修羅場
――― …どの位の年月をオレは生きているのだろう… ―――
「お母さんっ!! 」
ミウの叫び声でオレは我に返った。相手がヴァンパイアであるとはいえ、オレが放った光の弾がミウの母親を吹き飛ばしたのである。オレは焦った。
(おい! ゼロ! 聞こえるか!? ちょっとやり過ぎなんじゃないか! )
「さっそくお呼びだね、マスター! でも、彼女なら大丈夫だよ。」
ゼロの言葉通り、先程まで倒れていた彼女は何事も無かったかのように再び立ち上がりオレを見ている。そして、オレに近づいてきたと思うと、再び跪きこう言った。
「あなた様を疑ってしまった事を心の底から深くお詫び致します… 」
(おい! ゼロ! これってどうしたらいいんだよっ! なんでこの人、泣いてるの? 反省ってレベルじゃないんですけど! )
「だって、それはそうだよ。 自分が愛する人を疑っただけじゃなく、娘の前で夫婦喧嘩したんですからねぇ… 。」
(愛する人? 夫婦喧嘩? 何言ってんの?? 全く理解できないんですけど!! )
「もう! マスターって本当に何も覚えていないんですねぇ…
じゃあ、試しに「エカチェリーナ、愛してるよ」って言ってみたらわかりますよ… 」
(って、言えるわけねぇー!! どう考えても、初対面のヴァンパイアに言うセリフじゃないでしょ!! そんな事言って、また殺されそうになったらどうすんの!! )
「そんな事は起きませんよ。もし、そうなったとしても僕が守ってあげますから。」
そんなやり取りをした後、オレは意を決して言ってみた。
「あの… 、エカチェリーナ… 愛してるよ」
恐る恐るオレがそう言うと、跪いていた彼女は、急にオレに飛びついてきて口づけをした。
「ずっと愛しておりました、フーガ様…
やっと、お戻りになられたんですね。本当に長かったです… 」
泣きながらそう言った後、彼女はオレに抱きついたまま離れようとしない。
「お母さん! 風牙くん! 大丈夫?! 」
ミウが心配そうにオレたちのもとへ駆け寄ってきた。
「本当にビックリしたんだから! なんでお母さんは風牙くんに攻撃しようとしたの? 」
「だって…ミウが自信無さそうな言い方をしてたじゃない。
それに… 以前のフーガ様なら、私を見たらすぐに胸に顔をうずめてきて「エカチェリーナ~、愛してるよ~」って言いながら甘える癖があったのに、無言で立ち尽くしていたもの… 。おかしいと思うでしょ? 」
(… ゼロ… オレってエカチェリーナが言っているような事をしてたのか? )
「はい… 残念ながら… 。マスターは大の女好きでしたし… 事実ですよ。」
(何か…今更驚きはしないけど… やっぱりオレって『伝説の魔人』なの? )
「あ、やっと自覚しましたか? その通りですよ。ただ、『伝説の魔人』という言葉は、マスターが自分で名乗っていた訳ではないんですけどね。不本意だとは思いますが、そう呼ばれています。」
(そっか… )
……
…
「それはそうと… ミウ、なぜフーガ様のことを「風牙くん」と呼んでいるの? 」
「だって、『伝説の魔人』って言われてる位だから、もっとごっつい人だと思っていたけど… 、何かお兄ちゃんみたいだったから! 」
「まぁ、フーガ様がそう呼ぶことを許しているのでしたら構わないですけれど… 。ただ、あなたのお父様だということは忘れてはいけませんよ。」
「は~い! 」
…
えっ、なに?! 何か今、軽いタッチの親子の会話の中で、サクっと衝撃的なことを言っていた気がするんですけど… 。って!!! オレと、エカチェリーナの間には娘がいて、その娘がミウだってのか!! マジか! マジなのか!
「おーい! リサっち~! どうしたのぉ?? こっちおいでよ~! 」
ミウがリサに呼びかけたが何やら様子がおかしい。リサは部屋の隅に立ったまま動こうとしない。何か考え事でもしているようだった。確かにそれもそうだ。普通に考えれば、大魔導師とヴァンパイア、伝説の魔人が、人間であるリサと一緒に同じ部屋の中にいるのだ。驚きの余りに意識がトリップしてもおかしくない状況である。あまりにもリサが、ぼーっとしていたので、オレの方からリサに近づいていった。
「リサ? 大丈夫? 」
オレはリサを怖がらせないように、優しく話しかけた。よく見ると何やらリサの顔が赤いように見える… 。熱でもあるのか? そんな心配をしているとリサが口を開いた。
「あの… 、風牙様… 、失礼します! 」
そう言ってリサは突然オレに口づけをしてきた。
なんだぁあああああ! この状況っ!! 超モテモテのハーレム状態じゃねぇか!! あぁ~… 生きてて良かった… 。そんな事をオレは考えていた。
「あぁ… 、やっぱり、そうなっちゃいましたか…
ちょっと面倒な事が起きるかもしれませんよ、マスター… 」
ゼロがオレに話しかけてきた。
「おい! そこの人間!
貴様、我の主に対してどういうつもりだ!
死ぬ覚悟はできているのであろうな! 」
オレにキスをしてきたリサに対して、エカチェリーナは怒っていた… というよりも… ブチギレである。
「これは失礼… 。
私の可愛いリサがフーガ様の事を慕っていたので背中を押して上げただけですわ。
エカチェリーナさんはお年なんですから… そんなに怒るとシワが増えますわよ。」
見た目には、全く変化がないようなリサだったが、中身は明らかに別人であった。てか! なんでエカチェリーナに喧嘩売ってんだよ!!
「その物言いは… 貴様、ミネルヴァか!
今度こそ次元の彼方に葬り去ってくれるわ! 」
激怒したエカチェリーナは、魔法詠唱を始めた。さっきオレに見せた時とは桁違いの強大で禍々しいオーラが見える。これってガチでヤバいやつだ!!
「ま、あなたの相手をしてあげても良いのだけれど…
今はそんな事をしている場合じゃないんじゃありませんか?
今日はフーガ様にご挨拶に来ただけです。
その物騒な魔法詠唱をやめてはいただけませんか? 」
『リサ? 』がそう言うと、何か思うところがあったのか? エカチェリーナは魔法詠唱を止めた。
「改めまして…
お久しぶりでございます、フーガ様。
… と言っても、記憶を無くしているようなので「初めまして」の方が良いかもしれませんね。
私の名前は「ミネルヴァ」と申します。
今のフーガ様にわかりやすく言えば、リサにしか聞こえないという声の主でございます。
以後、お見知りおきを… 」
そう言い終わると、顔が真っ赤になり、リサがこう言った。
「風牙様!
あの! そのっ!
まさか、自分でもあんな大胆なことするなんて思ってもいなくて…
でも、能力を覚醒させるにはどうしても必要だって言われて…
あと、エカチェリーナ様! 本当にごめんなさい!!
お二人の邪魔をするとか、そんな事は全く思っていなくて… その…
まさかこんな事になるなんて思ってなくて… 」
どうやらリサの意識が戻ってきたようだ。余りにもうろたえているリサの姿を見ると、とても『知を司る女神』と言われているとは思えない… 。ミウは何が起こっていたのか把握できていない様子で唖然としていた。エカチェリーナは(まぁ、仕方がないか… )という感じでリサに対しての怒りはもう無いようであった。
とりあえず、オレは自分が『伝説の魔人』であるということを認めた。