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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“古城の町”

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僕はどうして働いてるのか

 すぐに着替えてリュートを抱えた。

 鎧を付けている暇はないし、まだ熱も下がりきっていないのにそんな重たいものなんか着ていられない。すぐに倒れてしまう。

 はあ、と大きな溜息をひとつ吐いて、部屋を後にした。




 この“古城の町”の少し前、“葡萄の町”を出てしばらく行った川岸にある大岩で、“水辺の魔女(ローレライ)”の話はしたはずだ。“水辺の魔女”が有名になりすぎたおかげで餌が寄り付かなくなったから、巣を変えたようだと。


 城へ登る山道目指し、ふらふらと歩きながら山頂を見上げる。


 山といっても、せいぜいが丘程度のものだ。頂上まで、曲がりくねった道をほんの一刻(二時間)も歩けば登り切れる程度の高さでしかない。城自体もこじんまりとしていて、どちらかと言えば砦と呼んだほうがしっくりくるくらいだろう。城壁と本館は一体化していて、装飾も少ない。

 その昔、この街道を通るものから通行税を取るための関所として築かれたのが最初だと伝わっている。“城”と聞いて誰もが思い浮かべる、大国の王城や貴族の宮殿にはまるで似つかない無骨な城だ。

 山頂にそびえ立つ、石造りの何層もある大きな塔なんて、見た目はそのまま……。


「あの大岩そっくりだって、どうしてわからないのかな」


 “水辺の魔女”が巣を移すなら、あの大岩と似た地形を選ぶだろう。

 ハーピィはたいして頭がよくない。下等なヒューマノイドに若干劣り、野の獣よりは頭が回るという程度だ。

 だから、以前、巣としていた大岩に似たここを移動先に考えるのではないかと、僕は予想していた。


 ――何かあってエルヴィラがそこへ向かったというなら、この予想は間違っていなかったんだろう。何しろ、エルヴィラは呆れるほどに血の気が多いし、騎士道だなんだと言っては荒事に首を突っ込みたがる。

 どうせ、町の誰かにハーピィ退治を頼まれたとかに決まっている。




 ぜいぜいと荒く息を吐きながら休み休み山道を登っていくと、前方から子供が走ってきた。後ろを振り返りながら、慌てたように転がるように駆け下りてくる。


「もしかして、吟遊詩人さん!?」


 僕に気づいた子供の、泣きそうだった顔がぱあっと明るくなった。転びそうになりながら走りより、勢い込んで迫ってくる。


「君は?」

「騎士の姉ちゃんが、この上に魔物がいるって。バートンは助けるから大人の警備兵を呼んで来いって」

「ちょっと待った。そのバートンは、なんだってそんなところに行ったんだよ」

「俺とバートンのどっちが勇敢かって話になっただけなんだ。順番に山を登ってお城の内門に目印の石を置いて戻ってくるって決めたんだ」


 時系列も何もかもが支離滅裂だったけれど、どうにか事情は察せられた。

 子供がよくやる肝試しを、城でやろうとしたということか。


「それで?」

「でも、待ってるのにバートンがぜんぜん戻って来ないから、何かあったのかもって。それで、騎士の姉ちゃんがいたから、頼んで一緒に見に行ってもらったんだ。そしたら、姉ちゃんが魔物がいるって。ハーピィだって」


 うっと涙ぐむ子供に、思わず舌打ちをしてしまう。

 エルヴィラだけならまだしも、足手纏いの子供もいるなんて分が悪すぎだ。

 しかも、エルヴィラにも子供にも、魅了に抵抗するための手段がない。エルヴィラは魔法も魔術も神術も使えない。“精神防御”の魔道具だって持ってない。

 最悪、操られたエルヴィラが襲い掛かってくることだって考えられる。


「そんな魔物なんていないはずだったのに……どうしよう、バートンと姉ちゃんが魔物にやられちゃったら、どうしよう」


 とうとう泣き出した子供に、小さく溜息を吐く。

 本当に、あの脳筋騎士はどうしてくれようか。首を突っ込む前に、もう少し後先について考えてほしい。


「大丈夫だよ」


 ぽん、と頭に手を乗せて、僕はにっこりと微笑む。

 エルヴィラだけじゃ大丈夫じゃないが、まあ、僕が行けばどうにかなるだろう。熱があろうがなかろうが、歌うべき場所で歌わない詩人に意味はない。


「エルヴィラはあれで結構腕が立つし、ハーピィと戦うのには慣れてるんだよ。脳筋なりになんとかなると思ったから行ったんだし、君が心配するようなことにはならないさ。そのバートンもきっと無事だ」


 それに、いくらエルヴィラでも勝算も無く突っ込んだりはしないだろう。

 たぶん、おそらく、しないはずだ。


「今から僕が応援に行くんだ。勝たないわけがないね。だから君はこのまま町に降りて、警備兵を呼んでおいで。

 それまでに魔物は片付いてると思うけど」

「兄ちゃん、ほんと?」

「ああ、本当だ」


 ほら、と子供の背を押して、再び麓へと走り去るのを見届けて、僕はまた山道を歩きだした。まだ頭の奥がぼうっとしてるし、息も切れて身体もしんどいのに、なんでこんな安請け合いをしてしまうのか。

 僕にこんな苦労をさせた埋め合わせは、どうしてもらおうか。




 ようやく城の外門をくぐった。少し進むと、確かにかすかな歌声が聞こえた。

 まだ遠い。

 けれど、もう少し進めば歌の影響を受けずにいられないだろう。聴いたものをことごとく魅了する、ハーピィの魔法の歌だ。


 僕は大きく深呼吸をして息を整える。


 ここまで来ておいて今さらだけど、放っておいても僕には何の害も無かったんじゃないだろうか。何しろ僕は病人なのだぞ。

 そう考えて、また溜息を吐いた。

 だが、乗り掛かった船なのだ。エルヴィラだけならともかく、子供もいるなら放っておくのはまずい。


 背負っていたリュートを構えてふたつみっつ和音を鳴らす。指先の感覚が鈍く、いつもより若干心もとないけれど、まあ大丈夫だろう。

 何を歌おうかと考えて、最初に浮かんだ“英雄王の帰還”に決めた。

 玉座を欲し、悪しき神の助けを得て兄王を弑し、欲望のままに民を苦しめる王となった叔父。その手を逃れて国外へ脱出した後、善き神の助けを得てみごと叔父を討ち果たし、王に返り咲いた英雄の物語だ。

 目を閉じて、少しの集中をして、すうっと息を吸って最初の和音を鳴らす。


「“賢く穏やかな王のもと、のちの英雄王となる赤子が産まれた”」


 僕はゆっくりと歩きだす。

 ハーピィの歌声が聞こえてくるが、もう、その声は聞こえない。耳障りなのに甘い恋人の囁きのように耳を犯すその声は、もう、僕の耳には届かない。

 僕は自分の歌だけに集中し、歩き続ける。




 ハーピィの歌は、ずっと続いている。

 勝ち誇ったように高く奏でる歌声は、おそらくエルヴィラが劣勢だということを示しているのだろう。


 だから、もう少し頭を使えと言ってるんだ。

 そんなことを考えて、イラッとする。


 何を根拠にしているのか、エルヴィラは過剰なくらいの自信家だ。

 いや、根拠など関係ない。戦いに関して、エルヴィラはわけのわからないほどの自信家なのは間違いない。何も考えていないだけじゃないかと思っていたが、その認識は的を外していなかったようだ。


 どんどんと内門は近づいてくるが、相変わらずハーピィの歌声だけしか聞こえない。エルヴィラが相手を煽る声も聞こえないし、剣戟の音もない。

 まずいな、と思う。

 エルヴィラがハーピィに完全に魅了されていたら、僕では止められないだろう。僕の歌でうまくハーピィの魅了を上書きできればいいのだけど。




 ――よく知られているように、詩人の歌は魔法を帯びている。


 精密な理論で組み立てた魔術師の魔法とは違う。どちらかと言えば血と素質で使う魔法使いの魔法によく似た力が歌に乗るのだ。

 だから、詩人は歌で人々の心を動かすことができる。

 魔術や魔法に比べれば、とても些細な効果だ。だが、歌を聞いた者たちすべてに勇気を与え恐れを退けられるのは、詩人の歌だけなのだ。

 いちどに数百の人々を動かせる。ひとつひとつの効果は小さくとも、結果としてとてつもない力になる。

 その歌は、ごく一部の魔物の能力……ハーピィの歌や竜の気配による威圧も打ち消すことができる。




 ようやく内門が見えた。

 ここまではどうにか来られたことに、少しだけほっとする。


「待て、やめろ!」


 そこに、エルヴィラの慌てる声が聞こえた。誰かを制止しようとしているような、と考えて、バートンという子供がいるんだと、と思い付く。

 エルヴィラはどうにか歌声を回避していたが、子供はそうもいかなかったということか。僕はわずかに顔を顰めて、歌にいっそう力を込める。


「“英雄は告げる。正義は我らのもの。正しきは我ら。ならば神々の鉄槌は彼らの上に”」


 こめかみを汗が伝い落ちる。背も、汗でびっしょりと濡れている。

 けれど、歌うべき場所で歌えない詩人など、この世界(アーレス)に存在しない。

 だから僕は歌う。


「“我が名と誉れにかけて、不埒なる神に仕えしものに裁きを下さん”」

「ミケ!」


 内門をくぐり、目を開けると、バートンに掴みかかられたエルヴィラが見えた。

 空を舞うハーピィが、ギャアと一声鳴き声をあげる。

 ぽかんと呆けたように動きの止まったバートンを抱えて、エルヴィラがすかさず駆け寄って来た。

 ハーピィは警戒してなのか、空をぐるぐると飛んでいるだけだ。


「ミケ、お前、熱はどうした」

「見てわかんない? 今にも倒れそうだよ。というか、君、こんなところでいったい何してるんだよ」


 目を丸くしたエルヴィラに問われて、またイラッとする。

 いったい誰のせいで、僕がここまで来る羽目になったと思っているのか。とにかく曲を途切れさせないよう演奏を続けながら、僕はエルヴィラを睨む。


「宿で寝てればよかったのに」

「君、死にたかったの? 僕がいなきゃ、あれの歌に対抗できないくせに」

「耳栓くらいしてた」

「しっかり外されておいて、何言ってるんだよ」


 この期に及んで何を言うのか。

 じっとりと見つめると、エルヴィラはむうと唸って顔を顰める。

 状況がよくわかっていないのか、今は正気に戻ったバートンが、僕とエルヴィラを交互に見比べる。


「ミケはこのまま歌えるのか」

「舐めないでくれるかな。僕は一流(プロ)だよ。この程度の熱で歌えなくなるわけないね」


 なぜかエルヴィラが呆れた顔になる。呆れているのは僕のほうだというのに。

 それから不意に笑って、エルヴィラが内門横にある詰所を指さした。


「なら、端に隠れて歌ってろ。庇ってる余裕なんてないからな」

「それでも護衛騎士? 一流(プロ)なら自分と対象を守ってなんぼじゃないの?」

「私の指示に従えない奴は護衛対象じゃない」


 あくまでも尊大に胸を反らすエルヴィラに、僕はさらに呆れる。

 エルヴィラのこの自信は、本当にどこから来るのか。


「しかたないな」


 軽く目を眇めて肩を竦めて、子供に「おいで」と声を掛ける。僕は詰所の扉を蹴り開けて入りながら、ちらりとエルヴィラに目をやった。

 すらりと抜刀したエルヴィラは踵を返し、ハーピィに剣を向けていた。


「ここで一緒に脳筋の仕事っぷりでも観察していよう」

「あの姉ちゃんは?」

「大丈夫だよ。あれでも結構な騎士だからね。君は僕から離れないで」


 バートンは呆気にとられたまま、こくんと頷いた。



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