火曜日 2
朝になった。
美織が、目を覚ますと、ベッドの隣には、小さなこたつにはいりこんで、座椅子を枕にして寝ている男の姿がある。
夢じゃなかった。
さて、どうしようと、美織は考える。
仕事に、行かなければならない。
この男を置いて?
そんなこと、できるわけがない。
美織は、この男、御堂成哉が目を覚ます前に、着替えを済ませ、メイクをし、出社準備を整えた。
成哉は、まだ熟睡している。
その寝顔は、あどけなかった。
東に窓のあるこの部屋では、朝日が昇ると同時に洗濯物が日に当たる。
昨晩の雨が嘘のように、今日はカラリと晴れていた。
もう、かなり乾いている。
急いで、昨日の夜、外に干した成哉の服を取り込んで、美織は、成哉の肩をゆすった。
「ねえ、起きて。私、仕事があるのよ。」
「んー。」
と、目をあけた成哉は、ぼんやりした目で、
「ここ、どこ?」
と、聞く。
記憶が戻った?
美織が、顔を覗き込むと、
「ああ、美織さん。」
と、溶けるように笑った。
一瞬、どきりとする。
「美織さんの仕事って、何?」
記憶喪失という、重大な疾患にかかっているに関わらず、この御堂成哉という男は、えらく呑気だった。
「それより、あなたでしょ。記憶は?」
成哉は、首を傾げ、宙を見た。
「昨日、美織さんに会った時からしか…。」
「本当に、何も覚えていないの?頭の怪我は?」
「そういや、頭がガンガンすると思ってた。美織さん、何時頃、帰ってくるの?」
「多分、夜の9時頃。」
「それまで、寝てていい?」
「え?」
身体はでかいが、この男、甘え慣れている?
断られるなんて、思ってもみないのか、にっこり笑って、美織の返事を待っている。
「ここにいるつもり?」
「うん。記憶ないし…。」
当たり前のことのように、返事する成哉に、美織は唖然とする。
成哉は、よっこらしょと立ち上がり、にこにこしながら、美織を見送ろうとする。
成哉の大きな身体が近づいてくると、無意識にパーソナルスペースをあけてしまう美織は、そのスペースを保ったまま、玄関に追いやられてしまい、
「行ってらっしゃい。」
罪のない笑顔を見せられて、
「じ、じゃあ、冷蔵庫の中のもん、適当に食べていいから…。」
と、言ってしまった自分に激しく後悔した。