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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“水路の町”

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なんかずるい

 この世界(アーレス)の町の名前は、どこもだいたいその町の特徴や伝わる逸話を元に付けられる。


 この“水路の町”はその名のとおり、河口の中洲にある、縦横無尽に水路が張り巡らされた町だ。

 馬車の乗り入れはもちろん無理。ゆえに、馬車でこの町を訪れた者は皆、川岸に預けなければならない。馬さえも、川岸にたくさんある専門の預かり業者に預けなければならないほどだ。

 だから、騎馬を伴う騎士にはこの町を忌避する者も多いという。




「そういえば、君って“騎士”とかいう割に、馬持ってないよね」

「む……私は、騎士は騎士でも護衛騎士だから、馬はいいんだ」


 テーブルいっぱいに並べられた大皿料理をつつきながら尋ねると、エルヴィラはやや目を逸らしがちに顔を顰めた。

 “護衛騎士”というのは文字通り貴人の護衛を専門にする騎士階級の者を慣習的にそう呼んでいるだけで、いわゆる“本当の騎士”とは異なるものだ。騎兵として専門の訓練を受け、貴族や国、そして教会に軍人として仕える騎士と違って、室内などの狭い場所での戦闘術や体術を中心に訓練する者も多い。

 どちらかといえば、傭兵と騎士のハイブリッドみたいなものだろうか。


「でも、上の兄上と弟は乗馬も得意なんだぞ。特に、弟は聖騎士だから馬上槍の扱いだってうまいんだ!」

「で、君はどうして騎乗しないの」


 う、と言葉に詰まったエルヴィラは、ぐるぐると視線を彷徨わせる。

 最近気づいたが、追い詰められたエルヴィラは、上目遣いに何かをねだるような期待するような表情でこっちを見あげることが多いのだ。

 まるで子供みたいに。


「それは……」

「それは?」

「馬が、あんまり言うこと聞いてくれないからだ」


 ぶっ、と思わず吹き出してしまう。

 乗馬用の馬よりずっと厳しく訓練されているはずの戦馬が言うことを聞かない……というのは、つまり、馬に舐められてるということではないか。


「君、馬にまで馬鹿にされてるんだ?」

「なんだと! 違う!」

「だって、馬が従わないんだろう? そういうことじゃないか」

「違うんだ! それに、乗るだけなら問題ないぞ!」

「食べてる最中に大声出すのはやめなよ」

「む」


 そう言えばすぐに黙るのも、いつもどおりだ。


「せっかくの東方料理なんだし、冷めないうちに食べないと」

「――わかった」


 エルヴィラは、さっき運ばれてきたばかりのスープに手を伸ばす。

 スープといっても、皿ではなく大きめのカップで給仕されているものだ。そのまま口を付ける者もいれば、少し変わった形のスプーンを使う者もいる。


「なあ、ミケ」

「何?」

「これ、中身がぷりぷりなのにぷちぷちなんだ。なんでだ?」

「鶏肉をよく捏ねた団子で、細かく刻んだ軟骨を混ぜてあるって聞いたよ」

「なるほど!」

「その肉団子、スープの中で崩すと風味が変わっておいしいよ」


 スープに入っている鶏肉団子は香辛料がよくきいている。

 どちらかといえば薄味のスープの中で肉団子を割ると、その香辛料の香りがスープにも広がるというわけだ。


「すごい! すごいぞミケ! こんなの初めてだ!」

「まあ、都じゃ下町のほうに行かないとあまり見かけないし、君は行ったことがなかっただけじゃない?」

「なんだと!」


 それは兄上にも教えなければ、とブツブツ言いながら猛然と食べ始めるエルヴィラに、つい笑ってしまう。

 普通の女なら異性の前ではもう少し取り繕うものだけれど、エルヴィラはまったく頓着しない。呆れるほどによく食べるのだ。

 だから料理をシェアできて、ひとりの時よりいろいろな料理を食べられる……というのが、エルヴィラが同行することの数少ない利点だろう。

 ここの大皿料理だって、ひとりなら一皿にスープがやっとという量だ。それが、エルヴィラがよく食べるお陰で三皿はいける。

 もっとも、それほど食べることにも驚いたし、それだけ食べて腹が緩まないことにも驚いたけれど。




 すっかり暗くなった水路を行く舟は、さすがにもういない。どの舟も皆河畔の建物に繋がれるか、中に引き込まれるかで、静かに水を湛えた水路にはふたつの月がくっきりと映っている。

 ごくたまに水路を通る舟が、水面の月を掻き乱していく。


「なあミケ」

「何?」

「舟って不便じゃないのかな」


 この町ははじめてのエルヴィラは、道路ではなく水路が発達していることが不思議らしい。大小様々な舟をじっと眺めながら首を捻っている。


「河口を埋めて道を作るより、建物の間をそのままにして水路として使うほうが楽なんだから、いいんじゃない?」

「なんでこんなところに住もうと思ったんだろう。島でもない水の上に建物を建てるなんて、ふつう考えないぞ」


 ただの渡し場を今のような町に作り上げるのは、たしかに面倒だろう。

 けれど、こういう場所にわざわざ町を作らなきゃ居場所のない者もいたのだと、誰かが語るのを聞いたこともある。


「さあ? さすがにそこまでは知らないけど、最初の人はきっと物好きかものぐさのどちらかだったんたろうね」

「ものぐさ?」

「河を渡る間に面倒くさくなって、中洲に居座ったってことだよ」

「なるほど!」


 たちまち納得したのか、エルヴィラは目を輝かせてまた水路を眺める。

 素直すぎて、たまに心配になるほどだ。

 心配だからと何かしようとは、絶対に思わないけれど。


「まあ、最初の建物は河口の小さな中洲に建てられたって話ではあるけどね」

「へえ」

「とは言っても、建物が重いせいか、最初の建物は今やすっかり河口の泥に沈んでしまって、その上にまた新しい建物を建てたって話だけどさ」

「なんだと、沈むのか!?」

「ふつうの陸地じゃなくて河口だから、地面が柔らかいんだよ」

「そうなのか……」


 エルヴィラは目を丸くする。

 建物が沈むなんて、考えもしなかったと呟いて。

 僕は並んで水路を覗き込む。水面はずいぶん低くなっていた。映る月はふたつとも真円を描いている。


「建物が沈むようなところに住むなんて、ここの住人はすごいな」

「沈むと言ったって、舟の転覆とは違って何十年も掛けて少しずつだから、まあ、ふつうに住むのとさほどかわらないさ」


 肩を竦める僕に、エルヴィラはむうと唸って顔を顰めてみせた。とても“ふつう”とは思えないと言って。


「私は住むならしっかりした地面のほうがいい」

「だろうね」


 どことなく不安げに足元を見つめるエルヴィラに、僕はつい笑ってしまう。今すぐ沈むことなんてないのに、何を怖がっているのかと。


「……なんか、ずるい」

「ずるいって?」

 唐突にぽつりとこぼしたエルヴィラに、僕は驚いてみせた。やや剥れた顔のエルヴィラは、いったい何に機嫌を損ねているのか。

「何が?」

「ミケばっかりがいろんなことを知っててずるいって思っただけだ」

「あたりまえだよ。僕は吟遊詩人なんだからね」

「それでもなんだかずるい」


 ぷっと吹き出して、僕はエルヴィラの肩を抱き寄せる。吟遊詩人を称する僕がエルヴィラほどの物知らずでは、商売上がったりじゃないか。


「ごまかそうとしてる」

「僕が何をごまかすって?」

「何かだ」

「話にならないな」


 まるで意味がわからない。僕が何をごまかしてるというのか。

 だけど、ちらりと僕を見上げるエルヴィラににこりと笑い掛けてやると、たちまち顔を赤くして視線を正面に戻してしまった。

 相変わらず、反応は初心(うぶ)だ。



 * * *



 翌朝、息苦しくて目を覚ますと、エルヴィラが力いっぱいしがみ付いていた。

 腹のあたりに丸まって、頭を押し付けて。


 “岩小人の町”を出てからずっと、宿の部屋はひとつだった。エルヴィラが共寝をしたがるし、僕にも断る理由はないからだ。

 だから、この町でも部屋はひとつだしベッドもひとつで、エルヴィラは服も着ずに僕と寝ている。エルヴィラの身体は悪くないし、当面は夜を共にすると約束したのだから、それはいい。

 だが、寝ている時まで馬鹿力を発揮するのはやめてほしい。


 しがみ付いたエルヴィラの腕に力がこもり、頭が押し付けられる。ちょうど胃袋のあたりだ。もしや起きているのかと確かめてみれば、眠ったまま変な顔で笑っていた。どんな夢を見ているのか。

 と、いきなり思い切り鳩尾を締め上げられた。

 ぐえ、と声が出て、げほっとむせ込んでしまう。エルヴィラはもちろん、にひゃにひゃ笑いながら眠ったままだ。


「馬鹿力……せっかく見た目整えたって、台無しじゃないか……」


 エルヴィラが騎士向きだというのは、ここまで来る間に十分思い知らされた。

 所作も見た目も以前に比べればずいぶんマシになったのに、その根本は未だ揺るがぬまま、何も変わってない。


「せっかく見た目磨いたって、これじゃ意味ないだろうが……」


 いっそう締め付ける腕をどうにかしようと、僕は身を捩る。このままじゃ、いつか身体をねじ切られるんじゃないだろうか。


「エルヴィラ」


 耳元で囁くと、腕が緩んだ。

 こういうところはちょろくてかわいいのに、他のあまりに残念すぎる部分はどうにかならないものかと、いつも思う。


「ほら、こっちにおいで」


 むにゃむにゃと何か寝言のようなものを呟きながら、エルヴィラは素直に身体を伸ばして腕を解いた。

 これでようやく二度寝ができる。




「ミケ! ミケ! 起きろ! たいへんだ!」


 大騒ぎする声に起こされた。

 薄眼を開けると、シーツを巻きつけただけのエルヴィラが、窓から身を乗り出すように外を見て騒いでいた。

 さすがにその格好でそれはどうかと思ったけれど、注意するのも面倒だ。


「ミケ、まずい! 町が沈んでる!」

「え? あー……」


 そういえば、昨夜の月はふたつとも丸かったなと思い出す。ふたつの月の満月と大潮が重なると、結構な高さまで水が上がるのだ。

 それこそ、建物が沈むんじゃないかと思えるくらいに。


 ふああと欠伸をひとつして、僕はゆっくりと身体を起こす。一度変な時間に目を覚ましてしまったせいか、妙に眠いし妙にだるい。


「そういえば、そろそろ大潮だっけね」

「大潮だと? でも普通は大潮で町が沈んだりしないぞ!」


 建物の下の方を覗き込んだエルヴィラが、目を丸くする。この高さは、どう見たって一階部分のかなりが水に浸かっていると騒ぎながら。


「この町はもともと河口の中洲だから、地面が低いんだよ。よくあることだし、皆騒いでないだろう?」


 ベッドを下りて窓から下を覗くと、下手をしたら腰の高さくらいまでは水没しているようだった。

 少しくらいならいいけど、これはとても外へ出る気にはなれない。


「こりゃ、今日の外出は無理だね。部屋でおとなしくしていようか」

「むう……」


 あちこち見て回りたかったのにな、と呟いて、けれどまだじわじわと上がりつつある水位を見て、エルヴィラも不承不承頷いた。


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