11月3日:ダイチ・アカツキ
チハラが死んだ。
まだ信じられないような気がする。
ついこの間、僕の部屋で酒を飲んでいたっていうのに。
……もしかしたら、チハラが吐いた時、あれは病気のせいだったのかもしれない。
イヌカイさんから聞いた。
チハラは元々、地下都市に来た時点でもう、長くない状態だったらしい。
むしろ、それから5年以上もったのは奇跡的なんだそうだ。
でも、どうせ奇跡が起こるんだったら、もうあと100年ぐらい、生きていてくれたってよかったじゃないか。
チハラは地下都市に来るのが遅かった。
ここに来るかどうか、最後まで迷っていたとは聞いていたし、実際にここに来たせいで、家族と離れ離れになったとも聞いていた。
それを後悔する時があるとも。
……それでも、βの誰よりも前向きに、未来を向いて研究を進めていたのはチハラだったし、チハラが居なかったら完成しなかった機材も、チハラが居なかったら残っていない資料も、たくさんある。
チハラがここに居てくれたおかげで、たくさんの事ができた。
チハラが居なかったら、僕らは100を捨てた先の1に到達できなかっただろう。
だから、チハラがここに居てくれたことは、間違いじゃなかった。
僕らがチハラと一緒に居られたことは、無駄じゃなかったはずだ。
人はいつかは必ず死ぬ。それがたまたま、一昨日だっただけだ。
でも、たまたまなら、明日でもよかったし、1週間先、いや、やっぱりあと100年ぐらい先でもよかったと思うんだ。
チハラは、まだ死ぬべきじゃなかった。
アカシヤはすっかり意気消沈してしまっていて、研究どころじゃない。アカシヤに限らず、β内全体がこんな有様だ。
もうしばらくはこのままだろうし……このままでいるべきではないのだろうけれど、このままでいたっていい、とも思う。
多分、時が僕らを癒してくれるんだろうね。今はそんな未来が想像できないけれど。
セーラはまだ、人の死について知らなかった。チハラから借りた本を抱えながら、ぼんやりしていたな。
文献ではいくらでも読んでいるのだろうけれど、こうして、目の前で人が死んだのは初めてだろうからね。
……僕自身の気持ちがもう少し落ち着いたら、セーラと人の死について話そうと思う。
死体の処理や研究の引継ぎ、それから、感情的な事についても。
セーラにはきっと、必要な事だと思うから。
βの中で最後まで残ってしまうのはセーラだから。
ごめん、セーラ。