品定め
彼から得た情報はかなり面白いものだった。 遠路はるばるここアルモニカまでやってきた甲斐もあるというものだ。
噂になっている水の聖女のおかげか、この街の住民は活き活きとしていてこの国の重要都市としてさらに発展していくだろう。
しかし悲しき事に人間というのは醜いもので富を得るために手段を選ばない存在が必ずと言っていいほど現れる。
数百年前、あの変態賢者が発展させた都市とはいえ、統治する者が無能では人間以下の人間が溢れかえってしまうばかりなのは少しばかり悲しくなるが、この都市の為政者の手腕が期待される。
「はい、この店名物の串焼きだよ! 70モニーね!」
「これで丁度だと思う…確認してくれ」
「はいぴったりだね、まいどあり! そういやアンタここらじゃ見ない顔だけどアルモニカは初めてかい?」
「ここに来るのは2回目だ、昔ちょっと立ち寄ったときに良い所だなって思ってまた来てみたのだが、前より活気に満ちていて驚いている…なにかあったのか?」
「そうねぇ、昔に比べて技術もそれなりに進歩しているけど、水の聖女様達の尽力もありこの間の干ばつを乗り切れたのさ、それにあやかろうとして他の水魔法使い達が必死こいて勉強や訓練して魔力量をあげるんだと息巻いててね、おかげで水不足は解消、不安が一気に払拭されて皆活気づいているんだろうさ!」
「そうか、どうりで賑やかな訳だ」
「賑やかさだけなら、うちも負けちゃいないよ!」
「ははは、そうかもしれないな…このベンチで頂いてもいいか?」
「ん? あぁ、まぁいいけど…食べ歩きしながら観光はしないのかい?」
「それもいいけど、マナーが悪いだろう?」
「あー、そうさねぇ…」
ベンチに座った私はそう言って串焼きの店の周りを店員に示すと、店員がその現状に苦笑いした。
店の周りの路地や芝生にゴミが目に付くほどあちらこちらに捨てられ放置されたままの状態を目にしたからだ。 串焼き店の隣にはゴミ箱が設置されているのにも関わらず道端にゴミを捨てるマナーの悪い人たちが多いようだ。
「最近になって水の聖女様の噂を聞きつけてやってきたという人が多くてね、買って行ってくれるのはありがたいけどゴミを散らかしたまま帰っていく人が増えたような気がするんだよ…まぁその前にもゴミを捨てていく人はちらほら居たんだけどね」
「私みたいに座って食べる者は居ないのか?」
「ほとんど居やしないさ…あ、そういえば水の聖女様はそのベンチで小鳥やタヌキ達と食事していたわね」
「ほぉ…詳しく聞いていいか?」
私は串焼き店の店員に水の聖女と言われる人物について聞いてみると、最近アルモニカにやってきて冒険者登録したばかりの新人なのだという、まだ若いのに動物達を連れており最初は魔物使いという噂もあったのだがアルモニカ全体が水不足に陥り危機に瀕していると住民の為に水魔法を使って救い、多くの人たちに水魔法への信仰を呼びかけているのだという。
それだけならただの水魔法使いなら出来そうな気もしなくはないが、水の聖女の魔力量が他の水魔法使い達に比べて圧倒的に多いということ、B級冒険者の危機を救ったりと多彩な魔法を駆使することから強いとのこと、周辺の村々を周り慈悲深く接し、小柄な見た目も相まって多くの人を魅了しているという。
「たまにこの店にも来てくれるけど、今は宿屋の手伝いをしてるって聞いたわね」
「そうか、それは良い事を聞いた…ついでにその宿屋の名前を教えてくれないか?」
「向こうにあるあけぼの亭だけど…彼氏っぽいのが居るから手を出したら駄目よ?」
「ははは、忠告感謝する…失礼した」
私は食べ終わった串焼きの棒をゴミ箱に捨てると、水の聖女が居るという宿屋まで足を運んだ。
串焼きはタレの味しかしなかったが、安かったし情報を提供してくれたのだから文句は言うまい。
私の価値観で城塞都市アルモニカを評価するのはまだ早計だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いらっしゃいませ…なんだグレンか、ってお姉ちゃんどうしたのっ!?」
「大丈夫だ、ギルドで暴れたから大人しくさせただけだ」
「えっ!? と、とりあえず私の部屋まで運んでくれる?」
「あぁ」
夕暮れ時、宿屋<あけぼの亭>で一通り仕事を終えたリフィンはカイラさんの代わりに受付をしていると入り口からアストレアを肩に担いだグレンがやってきた。
そのまま放置は出来ないので自室まで姉を担いだグレンを案内していると、食堂の方から客が顔を出してリフィンを呼んだ。
「リフちゃん氷おかわり待ってるよぉ!」
「こっちもだぁ!」
「後で行きますから少々お待ちくださいませ!」
「っておい! 俺たちを放ってなに彼氏を部屋に連れ込もうとしてんだ!」
「馬鹿野郎! みんなのリフちゃんに決まってるだろうがおらぁ!」
「なんだとてめぇ!? 水の聖女様が給仕服で青翼の女神を担いだ彼氏を部屋まで案内してんだぞ!? スクープするべきだろうが!!」
「どう見ても緊急事態だろうが! 記者だか何だか知らねぇが俺たちの聖女様の邪魔するんじゃねぇ!」
「今一番ホットな話題をお届けするのが俺の仕事だ! その理屈で言うなら俺の仕事の邪魔すんじゃねぇ!」
「あんだとゴルぁ!? じゃあ俺は聖女様の親衛隊として貴様を阻止するだけだぁ!」
食堂からのぞき込んでいた記者と自称親衛隊が乱闘を開始し始めた。 お互い酒に酔っているようで収拾には時間がかかるだろうと予想出来た。
「うわぁ…どうしよう」
「…今日はなんか客が多くないか?」
「あーうん、食堂で氷をサービスしてたら噂を聞きつけたお客さんが凄く増えちゃって、混雑を避けるため食堂から受付の仕事に回されたんだよね…宿泊客も増えてるし」
「なるほど…とりあえずこいつを寝かせたい」
「分かった」
「まぁ奴らにリフは渡さないがな」
「いやいや、グレンまでそうやって争わなくてもずっと私の傍に居……はっ!?」
「っ!」
さも当前のように目の前で言われ恥ずかしくなったリフィンがつい発した言葉に、グレンは目を見開いて動きを止める。 途中で自分が何を言っているのかを理解したリフィンは、思いっきりグレンから顔を背けて無かった事にして静かに案内した。
グレンを部屋まで案内しアストレアをベッドに運ぶと、部屋で待機していたポコとライが心配そうにアストレアの傍までかけつけた。 タキルも既に小窓から入っていたようでアストレアの様子を見ていたのであった。
「お姉ちゃんを運んできてくれた事には感謝するけど、そんなに暴れてたの?」
「あぁ、エルザ専用の受付カウンターが半壊、椅子やテーブルが何個か駄目になり外壁の一部はくり抜かれたように損壊した。」
「うん…お姉ちゃんを止めてくれてありがとう、今はそれしか言えないけど」
「暴れた原因はモグロ草の状態が悪くて依頼が達成出来なかった事や、倒したゴブリンの買い取り価格が0モニーだった為だ…ずっと同行していたが俺の言うことを素直に聞きもしないし自分勝手に好き放題するから俺も放置してしまってな…これが破損物の請求書だ」
「うっ…お姉ちゃんに日当を稼がせるつもりだったのに器物損壊の支払いが先になるなんて…予想外」
グレンから請求書を受け取ったリフィンは提示額を見るとげんなりした。 決して払えない額ではないがしばらくの間節約生活を余儀なくされる事は必至だろう。
「リフ、話は変わるが…この仕事をしなければならないのは分かるが、明日はどうするつもりだ?」
「うーん、ここの代役をお姉ちゃんに任せるつもり…どうせコレについては支払い出来ないだろうし、人の話を素直に聞けるようになるまで反省してもらわないと私が首を括る事になりそう…問題があるとするならば」
明日は実の父親であるウォルターと決闘の約束をしているのだ。 宿屋の仕事が重なったのは仕方ないけど、姉も一緒の部屋に住んでいる立派な冒険者だ。
ならばリフィンがとれる行動は姉をこの宿で働かせることだけだ。 言うことが聞けないなら請求書の肩代わりはしない、そして手伝いを承諾したとしても逃げ出そうものならカイラさんに見張って貰えばいいしこの件に関しては特に問題はなかった。
問題があるとするならば…
「お父様に負けたら戻らないといけなくなるかもしれない…」
「…」
父ウォルターは王国でも有名な魔法使いで、ヌツロスムント王国第2魔導隊隊長を務める実力者だというのは実の娘なので知ってはいるが、実際に戦っている姿を見たことがないので、土魔法使いという情報以外なにも分からないのである。
「随分弱気だな、魔法学校で対人戦は経験している筈だろ?」
「事前情報があるのと無いのとでは全然違うからね…」
「だがリフはその場しのぎや運もあっただろうが、常に戦況を把握してベスト8まで持って行ったじゃないか」
「やめてその話は…」
「まぁウォルターの実力は俺が知っているさ…魔法学校の実戦科で偶に特別講師として呼ばれていたからな」
「本当!? だからお父様はグレンの本名知ってたんだ! えーっと、フィー…フィー…なんだっけ?」
「…今それよりも対策を練ることが大事だろ、何度か手合わせした経験あるから相談には乗れるはずだ」
「…それもそうね、じゃあお父様の癖とか得意な魔法とかあれば教えてほしい」
まさかグレンがお父様の実力を知っていたとは、と思わぬところから情報を得ることに成功したので真剣にウォルターについてグレンから情報を聞き出すのであった。
「…じゅるる!?」
リフィンがグレンに質問攻めしていたその時、タキルやポコ達と一緒にアストレアを見守っていたスライムのライは、こちらをじっとりと観察している者の気配に気づいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれが水の聖女か…なるほど、シエロの子孫というのは驚きだが報告通りシズルが付いているな」
先ほど串焼き屋にて水の聖女の情報を得た男は宿屋<あけぼの亭>から少し離れた人気のないところに存在していた。
その者はミスティエルデではあまり見られない容姿をしていて黒髪黒目の20代後半の男性で、高級そうな白銀のローブを身に纏い、この世の全てを悟っているかのような不気味なほどまで優しげな表情をしていた。
そしてその男は右手を耳に当てると、常人では不可能である神格化されたものだけに通じる念話をある方向に飛ばした。
『スライムを傀儡としているモノよ…こちらを警戒しているようだが、今の段階でその子に手は出さないから安心しろ…』
『………信用出来ないの』
反応が返ってこないと思ったが少し遅れて少女のような声が返ってきた。
『それで良い、やはりシズルか…手を出しても良かったのだが近くにカラグが潜んでいるようだしこちらに分が悪い事は明白、ちょっかいかけるのは控えておこう』
『…』
『しかしその子に興味を持ってしまったのは事実だ、そのうちゲストとしてお迎えにあがるつもりだからせいぜい気を付けておくべきだな』
『…そんな事はさせないの、ここに来た目的は何なの?』
『愚問だな、常に私を監視している全知全能の神が分からないなんてことはあるまい』
『…』
『無言は肯定と取るぞ?』
『…散った力の回収、ついでにあなたの言う理想の世界とやらに必要な人材の確保』
『よくわかっているじゃないか、その子はそれに相応しい存在か観察させて貰うことにするよ』
『…その理想の世界は狂ってるの』
『何を今さら…この世界は元々狂っていた、それを是正してくれとお願いしたのは他でもない貴方たち神だ、私は言われたことをやっているだけに過ぎない』
『…勝手な事はしないでほしいの』
『勝手にこの世界に呼び出した存在が何を言っているのやら…私の愛する故郷は変わらず平和か?』
『…変わらず平和そのもの』
『嘘だな、日本…地球は今も愚かな人間共のせいで荒れ狂っていることを私は知っている』
『…』
『このミスティエルデを完璧な世界にしたら、一刻も早く地球に巣食うがん細胞を除去しに行かないといけないのでね』
『…あなたとは、分かり合えないの』
『ふん、こちらの台詞だ…大事にその子を守るのも良いがゲートの封鎖を疎かにしない事だな』
『…』
『言い忘れていたが、私がここに願い歩んで来た理由がもう一つあってね、次会う時まで答えを用意しておいてくれると嬉しいかな…』
そう言って男は遠ざかっていき、スライムのライこと水の女神シズルは糸が切れたように深くため息をつくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「うじゅー…」
「あれ? ライの身体が溶けかかっているような…」
「まだ暑いからな…水分足りてないんじゃないか?」
「…そうかも、あっ! そういえば仕事中だった! お父様の対策を紙に書いてリストアップしておいてくれないかな?」
「良いだろう」
災いが迫っている事すら感じていなかったリフィン達は溶けかかっているライに水を与えて、受付に戻って仕事をこなしながら対ウォルター戦で対策を練っていくのであった。
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