赤銅色の岩場に潜むもの
またあいつらです
夜明けとともにロルタプがタイラントワイバーンの巣へと向かった。
昨日の夕方にロルタプが偵察に行ったところタイラントワイバーンは番いだったそうで、オスとメスの合計2頭が山の頂上に巣を作っていたとの事だった。
単体の危険度がBのタイラントワイバーンだけでも危険な魔物であるのだが、番いを同時に相手するのは無謀にも等しく、オスの個体が狩りに出向くまでリフィン達は隠れて過ごすのであった。
「巣に居るメスを先に狩るのですか?」
「あぁ、空中に居る奴らは馬より早いからな、追い詰めても逃げられちまう…なら巣を攻撃して逃げ場をなくす方が良い、流石に合流されると俺達の方がヤバいけどな!」
「馬達はどうするのですか?」
「こいつらはここで待機させておく、馬っていうのは意外と臆病な生き物でな…移動手段としては優秀なのだが身の危険を感じるとすぐに逃げ出すから追いかけるのも難しい、リフィンも馬の護衛も兼ねてここで待機しててくれないか?」
「わかりました」
移動手段でもある馬達は野営したキャンプの所に一旦待たせるようでリフィンは馬の護衛をするように任された。
流石にFランクのリフィンを危険な目に合わせられないようにする為だろう、少しどんな戦闘を繰り広げるのか見学しておきたかったが大人しく馬達の世話を見る事に同意したのであった。
『私達はここで待機する事になったよ』
『僕は大丈夫だよ、リフちゃんとポコが居れば寂しくないし』
『うん、あとねリフちゃん…ウチなんだか嫌な予感がするの』
『どうしたの?』
『ここに来てる途中の事なんだけどさ、何かに見られてたような気がしてたんだよね…何度か周りを警戒したりしたんだけど何にも無かったからウチの勘違いかも知れないけど、獣臭いような気もしたし』
ポコにそう言われて昨日の事を思い出すリフィンは特に視線を感じたような覚えは無く、感じるとしたら横に居たグレンからの熱い視線くらいなもので、他の黒剣の集いのメンバー達もなにも感じては居ないのか現在は普通に武器や防具に不備はないか確認していたのだ。
『ポコの勘違いじゃないかって僕は思うんだけどな?』
『かも知れないけど、そうだったらいいな』
『…うーん直感ってかなり大事って大賢者様も言ってるし、私はポコの主張を信じるよ!』
『リフちゃん!』
ポコはタヌキでもイヌ科に属しているので人間より感覚が鋭い、下手に不安要素を残したままリフィン達だけここに残るのは危険だと判断すると、早速リーダーであるシックにポコが昨日何かの視線を感じ取っていたと説明すると一緒に周りを確認してくれた。
「ポコが何かの視線を感じたのか………何も居ないような気がするな、しかし警戒するに越した事はないだろう、情報感謝だ」
辺りを見回してみても赤い岩場ばかりでこちらを盗み見ているような気配はしなかった。 ポコも『今は何も感じないや』と言って来たので今は大丈夫なのだろう。
「動物の危機察知能力は人間以上ですけど、今ポコも何も感じないようですし大丈夫なんじゃないかと思います…お時間取らせてしまってすみません」
「いや気にするな、また何かポコが異変を感じ取ったらすぐに言ってくれ、すぐに応援を向かわせれるようにしておく」
「はい、ありがとうございます」
「皆、オスのタイラントワイバーンが狩りに出るようだから一旦隠れろ!」
シックがそう言ってリフィンを安心させると、偵察に向かっていたロルタプが走って帰って来た。
どうやらオスのタイラントワイバーンが狩りに出るそうで、しばらく周囲をグルグルと旋回して巣の周囲の安全を確認してから狩りに向かうらしく、遠く離れていくまで隠れてやり過ごすのだそうだ。
ブォンッ! ブォンッ! ブォンッ!
巨大な翼の羽ばたく音が聞こえ、隠れながらそれを見たリフィン達は声を押し殺してやり過ごす。 流石の巨体に戦いたのかポコやディクト達が念話を使って絶叫していた。
『うわぁぁぁあああ!? でっかいにも程があるよねっ!?』
『僕あれゲームで見た事ある奴だよ多分! 強靭で無敵な最強の空の王者だよあれ!?』
”タイラントワイバーン”
その名の通り非常に凶暴な翼竜で一度暴れてしまえば周囲一帯を荒らし、食いちぎり、蹂躙して行くというまさに翼竜の中の暴君であり、特殊な能力こそほとんど持たないがその戦闘能力と生命力、弱ってもそのような素振りを見せないなどかなりしぶとい危険な飛竜である。
その辺に飛んでいる飛竜種に比べて圧倒的に体が大きく蒼い鱗は鋼鉄のように硬い、蒼い体は空の色に近く奇襲するのにも便利で狩りをする時は空からの奇襲を得意としている。
また口から火炎液を吐く事も知られており頭部に反り立つ一本の鋭い角が特徴、翼を広げれば40メートル程にもなり鱗がびっしりと生えた太く長い尻尾も直撃すれば軽く吹き飛ばされて良くて骨折、悪ければそれだけで死に至る。
「…よし、俺達に気付かずにそのまま狩りに向かったようだ」
しばらく周囲を旋回しながら飛び続けたタイラントワイバーンはエサを確保するため巣から離れて飛んで行くと、シックがそれを確認し黒剣の集いのメンバーとグレンは各々巣へと襲撃をかけるため準備をしていくのであった。
「じゃあ行ってくるからなリフィン」
「危ないから嬢ちゃんはここで大人しくしておくんだぜ?」
「すぐ倒して来るっすよ!」
「僕達は何度もアレを倒してるから大丈夫だよ」
「心配無用」
「ちょっくら行って来るわい」
「ふん、首を長くして待っていろ」
「皆さん、お気をつけて」
そうして黒剣の集いの男達は山の頂上へと登っていく中、グレンは何かリフィンに言いたそうにその場に佇んでいたので、リフィンはグレンにも声をかけた。
「…グレンも気をつけて」
「あぁ、奴等は何度かタイラントワイバーンを討伐しているから大丈夫だろう」
「…グレンに対して言ってるんだけど」
「そうか、まぁ足手まといにはならないようにはするが…お前も気をつけろよ」
「うん、ありがと」
「またな」
「いってらっしゃい」
何のへったくれもない会話であったが、リフィンに背中を向けたグレンの顔は少し綻んで見えた。
リフィンはグレンのそんな表情を確認する事が出来ないままタイラントワイバーン討伐に向かった男達全員の背中を見て無事を祈るのであった。
● ● ● ● ●
『…始まったようね』
『ここまで戦闘音が聞こえるんだもん、すごいよ!?』
『僕にはちょっと怖過ぎるかなぁ…』
山の頂上にて皆がタイラントワイバーンのメスと交戦を開始したのだろう、リフィン達が居る野営をした場所まで轟音が飛び交っており壮絶な戦いが繰り広げられている事が容易に想像出来た。
『あんなのと戦える黒剣の集いって凄いよねー』
『流石Bランク冒険者パーティーっていったところですか、私があそこに行ったら真っ先にエサになる事間違い無しです…』
『それについて行くグレンも凄いと思うけど、僕はリフちゃんを背中に乗せて逃げる回るだけで精一杯だと思うよ』
『いや逃げてちゃ倒せないでしょ!』
『ポコはアレに立ち向かえるんだね?』
『無理に決まってるじゃん、というかディクトも危険度Bの幻獣なんだからアレと一緒なんだよ!?』
『えぇっ!? 僕ってアレと同等なの!?』
山の頂上を見上げればそこも赤銅色の岩や砂場であるのだろう、不安定な足場でタイラントワイバーンと戦っている皆はそれだけでも凄いのか良く分かる。
リフィン達の居る場所も赤銅色の岩場で辺り一面見渡す限りに赤茶色の景色が広がっていて、他に動物や魔物、草木がほとんど生えていないなどの要因もあるが非常に殺風景で、リフィンは近くにあった岩に腰を落として何気なくそんな殺風景な景色を眺めていると、何やら赤茶色の何かが蠢く所をチラリと目に入るのであった。
『…』
『リフちゃん、何か居るよ! 獣臭い!』
『うん、私も今何か見えた』
『えっどこ!?』
ポコも赤茶色に蠢く何かの気配を察知したのかリフィンに声をかけた、ディクトの方は慌てたように驚いているようであったがリフィン達とは別の方向を見ると、赤茶色の何かが蠢くのを確認したのだろうすぐさま警戒して冷静さを取り戻したのであった。
『…昨日ポコが感じてた視線ってこいつらかも』
『僕もそう思う、しかし結構な数だね…包囲されてる』
『うん、こいつらで間違いないと思う』
『まさかここにクリムゾンエイプの群れが居るとはね…』
『そういえば黒剣の集いの超絶イケメン君がクリムゾンエイプがどうのこうの言ってたのを今思い出したよ』
クリムゾンエイプの群れがリフィン達を取り囲むようにゆっくりと距離を詰めて来ていた。
彼らの体毛の色は赤茶色で、ここら一帯の岩場は赤銅色ばかり、どちらも似たような色をしているのでクリムゾンエイプ達にとってはカモフラージュするのに最適なフィールドであったのだ。
昨日ポコが視線を感じても彼らを見つける事が出来なかったのはその為で、先程シックさんと辺りを見回したときも赤銅色の岩場ばかりで見え辛かったのだと理解したのだった。
『ポコ、馬達を石の壁で囲んで守ったらディクトと一緒に対処!』
『了解!』
『リフちゃんは!?』
『私もあとから馬達を守る為に防御魔法をかける、それまでは引きつけておくから早く!』
「「「「「ホギャァァァアアア!!!」」」」」
そして大量のクリムゾンエイプ達がリフィン達に迫ると、リフィン達はそれに対抗して行動に移った。
「無慈悲な大洪水!」
ドバァァァアアアっ!!!
大量の水がリフィンの目の前からやってきたクリムゾンエイプ達に襲いかかる。 数匹はそのまま流されて行ったが岩に登ったり岩場の影に隠れてやり過ごしたり、自力で踏ん張って耐えたクリムゾンエイプの方の数が多く、あまり決定的な攻撃とはならなかった。
むしろ別方向からのクリムゾンエイプの接近を許してしまっているためこの魔法は悪手とも取れたのだが、リフィンはそれも把握済みであり落ち着いて対処する。
「氷の覆壁!」
「「「ホゲェェェアアア!!?」」」
ゴォオゴォオゴォオと分厚い氷の板がリフィンの周りを包んで行くと、氷の硬さを見誤ったのか簡単に割れるものだと判断したクリムゾンエイプ達は、そのまま突撃していくと氷は少し削れた程度で全然ビクともせず、それはリフィンに反撃の隙を晒す事になる。
「ホワァッ!?」
「ホゲェェェア!」
「ーーーッゲェ!?」
「氷塊弾!」
至近距離から尖った氷柱をいっぱい発射させクリムゾンエイプ達にお見舞いする。 鋭利な氷の弾丸が命中した数体のクリムゾンエイプ達は体の一部を貫通させられると血を噴き出し、痛みに耐えきれないのかその場で転げ暴れ回ったりした。
それでもまだ無傷なままのクリムゾンエイプ達の数が多い状態であったが、馬達を土魔法で囲んだポコとディクトがリフィンの応援に駆けつけた。
『ウチらも加勢するよ! 石礫の弾丸!』
『僕もだぁー! 水の鋭刃!』
『ありがと! 私も馬達に防御魔法かけてくるね!』
『さっきはディクトに守ってくれながら魔法で壁を出してたから、今度はウチがリフちゃんを守るよ!』
『ここは僕が引き受けたよ!』
『お願い!』
「グォォォオオオオオオッ!!!!!!」
『うっ!?』
『ぎゃーっ!?』
『なっなんだぁ!?』
リフィンとポコが馬達を守っている土魔法で出来た壁の方に向かうと、いきなり大地が轟き地震が起きたかのような、けたたましい咆哮が空から鳴り響いたのであった。
そんな事よりも目の前に居る敵を倒す為かそれでも近寄って来るクリムゾンエイプをリフィン達は確実に対処していき少し余裕が出来たところで空を見上げると…
蒼い鱗を生やした巨大なタイラントワイバーンが巣の異変を感じ取ったのか、もの凄い勢いで山の頂上まで飛んで行き、そのまま山の頂上でメスのタイラントワイバーンを守るべく暴れだしたのであった。
「そ、そんな…まだグレン達が戦ってる筈なのにそんなのがもう一体現れたら、いくらなんでも対処なんて出来ないよ!?」
山の頂上付近から黒剣の集い達の声が微かに聞こえる、しかしやはりそれは悲鳴のような声に聞こえ、彼らがかなり危険な状態である事が一瞬で分かってしまうのであった。
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