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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“葡萄の町”

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幕間:真価を思い知ればいいのに

「エルヴィラ、どうだ? 私のところへ来ないか?」


 蕩けるような笑みを浮かべて、オットーに言われた。

 あなたは自分の価値をわかっていないようだが、私から見て、あなたはとても愛らしくて魅力的な女性だよ、とも。


 見ろ、器がでかい男っていうのはこういうことなんだぞ、と思った。あのクソ詩人に聞かせてやりたい、このオットーの発言を、と。

 タラシと名高い男にこうも讃えられたのだ。

 いつもいつも何かと貶すばかりのクソ詩人ミーケルよ、このエルヴィラ・カーリスの真価を思い知れ。


 自分でも、まあ、たしかに将来のシェーンフェルト伯爵の愛人なら玉の輿だし、彼自身、ゆくゆくはエルヴィラに釣り合う夫も用意してくれるとも約束してくれたし、だったらこのまま愛人になっちゃってもいいんじゃないかな、なんてちらりと考えたりもしたのだ。

 愛人兼護衛騎士だっていい。たしかロマンス小説にもそんな話があったはずだ。怜悧な貴族令息に寄り添う美貌の女騎士、ってやつが。


 なのに。


 なのに、どうしても首が縦に動かなくて、あまつさえ、オットーにキスを迫られて、つい、拒否してしまった。

 エルヴィラ一生の不覚だ。

 なんとなくそんな気はしていたと笑って許してくれたけど……自分のしでかしたことに肝を冷やしながら、やっぱりオットーの器のでかさには感動した。

 さすが、余裕のある男というのはこういうのを言うんじゃないか。


 だがなんだ。こいつのあの場でのあの振る舞いは。

 なんであそこでいきなりキスなのか。全然意味がわからない。オットーのキスみたいに嫌じゃなかったとか、そういう話じゃない。

 説得とか面倒だからキスって、そんなのありなのか。

 こいつはやはり人としてダメなやつだ。


 街道を歩きながら、エルヴィラは悶々とミーケルの背中を睨みつける。


「聞いてた?」

「ふ、へっ? なんのことだ?」


 いきなり振り向かれて尋ねられて、エルヴィラは慌てた。

 なんか今話とかしてたっけ?


「君、ほんと人の話聞かない奴だよね。ほら、あの大岩だよ」

「大岩がなんだっていうんだ」


 ミーケルはぴくりと目を眇め、エルヴィラをじっと見つめた。


「“水辺の魔女(ローレライ)”の話、今してただろう?」

「ああ、そういえばそんなやつがいたな」

「そんなやつがいたなじゃないよ。聞いてなかったくせに、偉そうに」

「む、なら今からちゃんと聞いてやる。話してみろ」


 顔をしかめるミーケルに、エルヴィラはふふんと笑って尊大に言ってのける。


「人の話したことも覚えてられないような残念な脳味噌してて、なんでそんなに偉そうな態度が取れるんだよ」

「なんだと! 聞かせられない自分の力不足を人のせいにするな!」

「なら、もういちど話してやるけど、歩きながら寝るんじゃないよ」

「私をなんだと思っている!」


 くわっと眉を吊り上げていきり立つエルヴィラを、馬か何かのようにどうどうと宥めながら、ミーケルは呆れ顔を隠そうとしない。


「残念脳筋」

「違う! かわいいかっこいい最強女騎士のエルヴィラ・カーリスだ!」

「……自分でそこまで盛ってて恥ずかしくないの?」

「何を恥じる必要がある!」

「ま、いいよ」


 すう、と大きく息を吸って、ミーケルは語り始める。

 この大河グローシャーの近隣ではすっかり有名になっている物語だ。


 流れを覗き込むように岸にそびえ立つ大岩を棲み家とする“水辺の魔女”。

 金の髪に抜けるような白い肌のたおやかな乙女の姿の魔女は、長い髪を風にそよがせ、いつも大岩の頂上から川を見下ろしている。その清らかな美しい歌声で眼下を行く船を惑わし、沈め……魔物の餌食とするのだ。

 物語では、乙女はグローシャーの水底に棲む魔物に囚われ、利用されているのだと言われていた。我こそはという勇敢な者が幾人も乙女を助けようと魔物に挑戦するが、敵わず……乙女は魔物に囚われたまま、今日も歌い続けるのだ。


「とんだヘタレだな」

「ん?」

「腕のないやつが、無謀に魔物なぞ狩ろうとするから返り討ちにあうんだ」

「君がそれ言うの?」


 エルヴィラはふん、と鼻息荒く言ってのける。ついでに、自分ならそんな無様なことにはならないぞ、とも。


「そもそも、魔物を狩るにはちゃんと準備が必要なんだ。それに、自分の力量を超えた挑戦は勇猛さとはまったく逆なのだと爺さまだって言っていた。猛きものだって、ええと、戦う相手のことはちゃんと調べなきゃいけないって教えてるはずだ」

「へえ? よくそんなこと知ってたね」

「当たり前だ、爺さまは強くて負け知らずですごいんだからな!」


 たしかに、戦神教会の猛将司祭ブライアンの逸話は、都近郊のあちこちに残っている。その、どれもが何処其処に棲む魔物を倒しただの、悪名高い騎士誰某に天誅を下しただの、そんなものばかりだ。

 話半分にしたって、たいしたものだろう。


「それで、ミケ、あの岩の天辺に魔物がいるのか?」

「いや、天辺にいるのは乙女で魔物は水の中」

「水の中……くっ、斬りに行けない」


 川向こうにそびえ立つ岩を仰ぎ見て、エルヴィラはそんなことを口走る。やっぱり馬鹿だ。こいつ、今さっき自分が言ってたことも理解してない。


「あのさ。今、自分で“魔物を狩りに行くなら準備が必要だ”って言ってたよね」

「ああ言ったぞ! 準備ならできてるとも!」

「“力量を超えた挑戦は、勇猛さとは逆である”とも言ってたけど」

「何! お前は私が弱いっていうのか!」


 ミーケルは、思わず、はぁっと大きく溜息を吐く。


「魔物、いないから」

「何!?」

「だから、いない」

「なんだと! 私を(たばか)ろうとしたって無駄だからな!」

「なんでそんなつまらないことやらなきゃいけないんだよ。とにかく、もうあの大岩に“水辺の魔女(ローレライ)”と呼ばれてたハーピィはいない」

「ハーピィ、だと?」


 たちまち“がっかりだ”という顔でエルヴィラが肩を落とす。


「そう、ハーピィ。まあ、普通より長生きして、結構でかくなってたやつらしいけどね。乙女だ魔物だなんて、物語は物語に決まってるだろ」

「なんだ、ハーピィなのか。つまらん。ハーピィなんて都の定例討伐でめちゃくちゃ斬ってたのに、ハーピィなんて期待外れだ」

「はいはい」


 いったい何をどう期待して狩りにいくつもりだったんだ、とミーケルはちらりと見やると、ぶつぶつと文句を呟きながら、エルヴィラは大岩を睨む。


「すごい魔物を倒せたら、兄上に自慢できると思ったんだ」

「へえ?」

「兄上は強いんだ。手合わせしてもいつも勝てなくて……だから、まだ兄上が倒したことのない魔物を倒して自慢しようと思ったんだ」

「あ、そ」


 倒した魔物自慢て、どこの野生児だよ。“深淵の都”なんて大都会に住んでたくせに、メンタルは田舎のガキ大将レベルか。

 それとも野生動物の群れか。

 ミーケルはふたたび大きな溜息を吐く。


「なあ、ミケ」

「なんだよ」

「そのハーピィはなんでいなくなったんだ?」

「さあ? いちばん有力なのは、あんまり有名になりすぎたせいで餌が寄り付かなくなったから引っ越した、って話だね。

 誰かに倒されたって噂もあるけど、肝心のハーピィの死体も誰かが戦った話もないから、こっちはたぶんガセだよ」

「ハーピィも引っ越すのか!?」

「餌が来なきゃ、引っ越すしかないだろ?」

「なるほど……」


 むむむと眉を寄せてひとしきり考え込んで、エルヴィラはぱっと顔をあげた。


「まあいい。いなくなった魔物を憂いてもしかたない」


 それで済むんだ、とミーケルは少し呆気に取られてしまう。

 追い掛けたり探したりとか言わないのか。


「それはそうと、ミケ、次は何て町に行くんだ?」

「え? “岩小人の町”に滞在するつもりだけど」

「なあ、なあ、そこは何があるんだ?」


 今にもヨダレを垂らしそうな顔のエルヴィラが、ミーケルを見上げる。

 もしかして、だから魔物はいいということなのか。おまけに、エルヴィラは自分を観光案内役か何かだとでも思っているのだろうか。


「……岩小人のどでかい像」

「何! ほかは? ほかは何かないのか? うまい肉とか、うまい魚とか、ええと、あとは……」

「君、実はめちゃくちゃ食い意地張ってるよね」

「なんだと! 騎士は食べられるときにちゃんと食べるのも仕事なんだ!」


 それ聞くの何回目だと思っているのか。

 ミーケルは小さく溜息を吐く。

 毎日毎日、自分がどのくらい食べているか、わかってないのか。


「だって毎日めちゃくちゃ食べてるじゃないか。あんなに食べて、よく腹が出て段にならないなと感心するくらい」


 だが、エルヴィラは得意げににやりと笑ってミーケルを見返す。


「くくく、私は寝てばかりの怠惰な貴様と違って、毎日早朝きちんと走りこんでるからな! 腹筋だってちゃんと割れてるぞ!」

「だからいちいち腹を見せなくていい。それに僕だってある程度は鍛えてるよ。演奏も歌も、ああ見えて体力を使うものだからね」

「ふん、見栄を張るな。そんなヒョロい身体、私がちょっと叩いたらすぐにぽっきり折れてしまうくせに」


 人のこと脳筋基準で測るのやめてくれないだろうか。

 何もかも戦神教会の脳筋基準で判断とか、やっぱりこいつが女だというのは間違いなんじゃないか。

 ――ああ、オットーは、だからエルヴィラに目をつけて釣り上げようとしていたのか。毎日上流階級の淑女相手というのも面倒臭いものだし。


 ミーケルは街道をちらりと振り返り、“葡萄の町”の方角を見やる。それから大騒ぎをするエルヴィラを一瞥だけすると、さっさと歩き始めたのだった。




ライン川の本家ローレライさんは、ここ10年ほどの間に岩の天辺から川の中洲へとお引越ししていました。分身かもしれませんが。

中洲ローレライさんへと至る道には「自己責任で行ってこいよ!」(超訳)という立て札がありました。

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