17話 瑞木夏蓮は意外にスパルタらしい
遅れてしまい申し訳ございません。
仕事が立て込んでおりまして執筆する時間が確保できずに投稿が遅れてしまいました……。
またこういう時もあると思いますが気長に待ってくださると幸いです。
必ず完走はしますので、その辺りはご心配はなさらないでくださいね。
「帰してくれ」
「開口一番がそれってどうなんだ?親友よ」
一年との合同体育が始まって生徒各自ウォーミングアップを行う中、帰りたいという俺に柊はスクワットをしながら苦笑いをする。
「何で合同体育なんだよ。おかしいだろ」
「一年の体育顧問が出張なんだと」
「なら自習にすれば良いじゃないか」
「それは先生達の都合だろ」
それを言われてしまえば言い返せない……ここは大人しく授業を受けるしかないのか……。
「まぁ良いじゃねぇか。今日やるのはバスケ。苦手じゃないだろ」
「去年誰かさんに無理矢理叩き込まれたからな」
「誰だよそんな事した奴は」
「お前だよ!」
ケラケラと笑う柊に俺は力任せにバスケットボールを投げる。柊はそれを簡単にキャッチしてそこから鮮やかなレイアップシュートを決めた。これが瞬時に出来る辺り、流石バスケ部キャプテンと言える。
「ナイスパス♪」
「ぶつけるつもりで投げたんだが?」
「嘘つけよ。手の位置を狙って投げた癖に」
チッ、バレてたか。そうだよ。当てるつもりなんてさらさら無かったよ。俺にそんな事出来るわけないだろ。
「まぁそう不貞腐れるなよ。合同って言ってもどうせ同じ時間にするってだけだ。まさか一、二年が混ざってバスケをするわけじゃ━━」
『よ~し!各自二人組を作ってシュート練習を始めろ!出来るだけ一年と二年でペアを組むように!』
「………言いたいことはあるか?」
見事にフラグ回収をしてくれた柊を睨む。
「お、落ち着けよ。出来るだけって言ってたろ?つまりだ、別に一年と組まなくて良いんだよ!」
ふむ。確かに一理ある。そういう事なら柊とペアを組めば万事解け「ま~す~み~く~ん~!!」………あぁ、なんか頭が痛くなってきた。
「真澄く~~ん!!一緒にバスケしよ~~!!」
「げぼらぁっ!」
天莉さんの飛び付く攻撃。
俺の腰に百二十のダメージ。効果は抜群だ。
ポ○モンみたいなナレーションしているが、割とマジで腰に来た。グキィッって嫌な音がしました。ヒビ入ってないよなコレ……。
「えへへ~♪真澄くんだ~」
「……天莉さん、いきなり体当たりなんてしたら危ないよ」
「真澄くんなら受け止めてくれると信じてた」
「何その意味不明な信頼は…」
胸に頬擦りする天莉さんをどうしようかと困っているともう一人、一年生側から誰かが歩いてくるのが見えた。
「もう天莉~。はしゃぎ過ぎだよ」
「おぉ、瑞木くんじゃん。やっほ~」
「瑞木さん、いきなりで悪いんだけど天莉さんをどうにかしてくれないかな?ぜんっぜん離れてくれないんだけど」
さっきから天莉さんを引き剥がそうとするが一向に離れる気配がない。ずっと抱き着いたままで深呼吸しているんですけど。
「真澄くん成分を補給してます」
「……朝したよね?」
「半分使いきりました」
燃費悪っ!まだ一限だぞ。この調子だったら毎時間終わる毎に補給しないと駄目じゃないか。俺は別に構わないだけど人の目があるから学校では勘弁してほしいのが本音だったりする。
あっ、こら。手を噛むのは止めなさい。バスケットボールを触った後だからばっちいよ。でも手首だからギリギリセーフか。
「ほ~」
「へ~」
「………二人とも、何ニヤニヤしてるのかな?」
「別にぃ。なぁ瑞木くん?」
「えぇ。何もありませんよぉ。ただ、もうそんな事するような関係になったんだなぁって思いまして」
うっわ腹立つ。二人がニヤニヤしてるところスッゴく腹立つわ。
「しっかしまぁ、本当に天莉ったら先輩にメロメロですね」
「その悪意が籠ったような言い方は止めてくれ……」
「まひゅみひゅ~ん♡」
「君は取り敢えず手首を噛むの止めなさい」
猫撫で声を出しても可愛いなんて思ってあげませんからね。上目遣いしても駄目です。
「てかさぁ、本題に戻るけどペアどうすんの?俺と組むか?それとも弥生くんと組む?」
「え~っと……」
「真澄くんが良い!」
俺が答える前に天莉さんが先に答えた。引き続き「どうするんだ?」と視線を送ってくる柊に俺は仕方なく頷いた。
ここまで組みたいと言われてしまえば流石に断ることなんて出来ない。ここは先輩として、面倒を見てあげることにしよう。
「じゃあ結城は弥生くんとか。俺は………誰と組めば良いんだ?他の奴等はもう大方決まってると思うし……」
「私と組むという選択肢は無いんですか?」
ジト目で柊を睨む瑞木さんは何処か拗ねているように見える。そんな彼女を見た柊はすっとんきょうな声を出した。
「はぇ?俺と組んでくれるの?」
「逆に組んでくれないと私もペアがいないんですけど……」
「マジか~。俺今日ついてるわ」
「何がです?」
「瑞木くんみたいな可愛い子と一緒にバスケが出来るなんて、ついてると言わずに何と言う」
「なっ!?」
突然可愛いと言われた瑞木さんは顔を真っ赤にして柊から視線を逸らす。
おぉ、彼女の照れた表情は初めて見るな。なんだか新鮮だ。
「い、いきなり何を言い出すんですか!?」
「あれ?何で俺怒られてんの?なぁ結城」
「いやまぁ、急に可愛いなんて言われたら恥ずかしくなるんじゃないか?まぁ可愛いのは同意するが」
「ゆ、結城先輩まで!止めてくださいよ!貴方は私よりも天莉を見てあげて下さい!」
「えっ?」
視線を下げると天莉さんが凄い形相で俺を睨んできていた。あ、あれ?何でこんなに不機嫌そうなの?俺怒らせるようなこと言ったかな。
「む~!真澄くんのペアは私なの!私を見て!」
「そういう発言は誤解を生むかもしれないから抑えて」
「ち~が~う~!」
「何が違うの?」
「うぅ…」
「天莉さん?」
「………夏蓮ばっかりズルい…私にも言って……」
「何を?」
「バッカお前!」
唐突に柊が俺の耳に口を寄せて手で音を抑えながら言ってきた。
「弥生くんはお前に可愛いと言って欲しいんだよ」
「何でだよ」
「良いから可愛いと言っとけ。絶対に機嫌直るから」
意図が理解できなかったが瑞木さんからも「言え」という視線が送られていたので俺は天莉さんの艶やかな髪に手を乗せながら言った。
「て、天莉さんも可愛いよ」
「………………ほんと?」
「ほんとほんと」
「…………えへへ♪」
不機嫌そうだった天莉さんの表情が一気に緩む。チョロい。チョロすぎるよ天莉さん。
けどごめんね。君は嬉しいかもしれないけど俺は超絶恥ずかしいからね?こんなバカップルがしそうな事をやらされるって中々の公開処刑だからね。
「既にバカップルの件について」
「お前が何を言っているかわからない件について」
『こらぁ!そこの四人組!くっちゃべってないでさっさとシュート練習せんかぁ!』
「やべっ!瑞木くん!早くやるぞ!」
「は、はい!結城先輩、天莉の事お願いします!」
二人はボールを持ってそそくさと離れていった。
その場に残された俺は一先ずしがみついている天莉さんを引き剥がして、俺達もシュート練習を始める事にした。
「では、シュート練習を始めます」
「はい!先生!シュートの打ち方が分かりません!」
「はい。胸を張って言うことじゃありませんね」
敬礼をしながら言い張る天莉さんにツッコミを入れる。胸を張るのは良いけど視線を気にしなさい。この場にいる殆どの男子が君の胸を見てたからね。俺?俺はまぁ、見てたけど…………そ、それも含めて天莉さんには気を付けて貰いたい。
「真澄くん、シュート打てるの?」
「まぁ去年の夏柊に散々しごかれたからな。素人よりかは出来ると自負してる」
そう言いながらボールを片手で持ってゴールに向かって軽く投げる。するとボールはバスンッとネットを潜って床に落ちた。
「こんな感じに打つんだ」
「ねぇ、某バスケット漫画に出てくる色黒くんみたいなことされても影薄い子みたいな反応しか出来ないんだけど……」
そう言われてもシュートなんてぶっちゃけ感覚だし、俺は型にはまったフォームよりさっきみたいに普通に投げるように打った方が入りやすい。
「う~ん、取り敢えずシュート打ってみなよ」
「う、うん。えいっ!」
天莉さんの手からボールが放たれるがボールはリングにぶつかって弾かれ、ゴールにはならなかった。
「う~、入らない……」
だがフォームは悪くなかった。あの調子なら何度か練習すれば入るようになるだろう。
「もう一本打ってみよう」
再び打たせるがまた入らなかった。しかも一発目より悪くなった。
……これはフォームの問題じゃないな。これは恐らく、彼女の集中力の問題だな。
「天莉さん、俺を見ながら打っても入らないぞ」
「み、見てないよ?」
よく言う。何度もチラチラとこちらを見てきていた癖に。そんなに俺が気になるかね。もしかして俺の顔に何かついてる?朝御飯の食べ残しとか?何それめっちゃ恥ずかしいじゃん。
「兎に角、ちゃんと集中しなさい」
俺も彼女の横からボールを投げて練習を再開する。そのすぐ後だった。天莉さんがまた余所見をしていた。
「……天莉さん」
「えっ?あっ、ごめん」
「はぁ、今度は何を見てたの?」
「あれ」
彼女が指差した方を見る。視線の先には柊と瑞木さんの姿があった。二人とも仲良く練習に励んでいるなと見ていたのだが、どうやらそれは少し違ったらしい。
「は~い。また外しました~。最初からやり直しです」
「み、瑞木くん!流石に四十本連続ゴールはキツすぎない!?」
「バスケ部キャプテンが何を甘えた事を言っているんですか?これくらい決めないと全国行けませんよ」
「おっかしいな~!俺はもっと甘い展開を期待してたんだけど!結城と弥生くんみたいな展開を!」
「なんで私が先輩とあんな甘ったるい空間を作らないといけないんですか。ただでさえ日頃天莉に惚気けられまくって胸焼け起こしそうなのに」
「それただの八つ当たりだよね!?」
「そうとも言いますね~♪はいまた外した~。零からやり直し~」
「チキショー!!」
………何か見てはいけないものを見た気がする。主に瑞木さん。あの子ってあんなにスパルタだったんだ。人は見かけに寄らないな。
「す、凄いねアレ」
「柊も災難だな。いや、普段がおちゃらけているからアレくらいした方が丁度良いかもしれんな」
「おちゃらけてねぇ!」
あっ、どうやら聞こえてしまったようだ。俺のうっかりさんめ。
「瑞木くん!せめて!せめて三十本にしてくれ!」
「じゃあ私が喜びそうな事を言ってみて下さい」
「世界一可愛いよ!天使!女神様!愛してる!」
「わ~嬉しいな~。そんな嬉しい事言ってくれる優しい先輩には感謝の気持ちを込めて、プラス十本にして合計五十本にしてあげますね♡」
「何故だぁ!?」
鬼だ。鬼過ぎるぜ瑞木さん。
「嫌ですね~。これも私から柊先輩への愛ですよ。あ~い♡」
「こんな愛は求めてない!」
「仕方ないですね~。じゃあこの時間に五十本連続で決めることが出来たらイイコトしてあげますよ。キャハッ♪」
「しゃぁぁぁぁぁぁ!!やってやるぜぇぇぇぇ!!」
お前も天莉さんに負けず劣らずチョロいな。そして瑞木さんはやる気を出させるのが上手い。というか手慣れているように見える。弟さんや妹さんがいるのかな。
「天莉さん、二人は置いておいてこっちはこっちでやろう」
「は~い」
『よ~し!残り時間はドリブル練習もやっておけ!ドリブルが苦手な奴はそのままシュート練習してても構わんぞ!』
「だそうだけど、どうする?」
問い掛けると天莉さんは腕を組んで考える仕草をしてから「やろっか」と頷いた。
先行は天莉さん。俺はゴール下で彼女の前に立ち塞がって両手を軽く横に広げてディフェンスの構えを取る。
「行くよ~」
天莉さんはボールをつきながら姿勢を低くして一気に距離を詰めてくる。
俺も抜かれないように見よう見まねのフェイントで俺を避けようとする彼女を追い掛ける。
「くっ、やっぱり上手いなぁ。抜く隙が無いや」
「これくらいで抜かれたら柊に怒られちゃうんでね。よっ!」
「あっ!」
天莉さんの意識がボールから外れた瞬間を狙って腕を伸ばしてボールを弾く。
「よし。次は俺かな?」
「少しは手加減してくれても良いんだよ?」
「努力はするよ」
今度は俺がボールをついてドリブルを始める。
俺のドリブルはシュート同様型にはまらないフリースタイルタイプ。講師となる柊がフリースタイラーな故に俺も必然とこうなってしまった。
でも流石に素人相手に本気を出したりするのも大人げないので出来るだけゆっくりとドリブルをする。
「ほっ!」
「おっと」
「やっ!」
「惜しいね」
何度もスティールをしようと伸びてくる手を寸でのところで避ける。手こそは掠りはしなかったが、タイミングがドンピシャだったりするので実は結構取られないかと内心焦っていたりする。
「隙ありっ!」
「そうはいかな━━」
━━━ ガッ! ━━━
「やべっ!」
「きゃっ!」
不覚だった。
バスケをやるのは結構久し振りだったから体が鈍っていることを忘れていた。
天莉さんを躱す為にターンをした瞬間、足と足が絡まってしまい派手に転けてしまった。
それがただ転けてただけならまだ良かった。だが俺の体は天莉さん側に倒れていた為、彼女を押し倒す形で転けてしまったのだ。
倒れる間際に奇跡的に天莉さんの後頭部に手を回せたお蔭で彼女は後頭部を強く打つことはなく、怪我には至らなかった。
「ご、ごめん……怪我は無い?」
「う、うん。ありがとう………」
「どうしたの?」
「これが、俗に言う『床ドン』ってやつだね!」
………この子本当にぶれないな~。絶対に何か言われると思っていたがまさか床ドンとは……壁ドンならまだ分かるけど床ドンなんて言葉は初めて聞いた。
「このまま首に手を回して抱きついて良い?」
「学校だし授業中だがら駄目です」
「つまり家なら良いってことだね!言質取った!」
「もう好きにしてくれ……」
毎度の事ながら勝てる気がしない。いつも彼女のペースに流されている。きちんとノーと言える男になりたい。じゃないといつか取り返しのつかない事をやらかしてしまいそうだ。
「悪かったね。押し倒しちゃって」
立ちながら謝罪をする。
「お詫びに帰ったら甘える権利を貰います」
「一体何をするつもりだ……」
「何だと思う?」
ふふふっと不気味に笑う天莉さん。周りからしたらとっても可愛い笑顔に見えるんだろうなぁ。俺にとっちゃ恐ろしい笑顔にしか見えないぜ畜生が。
「出来るだけハードじゃないのでお願いします………」
「善処するよ」
それ、しない時の台詞ですね。本当にありがとうございました。
「━━本当にいつでも何処でもイチャイチャしてますね」
ひょっこりと天莉さんの後ろから現れた瑞木さん。
何故彼女がここに?柊はどうしたのだろう。
「あぁ、柊先輩ならあそこで倒れてますよ」
「燃え尽きたぜ……真っ白にな………」
「柊ぃぃぃぃぃ!!?」
「凄いですよねぇ。本当に五十本決めちゃうんですもん」
決めたのか……すげぇ……。
「イイコトって言ってたよね?先輩に何してあげたの?」
「偉い偉いって褒めてあげた」
「それだけ?」
「それだけ」
「君は鬼か!?」
五十本シュートを決めた報酬がそれだけとは鬼畜としか言いようがない。柊が哀れに見える。
「鬼って酷いですね……先輩は満足そうでしたけど?」
「へ、へへへっ…可愛い後輩の、偉い偉い……生きてて良かったぜ……」
「凄く気持ち悪かったですが……」
心配した俺が馬鹿だった。瀕死面に見えたあの顔は嬉しすぎて辛い方の顔だったのか。
『キーンコーンカーンコーン』
あまりの残念さにため息を溢していると授業終了のチャイムが鳴った。
「むぅ、もう終わりなの?」
「もっとしたかったのか?」
「真澄くんともっと一緒にいたかった」
そこなのか。天莉さんらしい答えではあるが、それくらいの願いなら別に……。
「家でなら沢山時間あるだろ?」
「……えっ?」
「学校じゃ確かに一緒にいられる時間は限られる。それは仕方ない。だからその分、家でなら君の望む限り一緒にいてあげるさ」
我ながら恥ずかしい台詞を吐いた。恋人でも無い、ただの学校の先輩ごときが何を言っているのだと。けど、それでも彼女の望みは叶えてあげたかった。
「真澄くん、それって……」
「勘違いしないでくれ。これはお礼だ。普段君には何だかんだ言って助けられてるからね」
「それでも嬉しい!ありがとう!」
「だから抱き付くなって……」
こんな俺の一体何処が彼女の好みに合っているのだろうか。何の取り柄もないろくでなしの俺を。
こういう事を言うとまた彼女の怒られかねないので口には出さないけど。
「………ホント、何で付き合ってないんだろう、この人達」
何で瑞木さんが溜め息を吐いていたのかは気にしたら駄目だと思った。
 




