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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“三首竜の町”

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幕間:冒険者になろう

「おい、あんた、その頭……」

「もう邪魔なだけだから切った」


 朝、宿の食堂に顔を出したエルヴィラの姿に、アライトは絶句した。

 おそらくは、後ろでひとつにまとめてバッサリ切っただけなのだろう。腰近くまで長かったはずのエルヴィラの髪は顎のあたりでざんばらに切っただけの、見るも無惨な状態だった。

 人間の女の髪とは、きれいに手入れをしながら長く伸ばすものではなかったのか。どんなに雑で乱暴なエルヴィラだって、毎日きちんと手入れをしていたようだったのに。

 こんなのあの男(ミーケル)が目にしたら、いったい何て言うだろうか。


「それから、私は今日から“ヴィン”って名乗るぞ」

「ヴィン? なんで?」

「私はもうこんなナリになってしまったからな。カーリスの家名を名乗って父上や兄上たちに迷惑を掛けたらまずいんだ。

 それに、ミケに見つかったら困るだろう? あと……そうだ! あの、太陽神の教会も追いかけて来るかもしれないからな!」


 リスの姿のままのアライトは、ぱかんと口を開いたままじっとエルヴィラを見つめた。まったく何も考えずに飛び出してきたわけでもなかったのか、と。


「そうだアライト。荒地の北のほうに冒険者の町があるって聞いたことがあるんだ。お前は知ってるか?」

「いやまあ知ってるけど……あんたまさか冒険者になるつもりか?」

「ああ。だって、このナリじゃ護衛騎士は続けられないだろう? なら、あとは警備兵とかだけど、さすがに後ろ盾もない悪魔混じりじゃ難しいと思うんだ。ああいうのは、信用が一番だからな。

 でも、私が稼げそうなのは剣くらいだし、なら、冒険者が一番手っ取り早いと思うんだ。何しろ私はお前()と一騎打ちで勝ったしクラーケンだって仕留めたんだ。腕には自信があるぞ!」


 にやりと笑うエルヴィラは、どうやらいろいろ吹っ切ってしまったらしい。

 たしかに、悶々と悩んで落ち込んだままというのはらしくないが……。


「それにここだけの話だが」

「なんだよ」


 まだあるのかと目を細めるアライトに、エルヴィラは得意げに胸を反らす。


「どうも、腕力とか体力とかが前より上がったみたいなんだ。身体が変わったせいなのかな。今なら、上の兄上との腕相撲勝負も次の兄上との走り込み勝負も、いい線行きそうな気がするぞ。

 さすが私だな。悪魔相手に転んでも、ただでは起きなかったというわけだ」


 くっくっくと笑うエルヴィラに、前言撤回とアライトは溜息を吐く。

 実のところ、アライトが一番心配だったのは、こんなことになってしまったエルヴィラが「己の変わり果てた身体を悲嘆し世を儚んで」という展開だった。

 ミーケルは一笑に付したのは正しかったということか。これならたしかにそんな心配なんて必要無い。

 改めて考えてみたら、あの町を出てから毎日、鍛錬だと言っては走り込みだの手合わせだのにアライトを付き合わせていた。

 世を儚むような心境の人間が、そんなことするものか。


「――あんた、冒険者はいいけどさ」

「おう! 私は冒険者になるって決めたんだ、文句は言わせんぞ!」

「言わねえよ。言わねえけど、あんたはどこに行けば依頼があるとか知ってんのか? それに、依頼料とか一時的に組む相手との分け前の交渉とかは大丈夫なのかよ」

「む、そんなのあるのか? 滅法強いという私の評判を聞いた金持ちが、是非ともって金貨を持って依頼に来るんじゃないのか?」

「そんな都合良く行くかっての。そもそもあんた、家の名前は出さずに稼ぐんだろ? なら、あんたは名声ゼロのゴミ戦士からスタートってことになるんだぞ」

「なんだと!」


 どうやらエルヴィラの頭の中では、ちょっと戦って剣の腕さえ見せつければ向こうから依頼が選り取り見取りに寄ってくるはずだと、見事なお花畑が展開されていたらしい。


「それは話が違う!」

「違わねえよ!」


 ミーケルは、よくもまあコレ(・・)に呆れず付き合ってたもんだな、とアライトは感心せずにいられない。とはいえ、コレ(・・)を気に入ってしまったのはミーケルのほうなのだ。それならしかたないのだろう。


「わかったよ。乗りかかった船だ。

 冒険者なら、“一攫千金の町”ってのがあるから、そこに連れてってやる。

 たしか、五十年くらい昔だが、俺も人間に混じって冒険者みたいなことやってたことがあるんだよ。さすがに知ってる人間はいねえと思うけど、まあ、やり方なんぞたいして変わってねえだろうし、ちゃんと教えてやるさ。

 俺は面倒見がいい竜だからな」

「なに!? お前、意外といい竜だったんだな」

「今までなんだと思ってたんだよ。背中にだって乗せてやっただろ」

「ああ、そういえばそうだった!」

「そういえば、じゃねえだろ……」


 エルヴィラが期待の籠もった眼差しでアライトを見つめる。

 雑だし乱暴だし、何かというとすぐ腕力にものを言わせようとするけれど、アライト自身もエルヴィラのことは嫌いじゃない。

 むしろ、こういう人間と付き合うのは楽しいとすら思う。


「ちっと早いけど“一攫千金の町”に向かうか?」

「ああ! 向かう! また背中に乗せてってくれるんだよな!?」

「しかたねえから乗せてやるよ。一度も二度も、同じだしな」

「やった!」

「じゃあ、一足先に町の外で用意しておくから、あんたは勘定済ませてから来いよ。ここへ来た時に降りた場所で待ってるぞ」

「任せろ!」


 食事もそこそこに切り上げたエルヴィラは、さっそく女将に声を掛ける。それを確認したアライトは、今度は小鳥に姿を変えて窓から飛び出した。

 待ち合わせ場所についたら、長距離を飛べる鳥にミーケルへの伝言を頼まなきゃならない。きっと……いや、絶対に彼女を追いかけてくるだろうから。


「俺らも俺らの末裔も、しつこさには定評があるってもんだしな」


 遠く、南の空へと目をやって、アライトはやれやれと独りごちた。


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