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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“三首竜の町”

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伝説に歌われる町

「“三つ首竜の町”の名前は、この紋章と王家の伝説に由来するんだ」

「ミケ、紋章の三つ首竜が串刺しにされてるぞ」

「本当だ」


 広場に立つ乙女と竜の像の、その台座に刻まれた紋章を、エルヴィラが感心したように見ている。今日はイタチに姿を変えているアライトも、僕の肩の上から台座を覗き込んでいる。


「紋章の三つ首竜は悪しき竜の神“邪竜神”の眷属だよ。ここはその三つ首竜が倒された伝説の地だからね」

「ここはずいぶん古い町なんだな!」

「その通り。古いなんてものじゃない。伝説によれば、そいつがこの世界(アーレス)に現れたのは“大災害ディザスター”よりもずっと古く、竜にとっても伝説と言われるほどの昔だと言われているくらいだからね」

「おう、その話なら俺も知ってるぞ。そうか、ここが――」


 さすが竜かと僕が頷くと、アライトはふふんと得意げに笑う。

 “邪竜神”と“皇竜神”に関する戦いの伝説を、竜であるアライトが知らないわけはなかった。


「遙か遠い昔、この地に悪しき竜族の神、“邪竜神”の眷属である三首の竜が現れた。三首の竜は世界中から悪しき竜たちを集めると、まずはこの大陸の南半分を掌握してしまったんだ」

俺たち(青銅竜)の最長老が卵の時よりも遙か昔、何巡りも前の世代の話だ。

 三つ首の竜はさすが“邪竜神”の落とし子ってくらい強かったんだそうだ。南はもちろん、北に逃れたやつらも全部……それこそ、良い竜も悪い竜も“邪竜神”に従わなければ全部一緒くたに殺しまくってたってくらいにはな。

 もちろん、皆、それなりに(・・・・・)戦ってはいたけど、三つ首竜の勢いは、このまま、誰も敵わずに滅んじまうんじゃないかってほどだった。

 けれどそこに、俺たち善き竜の守護者、偉大なる“皇竜神”の遣い、貴き白金の竜が降臨した」

「――アライトの言うとおり、戦っていたのは“それなりに”だ。つまり、白金の竜と聖なる戦乙女シルウィナとともにこの地に降り立った時、善き者たちは団結することなくバラバラに戦っていたんだからね」

「なんだと? それじゃ勝てる戦いにも勝てないじゃないか」


 エルヴィラが信じられないと目を丸くし、アライトは少し気分を害したかのように鼻面に皺を寄せた。

 そう。種族の間やそれぞれ個人の思惑もあって、善き竜を始め人間も妖精族も皆、己の力を過信して、誰ひとり団結しようなんて考えもしなかったのだ。


「それぞれに思惑や因縁があったし、何より、当時のひとびとは皆、他種族の力なんてなくても、自分たちだけで絶対に勝てるはずだと思っていたんだよ。

 その彼らを説得して共闘させるに至ったのが、白金の竜と戦乙女なんだ。

 人間に竜に妖精族に小人族……それに、巨人族や精霊種。さすがの三つ首竜も、一致団結した善き者の軍勢には敵わなかった。優勢だった三つ首竜の軍勢は徐々に押し返され、ついには白金の竜自らが三首の竜にトドメを刺して戦いは善き者たちの勝利に終わったんだ」

「俺ら青銅竜は、その時最初に白金の竜に付いた一族なんだ。

 ちなみに、その時袂を分かった悪しき竜族と善き竜族が、今言うところの悪竜善竜なんだよ。つまり青銅竜は、最初の善き竜ってことだな」


 ますます得意そうなアライトを、エルヴィラは怪訝な目で見つめる。


「意外だ。貴様を見てるととてもそうは思えない」

「ひでえな。こんなに善良な竜捕まえておいて!」

「まあそれは置いといて――この像はゴーティア王家の祖、善き竜の神“皇竜神”の御使いである白金の竜と聖なる戦乙女のふたりを現したもので、つまり、白金の竜と戦乙女の末裔が、この“太陽の国”を統べるゴーティア王家なんだ。

 ――でもね」

「まだ何かあるのか?」


 神の眷属でもある竜の末裔の王様か、と像を見上げるエルヴィラが、ちらりと僕を見る。


「“太陽の国”は由来を伝説に遡れるほどに長く続く王国で、実際、“大災害”までは誰ひとり不安を覚えることがないほど、国は安定していた。

 けれど、“大災害”では、王都であるこの町の、王城のあたりの破壊がいちばん酷かったんだ。城の崩壊に巻き込まれた王家の直系の血筋は、すべて失われたと思われたほどにね」


 僕は、海に張り出した高台を指さした。

 そこには、かつてこの町いちばんの景観と美しさを誇っていたはずの王城が、高台の半分とともに削り取られ崩れ落ちた無惨な姿をさらしていた。


「それからが大変さ。国の貴族たちがここぞとばかりに覇権争いに乗り出したもんだから、荒れる荒れる。復興そっちのけでそんな状態だ。貴族以外の誰もが、もうこの国は終わるんだろうと諦めていた」

「でも、終わらなかったんだな」


 目をいっぱいに見開いて王城を眺めるエルヴィラが、続きを促す。


「市井に紛れて暮らしていた王の庶子が、自分こそが正統な王の末裔だと名乗りを上げた。現れた庶子の彼はたしかに、日に透けるような白金の髪に紫の目という王家の祖である白金竜の色も纏っていた。

 けれど、色なんてどうとでもごまかせるのだから他に証拠を見せろと、慌てた貴族たちは彼に迫った。たまたまその色に生まれついただけで、王族を詐称するなと」

「馬鹿なんだな。王族みたいな特別な色がそうそうごまかせるわけがないのに」

「その通り。それでも、やはり説得力っていうのは必要なんだ。

 だから彼は、崩れた城跡から“聖なる戦乙女の宝剣”を探しだした。その宝剣をもって彼が間違いなく王の血筋であると自ら証明して、ようやく騒ぎは治まった。

 今の四代前の国王イスマエルの話だよ。

 つまり、この国が建て直されてからまだそんなに経ってないってことだね」

「――宝剣なんてあるのか!」


 “大災害”からたかだか百年と少し。内乱にあったことも含めて、ここまで復興した国は実は少ない。

 けれど、エルヴィラの関心はそこにはなかったらしい。


「食いつくのはそこなんだ?」

「だって、宝剣だぞ? 復興とかよくわからないし、大変そうだなとは思うけど」

「大変そうで済むなんて、君らしいよね」

「そんなの……偉い奴が気にすることで、私が気にすることじゃないんだから、しかたないだろう!」


 むう、とむくれたエルヴィラは、もう一度、白金竜と戦乙女の像へと視線を戻した。


「やっぱり、騎竜兵(ドラゴンライダー)はかっこいいなあ」

「まだ諦めてないんだ?」

「だって、こいつがいるんだぞ! 私をちょっと背中に乗せるだけで済むんだ。こいつがわがままさえ言わなければ、私だって騎竜兵じゃないか!」


 イタチ姿のアライトが、エルヴィラの視線を受けて僕の背に隠れる。

 ぶるぶると振るえが伝わっているのは、本気で怯えているからなのか。


「絶対乗せないからな!」

「どうしてだ!」

「あんたが竜以上に乱暴だからだ!」

「そんなことはない! それに貴様、ミケにくっつきすぎだ!」

「だったらこっち来んなよ!」


 伸ばしたエルヴィラの手を、アライトがビシッとはたき落とし、ふたりがぎゃんぎゃん吠えながら言い合いを始める。

 アライトはもちろん、僕に張り付いたままだ。


「僕の耳元で喧嘩するの、やめてくれないかな」

「ほら、ミケもそう言ってる」

「言ってねえし!」

「仕事の邪魔はしないで欲しいんだけど?」


 そう。そろそろ仕事を始めなきゃならない。

 ここに着いてから、まだろくに指慣らしもしていないのだ。

 ふたりの言い合いには構わず、ぽろぽろとリュートの弦を弾いて音合わせをしながら、もう一度「邪魔するなよ」と繰り返す。

 ようやく黙ったエルヴィラは、いつものように僕の背後を守るように立ち、アライトは肩を降りて足元にうずくまった。


「ここでは園遊会(ガーデンパーティー)にも呼ばれてるんだ。今日みたいなのはやめてくれよ」


 もちろんだ、と頷くふたりは本当にわかっているのか。

 だがまあ、これまでエルヴィラが仕事を邪魔したことはなかったしと、僕は数度大きくリュートを掻き鳴らしてから歌を奏で始めた。



 * * *



 翌日、僕はエルヴィラとアライトを連れて、依頼元へと向かった。

 園遊会(ガーデンパーティ)の主催である、この国の公爵家だ。


 公爵家といえば、通常は王家の血縁で王族の血を絶やさないための家であって……のはずだが、この公爵家は“大災害”以前の大昔に臣籍に下った王族の血筋であって、今ではすっかり血も薄まってしまったのだそうだ。

 そのために、先の内乱の時は放っておかれたのだとか。


 とはいえ、近々、王女と公爵家嫡男が婚約を結ぶはずだ。ゆえに、この家は斜陽を迎えた“かつての名家”などではなく、今も有力な貴族であることに間違いない。何しろ、園遊会には王弟と王太子も招待されている。

 おかげで、園遊会の警備は相当に厳重だ。

 おそらくは、僕やエルヴィラの身許もすでに調査済なんだろう。魔術を駆使して調べれば、僕らに信用がおけるかどうかくらい、たやすく調べられるのだ。




 前日のうちに公爵家の屋敷へと赴いて、翌日の演目やら警備やら何やらとうるさいくらいの注文を聞き、打ち合わせを済ませた。そのままその日から数日は公爵家に滞在することになっている。


 当日も朝から最終確認だ。

 エルヴィラも、今日はいつも以上に念入りに身支度を整えている。

 僕個人の護衛だとしても、公爵家に恥を掻かせるようなことがあってはならない。エルヴィラの粗相は僕の責任で、それはそのまま公爵家の恥となる。

 こうして着飾って騎士らしい所作で動くエルヴィラは、たしかに都で侯爵家から請われて仕えていただけのことはあるなと思える。


「あんた、意外にこういうの慣れてるんだな」


 今日は小蛇姿のアライトが、エルヴィラのポケットからひょこりと首を出した。エルヴィラが雰囲気に飲まれることなく準備を整えているので驚いたようだ。


「あたりまえだ。カーリス家は戦神教会の司祭と騎士の家系なんだぞ。こういう高貴な方々の護衛騎士だって出してるんだ。行儀作法はひと通りやってるぞ」

「その割に乱暴だけどな」


 からかうアライトをエルヴィラが服の上から叩くと、「いてっ」と小さな悲鳴が上がった。


「アライト。ご令嬢やご婦人には絶対見つからないように。大騒ぎになるから」

「わかってるぜ、兄さん」


 今度は頭ではなくちらりと尻尾を覗かせて、アライトが返事をした。




 和やかな雰囲気で、園遊会が始まった。

 僕は招かれた吟遊詩人らしく、打ち合わせ通りの演目を奏でる合間には、声を掛けてくる貴族を相手にさまざまな話題や情報を提供する。

 貴族たちはもちろんきちんとした筋からの情報収集をやっている。だが、吟遊詩人というのは市井や独自の伝手からさまざまな話を仕入れてくるもので、そういう話は貴族の耳には入りにくい。

 それに、この町や国の外をはるばる旅するがゆえに、他の地域の出来事をいち早く伝えるのも吟遊詩人であることが多い。

 僕らが面白おかしく語る些細な噂話が、何か大きな事件の前触れだった……なんていうのも、よくある話だ。


 僕の周りにも、そういう貴族のご婦人や令嬢方が集まり、さざめき笑っていた。僕の容色からそっち(・・・)目当てのご婦人もいるのだろうが、今はエルヴィラとの誓いがある。その手のお誘い(・・・・・・・)は、さりげなく角を立てないように躱しつつ、僕はひたすらにこやかに愛想良く、彼女たちが楽しめるような話題を提供していた。

 それに、招かれた吟遊詩人は僕だけではない。他にも数人、そうやって高貴な人々を楽しませる役目の者はいる。そういうお誘いはすべてそっちへと誘導した。




 もう秋も深まる時期とあって、日が傾くのは早かった。

 昼に始まった園遊会もそろそろお開きだろうか。海から少し冷たい風が吹き始め、招待客も少しずつ帰り始めている。


「きゃあ!」


 いきなり悲鳴があがった。

 そちらに顔を向ければ、マントを頭からすっぽりと目深に被ったいかにもな風体の人間たちが、まるで庭園の奥から湧き上がったかのように現れた。

 エルヴィラへと視線を移すとすでに気づいていたようで、ポケットからつかみ出したアライトを投げつけている。


「ミケ!」

「僕は大丈夫だよ。後ろは任せて」


 僕はリュートを抱えたまま立ち上がると、エルヴィラに頷いた。

 不安げに顔色を悪くするご婦人方に「大丈夫ですよ」と落ち着かせるような魔力を乗せた声をかけ、屋敷へ入るようにと促す。

 それにしても、なぜ、今日、ここを狙ったのか……訝しく思いながら、僕は周囲をぐるりと見回した。


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