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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“三首竜の町”

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廃城の地下で

 問題の城跡へ乗り込むのは二日後だ。

 その前日に、騎士団長率いる騎士たちと魔術師長率いる魔術師達が協力し、城跡周辺に陣取る邪竜神の信徒たちを掃討にあたる。

 そうやって、ある程度の安全を確保した後に宝剣を携えた王太子を擁する僕らが乗り込むというわけだ。


 邪竜神の信徒の大半は、単なるごろつき程度でしかなく、騎士たちのように専門的な訓練を受けているわけでもない。その中には多少の神術が使える司祭もいるだろうが、数は多くないだろう。神術の行使が認められるには、並以上の信仰と訓練が必要なのだ。


 実際、騎士団の掃討作戦を見物に行ったアライトは、めったにない“太陽の国”の“金十字(ロゼッタ)騎士団”の本気を見たと行っていたから、たいした相手にならなかったのだろう。


「ま、そうは言っても真打が中にいるんだろうけどな」


 戻ってきたアライトは、相変わらず栗鼠の姿のままそう言って肩を竦めると、テーブルの上で果物をがりがりと齧った。



 * * *



 当日の朝早く、僕とエルヴィラは王太子の率いる騎士たちと合流して城跡へと向かう。邪竜神の残党を警戒して、結構な人数だ。


「浅いところにいる残党は彼らに掃討を任せ、我々は先へ進む」


 ファビオ騎士団長に僕とエルヴィラは頷く。アライトは小さな蛇に姿を変えて、僕のポケットの中だ。

 (アライト)の存在は知られないほうがよいだろう……そう説明すると、騎士団長は僕に王太子の側に付くようにと命じた。

 万が一の時、王太子は僕とアライトを護衛に地上へ脱出するという段取りだ。その時は、騎士団長や魔術師長それから太陽神の高神官は王太子の脱出まで“何か”の足留めをする。エルヴィラも、万が一の場合は彼らと共に殿(しんがり)を守ることになる。

 そんな万が一が起こった場合、僕は戦力外というわけだ。


 僕は、アライトに聞いていたかとポケットを軽く叩いた。「それでいいのか?」とアライトが小さく呟いたけれど、僕はそれに返答を返さなかった。




 城跡の地下に開いた穴の中には、想定通り、邪竜神の残党が残っていた。王太子の号令ですぐに騎士たちが展開し、掃討を開始する。


 騎士達が圧倒していることを確認した王太子は、満足そうに頷いてすぐに内部へ向かうように命じた。


 全員が“暗視”の魔法薬を飲み、斥候を立てて慎重に穴を降り始めた。少し前を行くエルヴィラが、時折、僕を確認するように振り返る。

 邪竜神の残党は、穴を降れば降るほど減っていった。

 あまり整えられていないところどころ補強しだけの穴は、かつて宝剣の捜索をした際に掘られたものだろうと、魔術師長が説明する。

 それにしても――


「これは、“瘴気”というものではないかと思われます」


 穴の奥から染み出てくるような嫌な気配は、降りれば降りるほど濃く纏わり付くようになっていた。しかし、高神官が加護の神術の聖句を小さく唱えたとたん、身体が軽くなる。

 心なしか、全員の顔色もよくなったようだった。


「やはり、地下には何かしら邪竜神の眷属に関わるものが封じられていたと見るほうがよさそうですね」


 魔術師長が、ほっと息を吐く。

 また僕を振り返ったエルヴィラに軽く手を振ると、少しほっとしたように小さく笑った。


 時折出てくる残党を打ち払いながら、ゆっくりと進む。

 そこまで長い時間は経っていないはずなのに、もう丸一日は経ってしまったようにも感じるのは、あたりに漂う気配のせいだろう。

 ポケットのアライトが、この気配は気に入らないと、ぶつぶつ文句を言う。


「何か、部屋になっている?」


 戻ってきた斥候の報告に、王太子が眉を顰める。

 宝剣が安置されていたという場所に着いたのだろうか。

 当初よりずっと濃くはっきりとした嫌な気配が、この場にいる全員を苛んでいた。出所は、間違いなくその部屋だろう。高神官の神術がなければ、とても耐えられなかったかもしれない。


「明らかに何かがあるのでしょうな」

「殿下、いかがしますか」


 高神官も魔術師長も、明らかに部屋を警戒している。騎士団長が後ろを振り返り、王太子に確認を取る。


 ――と、奥から何か、と僕が反応するより早く、エルヴィラが飛びかかった。

 しかし、細い蔦か何かのようなそれ(・・)はたちまちエルヴィラを絡め取り、部屋へと引きずり込んでしまう。


「エルヴィラ!?」


 慌てて走り出そうとする僕を制止して、王太子が「敵襲!」と声を上げた。アライトも顔を出し、竜の感覚でもあそこに何が潜んでいるかわからないと告げる。

 呆然とする僕の前で、気を取り直した騎士達がたちまち剣と盾を構えた。高神官と魔術師長がいくつもの守護の呪文を唱え、体勢を整えていく。


「おい!」


 アライトが鋭く声を上げた。

 灯りすらろくに通さない闇の中を、何かが鎧を鳴らして近づいてきた。

 人間の形をしたそれは、漆黒の髪を揺らしながら、片手に剣を携えていて――


「エル……ヴィラ?」


 色はまったく違う。

 けれど、身に付けたものは確かにエルヴィラのものだ。

 頭が回らない。


 ――僕はどうすればいい?


 ゆらゆらと近づいてくる黒いエルヴィラは、顔を上げてにいっと笑みを浮かべた。いつものエルヴィラとは似ても似つかない笑みだ。

 騎士達が剣を構え、王太子の命令を待つ。

 王太子は大きく息を吸い……そこで、黒いエルヴィラがいきなり地を蹴った。


「ぼさっとすんな!」


 アライトがポケットから飛び出し、一瞬で人型になると僕と王太子を突き飛ばした。すぐ横にいた騎士がひとり、エルヴィラの剣を避けきれずに膝をつく。

 駆け抜けたエルヴィラは、ゆらりと揺れてまたこちらへと振り向いた。

 まるで人形の動きのようだった。

 エルヴィラはくつくつと笑いながら何かを呟き、微笑みを浮かべる。


「エルヴィラ」


 顔も姿もすべてが確かにエルヴィラなのに、色と表情がまるで違う。

 引き摺り込まれたエルヴィラにいったい何があったのか。


 ――まさか、あの部屋にいたモノに乗っ取られた?


 思考が空転する。今歌うべき歌も何ひとつ浮かばない。すべきことの判断もできずに、僕はただ棒立ちする。

 アライトが舌打ちをひとつすると、エルヴィラに飛びかかった。


 エルヴィラに何かが起こったのは間違いない。

 そこにはすぐ思い至る。だから、ここにいるのはエルヴィラ自身なんだろう。


「アライト、エルヴィラを……」

「わかってる!」


 アライトは僕の言葉をすべては待たず、エルヴィラの剣を避けながら巧みに組み付いた。なるべく怪我は負わせないように、体術での勝負に持ち込んで、だ。

 身体の輪郭がぼんやりと歪み、アライトの姿が本来の竜のものに変わる。


「王太子! 白金竜の末裔ならその宝剣でなんとかしろよ!」

「なんとかだと?」


 竜との体格差なんてものともせずに暴れるエルヴィラを、アライトはなんとか押さえ込んで鋭く吠え声をあげる。他の騎士達は、闇の中から這い出た何本もの蔓を相手に慌てて剣を振っている。


「貴様が組み付いていてはうかつに切れぬだろうが!」


 宝剣に手を掛けたものの手を出しあぐねる王太子に、アライトは怒鳴る。


「違うっての、あの中だよ!」

「あの?」

「あの中にまだなんかあるんだよ! 俺の感覚がそう言ってる!」


 王太子がアライトの翼が示す先、闇の中の部屋へと顔を向ける。


「おい、兄さんもしっかりしろ! エルヴィラがこのままでいいのか!?」


 万が一ひねり潰してしまったら……などと手加減する余裕もなく、竜の姿のアライトは全力でエルヴィラを拘束する。

 高神官と魔術師長も、ハッと我に返ったように、ようやく呪文の詠唱を始めた。予想もしなかった出来事に、誰もが呆然としていたのだ。


「“天高く輝ける神の名において、邪なる術よ退け”」

「“大いなる力よ、混沌の海へと還れ”」


 “邪術の解除”“解呪”……と、立て続けに神術と魔術を重ねられて、闇がほんの少しだけ薄れた。王太子は闇のその先にあるものを見極めようと、わずかに目を眇める。僕はここに来てようやくリュートを構え、善き神々に捧げる聖なる歌(チャンと)の演奏を始められた。

 じわり、じわりと闇は薄れて……


「あれのどこが“三つ首竜”だよ」


 エルヴィラを抑え込んだままのアライトが苛立たしげ首を振ると、影に向かって雷の息を吐いた。

 ゆらゆらと揺らめく影の姿は、膨れたり縮まったり薄れたりを繰り返し、もやもやとはっきりしない。


「どうりで、俺の感覚でも掴めないわけだ」

「あれは、竜ではありません」


 アライトの言葉に、ルイス高神官も大きく目を見開いたまま頷く。


「あれは、堕天です」

「堕天?」


 “堕天”とは、悪に堕ちた元聖なるものを指す呼び名だ。

 僕は思わずエルヴィラを振り返る。


 “天使(エンジェル)”をはじめとする力ある聖なるものが邪悪に染まり、悪の権化へと姿を変えたものを“堕天”と呼ぶ。

 邪悪に染まる理由は様々だが、たいていは、大公(プリンス)と呼ばれるほどの力ある悪魔(デヴィル)や悪神自らに直接触れられたとか、それらがどういった方法だかで創り上げた“邪悪の真髄”と呼ばれる力に触れてしまったというものだ。


 じゃあ、まさかエルヴィラは、と僕の心臓が縮み上がる。

 あの闇の中で、エルヴィラはあの堕天に触れられてしまった?


 蠢く影とエルヴィラを呆然と見比べる。もしそうだというなら、エルヴィラの色が変わってしまったのは……。


「殿下、剣を!」


 騎士団長に促され、王太子が宝剣を抜き放った。


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