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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“水路の町”

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34/49

そういうとこ良いね

 戦いはどうにか町側の勝利に終わった。


 人魚(マーマン)たちの参戦が遅れたのは、魚人どもに一族の者を人質に取られていたせいだった。

 もっとも、冒険者の一団がそれを察知した後から解決まで早かった。僕もそうと知っていれば、そちらへ向かいたかったのだけど。

 クラーケンは、全部で四体いたうちの半分は倒せたのだそうだ。もちろん、倒した二体のうちの一体はエルヴィラの手柄だ。


「トゥーロの鎧はすごい。クラーケンの触腕でも壊れなかったぞ!」


 興奮気味に早口でまくし立てるエルヴィラは、控えめに言って満身創痍だった。たしかに鎧こそ傷や歪みはたいしたことないが、肝心の中身(エルヴィラ)はぼろぼろだ。

 ときおり「いたた」と身体を押さえながら、それでも満足そうに笑っている。

 この様子じゃ、相当痛むはずなのに、なぜ立っていられるんだ。


「――鎧が無事でも中身が壊れたらしかたないだろう? 傷だらけじゃないか」

「ああ。たぶん(あばら)がいくつかいってるんじゃないかな。でも、鎧のおかげで完全に折れなかったし、動いても内臓に刺さらなかったぞ!」

「何が刺さらなかっただよ。馬鹿なこと言ってないで、早くこれ飲んで」


 腰の薬入れから魔法薬の瓶を取り出してエルヴィラの手に押し付けた。普通の人間は肋骨が折れればそこで動けなくなるものだというのに。

 エルヴィラは笑いながら薬の封を開けるとひと息にぐびりと飲み込んで、なおもしゃべり続けた。


「だって、凄かったんだ! 水の中でクラーケンと竜が取っ組み合って戦ってたんだぞ! 見てたらなんだか私も(たぎ)ってきて、負けられないと思ったんだ!」


 空瓶を振り回しながら、エルヴィラは身振り手振りで戦いのようすを喋り続ける。クラーケンがどれだけ強かったか、それでも負けなかった自分がどれだけがんばったか、竜がどんな風に戦っていたか。

 たしかに、クラーケンとサシで戦おうなんて、エルヴィラか竜くらいのものだろう。それにしたって……。


「君、馬鹿だろう――心の底から馬鹿だろう。その頭の中、本気で筋肉しか詰まってないんだな……どこに竜と張り合ってクラーケンと一騎打ちする人間がいるんだよ! 馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ! 立ってるのもやっとのくせに、満身創痍どころじゃないだろう! それでどうして平気で動けるんだよ! いい加減にしろよ! 腕とか足とか失くしたらどうするつもりだよ! 君そんなことばっかりしてるとそのうち死ぬよ!?」


 何がすごかった、だ。

 竜と張り合うとか、そこまで馬鹿だとは思わなかった。

 これだから、筋肉だけでものを考える馬鹿は始末に負えない。

 ただの戦闘馬鹿じゃないか。


「いいだろ、ちゃんと勝ったんだから。それに、手足が飛んだり痛くて動けなくなったりするのは私が死ぬときだし、その時は私もやり切ったなって思ってるだろうから全然問題ないぞ。大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだよ。蘇生の神術なんて伝手もお金もないってのに、死んだら終わりだってわかってるの?」

「死んだら終わりって当たり前じゃないか。

 だいたい、最後まで立って勝ってればすべて良しなんだし、今日はちゃんと勝ったんだから文句言うな。

 それに、クラーケンと戦ってた竜がなかなかやるなって私を褒めてくれたんだ。

 すごいだろう? 竜に褒められたんだぞ?」


 ――目眩がする。

 死んだら終わりだとわかっているって、何をわかっているんだ。

 そもそも、いくら騎士だって、女のくせにこれはないんじゃないのか。

 猛将司祭の孫娘だからこうなったのか。それとも、カーリスという家の人間は全員こうなのか。


「脳筋も大概にしなよ……君、もしかして、人じゃなくて竜にでも生まれたほうがよかったんじゃないか?」

「竜に生まれるのはつまらないぞ。どうせなら竜に乗りたいし、竜より竜の乗り手のほうがかっこいいじゃないか」


 エルヴィラは鼻を膨らませて不満そうに述べる。

 かける言葉が見つからないとはこのことだろうか。

 この調子なら、そのうち本当に竜を力づくで従えて、乗騎にでもしてしまうんじゃないだろうか。


「それより、ミケ、約束だ!」

「ん?」

「約束だぞ、戦いが終わったら続きをするって!」

「ああ……うん」


 うれしそうに笑顔で抱き付こうとするエルヴィラは、いったいどれだけ元気なのか。魔法薬を飲んで痛みが引いたから、もうそれでいいということなのか。


「わかった、もうなんでもいい。今日は君の気がすむまで、いちゃいちゃでもなんでもしてあげるよ」

「やった!」


 エルヴィラは満面の笑顔で諸手を挙げて万歳をする。約束は約束だ。

 僕は仕方ないなと肩を竦めてエルヴィラをそっと抱き寄せ、キスをした……が、それはそれ、これはこれ、だ。


「ただし、君、ものすごく潮臭いし鉄臭いし魚臭いから、まずちゃんと風呂に入ってからだよ」

「ああ! わかった!」


 エルヴィラは、弾むような足取りで歩き出す。僕は、いったいなんでこんな脳筋馬鹿と一緒にいようなんて考えたのだろう。


「ちょっと待った」

「なんだ?」

「そのまま部屋に入ったら、部屋の中まで磯臭くなるだろ」


 振り返ったエルヴィラが、不思議そうに首を傾げて自分の腕を嗅ぐ。


「そんなに言うほど臭いか?」

「臭いよ。自分の臭いは自分が一番気づかないものだって知らないの? ちょっとそのままおとなしくして」


 僕はひらひらと右手をひらめかせて呪文を唱えた。たちまちエルヴィラの頭上からばしゃんと水が降る。


「なんだ! 水が降ってきた!」

「前にもやってみせただろ。君の頭の上に水を作ったんだよ。あと二、三回やれば、塩気もちょっとは取れるから。鎧だって、早く塩気を取らないと傷むはずだ」

「むぅ」


 エルヴィラは軽く眉を顰めると、おとなしく結んだ髪をほどいて鎧を外していった。




「ミケはいろんな魔術が使えるんだな」

「僕のは魔術じゃなくて魔法。詩人は器用じゃないとやってられないんだよ」


 エルヴィラは、ふうんと頷きながら、たらいに張った水で鎧を洗う。


「他にどんなことができるんだ?」

「小魔法程度なら、ひと通りかな」

「すごいな」

「小魔法なんてたいしたことはできないけどね……ほら、洗ったやつ並べなよ。乾かすくらいならやってあげるから」

「わかった」


 エルヴィラは、洗い終わった鎧をすぐ横の床に並べて行く。

 が、その動作にどこか違和感を感じて、僕はじっとエルヴィラを観察した。


「……身体」

「ん? なんだ?」


 エルヴィラの動きが時折ぎこちなく、どこか庇っているように見えた。

 たとえば腕を伸ばした時に顔を顰めたり、首を捻れば済むところを腰から捻ったり、不自然に、利き手の右ではなく左を使ったり、だ。


「エルヴィラ、ほんとうにもう痛むところはないの?」

「んーと……大丈夫だと思う」


 エルヴィラは首を傾げて自分の身体をぐるりと見下ろす。その様子は、ほんとうにもうなんでもないと思っているようだった。


「君さ……身体が資本の仕事してるんだろ? 気を遣わなくてどうするんだよ。どうしてそんな無頓着なんだよ」

「だって、動けるうちは問題ないって、爺様が言ってたんだ」

「君は司祭じゃないだろ。自分で治せないくせに同列で考えるなよ。だいたい、今動けても後から影響がでるなんて、よくあることじゃないか」

「そうかな?」


 納得がいかなさそうに「大丈夫なんだけどな」とエルヴィラは溢す。いったいどこが大丈夫なのか、きっと根拠もなくなんとなく言っているだけなんだろう。


「まったくもう……」


 やれやれと息を吐いて、僕は小回復の呪文を唱えた。


「あれ? なんか身体がぎしぎしいわなくなったぞ!」

「やっぱり全快してなかったんじゃないか」

「ぎしぎしいうくらい、鍛錬の後とか当たり前だ。一晩寝ればだいたい治るから、気にしたことなかった」

「あのね」


 鍛錬と実戦を同列にするとか何なのか。

 適当すぎて呆れしか感じない。

 しかも、肋骨が何本か折れるほどの激しい戦いだったというのに。


 思い返せば、“ローレライ”の時だって考えなしに突っ込んでいた。

 このまま放っておいたら、エルヴィラは近いうち、ほんとうに戦いで致命傷を受けて死ぬんじゃないだろうか。


「……調べてあげる」


 立ち上がってにっこりと笑う僕に、エルヴィラは「え?」と顔を引きつらせた。


「君の“大丈夫”があてにならないのはよくわかった。だから僕がちゃんとチェックしてあげるから」

「え、え?」


 困惑するエルヴィラの身体を、僕は肩に担ぎ上げる。

 遅れてばたばたと手足をばたつかせ始めたけれど、時折びくりと身体が震えるのは、やはり痛いのだろう。

 僕は魔法で手早く浴槽に水を溜めて沸かすと、エルヴィラを裸に剥いてざぶんと浸け込んだ。


「身体も冷えきってるし、まだあちこち痣だらけじゃないか」


 ちらりと見たエルヴィラの身体は、まだまだ痣も傷も残っていた。渡した魔法薬だけでは治しきれなかった傷だろう。

 まだ痛いと言えばいいのに、どうして素直に言わないのか。

 僕も服を脱ぎ捨てて、エルヴィラの隣に入る。


「ほら、よく見せて」


 わたわたとなおも抵抗するエルヴィラを押さえて、じっくりと怪我のチェックをする。痣や傷はもちろん、関節や骨の状態も確認しながら、僕は次々と小回復の魔法で治していった。

 エルヴィラもとうとう観念したのか、違和感や痛みの有無を問う僕に、とても殊勝な表情で真面目に答える。


「でも、そのくらい、唾付けとけばすぐ治るのに……」

「何か言った?」

「う……」


 だいたい、何かあるとすぐ剣を片手に飛びだそうとするくせに、なぜちゃんと怪我を完治させておかないのか。


「ミケとのいちゃいちゃタイムが減っていく……」


 僕にあちこちを確認されながら、急にエルヴィラがぽろりと零した。


「あのね――」

「だって、楽しみにして頑張ったんだぞ。クラーケンだってやっつけたし、あの変な杖持った魚人だってちゃんととどめを刺したし、とにかくたくさん頑張ったんだ。竜にだって褒められたし……なのに、ミケは怒ってばっかりだ」


 エルヴィラはしょぼしょぼと目を潤ませて、上目遣いに僕を見上げる。

 思わず大きな溜息を吐く僕に、エルヴィラはまたぴくりと身体を震わせた。

 けれど、上目遣いにじっと僕を見詰めたままだ。

 僕はもう一度溜息を吐く。


「ほら、上向いて」


 顔を上げさせてキスで唇を塞ぐと、エルヴィラはすぐににへらと顔を緩めて僕にしがみついてきた。


「……塩気でべたべたじゃないか。あとはちゃんと洗って、部屋へ戻ってからだ」

「うん!」


 たちまち笑顔になったエルヴィラが、石けんに手を伸ばす。

 さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに。


「――君さ、僕が実は悪魔(デヴィル)だったらとか考えないわけ?」

「なんでだ?」

「僕といちゃいちゃとか、そんなにうれしいものかと思ってさ」

「だって、ミケといちゃいちゃすると、幸せな気持ちになるんだ」


 石けんを泡立てながら、エルヴィラは締まりの無い顔で笑う。


「そんなに油断し切ってて、僕が悪魔(デヴィル)とか魔神(デーモン)の手先だったらどうするのさ」

「その時は更生させるから、大丈夫だ」

「更生? そこは、“一緒に堕ちる”じゃないんだ?」


 僕が首を傾げると、エルヴィラは思い切り力強く頷いた。


「ミケが地獄行きになったらたいへんだからな!」

「じゃあ、“どこまでも付いて行く”でもないんだ?」

「どうせ一緒に目指すなら明るい未来のほうがいいんだぞ。爺様もそう言ってたし、私もそう思う」


 至極真面目な顔で、エルヴィラはまた頷いた。

 たしかに、彼女が誰かと共に地の底を越えて九層地獄界(インフェルノ)まで堕ちていこうとするなんて、どうにも想像できなかった。


「前から思ってたけど、君ってやっぱり変わってるよね」

「そうかな? 別に普通だと思うぞ」

「今みたいなことを聞かれたら、たいていの女の子は“あなたとならどこへ行くことになっても平気”って答えるものだろう?」

「そうか?」


 むむむと眉を寄せるエルヴィラは、しばし考えて、また続けた。


「だって、そういうのを人任せにしたら、肝心なところの責任も全部相手に被せることになるんだぞ。信じて任せるのは良いことでも鵜呑みじゃだめなんだって、爺様も兄上も言ってた。それに、私も、ちゃんと一緒に考えて、ふたりで一番いい方法を選んで幸せを目指すのがいいと思うんだ!

 幸せは勝ち取るものだからな!」


 得意げな表情で自信満々に胸を反らすエルヴィラに、僕は思わず噴き出してしまった。いつもちゃんと考えてないようにしか見えないのに、なぜそうも自信たっぷりなんだ。


「君さ、可愛げがないって言われたことあるだろう?」

「――う」


 エルヴィラは眉間にくっきり皺を刻んで黙ってしまう。


「やっぱりね。でも、僕は君のそういうとこ、良いと思うよ」

「ほんとうに?」

「ほんとうに」


 どこか疑わしそうに見上げるエルヴィラに、僕はまたキスをする。

 どうしようもなく猪突猛進で考え無しの脳筋だけど、エルヴィラは意外に悪くない……僕は、エルヴィラを、自分が思っているよりずっと気に入っているのかもしれないと自覚する。


「ま、君の気が済むまで、僕について来ればいいさ」


 エルヴィラがパッと顔を上げる。

 今、信じられないことを聞いたとでもいう顔だ。


「それ、どう、いう」

「言葉の通りだよ」


 エルヴィラはにひゃにひゃとだらしなく顔を緩ませた。


「み……ミケ! 早くいちゃいちゃするぞ!」

「ちょっ、暴れるなよ! 滑って転んだらどうするんだよ!」

「早く洗え! 洗ったら直ちにいちゃいちゃだ!」

「少しは落ち着け!」


 エルヴィラの絶好調は、まだまだ終わっていなかったらしい。


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