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ある日のできごと

 この大陸の東には、かつて“嵐の国”と呼ばれる古い王国があった。

 今から100年ちょっと前の話だ。

 今、“大災害(ディザスター)”と呼ばれる大陸全土を襲った魔法災害のせいでその国は既に無い。国土だった土地の半分は“神の爪痕”と呼ばれる巨大な亀裂に飲み込まれ、もう半分は頻繁に魔法嵐の吹き荒れる人の住めない土地になってしまったから。

 運よく助かった国民は、これまた運よく助かった王に率いられ、そこから山を越えた南方の国へと移り住んだ。“深森の国”と呼ばれる、水と緑に恵まれた豊かな国の、王家と縁続きの公爵家の所領へ。

 公爵家の骨折りとその国との交渉を経てどうにか迎え入れられた生き残りは、期間限定で割譲された所領の一部と期間限定で譲られた伯爵位を得た元王のもと、どうにか落ち着くことができたのだった。


 相当運がよかったと言えるだろう。

 国が十分な力を持ってるうちは血縁だなんだと重用してくれても、力を失ったとたんそっぽを向かれるのが普通なのだから。


 “ストーミアン”という家は、だから、今ではすっかり建前だけの王家となってしまった。そんな家名を知っている者ももう少ない。わざわざ名乗ることもしない。

 そもそも、治める国も無く、便宜上ついただけの貴族位のみに期間限定の領民しか持たない元王家なんて、王家と名乗るだけ恥ずかしいじゃないか。


 ……それに、実のところ、この状況は我が家にとっての悲願でもあった。


 救国の女王ウルリカが心から望んで愛した“自由”があるのだから。



 * * *



「それで、オジー?」

「だーかーら、誓って何もしてないって言ってるだろう?」

「でもねえ、これで何度目だと思うの? あなたとお付き合いしてるって自称する女の子が来たのは」


 ふてくされた顔でそっぽを向いた少年が、「知るもんか」と呟いた。まだ10代半ばよりは前か、やや癖のある柔らかそうな黒髪もちょっと垂れた翠玉の目も整った顔立ちも父譲りだ。この顔に釣られる奴が悪いのでなければ、この顔を受け継がせた父か、この顔で生んだ母のせいではないか。

 だいたい、あの程度の社交辞令で舞い上がるほうが悪い。

 やれやれと呆れ顔の母がじっと見ているが、そんなの自分の知ったことではない。


「どうせまた、あなたが調子のいいことばっかり囁いたんでしょう? いい加減そういうのやめなさい。そんなことばかりしてたら、肝心な時に一番信じてほしい相手に信じてもらえなくなるのよ」

「僕はそういうのないから、そんなことにはならないよ」

「オジー」

「それに、僕はこの家を継がなくていいんだろう? だったらそんな相手、いらないじゃないか。僕は吟遊詩人になって旅に出るんだから」


 困り果てて溜息を吐く母に、「まあまあ」ととりなすように父が割って入る。


「大丈夫だよ、ベリトさん。オジーだって、どうせそのうち嫌というほど思い知るんだ。うちの家系の呪いみたいなものでね」


 なだめるように母を抱きしめる父に、少年は嫌そうに顔を顰める。

 いくら家族とは言っても、子供の目くらいは気にしてほしい。それに、呪いってなんだ。そんなもの、いくらでも回避してやる。

 自分さえ注意していれば、そんな羽目に陥るわけがないのだから。




 ストーミアン家の嫡男がその言葉どおり吟遊詩人となって旅に出たのは、この2年後のことだった。



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