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面倒くさい女

 部屋へ入るなり扉に鍵を掛ける僕を、女騎士が怪訝そうに見上げた。ここまでおとなしく付いてきたのは自分の腕っぷしに自信があるからなのか、それとも本当にわかっていないのか……このようすでは、後者なのだろう。


「ここで、話し合いするのか?」

「そうだよ。どうしたの、緊張してる?」


 抱き寄せた身体から、彼女の早鐘のような心臓の鼓動が伝わってくる。

 だが、しっかりと手を離さずに笑顔で答える僕を見て、彼女は顔を顰めてしばし考えると、おもむろに部屋の中をあちこち見回した。少々手狭な部屋の片側に寄せてベッドが置かれ、そばに小さなテーブルと椅子もある。この手の宿にはよくある個室だ。

 彼女は大きく深呼吸をすると、そのベッドサイドの椅子にどかりと腰を下ろす。

 女のくせに少し乱暴なくらいの雑な所作だった。


「わかった、話し合いだな」


 ようすの変わった彼女は背を伸ばし、強い視線で僕を見返した。さすがは女騎士といったところか。


「じゃあ、まずあなたの名前を教えてもらえるかな? 僕はミーケル」

「エルヴィラ……エルヴィラ・カーリス」

「エルヴィラか、いい名前だね」


 虚勢なのか何なのか。

 キッと睨みつけるエルヴィラの頬を、僕は指先でさらりと撫でた。

 とたんにぴくりと身体を揺らす彼女の耳元に屈みこんで、僕は「じゃ、話し合いをしようか」と囁くと、エルヴィラは不安そうな顔を上げた。


「その、話し合いって……」

「うん?」


 僕にじっと見られているからなのか、彼女はきょときょとと落ち着かなげに瞬きをする。しばし躊躇して、それから意を決したような面持ちで口を開く。


「話し合いって、まずは何からだ」

「そうだね、まずは、お互いの理解を深めようか」

「理解?」


 にんまりと笑う僕に、彼女は意味が分からないという表情を返してきた。


「理解って、何の理解を深めるんだ」


 あくまでも初心な態度を崩さないエルヴィラに、若干の違和感も感じる。だが、ここまでついて来てそれはないだろう。単に、比喩的な表現に慣れていないだけか。眉を顰めて不審げに呟く彼女に顔を寄せ、「それはもちろん」と、その耳を甘く食む。


「――っひ?!」


 びくっと背を逸らすように目を剥くエルヴィラが、あわあわと顔を真っ赤にして狼狽えるさまは、やはり小動物だ。


「も、もちろんって、もちろんって!?」

「深める理解なんて、ひとつしかないでしょう?」


 首を傾げ、顎に手を掛けて、僕はエルヴィラの唇を塞いだ。


「んっ!?」


 頭の後ろをおさえ、逃げられないようにして舌を滑り込ませ、深く深くキスをする。じっくりと味わいながら、伸し掛かるような体勢を作り、もう片手を忙しく動かし、エルヴィラの服を緩めていく。


「ん、ん、んんっ、んーっ!?」


 エルヴィラは焦ったように唸るばかりだ。正直、色気も何もない声は、もう少しなんとかならないのかと思う。これではムードも何もあったものじゃない。

 騎士服の前を開き、直接肌に触れようとして……ああ、やっぱりなと思った。触れたときの感触でそうだろうなとは思っていたとおり、剣を持つ女がよくやるように胸に布を巻いていた。面倒くさい。


「布なんか巻いちゃって……」


 唇を離して、思わず呟いてしまう。任務中とかじゃないんだから、布くらい解いてから来ればいいのに。

 だいたい、力いっぱい潰し続ければ胸の形だって悪くなってしまうのだ。押しつぶしていてもこれだけあるのだから、モトはそれなりのモノだろうに、もったいない。


「ひ、な、なんで……っ!? は、話し合いって」

「だから、大人の話し合いでしょう?」


 僕はあくまでもにこやかに頷いて、再度エルヴィラの唇を塞いだ。

 ばたばたと慌てる彼女をよそに、続きとばかりに胸をしっかり覆った布の端っこをするりと外し、解いていく。ぎゅうぎゅうに締め付けられていたはずの胸が現れてみると、意外に豊満で立派なものだった。


「こんなに綺麗で柔らかいのにぎゅうぎゅうに押し潰しちゃって、もったいないことするなあ。潰れたまま固まったらどうするの」

「うっ……な、な」


 エルヴィラが息を呑む。(ほぐ)すように胸に触れながら、今度は首筋から鎖骨へとキスを落とし……急に、エルヴィラのようすが変わったことに気が付いた。


「う、うぅ」


 ひくっとしゃくりあげるように息を吸い込むそれは、まるで、まるで……


「って、何、どういうこと?」


 エルヴィラは顔を真っ赤にしたまま、血が滲むくらいに唇を噛み締めて嗚咽を堪え、唸りつつ涙を流していたのだ。


 いったい何なんだ。忘れられずに追いかけて来たというから、それなら思い出のひとつでも作ってやればいいと考えたのに。なら、何が目的なのか。

 だいたい、嫌がるそぶりだけならともかく、泣く女を無理やり手籠めにというのは僕の趣味ではない。これではまるで僕が襲っているみたいじゃないか。


「なんか興が削がれたな」


 すっかり気が萎えてつまらなくなった僕は立ち上がった。ベッドの上の毛布を取ってエルヴィラの頭の上からばさりと被せる。


「さすがに、泣いてる子を無理やり押し倒すのは趣味じゃないんだよねえ」


 溜息をひとつついて溢すと、僕は呆れを隠さずにじろりとエルヴィラを見やる。


「――あのさ、君、何しに来たの? 責任て、じゃあ何のことさ」

 ほんとうに意味が分からない。抱いてほしいわけじゃないなら、僕にいったい何を期待していたというのか。


「あ、う、都、で、私の、はじめて、を」

「その“はじめて”って何のこと? 君こそ、今が“はじめて”なんでしょ?」


 びくりと震えるエルヴィラは、きっと図星なんだろう。


「そんな初心(うぶ)い反応なんて今時ないよ。奪って欲しいのかと思ったら、違うみたいだし、いったいどうしてほしいのさ」

「……だって、だって」


 毛布を被ったままぐずぐずと泣くエルヴィラにイラッとする。何が“だって”だというのか。未だ処女のくせに“嫁に行けない身体にした”とはいったい何の言いがかりなのか。ふざけてるのか。

 ふん、と鼻を鳴らして、それからにやりと笑って、僕はまたエルヴィラへと屈みこんだ。毛布の上から顔を寄せ、「何?」と囁く。


「それとも、今ちょっとビビっちゃっただけだから、やっぱり続きがしたい?」


 毛布の下で、またもやびくっと震えるエルヴィラを抱き寄せてやると、ひっと小さく声を上げた。


「僕としてはヤるでもヤらないでもどっちでもいいんだけどさ」

「や、や、や、やるって」

「大人の話し合いに決まってるだろう?」


 しっかり抱きしめたまま低く囁いてやれば、竦み上がってブルブルと震えていた。そのようすも、まるで小動物だ。


「そっ、それ、たぶん、話し合いじゃ、ないしっ!」

「ええ? 話し合いだよ?」


 思わず笑ってしまう僕に、エルヴィラは毛布の中で、こんなの知らないとかなんとかと、途方に暮れたように呟いていた。


「そもそもさ」


 がらりと声のトーンを変えて、僕はじろりと毛布の塊を見つめる。


「責任責任って言うけど、君、僕に何をさせたいの? だいたい、処女のくせにここまで来てやっぱやめって、僕にどういう責任を求めてるの」

「な、だって、お前のせいで……」


 もぞもぞと毛布が動いてエルヴィラが顔を覗かせた。

 僕も、もう呆れは隠していない。濡れた目を擦り、なんとか言葉を探そうとするエルヴィラを、嘲るように笑ってみせる。


「僕のせいで、なんだって?」

「せっかく得た姫の護衛騎士という役目がなくなって」

「うん?」

「お前が私にしでかしたことで、私が純潔でないという話になって」

「うん、で?」

「父上に、家が被った諸々の責任を取れと、勘当された」

「それが全部僕の責任って?」

「そうだ」


 ふん、と鼻を鳴らして、小さく「なんだそれ」と呟いた。


「……都の侯爵家の姫様、ねえ」


 じっと目を眇めてエルヴィラを見下ろしながら、侯爵の姫君、侯爵の姫君……と考えて、ああ、あれかと思いだす。

 落ち着かなげにしきりに身体を動かしながら、エルヴィラは上目遣いに僕を見つめていた。まるで、僕が彼女を責め立てているかのような表情だ。


「なんとなく思い出したかな。あの、身分と顔の造作だけで、よくもまああんなに増長できるもんだと感心した姫様のことだよね」

「な、なっ! 姫様のことを……」

「当たってるでしょ? よりによって“愛人になれ”だもんね。ストレートすぎて、さすがの僕もびっくりだよ。もうちょっと婉曲な表現だっていろいろあるだろうに。

 誰も異議を唱えないことにもびっくりだ。あの姫様、終わってるよね。侯爵閣下も子育て大失敗だ」


 今思いだしてもあれには呆れる。成人前であれなら、成人したらいったいどうなってしまうのか。それとなく耳にした話では、そろそろ身持ちの悪さも噂になっているようだけれど。


 くっくっと思い出し笑いをしていると、エルヴィラはびくびくと周囲を伺うようにぐるりと見回した。都でもないこんな田舎にまで、いかに都の“十大貴族(メイヤー)”たる侯爵家だろうと、何かできるわけがない。


「君はラッキーだったんじゃないの? あのままあの姫様のそばにいたって、たぶんいいことなんかひとつもなかったと思うよ」


 僕の言葉にエルヴィラは黙り込む。その表情を見れば、彼女自身だってそう感じていたのだと丸わかりだ。

 なんだってあんな姫に仕えることになったのかは知らないが、カーリスという家名があの戦神教会のカーリス家なら、ずいぶんと落ちぶれたものではないのか。あそこの現当主は入婿だと聞いているし、もしかしたらそのせいなのではないか、などということまで考える。


「君の父上だって、そんなくだらないことで君を勘当するんだ、器の大きさもたかが知れてるってことだろ? 大事な娘を守る気概もないヘタレ親父ってことだ」


 唖然と口を開けたままのエルヴィラに、返す言葉はないようだ。かの名高い猛将司祭が健在だったら、きっと、もっと違った結果になっていただろうと、少し気の毒に思う。気の毒には思うが、僕には関係ない。


「よかったじゃないか。君はそういうダメダメな環境から自由になったってことなんだよ。どこにいようと、何をしようと、君の心のままにってことだ」

「な、なんて……」


 目を白黒させるエルヴィラに、そうだ、と考える。

 あの時のことを“はじめて”と言っているなら。


「それに、君の言う“はじめて”って、もしかしてこれのことかな?」


 僕はすっと屈んだ。エルヴィラに視線を合わせて蕩けるように微笑んで、呆然としている彼女と唇を合わせる。するりと舌を入れて、ひとしきり中を蹂躙し、味わった。


「ん、ん、んんんんっ!」


 いきなり我に返ったのか、真っ赤になって狼狽えるエルヴィラの頭の後ろを抑えた。逃げられないように追い込んで、さらにしっかりと深くキスをする。じっくりと隅々まで味わい終わったところでようやく離し、ぺろりと唇を舐める僕の前で、エルヴィラははあはあと息を荒げていた。


「キスの時は目を伏せるものだって、教わらなかった?」

「そ、そんなの知ら……も、4、回も……うっ、こんな……うっ、うう……」


 今度こそしゃくりあげて泣き出すエルヴィラを、ふん、と鼻で笑い飛ばす。


「カウントなんかしてるんだ? そんなに嫌なら、犬にでも噛まれたと思って数えなきゃいいだろ」

「そん、そんなの……うっ」


 ぐずぐずと嗚咽を漏らすエルヴィラは、ほんとうに、こんなところまで追いかけてきて何をしたかったのか。呆れずにいられない。


「……君、相当箱入りだったんだね。あの姫様なんか、足元にも及ばないほどに」


 しかたないなと溜息をついて、僕は彼女の目蓋にキスをした。毛布にぐるぐる巻かれたまま震えて泣くエルヴィラを抱え上げた。


「あ、う、何、何を……」


 ベッドにそっと寝かされて真っ青になるエルヴィラは、やっぱり震えているばかりだった。こんなざまで、ほんとうに騎士なのか。あきれつつ「大丈夫」となだめるように微笑んでやると、赤面してそっぽを向いてしまった。


「何もしないよ。でも、今夜の抱き枕役くらいはやって貰おうかと思って」


 僕は転がしたエルヴィラの横にごろりと横になった。毛布ごと抱え込むと、硬直したまま動けずにいる彼女はほんとうに初心(うぶ)だ。

 顔をこちらに寄せ、身体に押し付けるように抱き込んで「どうしたの」と囁いてやると、首まで真っ赤になって、おとなしくされるがままとなっている。

 ほんとうに初心だ。子供か。

 つい笑いながら、「眠れないなら子守唄でも歌ってあげようか?」と、背中をとんとんと軽く叩いて低く囁くように歌ってやれば、たちまち眠りに落ちていった。

 やっぱり子供か。




「さて、どうしようかな」


 すうすうと穏やかな寝息を立てて眠るエルヴィラは、あの面倒くさい言動さえなければと思えるくらいには……。


「ま、ないか」


 僕は、は、と吐息を漏らす。

 数日かけて言いくるめていただいてしまうこともちらりと考えたが、どう考えてもその後が面倒くさい。


 なら、やっぱりこっちか。


 念のため、魔法の眠りで後押しすると、僕は荷物をまとめてさっさと部屋を出た。

 既に1泊分の部屋代は支払い済みだが、そのくらいは餞別にしてやろうということにする。夜はまだ浅い。ここは早いとこ逃げ出すに限るのだ。

 肩を竦めて宿を後にして、さてどうしようと考える。


「ああ、今夜は野宿か」


 もう夜だ。

 町の門は閉まっているが、ここは都ほど監視は厳しくない。

 僕は魔法でそっと町の外壁を超えると、煌々と明るく輝くふたつの月の下、ゆっくりと街道を歩き始めた。





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