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ONE WEEK  作者: K
6/31

火曜日 5

ピラフは、成哉の言う通り、意外にイケた。

不思議な感覚だった。

自宅に帰って、夕飯ができていたというのは、実家で暮らしていた頃以来だ。

いつも、一人だった。

帰ってきて、自分で、電気をつけて、買い物袋から、材料を取り出して、自分一人だけのために、自分の料理をつくる。

作ると言っても、ほとんどがレトルトだ。

冷凍ものや、チルドものも多い。コンビニ弁当の時もある。

半年の無職期間、食費を浮かすため、食材を買いはしたが、せいぜいカレーを大量に作って、1日ずつタッパーに詰めて、毎日、食べるくらいのことだった。

冷蔵庫に残っていたのは、そういうあまった野菜と少量の肉くらいだった。

「どう?」

楽しそうに、反応を見る成哉に、美織は、仕方なく

「美味しい。」

と答えた。

「良かった。」

と素直に破顔する成哉を、可愛いと思い、すぐに、そう思った自分を許せなくなる。

この男の思考回路は、一体どうなっているんだろうか?

何故、記憶がないのに、こんなにお気楽でいられるのか?

やっぱり、勘ぐってしまう。

記憶があるのに、記憶のないふりをしてるんじゃないか?

だとしたら、それはどうして?

美織を罠にかけるため?

それは、何の罠?

ヒモとして居付くとか、逆らうとDVしちゃうとか。

油断させといて、個人情報とか奪って、外国人とかに売っちゃうとか。

レイプが目的だとか。

顔は華奢だが、身体は、男の身体だ。男の力で、男の…。

考えると、どんどん怖くなってくる。

改めて、自分で、この状況をつくったことを後悔する。

でも、犯罪が目的なら…。

「ねえ、成哉くん。」

美織は、こたつから動かない成哉に声をかけた。

「何?」

罪のない笑顔で、成哉が答える。

「友達に、成哉君の顔写真送って、見覚えある人いないか、みてもらおうと思うんだけど…。」

犯罪を考えてるなら、まず、写真はとらせない。

そして、友達に送るって言ってるんだから、ばらまかれるのは、嫌がるはず。

そう思った瞬間

「いいよ。」

と、あっさり返事がかえってきた。

「え?」

「上手く撮ってね。」

「いいの?」

「うん。」

「あ…そう。」

拍子抜けする美織に、あくまで成哉は、楽しそうだった。

「俺を知ってる人がいたら、色々教えて欲しいよね。」

携帯を向けると、ピースサインをつくって、にっこり笑う。

仕方なく数枚とった。


けれども…。

美織は、写真を保存しながら、考える。

友達に送るって、誰に…?

美織に、こんなことを頼めるような友達が、今は、いないことに、気が付いた。

男が転がり込んでいるこの状態を、相談する相手など、いないのだ。

家族はいるが、母は数年前に病死し、兄と兄嫁が、実家に帰って、父と一緒に暮らしている。

兄嫁とは、そりがあわない。

温和な兄は、強い女に憧れていたのだろうか。

ズケズケと物を言う兄嫁に、美織は、いつも傷つけられる。

常に上から見下ろすような兄嫁の言動に、何度も嫌な気分にさせられた美織は、いつしか、実家にも戻らなくなってしまった。

二人きりの兄妹だった。

小さい頃は、あんなに仲が良かったのに、嫁をもらい、子どもができると、その家族が第一になってしまうのか。

兄からの連絡も、もう1年以上もない。

今のコールセンターに勤める前は、大手の会社の事務だった。

新卒で、そこそこの給料をもらい6年務めた。

このマンションは、駅からは少しはなれた場所ではあるが、一般女性が一人で暮らすには、割と広めの綺麗なマンションだ。

両角部屋が、2LDKで、中部屋は1DKと1LDKがある。305号室の美織は1DKだがキッチンも、8畳あり、テーブルで食事をとることができる。

部屋も8畳あり、ベッドを入れて、小さめのこたつを入れても、まだ、ベランダまで、楽に通れるスペースがある。

それもこれも、勤続6年の実績のたまものだ。

衣食住の中で、住に一番お金をかけたのだ。

衣に関しては、安い、高いの問題ではなく、清潔感だけを心がけている。

どんな小さな出ごとでも、美織は、化粧と髪のセットだけは欠かさない。

コンビニに行くだけでも、美織は化粧をし、髪を整える。

そして、外出着に着替えて、ハイヒールを履く。

これは、美織のこだわりだった。

衣服に大金はかけないが、きちんとした格好に対しては、誰よりもこだわった。

お金をかけていなくても、上品さは演出できる。

そんな美織の目指す上品さに、このマンションは、ピタリとあてはまった。

2年前に、この憧れのマンションに引っ越した。

このマンションの住人は、前のアパートの住人たちに比べると、少し裕福で余裕があるのか、こぎれいで、礼儀正しくて、住民同士のいざこざもないかわりに、交流もなかった。

4年暮らしたアパートでは、それなりに、立ち話をするくらいの知り合いもできていたが、このマンションでは、エレベーターで、一緒になる以外に、顔をみることも少ない。

同じ時間帯に、出勤したり、帰宅する住人以外は、2年たった今でも、ほとんど顔を知らなかった。

しばらく考えた美織は、やがて、何をすることもなく、携帯をテーブルに置いた。




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