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ONE WEEK  作者: K
5/31

火曜日 4

仕事が、終わり、いつも通りの時間で帰宅する。

美織は、大きくため息をついた。

帰るのが怖い。

帰った時、あの男の変貌を想像するのが怖い。

もし、記憶が戻っていたら?

美織は無事でいられるんだろうか?

もし、手癖の悪い男だったら?

通帳と印鑑を置きっぱなしで出てきた事を、美織は激しく後悔していた。

帰ってきて、部屋に入ると、通帳も印鑑も、それどころか、家財道具全部なくなっていたら?

想像は、どんどん悪い方へ膨らんでいく。

美織は考える。

いつも、考える。

けれども、考え、考え、考え過ぎると、途中から、それ以上、考えることができなくなる。

考えがどんどんふくらんで、真っ白になってしまった頭で、3階の自宅に帰ってきた。

帰ってきてしまった。


恐る恐るドアを開けると、奥のワンルームには、電気が、ついている。

まだ、居る?

それは、朝と変わりない風景だった。

とりあえず、美織は、ホッとする。

想定した最悪の状態ではなかったからだ。

家具も全て、朝のままだった。

けれども、姿が見えない。

やや広めのキッチンは、美織が、朝出勤する前より若干片付いている。

そして、そのキッチンテーブルの上には、どうやら、ピラフらしきものが存在し、ラップでくるまれていた。

美織は、そろりと、部屋を覗く。

部屋は、左手にベッド、右手にこたつがあるが、こたつが一部こんもりしている。

「御堂、成哉くん?」

そっと、耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「それまで、寝てていい?」

と、朝、言っていたことを思い出した。

本当に寝ていた。


どうしたら?

これから、どうしたら?

成哉は、朝と同じジャージ姿だった。

多分、部屋から出てはいないのだろう。

鍵は、当然、渡していないし、オートロックだから、一度出たら、戻ってこれない。

成哉が熟睡していることを確かめて、美織は、急いで鍵の予備と通帳と印鑑を取り出すと、風呂場に行き、通帳を確認し、全ての貴重品を鞄にしまい込んだ。

トイレに行くにも鞄と一緒だった。

自分の家でありながら、こんなに警戒している自分が情けない。


トイレから鞄と一緒に出ると、

「あ、美織さん、おかえり。」

ようやく、気配に気が付いたのか、成哉が大きく、伸びをしながら起き上ってきた。

「ホントに、9時なんだ。大変だね。何の仕事?」

何事もなかったように、普通に、呑気に聞いてくる。

「コールセンターのオペレーターだけど…。」

素直に答え過ぎる自分を、また、反省する。

「ふうん。」

けれども、それを聞いても、成哉は、あまり反応を見せなかった。

コールセンターのオペレーターという職業に、あまり馴染みがないせいなのかもしれない。

いや、そもそも、記憶喪失だし…。

「あなた、記憶は?」

のんびりと笑顔を見せている成哉に、核心を聞いてみるが

「なかなか、思い出せないもんだね。」

と、他人事のように、首を傾げた。

「何も思い出さないの?怪我した理由も?」

「うーん。酒、飲んでたみたいだよね。」

「そうよ。お酒のにおいがプンプンしてた。」

「あそこらの居酒屋で、酒、飲んで、酔っぱらって、どっかに頭、ぶつけたのかな?」

「そうかもしれないわね。」

「じゃ、怪我が治ったら、あそこらへんで、俺を見たことないか、聞いてまわった方がいいのかな?」

「そうね。怪我が治ったら、そうした方がいいのかもね。」

と、のんびり答えて、美織は、成哉のペースになっていることに気づく。

怪我が治ったらって、何?

怪我が治るまで、ここに居すわる気?

何で、こんなに、平和にのんびり語る空気になってんのよ?

とにかく、いつまでも、こんなとこに、置いて行くわけにはいかない。

だいたい、本当に、この男が記憶喪失なのかどうかすらも、わからないのだ。

演技をしているだけかもしれない。

ベッドに腰かけ、じっとり成哉を観察しようとすると

「美織さんて、脚がきれいなんだね。」

と、いきなりかまされる。

こたつに座っている成哉の目線の高さに、丁度、ベッドに腰掛けた美織の、短パンから見える脚がはいりこんだのか、素直に感嘆している。

「馬鹿なこと、言わないで。」

と、思わず立ち上がる美織は、頬が赤らんでしまっている。

こんなに素直に褒められたのは久しぶりかもしれない。

けれども、騙されてはいけない。

こんなに、安直に、人を褒めるなんて、軽い男のすることだ。

だいたい、こんな状況で、こんなに呑気になれるなんて、おかしくない?

成哉のいう事を信じるならば、わかっているのは、名前だけ。

着の身着のままで、荷物もない。

昨日、高架下にいたということ以前の記憶は何もないというのに、どうして、この男は、こんなにのんびりできるんだろう?

「不安じゃないの?」

「何が?」

こたつに入ったまま、ニコニコしながら無邪気に見上げる成哉の顔は妙にあどけない。

そのペースにつられて、また、ほっこりしそうになる美織は、心の中で、ブンブンと首を振って、気持ちを引き締めた。

正体は、わからないのだ。

「自分が何者かもわからないのに…。」

「そうだね。」

と、言いつつ、成哉は、全く動じる気配もない。

こいつ、無双のポジティブなのか?

それとも馬鹿なのか?

「俺が何もんなのかって、不安は、ないこともないけど、今、考えてもしょうがないでしょ?凄く悪い奴なんだとわかったら、落ち込むだろうし、凄くいい奴だとしたら、喜ぶことになるんだろうね。今は、わかってないんだから、無駄なリアクションは必要ないんじゃない?」

「???」

美織は愕然とする。

思考パターンが全然違う。

何だ?この、異常なまでの楽天的思考は?

記憶喪失なんだけど。

「記憶喪失なのよ?それとも、実は、そうじゃないの?」

怪しむ美織に、成哉は明るく笑った。

「記憶がないってことは、事実だから、記憶喪失じゃないの?」

美織は、大きくため息をついた。

「ねえ、人が人であるのを認識できるのは、記憶があるからじゃないの?記憶があるからこそ、人は人だって言えるんじゃないの?生きてきた記憶がなくなるって、そんなに軽いこと?」

成哉は、目を丸くする。

「難しいこと言うね。美織さん。」

純粋に、驚いた顔だ。

けれども、成哉は、笑いながら反論する。

「生きてたって記憶はあるよ。」

「どういう意味?」

「ご飯食べたり、風呂入ったり、食事つくったりできるってこと。これは、身体が覚えてる。今まで、生きてたって記憶だよね。」

「…。」

「だから、俺は、少なくも、今まで、普通に人間として、暮らしてきてたんだ。」

「そうか。」

と、うなづきかけて、慌てる美織。。

納得するんじゃない。

そうこうことじゃないでしょ。

「テレビのつけ方も、こたつの使い方も、シャワーの浴び方も、包丁の使い方も分かってる。多分、俺は、普通に、人として、過ごしてきてたんだと思うよ。」

「そういうことじゃなくて…。」

言いかける美織の言葉を

「そうだ!!」

と、成哉は、急に思い出したように、遮った。

「ピラフ作れたんだ。俺、多分、自炊してたんじゃないかな?美織さんのも作ったんだ。食べてみてよ。」

「あ?」

あれ、私のだったんだ…。

「わりといけるよ。」

成哉は、そう言って、にっこり笑った。



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