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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“古城の町”

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人の話はちゃんと聞け

「ふはははは! ハーピィめ!」


 高らかな笑い声が、城の中庭に響き渡る。

 空を舞うハーピィへ、片手に持った剣をびしりと突き付けるエルヴィラは、どこからどう見ても絶好調だ。


「戦いと勝利の神の猛き御名と天空輝ける太陽にかけて、このエルヴィラ・カーリスの剣より生きて逃れると思うなよ! 貴様の歌がこれ以降ひとびとの耳に届くことはない!」


 前口上とともにやっぱり高笑いを続けるエルヴィラに驚いたのか、バートンが僕を見上げながら服の裾を握る。


「に、兄ちゃん……あの」

「今日も絶好調みたいだ。あれなら大丈夫だよ。ここでのんびり見物しよう」


 僕はバートンを安心させるようににっこりと笑った。いざとなったら、子供だけ連れて短距離転移の魔法で逃げればいいだろう。


「でも、兄ちゃんは、倒れそうだよ」

「舐めないでくれるかな。僕は一流(プロ)だと言ったろう? この程度でハーピィに歌い負けるはずなんてないに決まってるじゃないか」


 はらはらとエルヴィラと僕を見比べるバートンを座らせる。

 それでも大丈夫かと問おうとするバートンを押し留めるように、僕はリュートを思い切り掻き鳴らした。

 大きく息を吸い込み、どうせなら、と考える。

 どうせなら、この“水辺の魔女(ローレライ)”を題材にした歌で、こいつの歌声を封じてやろうじゃないか。

 くすりと笑って、僕は滔々と歌い始めた。

 あの雄大な、大河グローシャーの流れを思い出しながら。


「“豊かなる水を湛えし大河グローシャー。大いなる流れの傍らそびえ立つ(いわお)に、魔なるもの巣食う”」


 ギャア、とハーピィが一声鳴いた。


「“川辺の堅牢なる岩壁の(いただき)にあるは美しき乙女の姿。輝く金の髪を風にそよがせ、妙なる調べを歌う”」


 ヒュッと風を切る音と、ギインと固い音が響く。

 バートンが小さく悲鳴を上げて身体を竦ませる。


「“『水辺の魔女(ローレライ)』と呼ばれし乙女の歌声を聞く男、たちまち魅入られ、櫂漕ぐ手を止める”」


 チッという舌打ちが聞こえた。エルヴィラが何かを投げつけたが、ハーピィはそれをひらりと躱してまた空へと舞い上がる。

 地面に落ちたそれへと目をやると、拳程度の石に縄を結んだものだった。おそらくは絡み綱(ボーラ)だろう。ハーピィの動きが意外に俊敏だったせいで、外してしまったのか。


「“(いわお)より飛び立ち空を舞う姿、天の御使いのごとく美しく、その白き手で招かれ名を呼ばれし男、乙女へと手を伸ばす”」


 ハーピィが僕を見た。ゲタゲタと笑い声を上げながら、ぐるりと旋回する。


「ふっ、天空高く逃げ出さなくては笑うこともできんと見える。おおかたそうして逃げ回り続けたからこそ、そこまででかく育つことができたということか」


 エルヴィラが負けじと高笑いしながらハーピィを煽った。

 言葉が通じてるとは思えないのに、ハーピィの顔が歪んだところを見ると、意外に意図は汲み取っているらしい。

 それとも、エルヴィラの煽り方が堂に入ってるというべきか。本当に、戦いとなると見事なくらいに活き活きとし始めるのはどうなのかと思うけど。


「“しかし男の船、川底に潜みたる魔物の手によりたちまち水底へと引きずり込まれ”」


 再度滑空を始めるハーピィに、「馬鹿な鳥頭め!」と笑いながらエルヴィラは剣を引いた。剣を引いて、かわりに絡み綱を投げつける。

 爪を構え、速度の乗ったハーピィには、その縄を避けきれなかった。羽ばたく翼と爪に絡みついた縄が、ハーピィの自由を奪う。


「“あわれ男は魔物の(あぎと)に消える”」


 どう、と重たい音を立てて地に落ちたハーピィを、エルヴィラが踏みつける。両手にしっかりと握り締めた剣を振り上げて、振り下ろす。

 切り裂かれたハーピィの翼は、もう空を舞う助けにはならないだろう。


「驕ったな鳥頭。多少長生きしたところで、人間様の知恵には敵わぬと知れ」


 クククと喉を鳴らして笑うエルヴィラを、思わずじっとり眺めてしまった。

 どの口がそんなことを言えるのか。

 戦いの最中ならどうにかまともに頭が回るのに、普段のエルヴィラこそ、どうしてああも鳥頭なのか。


 迫り来る終焉を避けようと、ハーピィが暴れる。

 エルヴィラから逃れようと、力任せに縄を切ろうとしているのか、翼や足をばたばたとばたつかせ、罵るようにギャアギャアと声を上げる。


「貴様ごとき、地に引き摺り落としてしまえば仕留めたも同然だ。さあ、引導を渡してやろうか、鳥頭」


 まるで悪神に仕える司祭のような言葉を吐いてエルヴィラがにやりと笑う。

 ハーピィが絶望したように、ギャア、と悲鳴を上げる。

 長靴の固底で思い切りハーピィの身体を踏みつけ、エルヴィラは振り上げた大剣でひと息にその急所を貫いた。


「ハーピィなど、私にかかればこのとおりだ!」


 得意げに胸を張るエルヴィラの足元で、断末魔と共に動かなくなったハーピィに、僕はようやくほっと息を吐いた。

 演奏の手を止めて、なんとかひと仕事終わったなと考える。

 が、とたんに、目の前が暗くなって……。


「あ、兄ちゃん!」

「おい、ミケ!」


 どこか遠くで呼ばれた気がした。

 あれ、もしかして熱がぶり返したのか、とぼんやり考えて……またあのパン粥を食べさせられるのは絶対にごめん被る。

 僕はかなり真面目に働いたはずだ。なら、働きに対する報酬はちゃんと形にしてもらわなくては。


「――この礼は、白鳥亭のエンドウ豆のポタージュでいいよ。クリーム仕立ての鳥の煮込みでもいいかな。でも、パン粥は断固却下だから」


 クソまずい薬の口直しも、今度こそちゃんと用意してほしい。できれば、この季節に旬を迎えるベリーのジャムか、蜜たっぷりの果物か……。



 * * *



 次に目を覚ましたら、宿のベッドだった。


「起きたか!」

「耳元で大声出すの、やめてくれるかな」


 エルヴィラが、まるで耳の遠い年寄りを相手にするかのような大声を出す。

 どうにもままならない怠さがまた戻っていた。熱くて寒くて怠くて、話すのもしんどいくらいだ。


「ミケ、腹は減ってないか。いや、減ってなくても食え! 今日はパン粥じゃなくてエンドウ豆のポタージュなんだ! お前が食べたがってたやつだ。ちゃんと白鳥亭とやらで頼んだんだぞ!」

「どんな風の吹き回しだよ」

「私は礼儀正しい人間だからな!」

「礼儀正しいとか言うなら、大声やめろってば」

「大サービスだ、私が食わせてやろう!」


 エルヴィラはやたらと機嫌よく、スプーンに掬ったポタージュをぐいぐいと押し付けて来た。食事はまともに変えたくせに、態度は雑なままなのか。


「寝たまま押し付ける奴がいるかよ。ほら、垂れてるじゃないか」

「む、悪かったな。だがこれが食べたかったんだろう。どんどん食え!」

「待ってよ、起きるから」


 どうにか身体を起こすと、さらにスプーンを押し付ける。だからなんで戦いではまともなのに、それ以外でまともに行動できないのか。

 やっぱりこいつは女の皮を被った何か別な生き物なんじゃないだろうか。


 とはいえ、とにかく怠い。世話を焼きたいというんだから焼かせておこう。


「見ろ! 口直しのジャムもだ!」

「やっと学習したんだ」


 エルヴィラは誇らしげな顔で、薬の隣にジャムの瓶を置いた。呆れる僕に、エルヴィラはさらに得意げな顔でクククと笑う。


「このエルヴィラ・カーリスを侮るなよ。私は礼儀正しい人間だと言っただろう。この私に、受けた恩を忘れるなどということがあると思うのか」

「思う」

「なんだと!」

「君、人の話したこと覚えてないじゃないか」


 むむう、と口をへの字に曲げて眉を寄せて、それからいきなり何かを思い出したように「そうだ」と声を上げた。


「今度はなんだよ」

「あの城に、まさかハーピィがいるなんて思わなかったんだ。だから今回は事故で、不可抗力なんだ!」


 やっぱりエルヴィラは人の話を聞いていない。


「思わなかったことに、僕がびっくりだよ」

「なんでだ?」

「“ローレライ”って呼ばれるハーピィがいるって話、したよね」

「ああ、してたな」


 うむ、と頷いているが、この顔は絶対に覚えていないという顔だ。

 僕はうんざりと眉を顰める。


「その“ローレライ”が最近有名になりすぎて、ちっとも餌が来なくなったから巣を移したらしいって話もしたよね?」

「……そういえば、してたような?」


 エルヴィラの視線が泳ぐ。

 間違いなくこれは覚えていない。


「ローレライの巣があった岩壁とあの荒城、地形として考えたらよく似てるだろ?」

「あ……そういえば、そんな気もする……かな」


 ぐるぐると視線を回しながら、そうだったっけ、などと呟いている。

 聞いてない覚えてない考えもしない。

 これでどうやって今まで生きてきたんだ。

 よくもまあ、教会の騎士隊なんかでまともに行動できていたな。こいつはちゃんと作戦とか合図の種類とか覚えていられたんだろうか。

 呆れたあまり、僕の頭に血がのぼる。


「君、あのハーピィに鳥頭って言ってたけど、君も十分鳥頭だよね。人のした話くらいちゃんと聞いて覚えなよ」

「だって、そんな話、関係ないと思ってたんだ!」

「関係ないわけがあるかよ! 世の中のことって大概繋がってるんだよ! だから君は脳筋って呼ばれるんだ!」


 あまりに考えなしなエルヴィラに、イライラと怒鳴ってしまう、

 こいつはこの調子でずっと生きていくつもりなのか。そんなの、生命がいくつあっても足りないんじゃないのか。

 やっぱり馬鹿だこいつ。


「悪かった。だからそんなに怒るな。熱がまた上がるぞ」

「また熱が上がったら君のせいだ」


 くらくらとめまいがして倒れ込む僕に、エルヴィラが「すまない」と申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 ちらりと目をやると、少し上目遣いに僕を見て、身体を縮こまらせている。

 はじめて会った時に思った、小動物のような顔だ。


「――すまないと思うなら、次の食事にはデザートもつけるんだよ。もちろん白鳥亭のデザートだ」

「わ、わかった! 任せろ! 必ず持ってきてやる!」

「だから大声出すなよ。響くだろ」

「わかった!」


 エルヴィラは、やっぱり人の話を聞いてない。


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