訪れた父親
冒険者ギルド、アルモニカ支部の応接室でリフィン達の目の前に実父、ウォルター・グラシエルがリョルルさんに案内されてやってきた。
「…久しぶりだなレア、リフ」
「…っ!」
「お…お父様!?」
ウォルター・グラシエルはヌツロスムント王国第2魔導隊隊長を務めている実力者。 十数年前のエルス公国との戦いでは効率よく冷静に魔導大隊を指揮し勝利へ導いたとされ、彼と魔法で対決して互角に戦えるのはほんの一握りだけの有名な魔法使いのみだという、ここまでがリフィンが知っている情報だ。
ウォルターは白髪が交じったスカイブルーのサラサラな髪に、黄色の魔法言語が編み込まれた漆黒の魔導法衣を羽織っていてその隙間からは剣の柄が見えていた。
「ど、どうしてお父様がこちらに?」
「…なんだ? 私がここに居ては駄目なのか?」
「いえ…そういう訳では」
リフィンは連絡も残さず家出している身であり、こっぴどく怒られるのではないかと思ったのだが余りにも他人行儀なセリフに戸惑いを隠せなかった。
とりあえず着席してから話を切り出すリフィン。
「ど、どのようなご用件で…お越しになられたのですか?」
「単刀直入に言う前に…グレン・フィーヴァルには退出して貰おうか、久しぶりに再会した親子の会話に水を差すような事はしないで欲しいからな」
「良いだろう」
グレンはそう言ってスタスタと部屋を出ていった。 そういえばグレンの本名なんて初めて聞いたけどなぜウォルターは知っていたのかとリフィンは疑問に思ったが今はそれどころではなかった。
「…では単刀直入に言うが、まずはレア…お前は屋敷の修理費を払え」
「あっ」
「…え?」
家出したことをまずは問われると思ったのだがまずはお姉ちゃんからだった。
しかしあまりにも唐突でリフィンはすぐに理解出来ない内容だったが、アストレアはウォルターの言葉の意味をすぐに理解してしまったのだった。
「すみませんお父様、屋敷の壁に穴を開けたというのでしたら私が修理代金の立て替えを…」
「…」
修理代というのだから屋敷から脱出した際に壁をぶち破ったくらいのものかな? とリフィンは思って聞いたのだが、予想以上の答えが返ってくる。
「なんだ聞いてないのか? 壁に穴を開ける程度だったら私のポケットマネーから出したのだが、この馬鹿は気でも狂ったのか大きな包丁を使ったのではないかと思うくらい屋敷を細切れにしてくれてな…とても人が住めるような有様ではないのだ」
リフィンは絶句して言葉が出なかった。
「ふん! 姪を長年監禁するような奴の事なんか私の知ったことではないわね!」
「義父上は別邸があるから住む場所に関しては問題ないが、屋敷に住み込みで働いていた使用人などはとても困っているぞ?」
「うっ…」
屋敷を細切れにしたのは恐らく藍刃丸の力だろう、屋敷だけでも高価な装飾が施されていたはずで、損壊度は直接見てないので分からないが絵画や調度品も台無しになっているであろう。
高価ではないかも知れないが使用人たちの愛着ある私物なども下手すれば粉砕されている事も容易に想像出来てしまった。
「何やってんのお姉ちゃん…」
「あ、あはは…ナンノコトナノカサッパリデー」
「シラを切っても無駄だ、こちらには目撃者や証拠が残っているし何より義父上に向かって攻撃したのはお前だ…で、これが請求書だ」
ウォルターは懐から金額が書かれた書類を取り出しリフィンとアストレアの前に出すと、あまりの金額の高さにリフィンはもう目を逸らすしかなかった。
なぜなら修理費という額を遥かに超えた、国家予算に匹敵していたからである。
当然そんな金額なんて払える筈もなくリフィンは巻き込まれないようにアストレアを遠ざける。
「お姉ちゃん…頑張って働いて払ってくださいね、少しの間だったけど一緒に旅が出来て楽しかったです」
「ちょっとリフっ!? 今まで1モニーも稼いだことの無い私ですら無理だとわかる金額なのよ!? 助けてよぉ!」
「こんな国家予算並みの金額なんて…壊したお姉ちゃんの責任で私は何も関係ありませんし」
「あぁもう! そんなのこっちの知った事じゃないわ! あのクソ伯父が私を監禁していた因果応報って奴よ!」
お姉ちゃんはお金を払う気がないというか、そもそも払えないから伯父様に責任を押し付けようとしているけど、相手はヌツロスムント王国の重鎮で切れ者、素直に応じるとはとてもじゃないけど…
「もとよりお前が払える額とは思っていない、払えないならヌツロスムントに戻れ」
「死んでもお断りよっ!」
アストレアの意思は固く、お金を払う気も無ければ帰る気も無かった。 幼少の頃からずっと同じ部屋に監禁され自由に生きることすら否定されていたのだ。
タキルと友情の誓盟をしてから、大人しかった雛が翼を広げたように本性をさらけ出し自由気ままに出来る様になったのに、自らまた牢獄のような場所へ戻るなんて考えられる筈もなかったのだ。
アストレアは絶対に戻るもんかとウォルターに睨みを利かせたが、それに怯むようなウォルターではない。 しかし何を思ってかウォルターがこれ以上深く要求することは無かったのであった。
「…まぁいい、この件に関しては保留にしておく、義父上には接触出来なかったと適当に言い訳でも考えておくか」
「永遠に保留でいいわ!」
「ははっ、実際私が住んでいる家ではないからな」
「…お父様、ありがとうございます」
ウォルター自身が住んでいない屋敷とはいえ、ボロボロになっているのに保留で済ますウォルターもどうかと思うが、アストレアも保留のままで良いのかと思うリフィンは、現状見逃してくれる父親に感謝した。
「次はリフ、お前の事だが…」
「か…勝手に家出して申し訳ありませんお父様!」
親子として接する時間はほとんど無かったが、リフィンはウォルターの事は嫌いではなかった。
実力主義の父にとって魔法が使えない無能力者は戦力にならないので相手にしないというのが大半の者の考えであるのだが、実は無能力者でも魔法使いでも、有益な人ならば親しく接してくれる人物であるのだ。
実の娘というのもあるのかも知れないが、リフィンが学生時代に色々な魔法の研究をしていたとき褒めてくれたことをリフィンは今も覚えていた。
そんな優しい父親を裏切るかのように無断で家出をしてしまったのだ、それにうしろめたさを感じたリフィンは頭を下げて謝罪の言葉を放った。
「…聡明なお前ならば何か理由があるのだと理解していたから特に怒っている訳ではないのだが、私に対して申し訳ないという気持ちがあるのなら出ていった理由くらい聞いておこうか」
「それは…」
「水の聖女だったか? 今はそう呼ばれているようだが、水魔法使いだというのを隠していたという理由であるならば相談に乗れなかった私に責任があるので謝らせて貰おう」
「い、いえ! そういう訳では…っ!」
父親のウォルターに本当の事を話すべきか迷ったリフィンだった。
本当の事を話した場合、ウォルターが伯父上派であるならば伯父上に狙われるであろうことは確実で、捕まれば監禁とはいかないだろうがアストレアの代わりにリフィンが軟禁されることになる事は理解出来ていた。
逆に反シリウス派であればそういった事は可能性として低い筈であるが…魔法の研究ばかりしていて家の派閥関係には疎いリフィンは父ウォルターがどっちの派閥なのか知らなかったのだ。
「失礼ですがお父様…この際ですので2つ質問してもよろしいでしょうか?」
「…言ってみろ、答えられる範囲でなら答えよう」
「お父様は…シリウス派ですか?」
「想像に任せる」
「…もう一つ聞きます」
「…」
「なぜお姉ちゃんはあの部屋で、監禁生活を送らなければならなかったのですか?」
「あ、それは私も気になっていたけど誰も教えてくれなかったのよね」
「………それは言えない事だ」
「…そうですか」
この質問で父ウォルターは伯父上派である可能性が高くなった。
ウォルター派ならばそう易々と理由を述べる筈がないのだから。
そうなれば下手な会話はせずにお引き取り願いたいところであったのだが、そう易々と見逃してくれる父親ではなかった。
「話は変わるが…この街で冒険者をしているようだが私は認めない、ヌツロスムントに連れて帰らせて貰う」
「嫌です!」
「嫌よ!」
「姉妹揃って我儘だな…いいか、お前たちは弱い! 私は娘たちが犬死にするところなど見たくないのだ…理解してくれ」
父親としての想いなのか、それとも何かしらの利益の為なのか、リフィンには両方の意味で捉えてしまったため、今ウォルターを信用しても良いのか悩んでいるとアストレアが当然のように拒否した。
「今さら父親ヅラしてんじゃないわよ! 私を閉じ込めていた理由すら言えない奴を信用なんか出来るわけないじゃない! 私の生き方は私で決めるわ!」
「…」
そうだ、私たちは自分の意思で今ここに居るのだ。
最初はお姉ちゃんの代わりに水魔法の出力の低下の原因を探していたのだけど、それを実行しようと動かしたのは私自身の意思だ。
そして今は水の女神シズル様に与えられた力で水の信仰をもっと深めてもらい、多くの人たちが水の無い生活に困らないようにするのが今のリフィンの仕事であり願いでもあった。
それなら当然、ヌツロスムントに戻っている余裕なんかないのだ。
「…リフ、お前は?」
「…はい、お父様のお気持ちは嬉しいのですが、私とお姉ちゃんは水の女神シズル様に大役を任せられているので今戻ることは出来ません。」
「何!?」
「そしてこれは私たちの意思であり使命ですので、お父様のご期待に応えられることは出来ません」
「…」
ウォルターは今のリフィンの言葉を聞いて少し黙ってしまった。
頭の中で整理しているのか腕を組み数秒が経つと、ウォルターがまた口を開いた。
「お前たちの意思は理解した、しかし実力が伴わなければ私は認めん…リフならこの言葉の意味がわかるな?」
「はい、実力主義のお父様ですので言葉では説得できないのはもとより承知の上です…」
実力が伴なっていれば認めてくれるというのだ。 そうなれば簡単
リフィンは決闘を申し込む為、手袋を投げる代わりに椅子から立ち上がるのだった。
「つまり、クソ親父をボッコボコに出来る訳ね!」
「そう出来るといいがな…」
「いえ、今回は私単独で挑みます」
「え、なんでよ!?」
「お父様は伯父様と同じく土魔法の使い手です、近接戦を主にするお姉ちゃんは分が悪いですのでまだ勝率がありそうな私にやらせてください」
「…しょうがないわね、今回はリフに譲るわ」
「お前たち2人を同時に相手にしても良いが…良いだろう! リフの意思であるならば私は受けて立つまでだ」
「人の迷惑にならないように、場所は東門を出て門からエルルの森との中間あたりを希望します、日時は明日の正午、遅刻は不戦敗と見なします」
「望むところだ」
お互いが自分の意思や主張をぶつける為、こうしてリフィンとウォルターの決闘の日時がきめられるのであった。




