
「まさか、何も出来なかった、なんて思ってねぇだろうな?」
心を読まれた気がした。柊先輩を見ると、彼の鋭い目が私を射ぬいていた。
「何も出来てなかったわけがあるか。君がいなかったら今頃結城がどうなってたか分からないのか?」
「け、けど、私、彼にしがみついてる事しか………」
「それがあったからこうやってコイツを救えてんだろうが。あまり舐めた事言ってるといくら君でも怒るぞ」
「………すいません」
「コイツもコイツだ。こんな良い子に心配かけやがって。罪深いのも大概にしとけってんだ」
愚痴を溢す柊先輩は何処か少し嬉しそうだった。
「どうして笑ってるんですか?」
「いや何、こうやって結城を心配してくれる人がちゃんといるって分かるとちょっと嬉しくてな。それも女。コイツの独り身の未来は無さそうだ」
「も、もう!茶化さないでくださいよ!」
「いてっ!いてっ!ちょっ、脇腹殴らないで!ごめんて!」
む~、嬉しくて頬が緩んじゃう。なんか悔しい。
「まぁ、君だけじゃなく華京さんもいるみたいだけどな。日本に一夫多妻制ってあったっけ?」
「……………」
「アウチ!無言で殴らないで!さっきよりも地味に威力上がってるし!あっ、でもお互いに合意の上なら一夫多妻も有りじゃってごめん!ウソウソ!やっぱりマンツーマンの方が良いよね!謝るから殴るの止めて!」
「怒った?」
「そのネタ使い方間違えてね!?怒ってんの君だよな!」
一夫多妻制なんてしたら、明らかに私、華京先輩に負けちゃうじゃん。向こうの方が綺麗だし。それに、真澄くんの愛情が私以外の誰かに向けられると考えただけで胸が苦しくなる。やっぱり一夫多妻制なんて駄目です。許しません。
「そう言えばさ、ダンスのカップル決まったのか?」
「何で急にその話になるんですか」
「いや、君の事だし結城と踊る為に誘ってくる男子さけてんだろ?」
この人、結構視野広いね。しかも察する能力も人一倍長けてる。
けど、長けてるなら出来れば私の心情も察して欲しかった。折角忘れていたのに、昼間の出来事を思い出しちゃった……。
「………多分、真澄くんは華京先輩と踊りますよ」
「そりゃあまた何でさ?いやまぁ可能性は意外と高いと思うけど」
「だって、放課後呼ばれてましたもん。体育祭の準備手伝ってくれって。きっと、彼をカップルに誘う口実です」
「だろうな。俺も華京さんの立場なら多分そうする」
「だから━━━」
「でも、それだけでカップルを組むって決めつけんのは早くないか?」
「柊先輩には分かりませんよ。乙女の気持ちなんて」
「まっ、それは本人に聞いてみな。まだ組んでるとも限らねぇ。コイツの事だし誘われても保留とかにしてんだろ」
「断るという選択肢は無いんですね」
「コイツにそんな選択をすぐに出来るとでも?」
「思いません」
「そういうことだ」
真澄くんは優しいから、すぐに断ることなんて無いだろう。少し考えたから決断して、相手を害さないようにやんわりと答えを言う筈だ。
「聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
「もしかしなくても、君、結城が好きなのか?」
「はい」
「即答か」
「当然です」
「じゃあ、ますます安心して君に結城を任せられるな」
無責任で悪いな、なんて先輩は悲しい笑みを浮かべた。
無責任なわけがない。本当に無責任な人は、ここまで関わってこなかった筈だ。今でも心から大事に思ってるからこうやって関わり合っているんじゃないか。
そんな人を誰が無責任などと罵ろうか。出来る筈がない。
「やっぱ、俺には無理だな。あ~あ、こんな事なら女に産まれれば良かったぜ。それだったらまだ今以上にコイツの助けになれていたと思うんだよな。神様は酷いな」
「先輩のその気持ちはきっと真澄くんに届いてる筈ですよ」
「届いてねぇよ」
「何でそう思うんですか?」
「だって、俺、コイツに何言われてるか知ってるか?」
「何て呼ばれているんですか?」
聞いたのが間違いだった。私はこの時、凄く後悔した。
だって、次に先輩の口から放たれた言葉は、あまりにも衝撃的だったから。
「コイツは時々俺にこう言うんだ。」
「『裏切り者』ってな」




