父の許し
次で5章最後です
「凄い大きな氷のドームですね…」
「えぇ、正直これ程とは思わなかったわ…」
「ふふ、地の不利を魔法だけで逆転させるとはね…」
「これはBランク…いや、Aランク並みの強さだと思うのだけど…冗談じゃなくて」
「やはり彼女に目を付けた私の目は正しかったようね」
「流石はお嬢様でございます」
「外壁は砂まみれ、中は真っ白で何も見えないなぁ…まぁこれだけでも凄い記事になりそうだが」
「何も音しないぜ?」
「ここまでやれば水の聖女様が勝つに決まってるだろ!」
「だな!」
リフィンとウォルターの決闘を観戦していた者たちは、リフィンの張った氷の壁に視界を阻まれてしまい感想と憶測だけで話を進めていた。 しかしアルモニカ領主の娘プラムだけは先を見据えた展開を画策し決めるのであった。
「アンソニー、アルモニカの総力を挙げて水の聖女を支援する事にするわ…帰ったら急いで準備してくれるかしら?」
「かしこまりましたお嬢様」
既に経済活性のプロパガンダとしてリフィンを利用しているプラムであるが、本人と契約を取っていない為本格的には動いていなかった、しかしここまでの実力を目の前で見せつけられると本格的にリフィンの後ろ盾となるように考えを巡らす。
多額の資金援助はもちろんの事、それでもお釣りがくるような経済効果が見込める優秀な人材を逃す術はアルモニカを愛し発展させることに尽力してきたプラムには無かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私の負けです…お父様」
次第に霧が薄れていき、ある程度目視で互いの姿が確認出来るようになった。 ウォルターはゆっくりとリフィン達の方に近づいてくると、リフィンとグレンの間に割って入ってきてリフィンの身体をペタペタと触りだしてきた。
「ひっ!?」
「…怪我は無いか?」
「あ、はい…んんっ!?」
リフィンの服やローブに着いた土埃をペチペチとはたいていくウォルターだが、自分の娘だからかまたはあまり父娘として接する機会が少なく配慮を忘れていたのか、遠慮なくリフィンの胸部や臀部にも土埃が付着したところを取り払うと、リフィンの肩をガシッと両手で掴む。
「想像以上に強くて感心したぞ! 今回は実力や経験の差もあって私が勝ってしまったが、数年程したら私が負けてしまいそうだ!」
「…」
娘の実力に嬉しさを隠せないのか父親として笑顔で語りかけるウォルター、今度はリフィンの腕を確認すると少し切り傷や殴打の跡があった。
「すまない、大事な愛娘に怪我をさせるつもりは無かったのだが…塗り薬を塗ってあげよう、前半は手加減したつもりだったのだが最後のは少し力みすぎてしまった。 とりあえずアルモニカに戻って食事でも取りながらゆっくり話でも…ん?」
「…」
膝を折りしゃがんだウォルターはリフィンの両肘をがっしり掴み、まるで小さな子供を愛すかのように接してリフィンの顔色を窺ったのだが時すでに遅し。
「でぇぇぇえええい!」
コカーン!
「フグりぃっ!?」
「おぃ…」
「うわぁ…」
リフィンは父親の股間を蹴り上げたのである。 隣に居たグレンとユウも顔を歪めながら青くし、股間を押さえて蹲るウォルターを眺めていた。
「…年頃の娘にお触りするなんて何のつもりですか? お父様」
「ふぉぉぉ、私としたことが…ぐっ、こ、こんな不意打ちを食らうとは! それについては謝罪しよう、少し配慮が欠けていたよう…だっ!」
「私はお父様の急所に一撃当てました、よってこの勝負…私の勝ちでよろしいですね?」
「いや、それとこれとは話が違うっ!」
「…」
「リフ、残念だがこの決闘はお前の負けだ」
「むぅ…」
審判のグレンにそう言われ少し不貞腐れるリフィン、そしてようやく痛みが引いたのかウォルターはグレンを睨んで指差し、リフィンに警告した。
「で、話は変わるが…リフ、この男との交際は絶対に認めないからな!」
「またいきなりですね…」
「決闘に勝利した私からの命令だ! 今後この男と会うのはやめなさい!」
やはり水の聖女としてアルモニカ全体に噂が広がっているのでグレンとの仲も耳にしたのだろう、それがいつ知られたのかは分からないがウォルターはグレンをかなり敵視しているようであった。
「であれば…私をヌツロスムントに連れ帰ってどうなさるか聞いてもよろしいですか?」
「良いだろう…お前の桁外れな魔力量を持った水魔法ならば多くの人間を救う事ができると確信した。 だがしかしお前を利用しようと画策する連中はすぐに湧いてくるであろう事も容易に想像出来る…ならば私が直轄する第2魔導隊の庇護下に入り安全に暮らせるよう約束しよう」
それはつまりリフィンに安全を提供する代わりに飼い殺しにすると言っているようなものだった。
父ウォルターが率いる第2魔導隊は主に城下町や周辺の村などの警護の仕事を任されている部署であり、必然的に町民や村民との接触も多くなりリフィンの活躍が見込めるであろうがその回答にリフィンは納得いかなかったのである。
「…お父様が私の安全に気遣ってくれるのは嬉しいですが、お断りします」
「一応理由を聞かせて貰おうか」
ウォルターの案は確かに安全に活動する事が可能であろう、リフィンなら大規模な水の支援作戦も可能になり多くのヌツロスムントの国民を救えるだろうしそうしたいのは山々だ。
しかしそれでは活動範囲がヌツロスムント王国という国内だけに留まってしまう可能性が大いにあった。 下手に受け入れればリフィンが逃げ出せないように役職を付け、護衛という四六時中監視するための者もつけられるだろうということをリフィンは簡潔に説明した。
「なるほど…そこまで考えて縛りの緩い冒険者になった訳か」
「はい」
「…正解だ、だがやはりお前の存在は惜しい」
「お父様」
「…なんだ?」
「…お腹が空きました、難しい話はお姉ちゃんと一緒に食事の席にでもどうでしょうか?」
「ふっ、良いだろう!」
● ● ● ● ●
ところ変わってアルモニカに戻り、宿屋<あけぼの亭>
氷の大覆壁を解除して観戦に来た皆に敗北したと告げた時は驚きの声を上げられたが、凍った地面の真下から巨大な岩が付きだしている現場を目撃すると納得された。
プラムとアンソニーは屋敷に戻り、記者はリフィンに密着取材を申し出たがそれを鬱陶しく思ったウォルターに恫喝されて逃げていった。
冒険者パーティーの虹百合はルコとウィズが一緒に食事をしたいと申し出て来たが、今から大事な話があるので夕食であればという条件で了承した。
「で、負けてきちゃったのね…」
「…ごめんお姉ちゃん」
昼過ぎでピークは終えていたので厨房の事は少しウォーレンさんにお願いして姉のアストレアと一緒に4人座れるテーブル席につき遅めの昼食を軽く済ませた、その間グレンは気を遣ってくれたのか一人カウンター席に座りグラスを磨いているウォーレンさんとなにやら会話をしている。
「中々美味であった…さて、本題に入る前に少し確認したい」
グラスに注がれた水をグビッと一気に飲み干しウォルターが会話を切り出した。
「リフの魔法で水のおかわりをくれるか?」
「え、あ、はい…水生成」
ウォルターのグラスに水を注ぐとすぐにそれを口に持っていったウォルターは、また一気に飲み干すのかと思ったのだが、少量の水を口に含んで味をテイストしていた。
「…」
「んぐ…はぁ~、なるほど…味というか混じりけが無いというか、噂通り確かに違う味だ、美味い!」
リフィンの出す飲料水は他の水魔法使いに比べて冷たくて美味しいと評判だ。 そんな噂も耳にしていたのか実際に飲んで確かめてみたウォルターは、満足といった顔をしていた。
「ありがとうございます」
「次の確認だ、リフはどこでこの武器を得たのか、そして遥か昔の先祖の名前も知っていたようだが教えてほしい」
決闘中にウォルターが発した先祖の名前に、リフィンは動揺してうっかり声を上げたあの時だ。 あの時から既にリフィンは知っていたとウォルターは確信していたのだろう。
「…それはこちらが聞きたい質問でもあります、お父様はグラシエル家の婿養子で関係ない筈ですが」
「古くて大きい家だから系譜図くらい確認するさ」
「…だとしてもあの時ピンポイントでシエロ様の名前を言い当てるのは奇妙な話です」
「質問しているのは私だ、素直に話せ」
「…」
まだウォルターを完全に信用出来ないリフィンは口を噤んでしまう。 隣に座っているアストレアも父親が信用出来ていないのかずっとウォルターを睨みつけたままだ。
「だんまりか、昨日水の女神に大役を任されているとか言っていたな…それが知るきっかけとなったと私は勝手に思っている訳だが、大役とはなんだ?」
ウォルターがどこまで把握しているのか分からないがリフィンのすべきことは水への信仰を深める為だ。
平民や奴隷もだが貴族であろうが水魔法使いならば不当に扱われる世の中であり、それを是正し水魔法使い達を救済する事こそリフィンの考え付いた一つの道。
だからリフィンはこれだけははっきりと答えることが出来た。
「この世界における水魔法使い達を救う事です、多くの人々に水の重要性や理解度を高めてもらい信仰を深めて貰うことが私の役目、いづれは拉致監禁されなくてもいいよう自由に生活出来る地位を獲得する事です」
「…」
水魔法使いの地位を確立する。
シズル様にそこまでやれと言われた訳ではない。 だがしかしそこまでやらなければこの世界の現状は変わることはない。
ただ現状として各国の王族や貴族が所有しているという氷が生み出せる一部の水魔法使い達が存在しているが、ほとんど表舞台に立つ事はなく技術を秘匿していてリフィンのように説法を説くわけでもなければ誰かに氷魔法を教えるという話も聞かないのである。
リフィンは水の聖女という大層な通り名をつけられはしたが、もしそれが可能であるならば水魔法使い達の先頭に立ち、先を見据え本当に水の聖女として活動する事もこの先選ばなければならないだろう。
という事も含めそうはっきりとウォルターに伝えじっと返答を待つ。 ウォルターは窓の外の景色をじっと眺め、しばらくして返事が返ってきたと思ったら、また脱線した言葉が返ってきたのであった。
「…このアルモニカは、かなり賑やかなところだな」
「…」
「本当にクソ親父ね! リフが本気で話しているのになんで会話を脱線させてんのよ!」
やはりこちらの言葉は聞き入れて頂けないのだろうかと、落胆したリフィンは視線を下に落とし、父親の話を聞き入れない態度にアストレアは激昂する。
「少し前まで干ばつで絶望的だと、この街に居るヌツロスの外交官が嘆いていたのだが…それはこの街の水不足が解消したせいなのかも知れないな…」
「「っ!」」
そしてウォルターはリフィン達に向きあい、少し強めの口調で言い放った。
「お前たちの実力が伴わなければ認めないと言ったが、勝利せよとまでは言っていない…そしてリフは力及ばずではあるが私の死角から攻撃を当てた、よってヌツロスムントに連れ帰る事は無しとする!」
「っ!?」
「ぃやったー! 二度とあんなとこ帰るもんか!」
まさかの父ウォルターからお許しが得たのだった。 それに歓喜したアストレアは席を立ち明後日の方向を指差していた。
お姉ちゃん、嬉しいのは分かるけどそっちヌツロスムントじゃないよ…
「座れ! まだ話は終わっていない!」
「お姉ちゃん、座って」
「ぐ…っ!」
ウォルターに恫喝され、リフィンにも注意されて渋々座るアストレア、そのあとの話はリフィン達の行動を制限される内容だった。
「リフ、お前が本気なのは理解した。 だがこちらも素直に聞き入れるほど馬鹿ではない」
「…どういうことですか?」
その後の話の内容は、月に一度近況報告として手紙を送るということや、あまり危険な事に首を突っ込まないという事、そしてグレンとの同行は認めるが交際は認めないという事だった。
話を聞いていく内に、単なる親バカなのでは? と思うと同時に大切に思われている事に自然と嬉しくなったのだが譲れないものはあった。
「連絡は怠らないよう気を付けます、危険な依頼なども極力避けるようにします…しかしグレンとの関係にとやかく言われるのは納得出来ません」
「駄目よリフ! そこは素直に父親の話を聞きなさい!」
「お前が言うなレア…まぁリフのお目付け役として動いて貰うとするとしよう」
「引き受けたわ! 癪だけどこの件に関してはクソ親父と同意見だし、リフの貞操を守るために私は動いている訳だから…2人が良い雰囲気になっていたらブチ壊していくことにするわ!」
「はっはっは! それは頼もしいな!」
「…」
何故かそういうことになってしまった。 今後グレンと居るとお姉ちゃんが邪魔してくるなんて…最悪すぎるよ
「でだ、まだ大事な話がある…」
少し笑みを浮かべたウォルターがまた真面目な顔をして二人の娘に向けた。
「実はリフが失踪した時、私は引き抜かれてしまったのだと思っていた」
「なにそれ?」
「その節は申し訳なく思っています…しかし拉致とかではなく、引き抜きですか?」
ウォルターは引き抜きについて、リフィン達に説明した。 しかし引き抜きというものが本当に起きているのか起こっていないのか分からない事だという内容だった。
「引き抜きについては定かではないのだが、世界各地で人が突然居なくなるという現象というか、事件が十数年前から発生していてな…各国の政府は公に発表していないがヌツロスムント王国では秘密裏に調査が行われているのだ」
「…」
それってただの失踪とか夜逃げでは…「旅に出ます、探さないでください」みたいな…
「借金があったとか世間に疎まれたとかで逃げただけでしょどーせ」
リフィンが思ったことをアストレアが言ってくれた。 普通に同意見であるのだがウォルターはそれを否定した。
「いや、我々が調査したところ失踪した人物たちは、仕事でもプライベートでも性格でも優秀だとされる人物ばかりで、借金とか違法とか負の側面を全く持たない善良な人物ばかりの名前が挙がったのだ」
「は? 意味不明ね」
「うーん…優秀な騎士や冒険者をお金などの対価を払って企業や法人、または貴族に移籍させることを引き抜きってよく言われますけど」
「その通りだリフ、どこかの組織または国家が引き抜き行為を行っていると仮説を立てていてこの事件の事を引き抜きと称しているのだが、今回リフが失踪したことから引き抜かれたと思っただけだ」
「なるほどね」
リフィンはそんな事件が発生しているなんて知りもしなかった訳だが、なんで私? と思ったのは本人だけではなかった。
「まぁ私の可愛い妹は確かに超が付くほど優秀だけど、ちょこっとポンコツっぽいところあるから多分大丈夫よ」
「…え?」
殴るよお姉ちゃん?
「あぁ、しかし引き抜きではなくて本当に安心した…これで妻も少しは安心するだろう」
「それはっ…お母様にも申し訳ない事をしました」
リフィン達の母は、リフィン達が小さいころに発生した流行病により既に亡くなっていて、リフィンは母の墓参りもせずに自国を飛び出したのであった。
今度戻ったらお墓参りしよう。
「とりあえず話はこれで終わりだが…そういうことで今回、リフの実力を私は認めよう。 ヌツロスムントに帰国させる話は無かった事にする」
「ありがとうございます、お父様」
「ふん、当然よ!」
「それに今、アルモニカにはお前が必要とされていると判断したまでだ、無理に連れ出したらぎゃーぎゃー五月蠅くされそうだしな…」
「よくご存じで」
「一応だが、国王陛下もお前の事を心配されていたのだ、無事にやっているとだけ伝えておく」
「…そうでしたか、陛下には謝っておいて貰えますか?」
「あぁ」
「国王………何年か前に即位したリフの同級生ね」
現ヌツロスムント国王、前王の急逝により即位した若き王はリフィンと同級生でもある。 同い年のバッチャン家の少年を側近に就かせ、前王の負の遺産を清算しまくっている革新派で国民からは期待を寄せられているが、前王時代の大臣達に嫌われているらしく思うように物事が進まなかったりと前途多難な王、というのがリフィンの認識である。
「レアにリフよく聞け、人というのは希望を求めて動く、お前達はその道標として道を照らす存在として成長する事を親として………願っているからな!」
「はい!」
「言われるまでもないわ!」
こうしてなんとか条件付きではあるが、ウォルターはリフィンの実力を認めてくれたのでヌツロスムントに帰国する話は無くなったのであった。
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