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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“三首竜の町”

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変容

「宝剣が鍵だったのか」


 少し呆然と呟く王太子に、僕は無言で頷く。

 あの影に応戦しながら見つけたのは、床にしっかりと刻み込まれた紋様だった。その中心にあるスリットは宝剣の刀身と同じ幅で――いかにも(・・・・)なそれを目にした僕の頭には、即、とある伝説が浮かんだのだ。聖剣を鍵として魔物の封印をした、という伝説だ。


「まさか、宝剣にそのような役目があったとは、想像もしなかった。三つ首の竜は滅ぼされたはずで、それ以外にこのような堕天が封じられているなどどこにも伝わっていなかったのだぞ」


 アルフォンソ王太子は大きく溜息を吐く。

 “大災害(ディザスター)”後の混乱を収めるために宝剣を持ち出した時、庶子だった四代前の王はこんなことになると考えもしなかったのだろう。

 こんな厄介なものを封じていたのだ。伝わっていないはずがない。

 しかし、“大災害”で城は崩れ、直系の血も絶えていた。失われた過去の記録の中には宝剣の役割を伝えるものもあったのだろうが……。


 宝剣はきっとここに突き立てられていたのだ。“大災害”後の混乱と戦乱は激しかったから、当時はなぜここに宝剣が残されていたのかなんて考える余裕は無かったのだろう。いや、うっすらとわかってはいても、国内を鎮めるのが先だと、あえて無視したのかも知れない。


 あたりの闇と瘴気は消えて、全員がようやくほっと息を吐く。

 宝剣の封と同時に糸の切れた操り人形のようにぐったりと動かなくなったエルヴィラに、高神官が「応急処置です」といくつかの神術を立て続けに掛けた。

 エルヴィラの髪は黒く変わったままだ。

 高神官も魔術師長も探知系の呪文をいくつか唱えて、エルヴィラの状態をつぶさに観察する。


「“変容”が起こっている可能性が高いですね」

「――変容、か」


 この世界(アーレス)に生きるものがおおいなる力あるものに触れると、それが善いものであれ悪いものであれ、影響を受けずにはいられない。

 この世界にあるすべてのものにおける常識だ。

 あの蔦に引きずり込まれたエルヴィラは、間違いなくあの堕天に触れてしまった。だから、堕天に寄せられるように身体が変容を起こしてしまった。

 あの堕天が、どれくらいの……たとえば、悪魔(デヴィル)ならどの程度の階級になるのかはわからない。だが、“堕天”となった聖なるものは、得てして大きな力を持つものだ。


 ――だから、エルヴィラの心や魂までを変えてしまった可能性だって。


 伝説には、悪神に直接触れられて悪魔(デヴィル)に変わった者も語られている。悪魔大公(デヴィルプリンス)に触れられて悪魔混じりに変わり、性質までが悪に堕ちてしまったものも語られている。


「彼女が目覚めてみなければ断定はできませんが――あの“堕天”の力は本来よりも弱められていたと考えられます。であれば、彼女にもたらされた変容も、魂までには至っていないかもしれません」


 慎重にエルヴィラを診ていた高神官が告げる。


「ただし、彼女が本当に魂の変容までは免れているか……しばらく、そう、最低でも数年は教会に留め置いて、慎重に判断するべきでしょう」

「留め置く?」

「はい。結果によっては封じねばならないかもしれません」


 息を呑む。

 エルヴィラを封じる、だって?


「まずはいったん引き上げよう。この場に対する処置と諸々の判断については、戻った後だ」


 王太子はぐるりと見回して、撤収を命じる。

 本格的な対策は明日以降だ。僕はエルヴィラをアライトの背に乗せて、再び外へと歩き始めた。



 * * *



 この件については、王太子が全権を委ねられている。

 もちろん、コトの詳細を外へ漏らすわけにいかない。


 あの地下に降りた全員は、各々の信仰する神と自身の名誉の上で誓いを立てさせられた。もちろん、僕もだった。

 だが。


「エルヴィラの処遇については呑めないな」


 王太子と魔術師長、太陽神教会長と高神官……彼らを交えての場で、僕は冗談じゃないと鼻を鳴らす。

 彼らの主張は、あの廃城の底で述べたものと変わらず、エルヴィラをこのまま“悪魔憑き”として太陽神教会の聖別された場に留めることだった。彼女の“変容”が外見のみの留まっている可能性が高いとしても、だ。


「お前の許可は求めておらん」

「彼女は僕の護衛だよ。アルフォンソ王太子殿下。

 オスヴァルト・ミーケル・ストーミアンの名と僕に流れる血にかけて、殿下の要請には応えられない」

「――ストーミアン?」


 王太子の顔がしばし怪訝そうに顰められ、それから軽く瞠目した。

 魔術師長や教会長、そして高神官も驚いたように僕を見る。


「悪魔を祓いし救国の女王ウルリカと父祖竜シェイファラルの末裔として、僕はあなたの要請に対して絶対に諾と言わない」

「ストーミアンの血筋というなら、青銅竜か。たしか、青銅竜というのはなかなかに頑固な竜だったな……」

「殿下、しかし、この者が名乗ったとおりの者であるとは……」

「魔術師長、白金竜はすべての善き竜の頂点に立つが故に、他の竜の気配には敏い。目の前で名乗られれば、血の薄くなった私であってもさすがに判る」


 はぁ、と王太子が小さく息を吐く。


「なるほど、その目の色は青銅竜の色であったか。あの青銅竜(アライト)の気配に紛れて気づかなかったが、たしかに言われてみればお前からも竜の気配を感じる」


 呆れ顔の王太子に、僕はにっこりと微笑み返す。


「では、王太子殿下。あなたと教会があくまでも彼女の確保を言うのであれば、僕も全力をもってそれに抵抗します」




 エルヴィラが目を覚ましたのは、深夜遅くだった。

 昏々と眠り続けていたエルヴィラが小さく身じろぎをする気配に、僕とアライトは顔を上げる。


「ん……」

「よう、エルヴィラ。目が覚めたか」

「アライト?」


 掠れてしゃがれたエルヴィラの声に、僕は口を引き結ぶ。

 女にしては少々大きすぎる快活な声にまで、“変容”が現れていたのか。

 自分の発した声に驚いたように軽く咳払いをして、エルヴィラは傍らのアライトに囁くような声で「ミケは?」と尋ねた。


「僕ならここだよ」


 立ち上がる僕に、エルヴィラがまっすぐ視線を寄越す。

 アライトが、ちいさく「おいおい」と呟いた。


「なあ、エルヴィラ。あんたさ」

「なんだ?」


 おそるおそるという口調のアライトが、「まさか見えてるのか?」と首を傾げた。「え?」と不思議そうに振り向くエルヴィラに、自然と僕の眉が寄る


「今、真夜中なんだよ。おまけにこの部屋、灯りもなくて真っ暗なんだ――なのにあんた、見えてるのか?」

「アライト」

「人間は、暗いところじゃ目が利かないんだろ?」

「でも、明るい……」


 エルヴィラは不思議そうに首を傾げ……それから、慌ててぐるりと室内を見回した。今日の月は細く痩せているし、部屋には蝋燭ひとつ灯っていない。


「明るいんだ」

「エルヴィラ、アライトの言うことは気にしなくていい。


 僕は小さく息を吐く。

 “堕天”に触れられ変容したエルヴィラの目は、暗がりでもものが見えるように変わっていた。妖精族や小人――悪魔混じりのように、暗がりでも不自由なく見通せる目に。


「ミケ」


 身体を起こしたエルヴィラの前に、背に流していた髪がぱらりと垂れた。

 エルヴィラはぴくりと身体をこわばらせて、それから恐る恐るその髪を摘まみ上げる。エルヴィラの指の爪も、鈎のように曲がった形に変わっていた。


「私の髪と、爪――」

「エルヴィラ!」


 呆然と呟くエルヴィラに、僕は急いで歩み寄る。


「ミケ、どうしよう。私の髪と爪がおかしいんだ。それに、さっきから、暗いはずなのにちゃんと見えるんだ。ミケの顔も、暗いのに、ちゃんと……」

「大丈夫、おかしくない」


 寝台に腰を下ろし、おどおどと視線を彷徨わせるエルヴィラの頭をそっと抱き寄せると、「声も、酷いんだ」と囁くような声で続けた。


「私の声、どうしてこんなに嗄れて……」

「大丈夫だよ」

「でも、ミケ、私……」


 かすかに震えるエルヴィラの背を、安心させるようにとんとんと叩きながら、もう一度「大丈夫だ」と囁いた。


「あいつに、何かされたから?」

「あいつ?」


 “堕天”のことかと聞き返すと、エルヴィラは「戦乙女だ」と頷いた。


「戦乙女? 君をこんな風にしたのは、“堕天”だろう?」

「だてん? 悪魔(デヴィル)のことか? 違うぞ。変な蔓に引っ張られた先にいたのは、悪魔とかじゃなくて戦乙女だ。あの広場の像と同じ顔だった」


 戦乙女と同じ顔?

 あの“堕天”が、つまり戦乙女の成れの果てだったということだろうか。そんな伝説なんてひとつも思い浮かばず、僕も困惑に首を傾げてしまう。


「──王太子殿下の話じゃ、王家の記録は城の崩壊と一緒にかなりのものが失われたらしいんだ。今の王家はもともと庶子の系統だ。伝わるはずのことも伝わってないとしか、言いようがないね。

 だいたい、あの宝剣が封印の鍵だってことも今さらわかったくらいだし」

「そっか……」


 エルヴィラが小さく溜息を吐く。


「伝説は、必ずしも事実を伝えるものじゃない。ましてや、“三首の竜”の伝説からは千年以上……いや、万の単位の年数が過ぎてるんだ。事実なんてほんのひとかけらも伝わってないのかもしれないよ。

 “戦乙女”だって、伝説の言うような善いものではないかもね」

「――あれは、戦乙女の顔をした悪魔だったのかな」


 僕の身体が揺れる。見上げるエルヴィラの瞳は赤く変わり、瞳孔が消えていた。暗闇の中で、ぼんやりと燐光が灯っているような、赤い石のような瞳だ。

 僕はもう一度小さく吐息を零して、暗闇に溶けるような漆黒に変わってしまったエルヴィラの髪を撫でる。

 たしかに、彼女の見た目はずいぶん変わってしまった。けれど、今交わした言葉からは、彼女の内面があまり変わっていないようだと感じられて、僕は少しだけほっとしていた。


「君は、君のままだよ」

「でも」

「大丈夫、何も変わってない」

「でも、ミケ」

「どうもなってない」


 僕はエルヴィラの唇を塞ぐ。

 追求を諦めたのか、エルヴィラがぎゅうと抱き締め返してきた。


「明日、ルイス高神官が君のようすを確認に来るよ。でも大丈夫だ。色なんてすぐに戻るよ」


 僕の慰めに、エルヴィラは小さく頷くだけだった。




 翌早朝、ルイス高神官がエルヴィラを訪れた。この“三首竜の町”の教会長と聖騎士長も連れてだ。

 身支度を整え、いつもの平服に着替えたエルヴィラは、おとなしく粛々と彼らの神術と審問を受けた。もちろん、僕も立ち会った。

 いつもなら無駄に任せろだなんだと調子よく応じるはずのエルヴィラは、やはり“変容”が堪えているのか、ずっと言葉少なく俯いていた。


「今のところ、彼女の“変容”は外見のみに留まっているようだ、というのが、教会長の見解です」


 神術にも、聖騎士の聖邪看破にも、エルヴィラが反応を見せることはなかった。なら、エルヴィラはやはり変わらないままだということだろう。

 ルイス高神官の言葉の続きを促すように、エルヴィラが小さく頷く。


「ですが、今後もそうであるという保証はありません。天空の輝けるお方(太陽神)の占術にも明らかではないのです。このまま彼女を放置してよいとは……」


 まさか、と僕の眉が寄る。


「高神官殿。その要求は呑めないと伝えてあるはずだけど?」

「しかし、我々は善き神の使徒として見過ごすわけにはいきません」

「それは――」

「あなたの言は重々承知の上ですよ、吟遊詩人」


 教会長が、ルイス高神官の言葉を継いだ。


「そのうえで、彼女はしばらく教会に留め置かねばなりません」



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