14話 甘え方
「んっ……あぁ、あ…?」
台所で昼食のお粥を作っていると、真澄くんが目を覚ました。IHクッキングヒーターを止めて、あらかじめ冷やしておいたスポーツドリンクを持っていく。
「おはよ。気分はどうかな?」
「……また」
「また?」
「……また、夢を見た…皆が、俺を傷つけてくる夢……」
ズキリと胸が痛む。
神様は夢の中でさえも彼に安らぎを与えないつもりか。
「それは辛かったね……」
「……もう、寝たくない…寝るのが、怖い……」
「……取り敢えず、ご飯食べよっか。考えるのはそれからにしよ?」
真澄くんは首を横に振る。食欲が無いらしい。しかし駄目だ。こういう時こそ、無理矢理にでも何かを食べて栄養を補給しておいた方が良い。でなければ治るものも治らない。
台所に置いておいたお粥を持ってきてスプーンで掬い、少し冷ましてから彼の口の前へ差し出す。
「食べて」
「…………(フルフル)」
「食べなさい」
少々命令口調になってしまった。
だが効果があったのか、真澄くんは渋々だったけどお粥を食べてくれた。
何度か咀嚼をしてから飲み込む。すると真澄くんの表情が少し和らいだ。
「……美味しい」
「よかった。もっと食べる?」
「………(コクコク)」
黙りながら小さく頷く彼が少し可愛くて笑ってしまったが次々とお粥を彼の口内へ運んでいく。
完食まで然程時間は掛からず、ご飯粒一つすら残っていない容器の中を見て私は安堵の吐息をもらす。
こういう場合は一度食べてしまえば食欲が戻ってくるものだ。最初が肝心なのである。
………しかしまぁ、本当に随分と弱ってる。柊先輩は、安心したから今までの疲れが出てきたんだろうと言っていたが、予想していたよりも遥かに疲れが多いように見受けられる。
「……御馳走様」
「全部食べられたね。偉い偉い」
腹立たしいことに私は彼の代わりにこの辛さを受けてあげることは出来ない。けど、甘やかすことは出来る。だから、食欲がないと言っていた彼がお粥を全部食べたという些細なことでも私は精一杯褒めてあげることにした。
頭を撫でられる彼は羞恥に顔を赤らめていたが大人しく撫でられていた。そんな姿がまた愛らしくて頬が緩む。
空の容器をテーブルに置いて彼を再びベッドに横たわらせて布団を被せる。
「……やっぱり、寝なきゃ駄目か?」
「どうしても寝たくない?」
「……うん」
困ったなぁ。どうも寝てくれない。寝た方が体も休めて回復しやすいのだけど……。
「私が添い寝したら眠れる?」
「……別の意味で寝られなくなるから駄目」
だよね~。言うと思ってましたよはい。ちょっとだけ期待した私が馬鹿でしたよ。
でも、少しずつではあるが彼の調子が戻ってきている。顔色も良くなっているし、何よりも私にツッコミを入れる元気があるしね。
「まぁ、断られても入るんだけどねぇ~!」
「……えっ!?」
慌てる彼の無視してベッドへ潜り込む。
うひゃぁ!これが真澄くんの温もり!凄く心地が良い!
「ぬくぬくだぁ~!」
「……何やってんの。早く出て」
「そう堅いこと言わな~~い」
「んがっ」
不服の声を出す彼の頭の後ろに手を回して胸に押し付けて口を塞ぐ。真澄くんは顔を真っ赤にしてじたばたと暴れるが、更に押し付けるとビクゥッ!っと震えて動きが止まった。
「……離して」
「何で?」
「……胸が、顔に当たってる…超当たってる…てか押し付けられてる……」
「うん。だって態とだし」
「……ホントに勘弁して…熱上がっちゃうよ……」
「照れ屋さんめ~。このこの~」
抵抗するのを完全に止めてしまった彼の滑らかな髪を撫でる。
「病人は大人しく看病されるのが仕事だよ」
「……これは、看病とは言わない」
「甘えるのも仕事」
そういうと彼は黙りこくってしまった。
これは私の予想だが彼は『甘える』ということを忘れている。原因は、もう言わなくてもわかるね。
人が信用出来ないとなれば誰かに甘えることも当然出来なくなる。故に甘え方を忘れてしまったに違いない。
だから今からにでも彼に教えてあげておくべきだ。まぁ、やり方は少し強引だけどね。
「年上だからとかそんな変なプライドは捨てて、甘えたい時は素直に甘えて良いんだよ」
「……どうやって?」
「逆に真澄くんはどうしたい?」
すると、ゆっくりとだが背中に彼の手が回ってきて抱き締められた。
「……もう少し、こうしていたい……」
「なら気が済むまでこうしていよう。好きなだけ抱き締めてて良いよ」
私も嬉しいしね。寧ろ私が彼を抱き枕にしたいまである。流石に病人にそんなことをするのは可哀想だから止めておくけど。
「……温かいな」
「それに柔らかいでしょ?」
「……セクハラ発言に誘導しようとしてるか?」
「そういう訳ではないけど、女の子の胸に顔を埋めてるから男の子として来るものあるんじゃない?」
「埋めてるというより埋めさせられているが正しい」
「で、感想は?」
「………凄く柔らかくて、気持ち良いです」
「素直でよろしい」
大きな胸は私の小さな自慢なので、彼にこう言われると嬉しくなる。因みにスタイルにも気を付けています。常にベストなプロポーションを保つ為に日頃摂取するカロリー量も考えて食事を作ったり食べたりしてます。何故かって?そりゃあいつでも彼に見せても良いようにですよ。言わせないでよ恥ずかしい。
なんて馬鹿な自問自答をしていると、寝息が聞こえてきた。
「スゥー…………スゥー…………」
「寝ちゃったか」
あれだけ寝ることを拒んでいた彼は可愛らしい寝顔を私の胸の上で見せていた。
私も微かな不安はあった。彼がまた悪い夢を見て苦しむのではないかと。
しかしそれはどうやら杞憂だったようだ。今の彼の寝顔はまさしく母の胸の上で寝る幼子のそれだ。恐怖や不安は一切ない安心に満ちた寝顔。これならきっと良い夢を見れることだろう。
「……て」
おや、もしかして寝言かな?寝言を言う人なんて初めて見た。何を言っているのかな?
「………てんり…さん……」
「……………………(ボッ///)」
この人は……寝言で私の名前を言うなんてあざと過ぎる。私に気があるんじゃないかと思ってしまうじゃないですか。
……あると良いなぁ……。
「フフッ。早く元気になって、また一緒に学校行こうね。真澄くん」
まだ聞くのは止めておこう。彼の心が完全に落ち着き、ちゃんとした信頼を得てから改めて聞くとしよう。
それまでこういう関係でいるのも悪くはないかなと思う。




