18話 ライバル出現!?
天莉さん称『胃袋掴む愛妻弁当』を食べ終えた俺は学園の裏庭の噴水広場にあるベンチに座り、一人でコーヒーを嗜んでいた。
柊から『弥生くん会いに来たぞ』とメールが入ったが、今は一人でいたい気分だったから丁重に断って貰った。
別に彼女が嫌になったわけじゃない。ただ一人で静かに時を過ごしたかっただけだ。そもそも俺が天莉さんを嫌うわけがない。あんな良い子を嫌ってたまるかってんだ。
「しかし、あの子本当に良い子だよなぁ。俺みたいな奴と構ってくれるし、頭良いし、料理上手いし、可愛いし。ちょっと変なところはあるけど」
うんうんと一人で頷くが、
「……それに比べて俺は頭脳は平均、運動はやれてもバスケだけ。人間不信で根暗で自己嫌悪が激しくて、顔も柊曰くまぁまぁ良いらしいが多分お世辞だろうからまぁ普通の顔。料理の腕も上手くはないだろうし………俺、あの子に全く釣り合ってなくね?てか一緒にいるだけで最早罪な気がしてきた………」
言ってて悲しくなって来るが、こう考えると日頃の周りの男子生徒から殺気の籠った視線を向けられるのも分かる気がする。だって釣り合ってないんだもん。そりゃあ『なんでお前みたいな奴がその子の隣にいるんだ?○ね!』ってムカつかれるわ。
「………コレも、天莉さんに言ったら怒られるんだろうなぁ」
何故か彼女は俺が俺を卑下することを嫌う。以前それで怒らせてしまったことを忘れてない。まぁ何故かと言っても理由は言われたがな。全く……いくら信頼してるからって男に軽率に『大事な人』なんて言うもんじゃないっての。誤解したらどうするんだよ。相手が俺で本当に良かったぜ。俺は誤解なんてしないからな。
持っていたコーヒーを置いて、気分転換にイヤホンを耳に着けてポケットに入れておいた音楽プレイヤーを再生する。再生した音楽は洋楽。意味は分からないがこれだけでもリスニング練習にはなる為、聞く音楽は基本洋楽にしている。
ベンチに寝転んで目を閉じ、太陽の光を浴びながら音楽が淡々と流れていく。
三曲目に指し当たった所だ。音楽が突然止まった。というより、イヤホンを引き抜かれた。
何事かと目を開けると、肩に当たりそうまで伸びた少し紫掛かった黒髪で眠そうだがキリッとした黄金色の瞳を持った女子生徒が俺を見下ろしていた。
女子生徒と目が合うと女子生徒の口から見た目とは大きく反した言葉が放たれた。
「随分とだらけているじゃないか、真澄」
鋭く言い放つ女子生徒に俺は笑みを返す。
「ここは俺の特等席なんだ。許してくれよ」
「ここは共同スペースだ。君の私物じゃない」
「ごもっとも」
彼女は華京陽香。俺と同じ二年生で現在生徒会長を勤めており、天莉さん同様、この学園一の美少女と呼ばれている子だ。学園一が二人もいるのはおかしいと思われるが、なにやら天莉さんは可愛い担当、華京さんは綺麗担当の事。誰が決めたのかは知らないが、知り合いをすげぇどうでもいいカテゴリーに入れるのは止めて頂きたい所だ。
「取り敢えず挨拶と行こうか。久しぶりだね、華京さん」
寝転んだまま軽い挨拶を交える。
華京さんも鋭い目は変えないまま相づちを打つ。
「あぁ。久しぶりだ。君は相も変わらずのほほんとしているな」
「酷いなぁ。これでも結構忙しい身なんだけど?」
「君が?ならば是非とも聞かせて欲しいなその忙しい理由とやらを」
いつまでも彼女を立たせているのは申し訳ないので起き上がってベンチの半分を譲る。華京さんも察したようで「ありがとう」と一言言って隣に座った。
「で、何の用かな?」
「おや、用が無ければ君に声を掛けては駄目なのか?」
「そうじゃなくてさ、進級してから全然姿を見せなくなったじゃん。なのにどうして突然こうやってまた現れたのかなっと」
「君は振られた相手に簡単に声を掛けられるとでも?」
「えっ、マジで?それが原因?」
何を隠そう、俺こと結城真澄は隣にいる美少女、華京陽香に一度告白されている。
何故かは知らん。今年の一月に急に告白された。
「乙女の一斉一代の告白を『それ』呼ばわりとは酷い奴だ」
「いや、あの、乙女と言う割には雰囲気とか色々滅茶苦茶だったんですがそれは……」
「あれの何処が滅茶苦茶だ?」
「生徒会室に急に呼び出され、書類を手伝わされた挙げ句に『君が好きだ。カレシになってくれ』なんて誰も信じないでしょうに」
「私は有りだ」
「ねぇよ」
あの時はマジでビビった。知り合って半年も経たない相手に告白されるとは思ってなかったからな。別に俺が彼女に何かをしたわけでもない。ただ普通に接していただけだ。口説いたりなんてしてないよ。そんな勇気は俺には持ち合わせてない。なのにも関わらず告白された。謎である。
「そもそも何故俺?俺なんて何の取り柄もないただの男子高校生だぞ?」
「何故君だと思う?」
「質問に質問で返すと零点だって現国で習わなかったか?」
「総合一位を取っている私に点数の話をするか?面白い」
そうなんだよなぁ。この人、スペックも天莉さんと一緒なんだよなぁ。天莉さんが可愛い担当で華京さんが綺麗担当ってのもあながち頷けるかもしれん。
やだっ…俺の周りの少女、天才多過ぎ……?
「人が人を好きになる。これに理由なんて物は必要ない。きっと本能的な物だ」
「これはまた曖昧な」
「本能を馬鹿にするなよ。本能は相手の外見ではなく内面を感じ取る。相手がどんな人間なのかが不思議と頭に入ってくるのさ」
「で、君の本能に俺の内部がヒットしたと?」
「そういうことだ」
「趣味悪いな………」
「何だと?」
「何でもございません」
危ない危ない。この人も俺が俺を貶すのを嫌うタイプの人のようだ。趣味が悪いって言った瞬間、彼女の雰囲気が変わったのが分かった。別に俺の事なんだし、俺がどうしようが彼女には関係ないと思うのだが。
「まぁいい。これ以上この話をしても意味はない。忘れよう」
その割にはまだ腑に落ちないように見えるのは何でですかね?貴女本当は納得してないでしょ。
「しかし、君が年下好きだったとは思わなかったぞ」
「……何のこと?」
「とぼけるな。付き合っているのだろう?一年の弥生という少女と。以前校門で大きく宣言してたらしいじゃないか。私達はカップルだとね」
おいおい。まだあの噂が流れてんのかよ。もう消えたかと思っていたぞ。
「付き合ってない。あれはガセだよ」
「けど仲が良いのだろう?」
「仲が良いからって付き合っているとは限らないだろう。もしそうなら、俺はずっと前から仲が良い柊と付き合っていることになるんだが?」
「君は同性愛者なのか?」
「なわけないでしょうに。君は本当に人の話を聞かないな」
「冗談だ」
「取り敢えず、俺と天莉さんは付き合ってない。良いな?」
「そういうことにしようか」
なんか引っ掛かる納得のされ方だったが一応誤解は解けた。まだ別の所で誤解はされてそうだがそれはもう放っておこう。全てに対応していては終わりがない。
「けど、彼女には随分と好かれているように思うが?」
「そう見えるだけだろう」
「そうか?年頃の女の子がそう易々とくっついてくるか?私は想いを寄せている男以外にくっつくなんて御免だが」
「それほど信頼されているんだろう」
「それでも有り得ないな」
あぁ何度したのだろう、この会話。柊と嫌になるほどした会話。どいつもこいつも、俺に一体どんな解答を求めているんだか。
「君は、弥生くんが君に想いを寄せているかもしれないと考えなかったのか?」
「俺は、そんなある筈のない妄想に浸るのは嫌いなんだ」
「妄想ねぇ」
「妄想だろう。会って間もない女の子が自分に惚れているなんてそんな漫画や小説みたいな話が現実にあってたまるか。俺は知ってるんだ。現実がどれだけ非情で、理不尽で、残酷なのかをな」
「何をそんなに怒っている?少し落ち着きたまえ」
おっと危ない。どうやら感情が出てしまっていたようだ。若干華京さんに引かれてしまった。
深呼吸して感情を整理する。今俺がしているのは八つ当たりに過ぎない。これは俺が嫌ったアイツ等と同じ行為に等しい。そんなのは駄目だ。俺が俺でいる為にもアイツ等と違った行動を取らなくては。
「ごめん。少し熱くなりすぎた」
「気にするな。私も少々踏み込み過ぎたようだ。これ以上は止めておこう」
彼女のこういう素直なところは俺も好感が持てる。いつもこうだと良いのだが彼女は基本マイペースだからそうもいかない。
「ところで、君はいつまでそこで盗み聞きしているつもりなのかね?」
華京さんは目の前のテーブルに頬杖をついて、噴水広場から校舎の中に続く半開きになっている両開きドアを見ながら誰かに問い掛けるように言った。
数秒すると半開きだったドアが独りでに開いて、見慣れた少女が姿を現した。
「盗み聞きとはあまり褒められた趣味ではないと思うのだが?」
現れた少女を咎めるような鋭い声。しかし実際は怒ってなどいない。これが華京さんのデフォなのだが、それを知らない人だと完全に怒っていると勘違いするだろうな。
「どうしたんだい?天莉さん」
華京さんの声に完全に怯えてしまっていた少女、天莉さんに宥めるように声を掛ける。すると彼女はそそくさと俺の隣に駆け寄ってきて、華京さんから俺を盾にするようにポジションを取る。
「おやおや、随分と怖がられているようだ」
「原因は君の目だと思うんだけど」
「私の目が何だって?」
「君の目は鋭いから睨まれていると勘違いされやすいんだよ。もう少し穏やかになろうぜ」
「ふむ。私としては普通のつもりだったんだが……気を付けよう」
「………真澄くん、この人とはどういう関係?もしかして………カノジョ、とか?」
「そうだよ」
「違う。人の後輩に勝手にデマを教え込むな」
油断も隙もあったもんじゃないなこの人は。「そうだよ」じゃないんだよ。平然と肯定しないでくれ。冗談に見えねぇよ。
「良かった……カノジョじゃないんだ…」
「おや、私が彼のカノジョだったら何か不都合があったのかな?」
おっと。何やら良くない雰囲気がしてきたぞ。
「不都合というか…その……(チラッ)」
「何故そこで俺を見てくる。聞かれているのは君だろう」
「だって……」
「…………はぁ。真澄、君も鈍い奴だな」
「待て。何で俺は今貶されたんだ?」
「さぁ、何故だろうね。自分の胸に聞いてみると良い」
トントンと俺の左胸を軽く指先で叩いてから、華京さんはビクビクと怯える天莉さんと二人で少し離れたところに言って天莉さんと何かを話し出した。
「さて、子猫ちゃん。単刀直入に聞くが、君は真澄の事が好きだろう?」
「えっと……」
「なぁに、隠す必要はない。私も君と同じなのでね」
「それってつまり、貴女も真澄くんの事が?」
「あぁ。好きだ。理由も教えてやろうか?」
「別にそこまでは……」
「そうか。知りたくなったらいつでも聞きに来るといい。喜んで教えよう」
何を話しているのだろう?天莉さんが何やら驚いた顔をしていたようだけど。まさかまた俺と付き合っているみたいなデマを教えているんじゃないだろうな。……華京さんならやりかねないからまた怖い。
「まぁ何が言いたいのかと言うとだ。勝負と行かないか?」
「勝負、ですか?」
「あぁ。同じ相手に好意を寄せている者同士がエンカウントしたのなら恋のライバル対決が始まるのが王道だろう?」
「一体何の王道なんですか……」
「そりゃあ漫画や小説とかのだよ」
「……先輩って本好きなんですか?」
「勿論大好きだ。因みに真澄も本好きだよ。彼との共通点を私は持っているのだよ。君は持ってるかな?フフフッ」
今度は華京さんが嬉しそうに笑い出したな。いつもぶっきらぼうな彼女が笑っているのを見るのは新鮮だな。けど何処と無く笑顔が怖い気がする……。
「さぁ、乗るかい?この勝負に」
「……乗らなかったら?」
「勿論真澄は私が頂く」
「そ、そんなの駄目です!!」
「じゃあどうするんだ?」
「や、やります!!乗らせて頂きます!その勝負!!」
「そう来なくっちゃ♪」
話がまとまったみたいで、二人とも歩いてこちらに戻ってくる。二人の距離感が初めよりも近いように思え……ないのかな……。なんか天莉さん威嚇しているように見えるけど。華京さんは鼻唄歌って楽しそう。一体何を話してたのだろうか。気になる……。
「何を話してたんだ?」
「女子トークの内容を聞くなんて無粋な事はしない方が良いぞ」
「おっと。そんな目をしてもビビらないぞ。君のそれはデフォだと知っているからな」
「これは本当に睨んでいるんだが?」
「すいませんでした!」
睨んでたのかよ!全然区別がつかなかったわ!
美人の睨んだ目はやけに整ってるから普通の人よりも怖いのが質が悪いところだ。
「さて、気分も良いし予鈴も近いから私は戻るとしようかな」
華京さんはそう言いながら胸ポケットに入っていた手帳を取り出して、中から一枚の紙を出して天莉さんに渡した。
「私の連絡先だ。たまにお話しよう。弥生くん」
「む~。……まぁ、ありがたく貰いますけど……」
「待ってるよ。では二人とも、去らばだ」
「あぁ。また」
「い~~っだ!!」
軽く手を上げて華京さんは校舎の中へと姿を消した。天莉さんはまだ威嚇してたけど。
なんだかなぁと息を漏らしながらテーブルに置いてある缶コーヒーの残りを飲んでいると天莉さんが俺の服の裾を掴んできた。
「どしたの?」
「あの人、綺麗だったね」
「まぁね。一応天莉さんが入学してくるまでは学校一の人気者だったし」
今は君も加わって男子の中で色々会議が行われているのだが、そんなのは言えるわけがない。
「真澄くんはさ、やっぱりあの人みたいな人が好み?」
「というと?」
「……やっぱり私って子供っぽいかな?もっとおしとやかになった方が良い?」
華京さんをおしとやかな人と分類するところには少しばかりの疑問が生じるが、まぁ男として言わせてもらうなら、勿論綺麗な人と交際したいっていう願望はある。
けど華京さんみたいな綺麗な人が好みかと聞かれたらまた答えが変わってくる。
「綺麗さで言ったら君も彼女に劣らずだけどねぇ」
「………ふぇっ?」
「勿論これは俺視点での意見で、他から見たら違うかもしれないよ。けど俺的には君も華京さんに負けず劣らずの美貌の持ち主だと思うし、もし君か華京さんを選べって言われたら正直物凄く困る。それ程、君も彼女に劣らず魅力のある女の子だと思うよ」
ちょっと残念なところはあるけど。貞操観念が無いところとか。
「だから別に君は今のままで良いんじゃないかな?少なくとも俺は今の君のままでいて欲しいと思う。それが君の魅力の一つでもあるからね」
だいたい、人間は変わろうとしてもそんな簡単には変われない生き物だ。悪い方にはすぐに変わっちゃうのにね。不思議だな。
「真澄くん」
「ん?」
「抱きついても良いですか?」
「良いわけないだろ。何言ってんだ」
「えぇ良いじゃん!私今凄く幸せなの!何かにしがみつかないとどうにかなっちゃいそうなくらい!」
「じゃあそこの電柱にでもしがみついてなさい」
「ひどい~~!!」
ポカポカと肩を叩いてくる天莉さんを見て自然と笑みが溢れる。
好みの女の子ねぇ。そんなの考えた事も無かった。
けど、そうだなぁ。
(君みたいな子が恋人だったりしたらきっと毎日が楽しいんだろうね……きっと………)
「ん?真澄くん、今何か言った?」
「いや、何も言ってないよ。さっ、俺達も早く教室に戻ろうか」
「は~~い」
けどそれはあくまでも『もし』の話。
それが実現することは恐らくないだろう。




