VS ウォルター
翌日、リフィン達は東門を出てエルルの森との間に位置する平原にやってきていた。 雑草が所々に生えているが一か所だけ茶色い土が一面に続く障害物の無い場所に実父ウォルターは立っていた。
リフィン達を自国に帰らせようとするウォルターに反抗し、実力を見せて納得して貰うのだ。
ウォルターの衣装は昨日見たままの衣装で、黄色の魔法言語が編み込まれたマントのような漆黒の魔導法衣に、腰からは剣の柄が覗いていた。
「待っていたぞ、リフ」
「…お父様、まだ予定より1時間ほど早いのですが」
「特に予定は無かったのでな、ここで野宿していただけだ」
「左様ですか」
アルモニカで移民たちが宿屋の空き部屋を争うように取っているため、宿屋の空きが無かったのだろう、せめて宿くらいは案内しておいても良かったのかも知れないとリフィンは恥じたが、流石はヌツロスムント王国トップクラスの人である、野宿など慣れているのであろう普段と変わらない父親が佇んでいた。
「後ろの人だかりはなんだ? 増援か?」
「…いいえ、ただの野次馬です」
諦めたかのように力なく言葉を発したリフィンの目には光が失われていた。 横にはグレンが居て、タキル、ポコ、ディクト、ライ、ついでにグレンに憑いているユウも居るのだけど、そのリフィン達の後方には十数名の野次馬…もとい観客がやってきていたのであった。
「水の聖女とその実の父親、ヌツロスの魔導隊隊長であるウォルターとはなかなかのカードね…でかしたわ」
「宿屋に張り付いて正解でしたわ! 今日はいい特ダネになりそうですな!」
「えぇ、今後もよろしくお願いするわ、報酬は後ほどでいいかしら?」
「構いませんぜ!」
アルモニカを治めるガダイスキ家の令嬢プラムはリフィン達の動向に記者を張らせていたのか昨日の夕方ごろから宿屋<あけぼの亭>に居たと思われる男と一緒に護衛のアンソニーやメイドも連れてやってきていたのであった。
「流石はお嬢様でございます。 しかしアルモニカの発展のためとはいえ、リフィン様のプライバシーを侵害している事については心痛みますが…」
「冒険者グレンが聖女の姉を担いで帰ったなんて目撃者が居たんだもの、絶対何かあると思っただけよ…プライバシーの件に関しては諦めて貰うしかないわね」
昨日、冒険者ギルドで暴れるアストレアを鎮めたあと担いで帰ったのは他ならぬグレンであり、その異様な光景は当然周囲から注目された。
水の聖女として噂が流れるリフィンを筆頭に、その関係者であるグレンや突如現れた青翼の女神と噂されるアストレアがどのような関係なのかアルモニカの住民は欲していたのだ。
そして元々プラムはアルモニカ発展の為に情報屋と結託していて、アルモニカを救う水の聖女という良いニュースを大々的に取り上げることで都市の活性化を図っていたのである。 実際にアルモニカ通信社が出版している新聞にリフィンの事は何度か記事にされており、昨日のチラシにも盗賊退治やタイラントワイバーン討伐の事が記されていたのであった。
「リフ! 負けるんじゃないわよ!」
「リフィンが魔法で戦うところはまだ見たこと無かったからな、丁度暇だったし今日はルコのお勉強会になりそうだ」
「が、頑張って参考にします!」
女性だけの冒険者パーティーとして名を挙げている虹百合も、堂々と後を追いかけてやってきていたのだった。
「ルコがどう頑張っても氷が出せないって言うから、水の聖女に教わろうと頭下げに来たわけだけど」
「ウォフ…」
「ふふ、『外せない用事があるの』とか言ってグレンと一緒におでかけするものだから、てっきりデートと思って堂々と追跡した訳だけど…ウォルター隊長がこんな所にいてこれから決闘するなんて事、流石に予想出来なかったわ」
「…実父と決闘、興味ある」
「青翼の女神に宿屋の仕事を押し付けている所なんて中々に面白い光景だったけど…こちらも中々に見物ね!」
リフィン達があけぼの亭を出発するころ、実は虹百合のメンバー達がやってきて水魔法使いであるルコに氷魔法を教えてやってくれと言われたのだが、ウォルターとの決闘を無視するわけにはいかず、遅刻すれば不戦敗となるのでやんわりと断りを入れたのだが姉に仕事を押し付けてグレンと行動を共にしていたせいか、デートなのでは、と勘違いしたままリフィン達の後を堂々と付けていたのである。
「リフさんは、どんな戦い方をするのでしょうか?」
「あたしも水魔法使いが闘うところは見たことないから分からねぇなぁ、魔法主体になるだろうから、どんな魔法を使うのかしっかり見ておけ」
「はい!」
そう言ってリフィンに熱い視線を向ける虹百合やプラム達、そして暇だったのか数名の見知らぬ住民たちも一緒に野次馬として城門の外へ出てまで追いかけてきていたのであった。
「水魔法使いって弱いって聞くけど、大丈夫なんか?」
「さぁな、でも黒剣の集いと同行してピンチを救ったとか聞いたぜ? まぁアルモニカを救った水の聖女様に勝って貰いたいってのもあるが…相手は父親とか言っていたぞ?」
「親子喧嘩なのかよ!?」
「っていうかあれ、ヌツロスムント魔導隊の衣装だよな?」
「面白いもんが見れるんなら何でもいいや!」
リフィン達の後を着いてきた野次馬たちがざわざわと騒ぎ始めると、それを一瞥したウォルターは漆黒の法衣を靡かせ鋭い眼光をリフィンに向けた。
「野次馬なんて撒けばいいものを…準備は良いか?」
「余計変な噂が立ちそうなので勘弁してください、それにそんな事に体力や精神を消耗して勝てる相手とは思っていません…いつでも良いです!」
「良い心構えだ…グレン、お前に審判を任せる」
「そのつもりだ…リフ、覚えてるな?」
「うん、大丈夫」
対ウォルター戦の注意事項と対処方法を少ない時間ではあるがグレンに教わり議論した。 二人で導き出した答えが全て正しいとは言えないが、すべてが後手に回り続けるよりマシだと二人の認識は合致したのだ。
そしてグレンはリフィンとウォルターの中間地点になるように進み、両者の邪魔にならないように十歩程下がると右手を斜め前に挙げて決闘前の宣誓を行った。
「これより、ウォルター・グラシエルとリフィン・グラシエルの決闘を始める…相手が意識を喪失した場合、又は降参を宣言した場合のみ勝利と見做す。 今回の決闘において殺害行為は禁止とする、生命の危険が審判に認められた場合、即座に決闘を中止する…両者異論は?」
「無い!」
「ありません!」
ウォルターはニヤリと笑って吐き捨て、リフィンはいつも使っている木の枝のような杖をギュッと握りしめると、グレンは右手から火炎爆発を発生させた。
「決闘開始!」ドガァァァアン!!!
「石礫の弾丸!」
「氷塊弾!」
決闘開始の合図が鳴ると同時にウォルターが無数の小石を投擲する魔法を繰り出してきたので、リフィンは少し大きめの氷の塊を1つ発射して対処した。
一定方向から飛んでくる小石だったので容易く無力化することに成功したが、ウォルターはすぐさまリフィンの前後左右から小石を、そして上方から大きめの石を落下させるように飛ばしていく。
「挟撃する石礫の弾丸! 隆起した石!」
「氷の覆壁!」
ズァラララララッ!! ドガァン!
色んな方向から飛んできた砂礫はドーム状の氷の壁に阻まれ、上から落ちてきた大きめの石は氷にひびを入れる程度にとどまったが、実はかなり危険な状態に陥っていたのだった。
リフィンが必要と判断して出した防衛手段であるが砂礫の汚れが氷に付着し視界が悪くなっており、リフィンが立つ地面までは氷で覆えていないのでそこの土や石を操作されれば逃げ場は無いに等しかったのだが、リフィンはそれを回避する手段をすでに講じていたのであった。
「中々やるようだな、大抵のものはそこで終わりなのだが、初見で回避するとは大したものだ」
「…下には気を付けろと、グレンに教わっていなければ開始早々敗北していたかも知れませんね」
氷の覆壁を解除したリフィンが姿を現しグレンと対策を練った成果を披露する。
その足元は水浸しになっており周囲の地面が水分を含み泥と化していて、本来であればリフィンの足元の砂土や石を操作して攻撃出来たが、操作する対象の重量や性質が変化したことによってウォルターは追撃を行うことが出来なかったのである。
「なるほど、実に良く考えている…流石と言ったところか」
「お父様達のような土魔法使いは、砂土や石を生成するのは苦手でも操作することに関しては一級品です。 逆に私たち水魔法使いは、水を生成する事は上手でも、水を操作することに関しては不得手…ですので操作する砂土に水分を含ませて重たくすれば魔法操作の妨害を行えるという訳です」
「たった半日でここまで対策出来るとは思いも寄らなかったな…が、それはあくまでも常識の範囲内での対策に過ぎない事を教えてあげよう」
「…臨むところです!」
ウォルターに笑顔が浮かび上がった。 リフィンには笑った意味が分からなかったが、彼はこの瞬間を楽しんでいるかのように娘に笑顔を見せると容赦なく次の攻撃を繰り出していった。
「岩石の棺!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
「っ!」
ウォルターの魔法に身構えたリフィンがその魔法の正体に気付いた時にはもう遅く、リフィンを囲むように周辺から高さ3メートル程の巨大な岩が四方から素早く隆起していった。
即座に移動して場所を移せば回避出来た筈だが、地鳴りがするので真下ばかりに気を取られた結果、巨大な岩に四方を塞がれるという状況を生み出してしまうのだった。
一瞬にして岩でリフィンを取り囲んだ光景を見ていた観客達は明らかに動揺を見せたり感想を述べるのであった。
「操作するだけでも難しいと言われる岩を一瞬で複数隆起させるとは」
「水の聖女様は大丈夫なのか!?」
「さっきの氷の防御壁だけでもすげぇって思ったけど、あの岩が相手だとやべぇって事くらいは俺でも分からぁ…」
「ウィズならあれ出来る?」
「…無理、一つの岩なら可能だけど複数同時は頭の回路が切れる、それにあそこまで隙間が無く精密に対象を閉じ込める事なんて普通なら不可能、ある程度仕込んでおけば可能」
「ふふ、流石ヌツロスムント王国の誇る魔導隊長といったところかしら?」
「なぁに、殴り飛ばしたら良いだけの話だろ?」
「それが出来るのはゴリ…うん冗談よ!」
「アンソニー、貴方ならどう対処しまして?」
「まず相手の術中に嵌らないように動きます、もしお嬢様があの中に閉じ込められたら岩を粉砕してでも助け出して見せましょう」
「それはどうも…確かにアレに閉じ込められたら私じゃ何も出来ないかもね」
「リフさん…っ!」
観客がリフィンを心配する中、審判であるグレンは未だに微動だにせず静かに状況を見守っていた。 本来であれば審判として姿の見えなくなったリフィンの状態を確認するべきなのだが、リフィンがこの状況を覆す術を持っている事を一人確信しているのであった。
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