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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“葡萄の町”

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金貨5万枚

 招待の日。


 宿でがっちりと磨き上げたエルヴィラに勝負用の化粧を施し、髪を結い上げた。が、着ているのは、いつもよりも幾分か装飾の多い騎士服だ。

 今日、どこに行くのかわかってないのか。


「なんで騎士服なの。君、勝負掛かってるのわかってる?」

「わかってるけど……やっぱり愛人は、やだ」


 溜息混じりのエルヴィラの言葉に、ぴくりと僕の頬が引き攣った。

 今さら選んでいられる立場だと思うのか。


「屋敷に行けばオットー本人以外だって男はいるってこと、わかってるよね。伯爵家の使用人なら身元も身分もそこそこだ。夫候補に十分だろ」

「わかるけど、オットー様があの調子で他の者が寄ってくるだろうか」

「そこは君がうまく頑張るところじゃないの?」


 エルヴィラは、言うほどうまくいくだろうかと半信半疑の顔だ。

 はあ、と僕は深呼吸をする。

 なぜこういう時ばかり勘を働かせるのだ。


「何度も話をしただろう?

 たとえ愛人でも、あのオットーなら玉の輿だよ。彼はああだけど、囲い込んだ女はマメにケアするし、そのことについての評判はいい」


 そうだ。何と言っても、これまで彼が手を付けてきた女たちが本気で彼への恨み言を言うのも聞いたことがない。財力と身分に裏打ちされた甲斐性と気配りで、禍根を残すことなくうまいこと捌いてきた腕も相当だ。女を選別する目も確かなんだろうが、天性の女たらしとは、きっと彼のような男を言うのだ。飽きた女だって、うまいこと納得いくだけの男を宛てがって首尾よく片付けるという、その手際もずば抜けている。

 ある意味、それ目当てで彼の前に身体を投げ出す女もいるくらいには。

 エルヴィラもいい加減割り切って、彼を踏み台にいい夫を世話してもらうくらいのつもりで行けばいいのだ。


「うう……」

「それとも、まだ乙女の純情がどうのこうの言う気? 君、自分の都での評判がどうだったか、自分で言ってただろう? 彼に囲い込まれれば、それも早晩どうにかなると思うんだけどね」

「で、でも、まんいちオットー様に嫌われたら今度こそ終わりだし、家にもどんな迷惑掛けられるか……それに、そうなったらお前だってタダじゃ済まないんだぞ」

「なんだ、気にしてるの?」


 しょぼしょぼと言い訳がましく述べるエルヴィラを、僕は鼻で笑い飛ばす。


「まず、僕は吟遊詩人だ。僕のことなら何ら問題ないよ。いざとなったら行方を眩ませればいいだけだしね。それに、大都市とはいえたかが西にある一都市の伯爵家程度が、大陸全土に影響なんて及ぼせるわけないだろ。

 君の家だって、平民とはいっても戦神教会に所縁ある名家だ。それに、オットーがたかが女に粗相された程度で戦神教会の全部を敵に回そうと思うほど、分別なくみっともない真似すると思う? 曲がりなりにも次代の伯爵であり、女遊びも堂に入ったものだって評判の彼がさ?」


 エルヴィラは小さく息を吐いて黙り込む。

 今ひとつ納得はいってないようだが、それでも、これ以上の文句を言うつもりはないのだろう。


 約束の時間に来た馬車に乗り込むエルヴィラを見送って、「健闘を祈る」と僕は笑顔で手を振った。

 エルヴィラはやっぱり無言で頷くだけだが、行ってしまえばなんとかなる。僕は馬車を見送って軽く肩を竦めると、宿の部屋に戻った。


 毛色の変わった女として気に入られれば良し、やっぱりやめたと返品されても良し、どっちに転んだって悪いことにはならないのだから。



 * * *



 酒場へ行って、今日も仕事をこなす。

 以前のように、気楽にひとりで行動するのはやはりいい。肩が軽くなったようだ。軽やかに演奏をして、時折話し掛けてくる貴族に当たり障りのない噂話を披露して……今日は気分も晴れやかだったせいか、なかなかに愛想よくできたようだ。

 幾人かの貴族から、都に来ないかという誘いもあって、僕はすこぶる気分がいい。もっとも、誘い自体は適当な理由で断ってしまったが、この調子なら、また都へ行った時は安泰だろう。

 行くにしても、あの姫がどうにか片付いた後だろうが。


 もしオットーがこのままエルヴィラを気に入ったなら、さっさと押し付けて町を出てしまうのもいいかもしれない。

 そのまましばらく東か南のほうを回ることにして、最低3年は都に近づかないようにしよう。

 演奏中だというのに、鼻歌まで歌ってしまいそうだ。




「ミーケル、シェーンフェルト伯爵家から使いが来ています」


 すべての演奏を終えて控え室に用意されていた軽食を食べていると、支配人がやってきた。その後ろには紋章入のお仕着せを着た使用人を連れている。


「我が主人、オットー・シェーンフェルト様より、今すぐに吟遊詩人ミーケル殿を屋敷へご招待したいとのことです」


 軽く一礼した使用人は1歩前へ歩み出ると、さっそく口頭で用件を述べた。


「はい? 今からですか?」

「もちろん、大至急と仰せつかっておりますので。オットー様より、あなたの護衛騎士についてのご提案があるとのことです」


 提案? うまくいったにしては妙な言い回しに、エルヴィラが、まさか何かやらかしたのかと考えてしまう。


「わかりました、伺います。支配人殿、本日はこれで」

「それでは、こちらが今日の分です」


 支配人から金貨を受け取って、僕は慌ただしく酒場を出る。

 エルヴィラについての提案とはいったい何だろうか。エルヴィラが、何か変なことでも言いだしたのだろうか。




 1刻後、オットーの使いとともに伯爵家の別邸に到着した。馬車を降りた後もそのまま、彼の案内でサロンらしき部屋まで案内される。


 扉を入ってすぐ、テラスへと続く窓のそばにエルヴィラの肩を抱いて立つオットーが目に入った。

 なんだ、うまくいってるじゃないか。なのに、“提案”がどうのとわざわざ呼び出すなんてどういうことなのか。

 怪訝な表情が浮かびそうになったのを抑えて、僕はいつもの微笑みを顔に貼り付けると、上級貴族に対する礼をとる。


「急なお呼び出しには驚きましたが、何かございましたか?」


 オットーもにこやかに笑んで、エルヴィラの肩を抱き寄せながら頷いた。


「エルヴィラは君の護衛騎士として契約しているようだね」


 はい、と頷きながら内心首を傾げる。

 ほとんど口約束で、正式な契約などではなかったはずだが。

 オットーは戸惑う僕にもういちど頷いて、抱き寄せたエルヴィラの頭にキスを落とした。エルヴィラも、何が起こっているのかと呆然としているようだ。


「エルヴィラが、君に金貨5万枚という違約金を払わなければ、護衛騎士を辞めることはできない……つまり、私のものにすることができないと言うのだよ」


 金貨5万枚?

 どんな大金だ、と思わずエルヴィラへと視線を投げると、エルヴィラも慌てたようにオットーを見上げていた。その表情は、エルヴィラ自身、そんな話など聞いてないことを雄弁に語っている。

 いったい、オットーは何が言いたいのだ。

 オットーはあくまでも穏やかにエルヴィラの肩を抱いて、くすりと笑う。


「ずいぶん莫大な金額のようだけど、彼女の値段とすれば安いものだと思ってね」


 ……身請けでもするような言い方が、僕の癇に障る。

 エルヴィラは困ったようにおろおろと視線を泳がせている。僕とオットーの顔色を伺うように見比べて。


「オットー様、それでエルヴィラを“買った”後は?」

「それはもちろん、私のそばに侍らすつもりだよ。金貨5万枚という大金を支払うのだから、その分、私のためにしっかりと働いてもらわねば……いろいろとね?」


 ――オットーの言い草が気に入らない。

 まるで、金貨でエルヴィラを買い取ってやるのだと言わんばかりの口調なことも気に入らない。

 この僕に、奴隷を売るようにエルヴィラを売れと言うのか。たったの金貨5万枚なんて端金(はしたがね)で、エルヴィラの意思と自由と矜持を売れと。

 ふん、と小さく鼻を鳴らして、僕はにっこりと笑った。

 そっちがそのつもりなら。


「そうですか」


 僕の声に反応するかのように、エルヴィラがパッと顔を上げる。


「申し訳ありませんがオットー様」


 それだけを口に出して、僕は歩を進めてエルヴィラの正面に立った。

 ぽかんと間抜けな顔で僕を見上げるエルヴィラに、こいつ、今まさに売られそうになってたことがわかってないのかと、イラっとする。

 それでも笑みは崩さず、流れるように……まるで、オットーの手からエルヴィラを奪い取るように腰を抱き寄せ、顔をこちらへと向かせる。

 エルヴィラの目がまん丸に見開かれ「えっ」と小さく声が漏れた。

 が、そんなことには構わず、僕はエルヴィラに何も言わせまいとするかのように、唇を塞ぐ。

 身を捩って慌てるエルヴィラを押さえつけようと腕に力を込めると、すぐに抵抗はなくなった。そのままじっと……まるでされるがままに、エルヴィラはじっとキスを受け入れている。

 唇を離すと、さすがに驚いていたオットーに、僕は再度礼をしてみせた。


「こういうわけですので、応じることができません」

「……ならば仕方あるまい」


 くっ、くっ、と肩を震わせて笑い始めるオットーに、僕の顔がぴくりと引き攣った。笑い続ける彼に、もしや、これは乗せられてしまったかと考える。


「君のお手付きに金貨5万枚は少々高いな。この話は無かったことにしよう」

「う、あ、え……はっ、はい」


 惚けた顔でこくこくと何度も頷くエルヴィラに、オットーが小さく「今日は楽しかったよ」と囁くのが聞こえた。




 僕とエルヴィラはすぐに屋敷を辞した。

 馬車を出すと言われたが、固辞したので帰りは徒歩だ。


 エルヴィラの腕を掴んだまま、月に照らされた道をもくもくと歩く。

 歩きながら、あの男に乗せられ、うかつなことをしてしまった自分が腹立たしくなってきた。そもそも、あそこで素直に金貨を受け取っておけば、首尾よくこの女と離れられたはずなのに、僕は何をしているのか。


 ――まるで家畜か何かのように、お前の女を買い取ってやろう……と言われて腹が立ったのは事実だった。


 今思えば、あれは本気ではなかったのだろう。だが、それでも、あわよくばこれで……などという思惑が見えていたことは確かだ。


 小さく溜息を吐く僕の腕を引いて、エルヴィラがいきなり立ち止まった。

 振り返ると、顔を真っ赤にしたエルヴィラが、眉を吊り上げていた。


「ミケ、お前な……お前、もっと他に、あるだろうが」


 ああ、さっきのキスに文句を言いたいのか。

 精いっぱい僕を睨みつけて、押し殺した声で僕を責めるエルヴィラだが、そんなに真っ赤な顔をして怒ったって怖くもなんともないだろうに。

 そもそも、あそこで僕が金貨5万枚で売ると答えていたら、どうするつもりだったのか。おとなしく、オットーに囲われるつもりだったのか。

 つい、笑ってしまう。


「あれがいちばん手っ取り早いかなと思ったんだよね。説得とか面倒だし」

「だっ、だいたい、金貨5万枚だぞ。ぼろ儲けする機会を逃したんじゃないのか」

「何? 売られたかった? 物みたいに?」

「えっ? そ、そういうわけじゃ……」

「じゃあいいじゃないか」


 何がいいたいのか。

 目をぐるぐる回しながら文句を言われたって、説得力などこれっぽっちもない。にやにや眺める僕に、エルヴィラはむうっと眉を寄せる。


「あのなミケ!」


 なんとか怒鳴り返そうとするエルヴィラを遮るように、僕はふと思いついたことを口に出した。


「――君さ、キス上手くなった?」


 エルヴィラの頭をぽんぽんと叩くと、気勢を削がれたような顔でぱくぱくと口を動かす。やはり、小動物のようだと思う。


「な……な……っ」


 ぱくぱく喘いだままぐるぐる視線を動かして、きっと、筋肉しか詰まってない頭で必死に考えているんだろう。

 まあ、これはこれで、犬猫が必死に飼い主の言葉を理解しようとする姿にも重なって、おもしろいのかもしれない。


 ようやく言うべきことを見つけたのか、エルヴィラが大きく深呼吸をして……ここ最近見せるようになった、不敵で自信に満ちた表情を浮かべて笑った。


「当たり前だ! このエルヴィラ・カーリスを舐めるなよ。私は転んでもただでは起き上がらん。不本意ながら、貴様とのキスでも修練を積ませてもらったのだ。私が日々進歩していると思い知ったか!

 ……どうだ、悔しいか?」

「へえ?」


 言うに事欠いてそれか。

 僕を見上げて得意げにふふんと笑うエルヴィラは、ほんとうに、自分で自分が言った言葉の意味をわかっているのだろうか。

 それなら。


 僕は、エルヴィラの背に手を回し、ぐいと抱き寄せた。


「そんなに豪語するんなら、もう一度試してみようか」

「な、なんだと! さっきのだけで十分思い知っただろうが!」

「いや、よくわからなかったし?」


 エルヴィラの抗議など相手にもせず、エルヴィラの唇を塞ぐ。舌を割り入れて、隅々まで味わうように。

 もうすっかり観念しているのか、抵抗らしい抵抗もない。


 8回目も……なんて呟きも聞こえて、まだいちいち数えていたことには驚いた。

 だが、まあ、そういう初心(バカ)なところも、見方を変えればエルヴィラの長所ということになるんだろう。




◼︎オットー・シェーンフェルト

 “深淵の都”の(まつりごと)を司る十大貴族(メイヤー)に次ぐ名家、シェーンフェルト伯爵家の継嗣。

 顔の造作自体はミーケルに劣るが、それを上回るマメさと財力、洗練された貴族らしい優雅な物腰で憧れる女性多数。

 本人も女性は素晴らしいと言って憚らないタラシであり複数の愛人に多数の恋人と、正妻こそは未だないが浮名は社交界トップクラスを誇る。

 己の甲斐性を自負するだけはあって、愛人や恋人から彼に対する不満はほとんど上がらない。

おまけに振った女からも振られた女からも評判が落ちないのはさすがというべきか。

 ミーケルの情報どおり、相手にした女はアフターケアまで完璧らしい。


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