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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“聖女の町”

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イライラする

R15でゲスく進行

 ひたすらベッドでごろごろしたものの、やっぱりろくに眠ることもできない。結局起き出して外へ出ると、日はだいぶ傾いていた。あと1刻もすれば閉門の時間だ。

 ……この宿から太陽神の教会は近い。今ならちょうど夕刻の礼拝前か。




 太陽神教会を訪ねると、すぐに聖騎士サイラスは見つかった。人の途切れた隙を見つけて、僕はさっそく声を掛ける。


「聖騎士サイラス殿、ちょっとお時間を戴けますか」

「吟遊詩人殿? 何かありましたか」

「いや、その、ですね……」


 何と尋ねるべきだろうか。

 そもそも、なんでわざわざ僕が尋ねに来ているのか。

 一瞬考えて、それからどうにか言葉を続ける。


「ええと、僕の護衛騎士のことなんですが、実は昨日からずいぶん落ち込んでるようでして……単刀直入にお尋ねします。昨日、いったい何があったのでしょうか」


 サイラスは軽く瞠目し、それからかすかに眉根を寄せて考え込んだ。

 このようすを見るに、やはりエルヴィラから聞いたままのことがあったのだろう。つまり、僕の想像もあまり外してないようだ。


「大雑把なところは聞いてはいるんですけど、どうにも要領が得なかったもので」


 肩を竦めるミーケルに、サイラスも少し困ったように首を傾げた。


「――少々率直に言いすぎてしまいましたかもしれません」

「率直に?」

「ええ……“あなたのそれは本当の恋ではなく、騎士への憧れにすぎないだろう”と告げたのですよ」


 うわ、まさかほんとうに逃げ口上そのままだったとは、勘弁してほしい。

 内心では呆れながらも、僕は困ったような笑みを顔に貼り付けて「なるほど」ともっともらしく頷く。

 だからあれ程までに“解呪”を頑なに拒否しているのか?

 ……馬鹿か。馬鹿なうえに面倒くさい女を世話しなきゃならないって、どんな罰ゲームなのだ。僕がそんな悪人だとでもいうのだろうか。どうしてくれよう。


「ありがとうございます」

「お役に立てましたか?」

「ええ、まあ」


 ひとつお辞儀をして、教会を辞する。

 わかったのは、エルヴィラが心底面倒くさいということと、この聖騎士がええかっこしいのヘタレだということだけだった。

 面倒臭さが増しただけで何も解決していない。

 ……そもそも、僕が解決すべきことなのか、これは。


「ミーケル殿。あの子はいい騎士になりますよ。今はまだ少し幼いですが、もっといろいろなことを知って成長すれば、きっといい騎士になれます」


 うわ、取り繕い発言まで来た。


 エルヴィラはそこまで幼かっただろうか。発育だって十分だし、あれで意外に考えてはいたようだけどな。

 なぜか少しイラっとしながら、僕は「はい」と笑って返す。


 この手の“善人”はだいたいにおいて大いなる勘違いをしているものだが、こいつも例に漏れずの勘違い男だったようだ。

 おおかた、傷つけてはいけないだのなんだのと考えての発言なんだろう。だが、振るなら振るではっきりきっぱり地の底に叩きのめすくらいの気持ちで、お前なんかタイプなわけあるかバーカ、とでも罵声を浴びせたほうが、よほど相手にとって慈悲深いしお互いのためなのだ。未練なんぞ一刀両断に断ち切ったほうが、清々しく未来に向かって歩き出せるというものなのだ。

 こいつはいい歳してそれをわかっていない。やはり地雷は地雷であるがゆえに地雷ということか。


「ですから、よろしくお願いします」


 エルヴィラも面倒くさいがこいつも面倒くさい奴だった。

 そう考えながらも顔には出さず、僕はにこやかに頷くのみにとどめておいた。




 日暮れ前に、また宿へと戻った。

 ノックをして控えの間を覗くと、エルヴィラはシーツに包まったまま、ベッドの上にじっと転がっていた。

 その沈んだ空気に、何度目かの大きな溜息を吐いてしまう。


 うんざりだ。

 どうしてこんな面倒に巻き込まれているのか。

 ろくに眠れず歩き回って、なんだか頭痛もしてきていた。

 あの聖騎士はヘタレだしこの脳筋は意味不明な理由で惚れ薬なんか飲むし。


「何があったか、聞いたよ」


 ゆっくりとそばに寄って声を掛けると、ベッドに横たわったシーツの塊がびくりと震えた。あれからずっとこうして転がっていたというのか。

 鬱陶しい。


「君さ、本当の恋じゃないって言われたから“惚れ薬”飲んだんだね。ただの馬鹿じゃなかったんだ。相当の大馬鹿だよ」


 呆れた声でそう言うと、またシーツの塊が震えた。


「“惚れ薬”なんかで好きになったって、それだって本当じゃないってのに、何やってるのさ。言っただろう? いっときの仮初でしかないって」

「……うう」


 ひくりとしゃくりあげる声がした。


「ほら、顔出してみなよ」


 あのままならさぞかしと、僕はシーツに手を掛けて、無理やり引っぺがした。べそべそ泣いていた顔は化粧も崩れ目も腫れて、すっかりぐちゃぐちゃだ。見る影もない。


「みっともない顔して」


 エルヴィラが、どことなく怯えた顔で僕を見上げる。

 昨日の自信はいったいどこへ消えたのか。

 ふん、と鼻を鳴らして傍らの水差しを掴むと、適当な布を濡らし、ごしごしとエルヴィラの顔を擦った。


「せめて顔くらい洗いなよ。いちおう女なんだろう?」


 崩れた化粧をあらかた拭き取り……ふと、3か月なんて待たなくても、“惚れ薬”の効果を消してしまえる方法があったことを思い出す。

 効果なんて、今ここで、その方法で消してしまったほうがいいんじゃないだろうか。


「“惚れ薬”の効果は絶対じゃないって話はしたよね」


 エルヴィラの顔が、どこか不安げな、けれど、急に何を言い出すのかと訝しむような表情に変わった。


「“解呪”しなくても、無理やり薬の効果を終わらせることはできるんだ」

「え……?」


 もういい加減、こいつは追い出したほうがいい。さっさと厄介払いして、また身軽な旅に戻ったほうがいい。

 僕は目を細めてじっとエルヴィラを見つめる。


「魅了された相手が、自分を本気で害そうとすれば一発さ」


 手を伸ばし、指先でエルヴィラの首を強く押す。

 喉を圧迫されて、エルヴィラがげほっとむせる。


「当たり前だ。自分に殺意を向ける相手に、好意なんて持ちようがない。

 とにかく酷いことをしてやるのだっていい。

 自分が抱く好意を疑問に思うくらい酷いことをされて、好きでいられるやつなんていない。けどね……」


 手を引いた僕は、くすりと嘲るように笑う。

 腰を屈めて覗き込むと、エルヴィラは不安に瞳を揺らした。その耳元に口を寄せ、僕はさらに低く囁く。


「さすがの僕も、君を殺そうとまでは思わないよ。ただ、君が酷いと思うことをしてあげるのはいいよね。3ヶ月待たずに、薬の効果が消せるんだから」


 エルヴィラがぱっと振り返り、目をいっぱいに見開いた。

 僕はその顎を掴み、乱暴に上を向かせる。


「で、君が嫌なことって何?」

「う、あ……」


 怯えて震えるエルヴィラの肩を押して、ベッドの上に転がす。


「あのキスはどう? 君がやたらこだわってたキス。自分を好きでもないやつにされるなんて嫌だって言ったよね。

 それとも、君の本当の初めてを奪ってあげようか。今度こそ、君のことを好きでもなんでもない相手に純潔を奪われるんだよ。どう?」


 シーツごとベッドに押さえつけても、エルヴィラはただ震えるだけだ。


「どう? 君に耐えられる?」


 まるで蛇に睨まれた蛙のように身じろぎひとつできないまま、声すらも出せないまま、エルヴィラはひたすら僕を凝視する。

 “麻痺”の魔法に掛かった者だって、もう少し抵抗の意思を見せるだろう。なのに、エルヴィラは何もできずにただ震えるだけだ。


「ほら」


 僕はエルヴィラの口を塞いだ。軽く啄むのではない、恋人か夫婦のような深いキスで、エルヴィラの口を塞いだ。


「ん……っ」


 エルヴィラはやっぱり震えるだけだ。震えながら、ぎゅっと目を瞑るだけ。

 こいつは、いったい何を考えているんだろう。


「前に、君は僕に汚されたって騒いだね。けど、今度はそんなものじゃ済まないよ」


 少しだけ唇を離して、僕は笑う。

 固く瞑られたエルヴィラの瞼が震えて、涙が溢れる。


「……っふ」

「泣いたってだめだ。ここには君を助けるものはいない。君は逃げられない」


 笑いながら、僕はエルヴィラの頬を伝う涙を舐め取る。

 そうだ、お人好しで世間知らずの箱入り娘は、ここで僕に穢される……僕なんかについてきたせいで。


「そもそも、僕と一緒にいれば本当にまともな夫が見つかるって信じてた? 君ってすごくおめでたいよね」


 くしゃっとエルヴィラの顔が歪んだ。

 恐怖より何より、悔しいとか悲しいとかいう表情で、エルヴィラが歯を食いしばる。嗚咽を漏らさないよう、必死に声を噛み殺しながら。

 気に入らない。

 形振り構わず泣きわめいてくれれば、少しは溜飲が下がるのに。


「何を震えてるのさ」


 気に入らない。

 とても気に入らない。


「君、騎士のくせにこのくらい跳ね除けられないんだ? いつもみたいに、戦神の名を唱えて僕のこと叩きのめさないの?」

「う、だっ、て……」


 唇をしっかりと引き結んだまま、けれど、エルヴィラは弱々しく抵抗らしい抵抗も見せない。ついこの前、賊相手にあれだけの立ち回りを見せたくせに。


 気に入らない。


「まあいいや。君が抵抗するとかしないとか、どうせ関係ないし。続きをしようか」


 僕はエルヴィラの首をぺろりと舐める。

 わざと音を立てながら、下へ下へと移動する。


「こんなに整ったきれいな身体なのに、僕みたいな奴に穢されるなんて哀れだね」


 笑いながら、エルヴィラが包まったシーツを取り払う。ワンピースのリボンを外し、さっさと胸元をはだけさせる。

 ちらりと顔を見上げると、ひくりひくりとしゃくりあげながら、嗚咽を堪えようと必死に唇を噛んでいた。まるで、本格的に泣いてしまったら負けだとでも思っていのか。

 それでも完全には抑えきれず、すすり泣きの声が漏れるたびに肩が跳ねる。


 僕は眉をひそめ、思わず目を逸らす。

 目の前の肌の味を確かめるように舌を這わせて、膨らみの感触を確かめようと手を乗せて……。


 つまらない、と思う。


 据え膳として、エルヴィラは上と言えるだろう。

 騎士として鍛えた、筋肉質で引き締まった身体にはほどよく脂肪が乗っているし、女らしい凹凸もしっかりついている。ろくに鍛えてない貴族の娘とは全く違う、健康的な美しさもある。

 朱に染まった夕焼けのような赤毛は艶やかで長く、真っ青に晴れ渡った夏空のような澄んだ目も、たいていの男には魅力的に映るはずだ。


 ……たとえ、その両方ともが、今はぐしゃぐしゃに縺れたうえに曇りまくって、見る影もないとしても。


「もうまともな結婚なんて望めないね」


 目を眇め、睨むようにして、露わになった胸をぐいと掴むと、エルヴィラはまた震えた。噛み付いてやるとびくりと怯んで、またすすり泣きを漏らす。


「う、や、やだ……」


 嗚咽交じりにやっと拒否の言葉を絞り出す。けれど、怯えですっかり強張った身体はうまく動かない。


「き、気持ち、わる……やだ、やだ……っ」


 震えて力が入らないのか、ほんのわずかだけ身を捩らせる。のし掛かる僕をどうにか押し退けたいんだろう。


「こわい、やだ……ど、して……や」


 なのに、あちこち触れるうち、エルヴィラの身体の反応は変わってきた。

 そのことを自覚してか、混乱したように目を泳がせる。


「ねえ、穢されるって、どんな気分?」

「……ひ」


 するりと手を滑らせて下着の中に手を入れると、エルヴィラは今度こそ大きく震えだした。震えて身を固くして、けれど明らかに違う反応が返ってきて、僕は嘲笑(わら)う。


「身持ちの固い純潔の女騎士にみせかけて、実は淫乱なんだ?」

「や、違……違う、そんな、はず……」

「でも、気持ちよくなってきたんだろ? ほら」


 下着の中で手を動かされて、エルヴィラがまた震えた。さっきとは違う震えかたで。


 呆然と目を見開いたまま、エルヴィラは仰向けに転がっている。

 今、自分に何が起こっているのかわからないという表情で、けれど、恐怖だけはつのっているんだろう。

 僕に縋ろうというのか、エルヴィラが震える手を伸ばした。だが、僕はその手をすっと躱す。


「横の枕でも掴んでれば?」


 吐き棄てるように言ったとたん、エルヴィラの顔がぴくりと引き攣り、動きが止まった。みるみる顔が歪んで、大粒の涙があふれだす。


「優しくされたいの? されると思った? やだよ面倒臭い。なんで僕が君に優しくしなきゃいけないのさ」

「う……あ……っ」


 エルヴィラは、横の枕を掴んで顔に押し付け、声を殺すように泣き出した。


「泣いてるくせに身体は反応してる。君って本当に淫乱だね」

「ち、ちが……ちがうっ」

「でもねえ」

「あ……やだ……っ」


 びくびく震えるエルヴィラを、僕はまた嘲笑する。


 ああ、本当につまらない。

 なんでこんなことしてるんだっけ。


 それでもエルヴィラをしっかりと押さえつけ、手だけはするすると動いていく。


「う、違う、ちが……やだ、違う……」


 違う違うと繰り返しながら泣くばかりのエルヴィラの顔が、だんだんと赤く染まり始めて……僕は手を止めた。


「あげないよ」


 ひくひくと泣きながら、エルヴィラが僕を見上げる。


「したくなったんでしょ? でもあげない」

「う……?」

「君が欲しがるならあげない」

「え、欲しいって……?」

「とぼけなくたっていいよ。どうせあげないんだから」


 エルヴィラは訳が分からないという顔で、落ち着きなく目を泳がせる。

 泣きじゃくったせいで目は真っ赤だし、目蓋も腫れて顔も浮腫んでいる。


「……汚い顔」


 僕はそれだけを言うと、立ち上がって部屋を後にした。


 ああ、本当にイライラする。

 イライラのせいで、これじゃ全然眠れそうにない。


 上着とリュートを手に取って、僕はそのまま宿も出た。





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