残り2つの案件
「…はぁ~っ」
リフィンは父親のウォルターとの決闘の約束を取り付けるとウォルターは応接室を後にした。 リフィンは肩をガクリと落とすように詰まっていた息を吐いて脱力する。
「どうしたのリフ?」
「…どうしたのって、逆に聞くけどお姉ちゃんはお父様相手に緊張しなかったの?」
「なんで? 私はストレスしか感じなかったけど」
「…」
あまり両親と会話をしたことが無いリフィンにとって父親は少し怖い存在だった。
淡々と仕事をこなしていく父ウォルターの仕事っぷりは有名で尊敬しているが、プライベートの話などは一切耳にせず家族とのふれあいも無いのでどう接すれば良いのか分からなかったのだ。
そして今日初めて父親に対して反抗してしまい、この後どうなるのか展開が全く予想出来なかったリフィンは緊張のあまり身体が震えてしまっていたのだが、姉であるアストレアはなにも無かったかのように涼しげな顔をしていたので羨ましく感じた。
「お姉ちゃんのその図太い性格が羨ましいよ…」
「あら? 繊細な私に向かって図太いなんて言う妹には…お仕置きよ!」
「ひぁっ!?」
隣に座っているアストレアにわき腹をくすぐられ背中がエビ反りになるリフィン、脱力していた状態だったので反応に遅れ逃がれようとしても姉の力には敵わなかった。
「んひぃ! や、やめっ!?」
「やめないわよ! さっきは私を見捨てようとしてたからね! おりゃ!」
「いひぁっ! あんな金額っ…払えないもん! ごめっ…んふっ!」
「さておぬしら、残りの2件についてだが…」
「…」
「っ!? やめてお姉ちゃんっ! み、見られ…ふあぁぁぁっ!」
「げへへへっ! まだこの程度じゃ許さないんだかっ………らっ?」
リフィンをくすぐっていたアストレアが何者かの気配を感じて動きを止めた。
視線の先には応接室に入ってきたグレンとギルドマスターのリョルルが冷めた目でこちらを見ており、彼らにはリフィンとアストレアが絡み合っているように映ったであろう事は容易に想像出来てしまった。
● ● ● ● ●
「では残りの2件について話すが、すぐ終わるから楽にしてよいぞ?」
「「はい…」」
「…」
絡み合うところを他人に見られたリフィンとアストレアは顔を真っ赤にして椅子に座ったまま小さくなる。
グレンは表情こそ変えずにリョルルの話を聞く姿勢を取っていた、若干顔を赤く染めていたが下を向いていたリフィン達は確認出来ないままであった。
残りの用件の1つはアルモニカに希望を求めてやってきた身分証の無い人たちについてだった。
リフィンの発案した魔導回路を施した仮身分証は、常に位置情報を発信する機能を有しており、位置情報は白壁の城塞都市アルモニカが国防の為に有する魔導防衛装置に波長の情報を連結し登録することにより全体の把握が出来るというものだった。
なので仮身分証はアルモニカが責任をもって管理するとのことで、仮身分証の魔導回路の構造や発案者については公言しない、という契約書を書くのみで特に責任が発生するとか量産するのにお金を払えなどというのは発生しないようであった。
「仮身分証についてはまだ製造中であるが、量産することに成功すれば城門の混乱は収まるだろう」
「…しかし場内での混乱が発生する恐れがあるので、私が発案した仮身分証はあまり得策ではなかったかも知れません」
「そこに関してはマルメロ様がなんとかしてくれると言っていた…まぁあのプラムの嬢ちゃんが無理やり言わせたようなものだったがな」
「そうでしたか…それは助かりましたね」
一気に人がアルモニカに流れてくるのだ。 何らかのトラブルや事件が発生するのは必然的であるが何か対策があるのか、ガダイスキ家はそれを承知で今回の案に協力してくれているようで安心するリフィンだった。
「この件はこれで終わりだ…で、最後の案件というか依頼なのだがこちらの件はリフィン君にとって強制的にやってもらうことになるな」
「はい」
最後の1件は強制的に受ける事になると言われて緊張したリフィンは、リョルルさんから依頼書を受け取ると内容に目を通した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
依頼人
宿屋<あけぼの亭>店主、ウォーレン
特殊依頼指名者
アルモニカ支部、F級冒険者、リフィン・グラシエル
依頼文
私は宿屋<あけぼの亭>のウォーレンだ、先日盗賊と戦闘を繰り広げて怪我を負った。
優秀な治療魔法の使い手のおかげで怪我は完治したのだが、まだ体が強張っているのか調子が戻るまでしばらくかかりそうなのだ。
妻カイラは出産間際であまり無理はさせられず、娘カレンも暫く身体に負担をかけていたようで先日の盗賊の騒ぎで気が緩んだのか体調を崩してしまった。
そこで私の宿を使用し特殊依頼割引を利用しているリフィン・グラシエルにこの依頼を出すことにした。
冒険者としての活動を休止させることになるので誠に申し訳ないが、ある程度報酬には色を付けるのでこの依頼を受けてほしい。 業務内容は直に言うので依頼を受けたら声をかけてくれ
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なるほど…これは断れないですね」
「受けてくれるか?」
「はい」
いつもお世話になっている宿屋の人たちが助けを求めているのだ。 リフィンは断る理由など1つも無かったのだが先ほど父ウォルターと決闘の約束を取り付けたばかりなので、もし負けてしまえば依頼を受ける事が出来ずにヌツロスムントに連れていかれるかも知れないと思うと不安になるのだった。
「ねぇ、特殊依頼割引ってなに?」
「えーっとね、宿屋を経営している家族に何かしらのトラブルがあった場合、格安で依頼を受けなければいけないの、その代わり宿屋代を割り引いてくれているのだけどね」
「そういうことね、なら早速宿屋の仕事を手伝いに行きましょ!」
「うん、でもお姉ちゃんは生活費を自分で稼がないとね?」
「…え?」
宿屋の依頼は私のみが指名された仕事だ、お姉ちゃんには他の依頼をして貰って稼いで貰わないと本当に困る…昨日のお姉ちゃんの宿泊代出したの実は私だし、このままじゃ破産ちゃうのよねぇ…と説明すると
「わ、わかったわよ! 稼いでくればいいんでしょ稼げば!」
姉に自分でお金を稼いで貰わないといけないことを十二分に説明すると、タキルを連れて受付のエルザの所に依頼を受けに行ったのだった。
「はぁ…まぁタキルがついているから大丈夫だとは思うけど」
「…お前も大変だな」
「グレン、しばらく私は動けないけど…お姉ちゃんを見てくれたら助かる」
「気にするな、ここのところお前も働き詰めだからしっかり休養を取れ」
「…ありがと、グレンも無理しないでね」
「あぁ」
とりあえずお姉ちゃんはグレンに任せても大丈夫だと思うので、私は宿屋<あけぼの亭>の依頼を受けて早速お手伝いをしに行かないと!
ギルドマスターのリョルルと別れ、エルザから依頼を受注しギルドを出たリフィンは宿屋<あけぼの亭>に向かうのであった。
● ● ● ● ●
「リフがお前を寄越したのは分かったけど、なんか納得いかない!」
「リフが言う通りお前は常識というものを知らないようなのでな…妹に感謝するんだな」
「ちっ…まぁこの際だし、依頼のついでに剣の振り方でも教えて頂こうじゃないの!」
「基本中の基本だ、お前はそれも出来ていないようだからな!」
「このっ!」
アストレアは薬草採取の依頼を受けるとグレンと共にエルルの森へと向かっていた。
常識も知識も無いアストレアだけでは不安になったリフィンは、アストレアに付くようグレンにお願いしたのだ。
『まぁあの時、黒づくめの細身の男に太刀打ち出来なかったのが悔しいんだろうなぁレアは』
『そうよ! うっさいわね…実はこいつに襲い掛かった時があったんだけど攻撃が全然当たらなくてムカムカしたのは今も覚えてるわ!』
『攻撃力が凄くても当たらなければ意味ないもんな…』
『それなのよ!』
それはジルット村での出来事だった。
いくら藍刃丸を振るっても攻撃がことごとく躱され、「死刑確定」と宣言したのにも関わらずこちらの攻撃を簡単に受け流し続けていて殺すまでは至らなかったのだ。
グレンは反撃するチャンスはいくらでもあった筈なのだがこちらが初心者だとみると、反撃すらしてこなかったのも余計アストレアをイライラさせた。
『ねぇねぇグレン様、リフちゃんとまた別行動になって寂しいですかぁ?』
『わざと煽るような言い方をするな…でも確かにそうだな、お前はどうなんだユウ?』
『寂しいです…演技なのすぐにバレちゃってますし、でもリフちゃんにお姉さんを任されたので文句を言ったらだめです』
『まぁな、この姉もリフを守る大事なメンバーなのは変わらないさ』
アストレアとタキル、グレンとユウはお互いに念話で話し合ってポジティブ思考に持っていくと、エルルの森で一から教育をアストレアに指導していくグレンであった。
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