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可愛い後輩の隣人さん  作者: 堺川天馬
19/30

19話 約束の内容とは?

「………なぁ、天莉さん?」

「どうしたの?」

「何で俺は今君を抱き締めながら映画を観させられてるのかな?」

 学校から帰宅し、夕食と風呂を済ませた現在の時刻は夜の八時半。

 今日は課題も出てないのでいつも以上にゆっくり出来るなと思っていた矢先に部屋の扉が開いて天莉さんがやって来た。

 そして何を言い出すかと思えば、彼女は俺に自分を抱き締めながら映画を観ろと言うじゃないか。ナニソレイミワカンナイ。

 だが彼女は小悪魔な笑みを浮かべて、

「今日体育の時約束したよね?」

 と言ってきた。

 そうでした。今日の体育で押し倒してしまったお詫びとして帰宅したら甘えさせてやると約束をしたんでしたね。言われるまですっかり忘れていましたよ。

 忘れていたこともあって、尚更断れなくなってしまい、俺は大人しく彼女の提案に従うしかなかった。

 で、従ったのは良いもののさっそくメンタルがどうにかなりそうだった。

「確かに甘えさせてやると約束はしたさ。けどこれは流石にやりすぎじゃないかな?抱き締めろって何?バカップルじゃないんだからさ、離れようよ」

「だ~めで~す!無駄な抵抗は止めて素直に私を抱き締めておいて下さ~い!」

「ハッハッハ!ジーザス!」

 だってさぁ、この体勢はアウトじゃない?俺が体育座りして足を開いて、その間に彼女が俺を背もたれにするようにすわってくるでしょ?それでお腹に手を回して抱き締めろと言われたからやってみたけど、お腹に回した腕に彼女の胸が乗っかってセクハラしてるような気分になっちゃうしで不安で一杯なんだよこっちはよぉ。

 はいそこ。役得じゃないかと思ったそこの貴方。全く役得じゃないからな。恋人同士だったらおかしくなかったかもしれないが俺達みたいな学校の先輩後輩関係でこんな事してたら男側がハラハラするだけだからな!不安と緊張で心臓を痛めるだけだからな!

「真澄くんさぁ、私がセクハラとかで訴えると思ってるでしょ?」

「ギクリ」

「あっっっっきれた。私からして欲しいって頼んでるのに訴えるわけないじゃん。常識的に考えて」

「常識的に考えるならこういう状況自体がそもそも有り得ないと思うんですがそれは」

「真澄くんは変な所を気にしすぎなの。他の女の子なら兎も角、私は貴方にどんな事をされようがセクハラとかそういうので訴えるなんて事は絶対にしないから。分かった?」

「おっとぉ、その発言は誤解をまね━━」

「分 か っ た ?」

「はい!分かりました!ぐちぐち言ってすいません!!」

「よろしい」

 お母様、お父様、俺はどうやら年下の女の子に尻に引かれる男だったようです。こんなヘタレな息子ですいません。

 よし、こういう時は助けを借りよう!

 俺はスマホを持ち、柊にメールを送る。


『ヘルプ!大至急助けを求む!』

『どした?』

『天莉さんと映画を視聴中なんだが、何故か彼女を抱き締めながらという条件を課せられた。対処法を教えてくれ』

『押し倒して童○捨てろ。以上。お休み』


 思ったより大分ヤバい返信が帰って来た!?


『待て待て待て!それは色んな方面でアウト過ぎるだろ!てか直球過ぎ!こっちは真面目なんだけどぉ!?』

『うるせぇよ。いきなりメール寄越したかと思えば惚気メールを寄越されたカノジョ無しの男子高校生の気持ち考えたことあんのかコラ。ドラム缶にコンクリ詰めして東京湾に沈めんぞ』

『誰が惚気だ誰が!』


 あと東京湾に沈めるって何さ!何時の時代の手法だよ!怖いわ!

 くそ。柊は使えない。てかカノジョいないこと気にしてたんなら告白をオーケーしろよ。お前色んな子に告られてるでしょうに。

 こうなったら霞ヶ丘に聞こう。


『霞ヶ丘!実はカクカクシカジカな事が起きていて、何か対処法をくれないか?』

『リア充くたばれ慈悲はない』


 ブルータスお前もかぁ!何でだよ……二人とも俺が異性と触れ合うの得意じゃないって知ってる癖にこの仕打ちは酷いだろ……。

「どうしたの?」

「何でもない……ただ、助けは無いんだなぁって落ち込んでただけ……」

「真澄くんの助けなら私がなってあげるけど?」

「あっうん。それは素直に嬉しい。ありがとう。でも違う、そうじゃない……」

「変なの」

 そうだな。良く考えれば俺が悪かったのかもしれない。俺が不純な心を持っているからいけないんだ。心を綺麗にしていれば、天莉さんとくっついていても変な気は起きない。

 よし、ではさっそく心を綺麗に━━ 、


 ━━ヴオォォォォ!━━


「キャッ!」

「はい無理~!心を綺麗に保つなんて無理です~!」

 映画に驚いた天莉さんは俺の片手を取ってギュッと握る。その時に俺の片手は先程よりも彼女の胸に密着、というより思いっきり胸を押し上げてしまって、心を綺麗にするどころか更に不純な心が芽生えてしまった。

「うひゃ~。びっくりしたぁ。やっぱりホラー映画はドキドキするね」

「そ、そうだね……俺は、別の事でドキドキだ………」

 主に君に危害を加えてしまわないかと……。

「うぅ……夏蓮ったら、何でこんな映画を渡してきたのよ。私ホラー苦手なのに」

 なら君は何故それを受け取ったのだと突っ込みを入れたいんですがよろしいかしら?

 しかし本当に瑞希さんは何故ホラー映画を渡したのだろう。それもこれ、ホラー映画業界では中々怖いと言われているものじゃんか。幽霊が襲ってくるというホラーではド定番な設定の映画なのに、逆にそのシンプルさが異様な怖さを引き立てていると有名な作品になったものだ。

「夏蓮はホラー&オカルト系大好きだからねぇ」

「それは驚きだな」

「でしょ?私も初めて夏蓮の家に行った時は驚いたよ。だって机に『ムンクの叫び』みたいな顔した人のフィギュアが置いてあるんだもん」

「それは強烈だな」

 何だそのフィギュアは。私気になります。

「あと本も一杯あったよ」

「何?」

 俺は本好きということもあってか本という単語を聞くとついつい反応してしまう。

 瑞希さんも本が好きなのか。これは良いことを聞いた。今度オススメのホラー小説とか教えて貰おうかな。結構怖いのあるんだろうなぁ。もしかしたらレアな本もあったりとか?うほぉ、夢が広がりんぐ。

「真澄くん……」

「なんだい?」

「本を読まない女の子は嫌い……?」

「いきなり変な事を聞くなぁ。どうかしたか?」

「今真澄くん、夏蓮の事考えてたでしょ?」

 何故バレたし。この子やっぱりエスパーなんじゃないかな。

「周りに本を沢山読む人少ないからさ。瑞希さんが本好きなら話が多少合うんじゃないかってね。ほら、趣味が合う人が少しでも多くいたら楽しいだろ?」

「むぅ……そうだけど………」

 また天莉さんが暗くなった。う~む、乙女心が分からないから彼女が何を悩んでいるのかいまいち理解できないな。悩んでいるなら助けになってあげたいのだが……。

 ここは直接聞いてみるかな。

「天莉さん、何か悩み事かな?」

「………」

「言ってみなよ。助けになれるかも知れないよ?」

「(悩ませているのは貴方本人なんだけどなぁ)……気になる先輩が少し鈍感過ぎるなぁって」

「その先輩は誰なんだ?知り合いだったら俺が伝えといてあげるけど?」

「真澄くんしかいないでしょぉ!この馬鹿ぁ~!」

「ちょっと!手を噛まないで!」

 また発動した。最近付いてしまった天莉さんの変な癖。噛む力は然程強くない甘噛みだが、やはり女の子に肌を噛まれるというのはどうも背中がゾクゾクして変な感じがするからちょっと好きじゃない。俺ってソッチ系の趣味持ってないよね?エムじゃないよ。アイアムアノーマルヒューマン。

「私が話題に出す先輩なんて貴方か柊先輩、華京先輩くらいしかいないに決まってるじゃん!」

「それはそれでどうなのさ……」

 もう少し上級生にも交流を広げた方が良いのではないかと思う。男子生徒じゃなくても女子生徒ならあと数人くらい……。

 俺?いるわけないじゃないですかヤダー。先輩とか怖くて話しかけられない。何度か荷物運びを手伝ったりした事あったけど終始無言だったから良くは思われてなかったと思う。まだ手伝った先輩が男子だったから良かったけど、女子だったら汚物を見る目で蔑んで来てたに決まってる。絶対心の中で『うわ、何この下級生、ナンパ?』とか思ってたに決まってる!あぁ考えただけでも恐ろしい……。

「それに、私は別に現在が気に入ってるの。先輩だって真澄くん一人で十分」

「ワー、ウレシイナー」

「あ~!その返事は思ってないな~!」

「思ってる思ってる。君のような可憐な少女に気に入られて超嬉しいですよ。カッコ棒」

「カッコ棒って言っちゃってるよ!?」

 そもそも良く思ってなかったら今頃部屋の外に放り出しているところだっての。なのに俺はそれをしない。何だかんだで俺も彼女の事を気に入ってるんだな。理由は何だ?顔?性格?何にしろ俺の事だからどうせ不純な理由で気に入ってるんだろうなぁ。あ~あ、本当自分って嫌い。

 それはそうと、話は変わるが━━、

「天莉さん、本当に何でこの映画借りてきたの?」

「…………………………というと?」

「君、ホラー苦手なんだろ?」

「…………………………………………………」

 先程よりも長い沈黙。俺は念押すようにもう一度問う。

「苦手だろ?」

「…………………………ち、違うよ?」

「いや、さっき自分で言ってましたやん」

「言ってません~!言ってたとしても忘れました~!」

「やだ、この子記憶の容量少ない。メガバイト?いやキロバイトくらいか」

「誰が馬鹿よ~!!」

 鏡を持って来ようかな。そして目の前に立ててやれ。

「シャーー!!」

「猫みたいに威嚇しないの」

 ちょっと顎下撫でたくなっただろ。

「で、でもさ!ホラー小説は読めるよ!」

「文字と映像を一緒にしちゃ駄目じゃないかな?ほら、映画止めるよ」

「ま、待って」

 リモコンを手に取ると、その取った手を掴まれた。

「見栄を張ることなんてないよ。誰だって怖いもの一つや二つはある。だからと言って、俺はそれを馬鹿にしたりなんてしないよ」

「こ、怖いのは確かだけど、真澄くんと一緒に見ればまだ大丈夫だよ!」

「あっそうなの?」

「もっちろん!」

「凄いね~。で、本音は?」

「超怖いです!もう足がガックガクッ!」

 駄目じゃねぇか。どれだけ俺を頼りがいのある人間だと思ってたんだよ。

 確かに一応ホラー耐性はあるから問題ないが周りの人達を安心させるほど耐性は無いぞ。

「そ、それにさ、折角夏蓮が貸してくれたんだよ?観ないと申し訳ないよ」

「だからその前に何故この映画を借りる事になったんだよ。問題はそこだろ」

「え~~っと……」

 天莉さんはあからさまに視線をそらす。

 絶対に何かあったなこれ。



 ━━天莉と夏蓮の昼間の会話━━

「今晩、真澄くんの部屋に突撃しようと思うんだけど何か二人で出来そうな事って無いかな?」

「突撃して何するの?」

「そりゃあデレッデレに甘える」

「直球だね……じゃあシンプルに映画鑑賞とか?彼に抱っこして貰いながら一緒に観たら良いんじゃないかな?」

「ナイスアイディア!」

「発音が完全にアメリカンのそれだ……」

「あっ、でも私映画持ってないや……」

「じゃあ私の貸そうか?」

「どんな映画?」

「飛びっきりドキドキするやつ♪」

「ドキドキ!それにする!貸して!」

「オッケー。じゃあ放課後渡すね」

「これで真澄くんと………フフフッ」

(私の中でも一番怖いホラー映画渡そ)

 ━━回想終了━━


(凄く楽しみにしてたのに、まさか中身がホラー映画だったなんて………こんなドキドキ求めて無かったよ!夏蓮の馬鹿!)

「天莉さん?」

「………………お願いだから何も聞かないで」

「お、おう」

 この反応、まんまと瑞希さんに騙されたと見た。この子いつか詐欺に引っ掛かりそうで心配だ。

「兎に角、あと半分だし頑張って観るよ」

「映画って楽しんで観るものでは?映画の概念って一体………」

 あまり良い予感がしなかったが俺は取り敢えず彼女に付き合うことにした。

 だがこの後、映画の終盤でのビックリシーンで結局天莉さんは怖い目を見ることになって泣き出してしまったのは言うまでもない。



 ◆◆◆


「…………だから止めようって言ったろ?」

「だってぇ……ヒッグ……だってぇ!」

 腕の中でしゃくりあがっている天莉さんの頭を撫でて慰めながら溜め息を一つ吐く。ギャグ漫画並の王道な展開過ぎて最早笑いも起きない。

「……ヒグッ……さ、最後のは怖いよぉ……!」

「あれは怖かったな。俺もビックリしたよ」

 映画の終盤、主人公が何とか生き延びてハッピーエンドで終わるだろうと思っていたら画面一杯に顔面蒼白で白目の幽霊の顔がドアップで映し出されたんだ。あれは耐性のある俺でも流石にビビる。

 俺はビビるだけで済んだが天莉さんはビビるどころか悲鳴を上げて泣き出してしまった。恐らく今回の事は彼女のトラウマになっただろう。

 映画の持ち主である瑞希さんはこんな物を日頃から見ているのか。………あの子凄いな!

「一先ず、落ち着くまで待ってあげるから好きなだけ泣きな」

「真澄くん……今日この部屋に泊めてぇ………」

「ごめん。無理」

「やぁだぁぁ!泊めてぇ!一人にしないでぇ!傍にいてぇ!」

「君、女。俺、男。絶対に問題起きる。オーケー?」

「No!」

「Why!?」

 ちっくしょう。泊めてくれるまで離さないと言わんばかりにしがみつかれてるから振りほどけない。

 絶対にこうなると思ったから映画を消したかったのに、天莉さんったら意地でも見ようとするだもんなぁ。

「お願い…一人にしないで……」

「あのね、あれはフィクションなんだ。現実じゃない」

「分かってるけど……やっぱり怖いよぉ……」

 俺も泊めてあげたいのはやまやまだが、やはり若い男女が一つ屋根の下に二人きりはまずい。風紀が乱れる気しかしない。

 俺がしっかりしていれば良いだけの話なのだが、俺も人間だ。完璧超人じゃない。我慢出来ない事も当然ある。

「泊めてくれたら私を好きにして良いからぁ!真澄くんのしたいように使ってくれて良いからぁ!てかもういっその事問題起こしてくれて構わないから!」

 発言が限り無くアウトに近いアウトですね。つまりアウトです、てか最後に至っては自主規制掛けた方が良いだろ。

「天莉さん、良く聞けよ」

「………?」

「君の目の前に二つの選択肢があります。一つは男の部屋に泊まる事ができ、幽霊の恐怖に怯える事もなく朝を迎えられます。ですが朝を迎える頃には君は大事な物を失い、幽霊よりも男の恐怖を植え付けられていることでしょう。二つ目は存在するかどうかも不確定な幽霊の存在に怯えながら一晩を過ごす事になりますが、何事も危険も無く無事に朝を迎えられるでしょう。君はどちらを選ぶ?」

「一つ目」

「即答!?」

 一瞬の迷いもなく前者を選びやがったよこの子!

「君ねぇ……」

「だってその男の人って真澄くんだよね?ならお泊まり一択!」

 もう俺どうしたら良いんだよ。手の施しようが無いぞ。

 俺は残りのエネルギーを全て使うつもりで脳をフル回転させて対処法を練った。

 だが毎度の事ながらこれと言った良い解決策は見つからなかった。俺の頭がポンコツ過ぎて辛い……。

 チラリと下を見ると目尻に涙を浮かべた天莉さんがジッと俺を見つめていた。こんな捨てられる寸前の子猫みたいな目を前にされた俺の心は完全に折れてしまった。

「………………あぁもう!分かった!泊まれ!」

「ホント!?」

 先程までの涙が嘘みたいに天莉さんはキラキラと目を椎茸みたいに輝かせる。

 後輩の女の子と二人きりで一夜を過ごすことになるなんて、両親が聞いたら失神しそうな出来事だ。あれもこれもホラー映画のせいだ。

 両腕を大きく上げて喜びを表現している天莉さんを置いて、俺は押し入れの中から全身を覆えそうなくらいの大きさの布を一枚取り出す。

 これは掛け布団用だ。流石に客人を床に寝させる訳にはいかないのでベッドは天莉さんに譲ることにした。勿論俺は床で寝る。幸いにもカーペットを敷いている為、固くて冷たいフローリングの上で寝る必要はない。まぁベッドより寝心地が悪いのは変わらないのだがな。無いよりはマシだろう。

「何してるの?」

「何って寝る準備だよ」

「ベッドあるじゃん」

「そこは君が使うの」

「二人で一緒に使おうよ」

 この口をガムテープで塞いだろかホンマに。一緒に寝られるわけがないだろうが。俺の理性が壊れるわ。そもそもベッドは一人用だから二人で寝たら窮屈だろうに。

「くっつけば二人とも入るよ」

「やだ。俺は床で寝る」

「じゃあ私も床で」

「なら俺がベッドを使う」

「じゃあ私もベッド」

「おいこら」

「なんじゃらほい」

 一向に離れようとしない彼女に痺れを切らした俺は彼女の餅のように柔らかい両頬を軽く引っ張る。

「天莉さん~。危機感と警戒心を持てって何回言ったら分かるのかなぁ?ん~?」

まひゅみひゅん(真澄くん)しゃへりふらひひょ(喋り辛いよ)

「君が二人で寝ようなんてトチ狂った事を言い出すからです」

ひひゅれいひゃ(失礼な)くりゅっへないひょん(狂ってないもん)わらひはほんひょうに(私は本当に)まひゅみひゅんと(真澄くんと)いっひょにねたひんだ(一緒に寝たいんだ)ひょん(もん)

 何語を喋っているのかは分からんが取り敢えず『本当に一緒に寝たいんだもん』のところだけは聞き取れた。

「何で君はそんなに俺と一緒に寝たいんだよ」

 彼女の頬から手を離し、後頭部を掻きながら問い掛ける。

「ん~とね、真澄くんの近くにいると落ち着くから?」

「…………」

ひょっひょ(ちょっと)なんにぇまひゃ(何でまた)ほほひっひゃるの(頬引っ張るの)

 悔しい。先程の言葉に少しでもドキッとしてしまった事がとても悔しい。何か負けた気分だ。

 唐突に話題は変わるが、この子の頬本当に柔らかいな。モチモチプニプニとしてるけどスベスベでいつまでも触っていたくなる。

「…………(ムニムニ)」

「…………たのひい?」

「………まぁ、意外と」

 楽しいと言うより気持ち良い。未だかつてこんな感触が良い物は触ったことがない。

まひゅみひゅん(真澄くん)へんひゃいしゃん(変態さん)だ」

「止める」

 変態と言われた瞬間手を引っ込める。

 やはり気安く異性の肌に触れるのはセクハラに値するらしい。つまり俺は犯罪者。

 よし。こういう時は━━、

「警察に電話して自首に限るな」

「はいスマホ没収~」

「天莉さん、返してくれ。俺は罪を償わなければならない」

「そんなイケボで言ってもやってる事は間抜けだよ」

 年下の女の子に間抜けって言われた。間抜けって言いますがね奥さん、セクハラは『強制わいせつ罪』という立派な犯罪で六ヶ月以上十年以下の懲役に処されちゃう程の大罪だから。

「わ~。くっわしぃ~」

「すっげぇ棒読みだなおい」

「真澄くんは変な知識は無駄にあって色々極端だよね。そんな考え方してたら将来苦労するよ?」

「既に君に苦労してんだけど?」

「そのジョークは面白いね」

「ジョークじゃないんだなこれが」

「そんな事はどうでも良いから早く寝ようよ」

「話題のへし折り方が最早骨折するレベルな件について」

 部屋の明かりを常夜灯に変えて、天莉さんに誘われるがまま、ベッドに潜る。

 うん、予想通り狭い。窮屈すぎてお互いの肩が当たってしまっている━━━ってちょっと待てい!

「何ナチュラルに二人で寝てんだよ!あまりにも自然過ぎて反応が遅れたわ!」

 そして似たような流れも以前学食でやった気がするぞ!

「チッ!バレたか」

「舌打ちしたな?今舌打ちしたよね?」

「えぇい往生際が悪い!大人しく私と一緒に寝ろぉ!」

「うわっちょ、やめっ、ヤメロォー!」

「そんな爆発魔法使いみたいな言い方しても駄目で~す!」

 なぬ、この台詞を知っているのか。天莉さんもラノベとか読んだりするんだな。俺は霞ヶ丘から借りたラノベでこの台詞を知った。そんな事はどうでもいい。それよりも早く抜け出さなくては………。

「━━━ッ!抜けれない!?」

「必殺!二重絡み!」

 天莉さんの足が俺の足に絡み付いて振りほどけない。

『二重絡み』は確か柔道の技の一つだった筈。何でそんな物を天莉さんが覚えてんだよ。何処で学んだんだよってかマジで外せねぇ。ビクともしやがらん。あと何気にいつの間にか首もホールドされていて本格的に脱出が不可能になってた。手際良いなおい。

「さぁ!寝るか!どうだ!」

「寝る!一緒に寝るから拘束解いてくれ!」

 風呂に入った後だからだろう。今の彼女からはいつも以上に良い香りが漂っており肌も潤っているからくっていていると普段倍以上理性が持ってかれそうになる。

 しかも着ているのが寝巻きだけだから体温と柔らかさがほぼダイレクトに伝わってくる。てかこの子もしかしてノーブラ?胸から寝巻き以外の布の感触がしないんだけど………。

「基本寝るときはブラしないんだ。食い込んで痛くなっちゃうし」

「さいですか……」

「あっ、今えっちな事考えたでしょ」

「考えてない!」

「はぁ!何それ!?少しくらい考えてよ!性欲ダラダラの男子高校生でしょ!」

「何で俺が怒られてんだよ!!(怒)」

 拘束された挙げ句に謎のお説教を食らうとか理不尽の極みだ。

 こんな風にあ~だこ~だやってる内に睡魔が天莉さんを襲い始め、彼女は目の前で可愛らしい欠伸を見せた。

「もう寝るか?」

「ん~……もっとお話したい……」

「夜更かしは美容に悪い。お話はまたしてあげるから大人しく寝なさい」

「真澄くん、ギュッてして……」

「はいはい。もうどうにでも使ってくれて」

 小さな体を抱き寄せる。天莉さんは頬を俺の胸板にくっつけて数回頬擦りして微笑んだ。

「フフッ、温かいなぁ」

「まぁそりゃあ生きてますから」

「心臓、凄く鼓動打ってるね」

「女の子とこんなに密着してたらドキドキもしますよ」

「それって私を意識してくれてるって事で良いの?」

「意識してなかったら最初から抵抗してない」

「嬉しいなぁ……」

 随分と幸せそうな顔だ。目の前に男がいるっていうのに相変わらず危機感は無いんだな。いつ襲われるかも分からないのに、呑気な子だ。

 そんな事ばかり気にしている俺も、実は襲う気なんてさらさら無かったりする。こんな幸せそうに微笑んでる女の子が目の前にいたら流石に襲う気なんて微塵も湧いてこない。

「もう遅い。ゆっくりお休み」

「うん……お休み……」

 しばらくすると天莉さんの小さな寝息が聞こえてきた。今日は体育もあったしいつもよりも疲れていたんだろう。

「………ほんっと、良い顔して寝てるよ」

 恐れなど一切抱いていない弛みきった寝顔。カップルでもこんなに弛んだ寝顔を晒す人は極僅かだろう。

「…………………………………あれ程人が嫌いで、信用できなくて仕方がなかったのに、君といると不思議とそんな気も失せてくるな。何でかな?君は分かるか?」

 彼女は何も答えない。まぁ答えられるわけ無いのだけど。

「……………俺は、君に傷ついて欲しくない。俺は君に救われた。君が俺の頼れる人になってくれると言ってくれたあの日に、俺は確かに救われたんだ。だからその恩返しとして俺は君を守りたい……たとえ、この身にどんな事が起きようとも、俺は君を………」

 その行為が自分のエゴだったとしても、目の前で大事な人が傷つくよりかは何倍もマシだ。この体がどれだけ傷つこうともこの子が苦しむ事に比べたら安いものだ。

「んぅ……」

「寝言か?」

「ま、すみ…くん………」

 寝言まで俺なのか。可愛いがそういうのは止めて頂きたい。あざといし、何より可愛すぎて悶えそうになる。

「………いや」

 幸せな夢を見ているのかと思ったがどうやら違う様子だ。天莉さんは俺の名を口にしながら涙を一筋流していた。

「いや……真澄くん……」

「天莉さん、俺がどうかしたか?」

 反応は無いと分かっているが一応問いかけてみる。すると天莉さんはギュッと俺の服を掴んでもっとすり寄ってきた。

「何処にも、行かないで……傍にいて………もう、居なく、ならないで………」

 俺は天莉さんの『もう』という部分に疑問を抱いた。

 この副詞が付くという事は以前に俺と天莉さんは一度会っていることを意味する。

 だが俺の記憶には彼女はいない。今年の春からの記憶にしか彼女の姿はない。

 なのに彼女は『もう』と言った。どういう事だ?

「やっと……見つけたの……真澄くん………」

「…………………天莉さん、君は一体何者なんだ?」

 俺はひたすら記憶を漁った。だが天莉さんらしき人はやはり見つからず、気がつけば夢の中へと落ちていた。

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