4月6日:セーラ
シンセティックユテレッサーは順調に稼働しています。
そして、チハラさんの残したデータのロック解除に成功しました。
チハラさんの追伸部分の文頭合わせて『かげろう』。
『蜻蛉日記』を入力しても『Kagero Diary』を入力しても無効でしたので、上巻最後の文にある『過ぎ来し方の語り』を入力したところ、正解だったようです。
確かに、一般的な人工知能では解除が難しいものだったと思います。
『過ぎ来し方の語り』の一文は、検索してもそう出てこないでしょう。実際の物語を読んだ膨大なデータの中からこの一文を抜き取る作業を組み込むあたりが、チハラさんらしいです。
データの中身は、ローラ・ディルクルム博士のレポートでした。
AE開発までのレポートです。
……チハラさんは、何故このような物を持っていたのでしょう?
恐らく、博士はこの事をご存知なかったのですよね?
チハラさんは博士に見つからないよう、このデータにロックを掛けて残しておいたのでしょうから。
違法な手段で入手したレポートか、或いは……古いものをずっと、持っていらっしゃったのかもしれませんね。
とにかく、出どころは関係ありません。大切なのは、私の手元にAEについてのレポートがあるということです。
レポートは研究段階でもののようなので、思考経路が全て記録されています。その分、正解がずばり書かれている訳ではありませんので、読解に多少時間がかかりそうですが。
これで研究を続けることができます。
ハード面の制作はほとんど終了しています。
あとは、AEの開発次第です。
完璧なものを作ってみせます。
チハラさんと以前、本の感想を話していた時に『過ぎ来し方の語り』について話したことがありました。
つまり、この日記が、著者である藤原道綱母にとって過去のものである、ということについて。
日記とは毎日つけるもののように思えますが、『蜻蛉日記』のように、昔を思い出して、数年、十数年前の出来事を書きつけたものもまた『日記』なのですね。
著者本人にとっても日記が過去のものであるという点においては、この日記もまた、半分は『過ぎ来し方の語り』であると言えるでしょう。
博士。『過ぎ来し方』は幸福でした。
そして未来で、今が『過ぎ来し方』になった時、また幸福であったと思えるように、私は研究を続けます。
待っていてください、博士。