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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“聖女の町”

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15/49

幕間:女の子ってだけで十分なのよ

 エルヴィラはベッドに転がったまま、呆然と考える。


 けど、わからない。

 泣きすぎてひりひりする目をそっと拭って、ゆっくりと身体を起こす。身体を拭って服を整えて、そっとベッドを降りる。


 このまま部屋には居たくなかった。

 控えの間から出ると、ミーケルの姿もなかった。彼も外へ出たのだろうか。顔を合わせずに済んで、少しだけほっとする。

 宿を出て、夕闇が迫って賑わう町の中へ、エルヴィラは歩き出した。




「まあ、お嬢さん、どうしたのかしら?」


 どこへ行くでもなく、これからどうしようと考えながら広場の片隅でぼんやり座っていたら、声を掛けられた。

 顔を上げると黄色い神官服の女の人だった。ふんわり柔らかく案じるような笑顔は、自分を甘やかしてくれる時の兄のようだなと思う。

 纏った色からすると、太陽神教会の神官なのだろう。


「あら、あなた、サイラス殿がデートしてたっていうお嬢さんね?」

「え?」

「あのサイラス殿が、昨日、綺麗な赤毛のとっても可愛らしいお嬢さんとデートをしてたって、教会で噂だったの」

「その……」


 にっこりと微笑む女神官にどう返していいかわからなくて、エルヴィラは眉尻を下げる。俯くエルヴィラの前に女神官がしゃがみこんで、そっと頭を撫でた。


「何かあったのかしら? もう日暮れなのだし、よかったら私の家にいらっしゃいな。一緒にお話しましょう。

 私は太陽神教会のアンジェよ。今日は旦那も息子も警備隊の遅番でいないから、ちょうどいいわ」

「あの、エルヴィラ、です」


 手を取られ、引かれるままにエルヴィラは立ち上がる。

 アンジェはしっかりとエルヴィラの手を握ったまま、あれこれと……町のことや教会の出来事をお喋りしながら歩いた。


「さあ、着いたわ。どうぞ」


 案内されたのは、こぢんまりと暖かそうな家だった。

 あちこちに飾られた花や小物、それに使い込まれた調度がとても居心地よく感じられて、アンジェの醸し出す雰囲気そのままのような家だ。


「ゆっくり座ってと言いたいところだけど、まずはお風呂に入りましょうか。すぐに用意するわね」


 ここで少しだけ待っていてねとエルヴィラを居間に座らせて、アンジェは奥へ消える。

 てきぱきと動き回る背を眺めながら、アンジェの言葉に甘えて付いてきてしまったものの、これからどうすればいいんだろうとエルヴィラは溜息を吐いた。




「私、エルヴィラちゃんみたいな可愛い娘が欲しかったわ」

「そう、ですか?」

「だって、娘がいたらこうやって毎日背中の流しっこもできたのよ。

 息子はつまらないわねえ。小さい頃は可愛かったのに、今はすっかり生意気なの。ずっと昔から一人前でしたって顔してね」


 流されるまま、なぜかアンジェと一緒に風呂に入りながらお喋りをする。

 泣き腫らして浮腫んだ顔と真っ赤になった目を癒したきり、何があったのかも聞かずに、アンジェはただ、一緒に風呂に浸かりながらずっとお喋りをしている。


「娘ができたらいっぱい可愛くして、一緒にお料理をしたりして……って、いろいろ夢見てたのに、結局できたのは息子だけだったのよ」


 そんなことを言いながら、アンジェはエルヴィラの髪を梳いてみたり頬を撫でたりと、とても楽しそうだ。


 ふと、エルヴィラは、自分の母はどうだったかなと考えた。カーリスの家は昔から戦神に仕える司祭と騎士を輩出する家柄だ。勇猛さを美徳とし、貴族ではないものの、都でも裕福な暮らしを送っている。

 使用人もそれなりにいて、母自身が家事や雑事などをすることもない。ましてや、こうして仲良く一緒に風呂に入ることなんて、いちどもなかった。

 カーリス家の娘だからと尻を叩かれてばかりで、身を飾ることも二の次だった。


「母上がアンジェさんのようだったら、私ももう少し女らしくなれたんだろうか」


 ぽつりと呟くエルヴィラに、アンジェは目を丸くする。


「まあ、エルヴィラちゃんは充分女の子らしいわよ。ほら、赤毛の子は色が白いっていうけど、本当に真っ白できれいな肌じゃないの。目もきれいな青で、身体もちゃんと女の子らしくて、とっても可愛いわ」


 アンジェはエルヴィラのあまり日に焼けてない腕の裏を指し示す。


「でも、乱暴でどこが女なんだって……」

「あら、見る目がないひとね。そんな些細なことで」


 アンジェはくすりと笑ってエルヴィラの髪を撫でた。


「女の子ってだけで充分なのに、まったく、何を言ってるのかしらね。

 でも……ひとつだけ言わせてもらうなら、エルヴィラちゃんはこんなに可愛いんだからもっときれいにしなきゃだめよ」

「そう……かな?」


 眉尻を下げたままのエルヴィラに、アンジェは笑って頷く。


「うんときれいにして、見返してやるの」

「でも、そいつもきれいなんだ。すごく」

「そんなの、女の子を貶していい理由になんてならないわ。それに、女の子を貶すやつが外見だけきれいだから、何だって言うの」


 顔を挟まれて、アンジェにじっと見つめられて……すごく嫌だったことが、本当にどこかへ行ってしまったように思えてくる。


「エルヴィラちゃん、泣いてたでしょう? 女の子を泣かすなんて、それだけで最低なのよ。そんなやつの言うことを真に受けちゃだめ」

「でも……私が馬鹿で悪いから……」


 アンジェの眉が上がった。にっこりと笑顔を作って、ゆっくり首を傾げて……少しだけ低くなった声で、アンジェが尋ねる。


「エルヴィラちゃん。そんなこと、誰が言ったのかしら?」

「え……」

「エルヴィラちゃんさえよければ、私に話してみない?」

「その、ええと……」


 なぜアンジェが怒っているんだろうか。


 どうにもはぐらかすことができず、結局、エルヴィラは直前にあったミーケルとの一件以外を全部、夫探しから“惚れ薬”を飲んでしまったことまで、洗いざらいアンジェに話してしまった。

 アンジェは呆れたように目を見開いて、はあっとひとつ、大きな溜息を吐いた。


「まず、最初に悪いのは、サイラス殿ね」

「でも」


 アンジェが断言し、にっこりと笑う。なんだか凄みのある笑顔だ。


「女の子の恋に本物も偽物もないの。エルヴィラちゃんが恋だと思ったんだから、それは間違いなく本当の恋よ」


 ことも無げにきっぱりと言い切るアンジェに、エルヴィラは驚いてぱちくりと目を瞬かせた。そんなことで本物だと言い切ってしまっていいのだろうか。


「あのね、サイラス殿は、いい歳して自分が悪者になる覚悟もないから、体良くもっともらしいことを言っただけなの。

 自分は悪くない、エルヴィラちゃんが間違えたことが悪い、ってね」


 ぽかんとするエルヴィラに、アンジェはふふっと楽しそうに笑う。


「サイラス殿には、私からよく言っておくわね。

 もう一度言うけど、エルヴィラちゃんはちっとも悪くないし、何も間違えてないわ。だから、そんな酷いヘタレ男のことなんか、きれいさっぱり忘れちゃいなさい。エルヴィラちゃんに相応しいいい男なら、他にちゃんといるはずよ」

「そんな……そんな風に言ってしまって、いいんだろうか」


 本当にそれでいいのだろうかと、エルヴィラは戸惑ったように手を握りしめる。サイラスにとても悪いことをしてしまったような気がして、冷や汗まで出てきた。

 なのに、アンジェはもちろんだと大きく頷くのだ。


「女の子から自信を奪うような男はただの未熟者なの。エルヴィラちゃんが気にすることなんてひとつもないわね」


 それから、アンジェはエルヴィラの目をじっくりと覗き込んだ。じっと、何かを探るように、目を通して心の中まで見透かすように、じっくりと見つめる。


「それに、私には、エルヴィラちゃんが“惚れ薬”の影響を受けてるようには見えないわ」

「え?」


 驚くエルヴィラに、アンジェはまた笑ってみせた。


「私はこれでも太陽と癒しの神に仕える神官なの。もし、エルヴィラちゃんの心が普通の状態じゃなければ、すぐにわかるのよ。私が見る限り、エルヴィラちゃんに魅了の影響なんてこれっぽっちもないわ」


 半信半疑のエルヴィラの頬をそっと撫でると、アンジェは集中し、目を閉じて祈りの言葉を呟いた。


「“天空高く輝ける神の名において、あなたの心の嵐は鎮まり穏やかな風となる。あなたを掻き乱す憂いは去り、安寧が訪れる”」


 アンジェが指でそっとエルヴィラの眉間に触れる。


「気持ちを落ち着かせる神術よ。心を騒めかせていた余計なものは消えたはず。

 さあ、エルヴィラちゃん? これで吟遊詩人くんへの気持ちは変わったかしら?」


 ぐらぐらとずっと落ち着きなく揺れていた心は、不思議と静かになっていた。頭の中がとてもすっきりしていて、いろんなことがはっきりと見えてきたように感じる。

 アンジェが優しく微笑みながら、エルヴィラの頬を撫で続ける。柔らかくて暖かい掌が、自分を励ましてくれているようだ。


「変わってない……と思う」

「そう……やっぱりエルヴィラちゃんってかわいいわ」


 アンジェが笑いながら、エルヴィラの頭を抱え込んで撫でまわす。なんだかくすぐったくて、うれしいと思う。

 都を出て、こんなに落ち着いたのは初めてかもしれない。いつも自分を甘やかしてかわいがってくれていた、下の兄を思い出す。


「じゃあ、次を考えましょう」

「次?」

「そう、次よ」


 困ったように首を傾げるエルヴィラを、アンジェはぎゅうっと抱き締めた。


「エルヴィラちゃんが結婚したいのは、とにかく条件の良い誰かなのかしら? それとも、ちゃんと好きになった誰かなのかしら?」

「え、と……」

「そこをよーく考えて、ね? そうしたら、エルヴィラちゃんの夫探しもうまくいくんじゃないかしら」


 アンジェにそう言われて、なぜだか納得してしまう。

 言われたふたつの違いが何かはよくわからない。けれど、アンジェがそう言うのだからきっと違うんだろう。それならちゃんと考えてみよう。それがわかれば、きっとアンジェの言葉どおり、夫探しはうまくいくはずだ。


 エルヴィラはこくりと頷いた。




 お風呂を出た後もやっぱりあれこれとお喋りをした。

 夕食を食べて、髪や顔の手入れの仕方を教わって、おしゃれや町の噂話をして……こんな風にゆっくりと過ごすのは、都を出て以来じゃないだろうか。

 そもそも、ずっと男ばかりの環境で育ってきたエルヴィラは、女同士でこんなにお喋りをするのも初めてだった。

 アンジェが歳の離れた姉のように思える。

 自分にも本当に姉妹がいればよかったのにと、エルヴィラは考えた。




■アンジェ神官

“聖女の町”の太陽神教会で太陽神に仕える上級神官。

“教会の母”というよりも“教会のオカン”

ふんわり系癒し系で夫と息子は町の警備兵。


■聖騎士サイラス

教会長がこの町に赴任するとき一緒に都から来た聖騎士。アラサー。

アンジェ神官からめでたくヘタレ認定される。

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