リフィンの全力
父ウォルターとの決闘前夜、宿屋<あけぼの亭>の仕事を蔑ろにするわけにはいかないのでウォーレンさんやカイラさんと相談し、代わりに姉を働かせる事に納得してくれたのだが、当の本人は嫌がっていた。
「嫌よ! 皿洗いなんて汚い仕事だれがするとでもっ___」
「薬草採取に比べれば虫が出てこないだけマシです! それにお姉ちゃんが私にした事への仕打ちはまだ恨んでもいますし…これは命令です。 修理費払えないお姉ちゃん?」
「嫌だぁ働きたくないぃぃぃ!!! 冒険者なんて辞めてやるぅ!!!」
「ではウォーレンさん、カイラさん、みっちりこき使って下さって構いませんので姉に労働の喜びを教えてあげて下さい」
「任せろ!」
「うふふ、リフちゃんに大事な用事があるなら仕方ないわね、話によるとかなり自堕落な生活を送っていたようだし教育も兼ねてしっかり働いて貰う事にするわ!」
「嫌ぁぁぁ…」
「お姉ちゃん、別に無理して働かなくても良いからね? その代わり生活費の面倒は今後一切___」
「リフの鬼ぃぃぃいいい!!!」
予めウォーレンさんとカイラさんに説明していたのですんなりと了承してくれた。 お姉ちゃんはウォーレンさんに引きずられ仕事を一から学ばされることになったが仕方のない事だと割り切って貰おう。
「…屋敷に居る頃は知的で清純な人だと思っていたのですが、こっちの方が素だったんだね」
「とても想像出来ないな」
その後、リフィンとグレンはウォルター対策の話し合いを食堂で行っていた。 下手に部屋で話し合いをしようものならアストレアが暴れる可能性があり、暴れなかったとしても部屋でグレンと二人きりだと変に意識して集中出来ない恐れもあった為だ。
ちなみにアストレアはこちらを監視しながら皿洗いをしているところである。
「リフの水魔法なら着地時の衝撃を緩やかに出来ると思うのだが?」
「うん、水魔法は使ったのだけど放出した水より私の落下速度の方が早くてね、ほとんど意味をなさなかったよ」
「重力加速度的に真下に水を放出しても、水より先に落ちるって事か…それにしても上空から落下させるとは恐ろしいものだな」
「うん、常識を弁えてほしいよ本当に」
「確かにな」
「そこっ! 聞こえてるわよ!」
ガッシャーン!!
水魔法の操作性の欠点について議論していたのだが、厨房で聞き耳を立てていたアストレアが声を荒げると同時に食器を床に落としてしまった。
「…」
「大丈夫なのかあれ?」
「…多分」
難しい顔をしながらウォーレンさんに謝罪する姉を尻目に、リフィンは自分の魔法で出来ることや出来ないことを簡潔に述べていく。
「小さな岩なら無慈悲な大洪水で押し流せると思う、でも一度放出すると制御出来ないデメリットがあるのよね…飲料用じゃないから解除可能だけど」
飲料水を生み出す魔法、水生成は魔法使用者の魔石エネルギーのみを消費しているので飲んでも特に問題は無い。
しかしリフィンが攻撃用として使っている水魔法は、空気中に漂う魔力粒子物質をリフィンの操る変換能力で刺激し大量の水を生成しているので時間が経てば消滅する、または再度刺激を与える事で水から元の状態に戻すことが可能なのである。
「俺が扱う炎も同じ事が言えるが、水をどう効率的に使うかで真価が発揮される筈だ、地形や動線、性質を利用したりするのも手だな。 水を放出するときの勢いは俺も知っているし可能だろう…先日俺を宙に浮かばせた魔法があったが自身に用いれば回避用に使えないか?」
「っ!」
グレンを宙に浮かばせた魔法は湧き上がる水柱である。 地上から高圧力の水を上に噴射させ対象を宙に浮かせる魔法だ。
もともとは行動を阻害する為に開発した魔法であり、高圧力とはいえ殺傷力はほとんど無いが、浮いた後の着地に失敗すれば怪我をするだろう。 それをグレンは回避用の魔法として案を出してくれたのだ。
その言葉に閃いたリフィンは目をキラキラと輝かせてグレンに笑顔を向ける。
「ありがとうグレン、ちょっと出来るか分からないけど成功したらかなり有利に立ち回れるかも!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「水圧飛翔!」
ブシャァァァアアアッ!!!
ウォルターが展開した岩石の棺の中からものすごい勢いで水を噴出させながらリフィンが姿を現す。 杖の先からゴウゴウと絶え間なく水が放出されており、リフィンは杖にしがみつきながら落下しないように杖の向きや放出する魔力の調整を必死にこなしていた。
「っ!?」
「中々やるじゃない」
「は? 飛んでるのアレ!?」
「リフさん凄い…」
「こいつはスクープっすよ! カメラ急げ!」
「風魔法ですら浮遊は制御が難しいのに…流石といったところですわ」
「これは凄い特ダネになりそうですな!」
決闘を観戦してる外野からざわざわと驚きの声があがる。
この世界では飛行魔法は存在するが当然の反応であった。 火魔法による衝撃波を連続して行使し宙を飛翔することは出来る、風魔法も宙に浮く事は出来る、火と風属性以外での空中機動は今まで誰も予想しなかったからである。
『うはーっ! リフちゃん飛んでるぅ!』
『なんかフライボードみたいな感じだね…やったことないけど』
『確かに! 海でやるリッチなスポーツだよね!』
『リッチかどうかは知らないけど…』
この世界ではない地球での記憶を持つポコやディクトは、リフィンが水圧を利用して宙を飛ぶ光景に、ハイドロフライングとして知られるスポーツを思い浮かべた。
本来のフライボードでは船舶から長いホースを繋ぎジェット噴射装置を取り付けた板で水の推力をコントロールし空を飛ぶものであるが、リフィンはそれらの機構を全て魔力によって支えているのである。
(ひぇ…結構魔力を消費するし、落ちたら怪我どころじゃなさそうだよねコレ)
先日、姉に高所から落下させられた記憶がフラッシュバックし顔を青くするが今は負けられない決闘の最中、今すべきことはウォルターを倒し実力を示す事だ。
まずは有利な状況に持っていくためにリフィンは反撃を開始するのであった。
「無慈悲な大洪水!」
「隆起する岩石!」
上からはウォルターめがけて大量の水が降り注ぎ、下からはリフィンめがけて岩が盛り上がる。 ウォルターは走って回避し、リフィンは慣れない空中機動に苦戦し少し被弾する。
「まだ足りない…無慈悲な大洪水!」
「面白い魔法だ、しかしいつまで逃げ切れるかな? 挟撃する石礫の弾丸!」
「うわっ!」
ドゴォドゴォドゴォ!
リフィンにはウォルターの目は真剣に見えた、実際には口元が少し笑っていたがリフィンはそれを確認する余裕もなく襲い掛かる石を避けるのに必死で、何個かは躱しきれず石が直撃し鈍痛が響く。
「ぐっ! 負けません! 無慈悲な大洪水!」
だがやはりリフィンの放った水魔法は走って躱された。 ウォルターは魔導隊隊長ではあるがただ単にその場に突っ立って攻撃魔法を繰り出す訳ではない、素早い動きで相手を翻弄し的確に攻撃を繰り出すという攻防一体を確立し、その実力によってヌツロスムント王国第2魔導隊を率いている実力者であるのだ。
「何度やっても一緒だ、水が直撃したとしても脅威では無さそうだしな…心優しいリフにはお似合いの攻撃だな、連れ帰ったらどうしてくれようか?」
「…お父様なんて嫌いです」
「…」
ウォルターが一瞬悲し気な表情を見せたような気がした。 しかしいくら水を当てても殺傷能力はほとんど無い、直撃すれば衣類がずぶ濡れになり機動力は落ちるだろう。 しかし所詮はその程度、水魔法使いは弱いとレッテルを張られ、奴隷のように酷使させられる。 リフィンにはそうウォルターが発言したのだと聞こえ苛立ちを覚える。
「リフさん大丈夫でしょうか、攻撃が全然当たらないですし逃げるばかりで」
「相手は魔導隊の隊長だからね、そう簡単に勝てる訳ないじゃない」
「…是非あの方に土魔法を教えて頂きたい」
「ねぇアンソニー、宙に飛び続けているのは何故かしら?」
「お嬢様、恐らくはウォルター様の土魔法を警戒しているからでしょう、足場をかき乱されて転倒してしまえば幾重もの追撃をくらう事になるでしょう、不用意に地に足を付けれなくなるのは厳しい戦いだと思われます」
「なるほど…」
「まっ、見る分には面白い戦いかもな!」
観客から見てもリフィンが劣勢だと見えるようであるが、まだリフィンは諦めていない、そしてポコやディクトにライ、そしてグレンはこの状況を覆せる筈だと一緒に旅して来た仲間だからこそ確信を持っていて、それを見事的中させるのであった。
「どうした? もう打つ手ないのか?」
「…いいえお父様、一気に行きますので覚悟しておいて下さい」
「それは期待だな」
状況は整った、予想以上に魔力を消費したのは誤算だったが勝利への方程式は揃った。 あとは失敗しない事を祈りリフィンは深く深呼吸をした。
「…瞬間凍結!」
「っ!?」
リフィンは一瞬にして周辺一帯を凍らせた。 上空から大量の水を降り注いでいたので地面が水を含み、地中と地表を一瞬にして氷漬けにしたのだった。
「凄い魔力だな…だが場所を移してしまえばいくらでも石や砂は確保出来___」
「氷の平原!」
「!?」
土魔法使いは石や砂を操作するのが得意な魔法使いだ。 しかし周囲の地面を凍らされては簡単に操作をすることは出来ないのである。
リフィンはそこに注目し一気に父ウォルターを追い詰めるべく攻撃に見せかけた無慈悲な大洪水を布石として自分に有利な状態に持っていく為に動いていたのであった。
「おいおい、こっちまで地面が凍り付いてやがるぜ」
「空飛んだだけでも凄いのに、そもそも氷を出すだけでも凄いのに…」
「水の聖女というより、氷の聖女じゃん」
「ははははは! 素晴らしいぞ我が愛娘よ! 魔道具や法具に頼らずこれほどの領域に足を踏み入れているとは恐れ入った! しかし父には敵わぬと知れ! 砂嵐!」
実の娘の魔力に歓喜し驚嘆しつつも、この程度で狼狽えるウォルターでは無く、氷の平原の外側の土を巻き上げ砂嵐を発生させたのだが、リフィンはその対策も怠ってはいない
「氷の大覆壁!」
ゴォゴォゴォ! とドーム状の巨大な氷が出現し外から来た砂嵐の侵入を防ぐ。 ドーム状の氷の中にはリフィンとウォルター、そして審判であるグレンのみが存在し、足場も全て凍らせているのでウォルターが操作出来る砂や土、石や岩は一切存在しない空間を作り上げることに成功したリフィンであった。
「…」
「…これでお父様は魔法の使用を制限されました、あとは決着をつけるだけです」
ほとんど魔力を使い切った、あとは仕上げをするだけだ。
水圧飛翔を弱めてリフィンはゆっくりと地に足を付けると、そのまま杖をウォルターに向ける。
「ほう、ひ弱な娘が父を近接戦で倒せるとでも?」
「正攻法で勝てるとは思っていません…白煙の濃霧」
密度の細かい白い霧を発生させてウォルターの視界を奪うと同時に、位置を把握できる優れた魔法である。 疑似的な不可視の攻撃を放つのに最適でもあるのでリフィンはこれで決着をつけるのだ。
「霧で視界を奪うか…これは困ったな」
「…」
ここからは暗殺に近い、ウォルターもリフィンも互いの姿を確認することは出来ないが、白煙の濃霧の術者であるリフィンには魔力粒子の妨げによりウォルターの位置が正確に理解出来るのである。
そうなればあとは音を潜め相手の死角へと忍び寄り一方的に攻撃するだけであり、リフィンは懐から手裏剣を取り出し霧が薄れる前に決着を付けなければならなかった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ヒュン!
グサッ!
「石礫の弾丸!」
「っ!?」
リフィンが投げた手裏剣は確かに手ごたえがあった。 しかしウォルターは手裏剣がやってきた方向に向かって石礫の弾丸、使えない筈の土魔法を放ってきてリフィンはもう少しで被弾するところであった。
「ちぃ…当たりどころが良かったな、ちょっと痛くて怯んでしまった」
「…」
「はは、姿は見えないがなんで土魔法が使えるかって顔してそうだから教えてやる…たしかどう言ってたかな」
「…」
「お父様達のような土魔法使いは、砂土や石を生成するのは苦手でも操作するのは一級品ですってな…つまり、苦手ではあるが可能ではあるということだ」
「っ!?」
そのセリフは開幕早々にリフィンが言っていたセリフだった。 使える土や石が無いなら作れば良いだけの話で、リフィンはそのことを完全に失念していた。
頑張って有利な状況を作り出したつもりだが、逃げ場が無いというむしろ危険な状況に置かれている事にリフィンは戦慄し、さらにウォルターの罠は張り巡らされるのであった。
「ふむ…しかし東方に伝わる投擲武器を所持しているとは、先祖であるシエロ・アメーシタをリスペクトしているのか?」
「なっ!?」
「石礫の弾丸!」
何故ウォルターはそのことを知っているのか、と茫然として立ち尽くしてしまったリフィンに無数の石が襲う。 不用意に声を漏らしたのは失敗だった。
「うぐっ! 痛っ!?」
言葉で惑わされ操られている場合ではない、すぐさま体勢を整えて___
「隆起する岩石」
ドン!
足元から岩が隆起し、リフィンを打ち上げた。
地面を凍らせているのにも関わらず凍った地面を突き破って岩が勢いよく隆起したのだ。
リフィンには魔力がほとんど残っておらず、打ち上げられた衝撃で杖を手放してしまっており地面に落下するのを待つだけだったのだが
「リフっ!」
がしっ!
「うぐぇ!」
地面に落下する直前、走ってきたグレンにキャッチされて地面とキスするのは避けられたが、お腹周りを掴まれた結果変な声を出してしまうリフィン。
「…」
「あ、ありがとうグレン」
「気にするな、ただ…」
「…うん」
グレンに庇われたということはそう言うことだ、実際に落下する際の受け身なんてものは取れておらず、下手すれば骨折は免れなかったであろう事は理解出来た。
有利な状況に持って行ったが、そう思っていただけで実際は死地を作っていた。
地面を凍結させたのに岩で簡単に突き破られれば認めざるを得ない。
全力を出し尽くしたにも関わらず、追い詰める事すら出来なかったのだ。
気持ちを整理してグレンに降ろされると、リフィンはウォルターの方に向かい認めたくはないが結果を宣言した。
「私の負けです…お父様」
感想・評価お願いします。




