表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ONE WEEK  作者: K
8/31

木曜日 1

慣れは恐ろしい。

結局、昨日は、朝、寝ている成哉と、夜、寝ている成哉しか見ていない。

そして、今朝も、成哉は寝ている。

起こさないように、配慮して、そのままでかけようとしている自分が可笑しい。

そして、財布の中身を確かめている自分が可笑しい。

帰りに、24時間スーパーで、何か、食材を買おうとしているのだ。

何のため?

成哉が、料理するのを期待して?

美織は、ため息をついた。

考えすぎるとおかしくなる。

いつも、そうだ。

どうして?どうして?と、自分に問いかけていくと、自分が追い詰められて、おかしくなる。

深く考えない方がいいのだ。

成哉のように、流されるままに、生きた方が、人は、幸せなのかもしれない。


その時、小さなうめき声がして、

「あ、美織さん、おはよう。」

と、成哉が、こたつから、顔をだした。

「今日は起きれたんだ?」

「動くと、まだ頭痛いから、昨日も、一日、ほとんど寝てた。」

「記憶は?」

成哉は、だるそうに身体をおこしながら、

「全然。」

と、ゆっくり首を振る。

「何も思い出せない?」

「まったく…。」

そして、美織は、成哉が、ずっと、美織のジャージを着ているのに気がついた。

美織にとって、大きめな男性用Mのジャージは、成哉にとっては、若干小さめのようで、袖が手首まで届いていない。

「あなた、下着は?」

「はいてるよ。」

「当たり前じゃない、バカね。昨日と同じ下着、はいてるの?」

「もちろん、一張羅なんで。」

こともなげに、成哉は答える。

「気持ち悪くないの?」

「臭う?」

若いから、加齢臭のようなにおいはしないけれど、3日目になる。

「下着だけでも、替えた方がいいんじゃないの?」

「そうだね。」

成哉は、否定はしないが、神経質とは、対極に属するタイプらしい。

それが、元々の気質なのか、記憶を失ったことによる弊害なのかは、わからない。

「帰りに、スエットと下着を買ってきてあげるわ。他にいるものない?」

と、聞いた自分に、また、びっくりした。

人がいいにも、ほどがあるんじゃないか?

「ありがとう。美織さん、じゃ、歯ブラシと剃刀が欲しいな。」

答える成哉も成哉だ。

ずっと前から、この家に居付いているような自然な態度だ。

「剃刀って?」

「ひげそり。」

ひげは、濃い方ではないようだが、3日目になると、さすがに、無精ひげがはえていた。

「そりゃあ、いるわよね。」

美織は、自分自身に、言い聞かせるようにして、マンションをあとにした。


成哉の傍にいるときは、これが普通のことのように感じてしまう。

けれども、成哉から離れて、職場に行くと、やっぱり、これが普通じゃないと感じてしまう。

自然体の成哉は、美織のマンションに転がり込んでいることに、何の疑問も持っていない。

独身の女性のマンションに、ただで、居座っているというのに、罪悪感すら感じていない。

自分の昼食兼用の夕食を、美織に作っておくのが、唯一の恩返しと思っているのかもしれない。

が、それも、使命感などでもなく、ただ、自然にやっているだけのような気がする。

成哉の持つ自然に流されると、怪我をして、記憶を失っている男の面倒をみてやることすら、自然な行為だと思えてしまう。

けれども、一歩、その空間から外に出ると、やっぱり、おかしいんじゃないかとも思えてくるのだ。


職場のギスギスした空気を、直接、肌で感じると、世の中の人間は、いい人間ばかりじゃないと痛感する。

記憶喪失が演技だってことも十分ありうるのだ。

もし、本当に記憶喪失が演技だったら、成哉はどう言い訳するんだろう

もしかしたら、いきなり豹変して、暴力をふるってくるかもしれない。

襲われて、恥ずかしい写真を撮られて、それをネタに脅迫されるかもしれない。

美織を、思い通りに動かすために、ありとあらゆることを、やってくるかもしれない。

もはや、どこまでが妄想で、どこまでが一般的な、普通の危惧なのか、その線引きがわからない。

考えて、考える。

それでも、身体は、いつも通りの仕事をして、いつも通りの作業をこなしている。


幹部社員が、美織に声をかけた。

「乙羽美織さんね。明日から、私が担当になったから。」

木谷という幹部社員は、成哉と同じくらいの、20代前半の女だった。

この会社では、数字をあげるものが幹部になる。

高卒だろうが、中卒だろうが、学歴、経歴、関係なく、数字をあげさえすれば、幹部になれる。

彼女の場合は、高校中退だと噂で聞いた。

けれども、営業能力は、入社当時から非常に高く、人の1,5倍の受注を処理し、人の倍もの商品を売りつける。

仕事を初めて3年で、幹部になった、この会社内でのエリートだ。

営業能力が高いから、人間がえらくなったわけではない。

ここの幹部は、たたきあげられていない分、人間ができてはいない。

自分よりはるかに年上の社員を解雇できる権限を持つため、総じて上から目線だ。

めんどくさそうに、グループ分けの一覧表を見ながら、美織に伝える。

「一昨日までが試用期間だったのね。昨日からは、正式採用になってるから、受注Aグループの仕事は、もうすぐ終わり。来週からの時間のシフトは、とりあえずそのままだけど、グループが変わるから、そのつもりでいて。」

「はい。」

いよいよ夜勤業務と違う職種が入ってくる。

どの業務が先になるかわからないが、ますます厳しい環境になっていくはずだ。

営業が入ると、今以上に数字にシビアになっていくだろう。

けれども、美織には自信があった。

時間さえもらえれば、普通の人達に負けはしない。

絶対、数字をあげてみせる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ